第3話 腐女子と現実
トイレの個室で、雪はハンディライトを片手に頭を抱えていた。
前回イケメンに変身した際、服装は何故か帰りの電車で読んでいた漫画のキャラが着ていたものだった。つまりは私服、この学校内をうろつくには少々目立ちすぎる。
(都合よく変えられたりしないんだろうか…)
ものは試し、と顔を下からライトで照らす。
見事に変身は成功。安定のイケメンフェイスに長い手足、そして肝心の服装はーーー
「いや何でステージ衣装!?」
一言で言えば蛍光色。
ど派手な色のぶつかり合いだ。色だけでなく形状も変わっており、奇抜なデザインは見る者の目を引く。
当たり前だアイドルのステージ衣装なのだから。
そしてこの衣装、つい最近見たような気がする。
当然だ、それは雪がここへ来る前に千歳が全力タップをキメていたソシャゲのキャラクターなのだから。
(これってもしかして…)
もう一度やり直そうと、ライトを持ち上げる。そのタイミングで人が入ってきた。
別に個室に入っている以上は特に問題はない。声を出さないようにするだけだ。
しかし、問題は彼女達の会話にあった。
「ねーさっきヤバかったよね男子~」
確かに聞き覚えのあるその声は、クラスメイトのものだ。
「そうそう、まじでキスするかと思った!」
「いやでも、鈴木の方は途中からまじの顔してたよね…引くわー」
「わかる引くよね。でもちょっとわかるな~。猫田君ってウチらより可愛い顔してるもん」
「そうそれ、かなり女顔だしね~」
は????
私がいない間に教室でそんな事が起きていたの???
(こうしちゃいられねー!!!)
雪は扉を開け、勢いよく外へと出る。
イケメンの姿のままで。
「キャーーーーー!?」
どんどんと青くなっていく雪、そして響き渡る女子の悲鳴。雪は「終わったな」と確信した。
やけくそ精神でトイレから出て、廊下を駆け抜ける。この階の角には空き教室がある、そこへと駆け込んだ。幸い、廊下には人は少なく、目撃者もそれほど多くはないだろう。
すぐさま、元の姿に戻る。
しかし、この空き教室から出て行く気になれず、雪は人生で初めて授業を一時間サボった。
ーーーその後、女子トイレにコスプレをしたイケメンの不審者がいたという噂が流れたとかどうとか。
◆◆◆
千歳はトイレから一向に戻ってこない雪を心配……はしていないが、何やってるんだあの馬鹿と思っていた。
教室の角に男子がわらわらと集まって、何かやっている。その中には当然、雪のお気に入り猫田君の姿もあった。
が、千歳には関係ないことだと、スマホのタップを再開した。
「くっそー負けた!」
一人の男子、確か鈴木とかいう男子がそう騒ぎ出す。周りもそれに同調するように、ゲラゲラとした活気のある笑い声が広がる。
どうやら腕相撲大会をしていたらしい。
…あの可愛い顔した猫田君にまで負けたのか、鈴木とかいう奴は。
「罰ゲームは鈴木と、2番目にビリの猫田な!」
男子生徒の一人が、そんな事を言い出した。
罰ゲームとは何なのか、と思わなくはなかったが千歳は今タップで忙しいのだ。
「俺、猫田なら余裕でいける気がする」
千歳は思わず顔を上げた。そんなBLのお決まり台詞をリアルで言う奴がいるだなんて。
今ここに雪がいないのが悔やまれる。この感動を共有したいというのに、何故あの馬鹿は戻ってこないのか。
(猫田君ってリアルに受けじゃない…)
今までは雪の話を耳から耳へと聞き流していたが、これからは真面目に聞いてやっても良いかも知れない。
(まあウチ的には、ああいう可愛い顔したのが攻めだったりする方が萌えるんだけどね)
受けはゴリゴリなくらいのマッチョだと更に良い、と千歳は心の中で一人付け足した。
◆◆◆
「やっぱりそうだ!!!」
サボっている一時間の間、雪はとうとうハンディライトの扱い方をマスターした。何もずっとゲームをしていたわけじゃない、半分位はしていたが。
空き教室には、イケメンが一人。雪と同じ高校の男子の制服を身にまとっている。
(やっぱりこれは私のイメージを具現化してるだけなんだ!)
確かにさっきの蛍光色は、イケメンの姿ならコスプレもいけるんじゃないだろうか、などと考えていた。おそらくそれが、そのまま影響してしまったのだ。
最初の時もそうだ、帰りの電車で漫画を読みながら、猫田君の攻めにはこういう私服であってほしいと考えていた。
「これで自然に猫田君に近付けるぞ!!!」
高らかにそう宣言するのと同時に授業終了の鐘が鳴る。
雪はあわてて元の姿に戻り、教室へと戻っていった。
教室に戻ると、何やらクラスメイトの視線を感じる。皆一様に雪を見てはガヤガヤとしている。おかしいな、もうイケメンの姿ではないのに。
不思議に思いながら、千歳の元へと向かう。
「雪、あんたどこ行ってたの?」
「えっ、えーっと…」
「先生が職員室まで来いって言ってたよ」
えっ、と叫んでしまう。しかし当たり前だ、現実世界で授業をサボったりしたら、怒られるに決まっている。
イケメンになる方法を見つけようが、雪は所詮、ただの現実を生きる三次元人なのである。
重たい岩を頭に乗せられた気分で、大人しく職員室へと向かった。