第7話 猫田君の好きな人
あ、何かいい匂いがする。
雪が真っ先に思ったのはそんな事だった。
(ていうか近っ!!!?うわ睫毛長い、髪さらさら、目デカッ!!!ひええ泣きボクロえっち!)
間近に迫る猫田君の顔に動揺する。パーツのひとつひとつに感動しながら、どうしてこうなったのか雪は思い出していた。
……あれ、なんでこんな事になってんだっけ!?
◆◆◆
よく晴れた日のお昼休み。中庭のベンチには仲良く腰掛ける二人の男子生徒。
片方は母お手製の弁当を、もう片方はコンビニで買ったおにぎりを食べていた。
「橋本は彼女いるの?」
すっかり打ち解け、敬語もなくなり呼び捨てにまでしてくれるようになった。それを微笑ましく思っていたのも束の間、突然の衝撃発言に、思わず唐揚げを箸から吹っ飛ばした。何とか左手でキャッチし、そのまま口の中へと押し込む。
(あっやべ…)
うっかり口を塞いで返事が出来なくなってしまったので、首を横に振ることで伝える。
猫田君はきちんと受け取ってくれたようで、曖昧に笑うと、おにぎりを一口齧る。
「僕、好きな人がいるんだ」
どの男ですか?と言う言葉が口から飛び出しかけたが、唐揚げに塞がれていたお陰で未遂にすんだ。
「へー、どんな子?」
努めて平静を装うが変な汗が止まらない。
そんな様子のおかしい雪に気づいていないようで、猫田君は話し始める。
「見た目はちょっと派手かな…?先生に化粧濃いって怒られたりしてたし」
ふと、猫田君と女の子が仲良く話しているところをあまり見た事がないな、と思った。
どちらかと言うと男子の集団の中で楽しそにしているイメージがある。
(これはワンチャンあるぞ…!まだ男の可能性がな!!! ……いや化粧濃い男ってなんだ)
「…最近は前より化粧薄くしたみたいで、前よりも可愛いっていうか」
猫田君は照れたのか、両手で顔を隠す。雪はなんだその可愛い仕草は、と思っていた。
「仲良いの?」
「…前は良かったかな」
そう言って猫田君は手を離す。そこには先程までの照れた表情はなく、複雑そうな表情を浮かべていた。
「まあ全部、僕が悪いんだけど」
気づいた時には、もう右手は頭の上にあった。猫田君のさらさらの髪を、雪の指が乱していく。
「あっごめん、つい」
そう言って、どかそうとした雪の手を猫田君が掴んだ。その顔は驚きを隠しきれないようで、大きな瞳をさらに大きく見開いている。
ずいと顔を寄せられ、逃げるように上体を反らす。
限界まで反った体は、ついに限界を越え後ろへと倒れた。そんな雪の上に猫田君も覆い被さるように倒れる。
あ、何かいい匂いがする。
雪が真っ先に思ったのはそんな事だった。
◆◆◆
雪の心は台風の如く荒れていた。
あと少しで五限目が始まると言うのに、机に突っ伏し項垂れていた。
(猫田君に好きな女の子がいただと…)
突然、伏せた顔を机に押し付けられる。顔面が潰れ、呼吸が困難になる。
「待て待て死ぬっ!!!」
「最近いっつも昼になると消えるわ、戻ってきたと思ったらキモいくらいはしゃいでたくせに、今日は凹んでんの?随分と忙しいね」
顔を上げれば、千歳が呆れたように腕を組んで雪を見下ろしている。
「かくかくしかじかでして…」
「アホか、それでわかるわけないでしょ」
バカ正直に全てを話すわけにもいかないので、猫田君に好きな人がいるらしい事、相手は仲が良かったと女の子である事を風の噂で聞いた、と説明した。
千歳は真剣に頷きながら聞いてくれた。
が、全てを聞き終えると盛大にため息を吐いた。
「えっちょっ酷くない!?」
「……まあウチが知ってる限りでの話しだけど、」
きょとんとした間抜け顔を浮かべる雪を、千歳は呆れたように見る。
「ウチが知ってる限りで、猫田君と仲良かったのなんて雪くらいしか知らない」