第8話 少しだけ前の話
今回は視点がコロコロ代わるので読みにくさ倍増かもしれません
◇◇◇
ふわ、と自分からはしない甘いシャンプーの香りが漂った。
「あー!それ今やってるアニメの原作だよね!?」
視線を手元から外し、顔を上げる。そこには驚いたような、それでいて嬉しさを隠しきれないような、そんな表情を浮かべるクラスメイトがいた。
多分それが、僕らの最初の会話だった。
驚く僕をよそに、彼女は楽しそうに話を続ける。
彼女の名前は橋本 雪。同じクラスというだけでこれと言った会話をしたことはない。
正直、全体的に派手な装いの彼女と、対照的に地味な自分とはただのクラスメイトで、今後も関わる事などないと思っていた。
ぽかんと口を開ける僕に気がついたのか、彼女は慌てたように目を白黒させる。
「あっごめんなさい…いきなり」
「いや大丈夫ですよ。橋本さんもアニメとか観るんですね、ちょっと意外かも…」
何故か僕の言葉に慌てた様子で、ちょろちょろと目を泳がせる。
「えっいやちょっとだけね、ちょっとだから!」
ずいっと顔を寄せられ、今度は僕の目が泳いだ。それに気付いたのか、彼女は一歩後ろへとさがる。そして再び、彼女の視線は僕の手元を捉える。いかにも興味津々といった様子だ。
「これ…明日1巻から持ってきましょうか?」
「ほんと!?ぜひオナシャ…お願いします」
彼女はそう言って深々と頭を下げた。
これがきっかけで、僕らは仲良くなっていく。
◆◆◆
『ウチが知ってる限りで、猫田君と仲良かったのなんて雪くらいしか知らない』
昨日千歳に言われた言葉が頭から離れない。一晩散々頭を悩ませた結果、雪はある答えに辿り着いた。
(ひょっとしてイケメンのライバルって私自身…?)
そして雪を悩ませる原因がもう一つ。
お昼、意図せずに起こしたラッキースケベ。偶然とはいえ、イケメンが猫田君に押し倒されたのだ。
「なんで、そんなに似てるの」
確かに、猫田君はそう言った。話しから察するに、猫田君の好きな人と似ているという事だろう。
万が一、億が一、猫田君の好きな人が雪だとしたら、どこかしらでボロが出ているという事になる。
(それはやべーだろ…)
雪と猫田君が疎遠になったキッカケは、雪の詰めの甘さにあったのだから。
◇◇◇
僕と君の魔法陣、という作品がきっかけで私は猫田君と仲良くなった。そして、仲良くなるにつれて猫田君を可愛いと思うようになっていた。
しかし、だからこそ隠さなくてはいけない。
(ぼくきみにハマった最初の理由がBL的な意味だって…)
もちろん今は主人公はどのヒロインとくっつくんだろうってのも気になるし、強敵とのバトルの途中で終わったから早く次巻出ないかな、とかも思ってる。でも、最初のキッカケはやけに距離の近い主人公と男友達のCPだったのだ。…だって好きなサークルさんが描いてたから仕方ないじゃないか。
放課後、今日は早く帰りたいと言う千歳と別れ、一人本屋へと向かう。
この時、真っ直ぐに帰っていればと今でも思う。そして何より、BL本なんて買わなければと今でも後悔している。
更に言えば、オタクに優しいアニメショップなんかではなく、普通の本屋に行けば良かったとも。
「あれ…もしかして橋本さん?」
「えっ猫田君!?」
声を掛けられ、笑顔で振り返る。
……振り返ってから事態の深刻さに気がついた。
しかし、時すでに遅し。私の両手には大量のBL本が、しかも運の悪い事に一番上にはぼくきみの男友達×主人公の同人誌が…。全年齢とはいえ明らかに距離の近すぎる男二人が描かれた表紙。
一目見れば、すぐにそういった本だと分かってしまうだろう。
「あ…そういうの好きなんだ」
「………うん」
もう弁明の余地はないだろう。必死に言い訳を探した後に、全てを諦めて私は頷いた。
◆◆◆