第1話 かくして腐女子はイケメンになった
腐女子のアレな表現が多々あります、ご注意ください。
『イケメンになって、猫田君と友達になりたい』
橋本 雪は確かにそう願った、フザケ半分で。まさか、本当に叶うなんて思っていなかったから。
雪は逸る気持ちを抑え、鏡を見る。
ツリ目がちな切れ長の瞳、ふんわりとした色素の薄い髪の毛。その他のパーツも、元の顔を思い出したくないほどに整っている。
「私の妄想してた猫田君の〝攻め〟そのものじゃん…!」
◆◆◆
朱色の立派な鳥居をくぐり、長い石段を登りながらも、雪は心ここに在らずだった。もちろん友人の話に笑顔で相槌を打つことは忘れないが。
(早く帰ってマンガ読みたい…)
雪は(どういうわけか仲良くなってしまった)リア充の友人に連れられて、有名な縁結び神社へとやって来ていた。
先日別れた彼氏よりもイイ男を捕まえるのだ、と意気込む友人を笑顔で対応しつつ、心中では一刻も早く帰りたいと考えていた。
(正直、君の彼氏よりも私は猫田君の彼氏について考えたいところだ)
猫田君とは、雪と同じ2年3組の男子生徒だ。
小柄で華奢な体躯、黒いさらさらの髪に、タレ目の大きな瞳。左目の下にある泣きボクロが特徴的な少年だ。
その容姿と穏やかな性格が、見事雪のハートに突き刺さった。
理想の〝受け〟として。
橋本 雪は腐女子である。かれこれ五年間、男性同士の恋愛に情熱と青春を捧げてきた。
ある時は、目的の品を手に入れるために複数の本屋を渡り歩き、またある時は過酷とも言われる戦場(同人即売会)を駆け抜けて来た。
「ねぇねぇゆっきー、五円玉持ってない?」
「えっああ、二枚あるから一枚あげるよ」
そんな事を考えていたら、気づいた頃には拝殿まで辿り着いていた。
友人に五円玉を一枚手渡し、もう一枚を投げ入れる。
(願い事…別に彼氏いらないしなー…あ、猫田君に素敵な彼氏…いや、)
イケメンになって猫田君と友達になりたい。
あわよくば抱かせてほしい!
つまり私が猫田君の彼氏だ!
瞬間、足元が不安定にぐにゃりと歪む。
隣にいるはずの友人も、あるはずの賽銭箱も見えなくなり、ただただ広がる暗闇。
見えるのは自身の姿だけで、何が何やらわけがわからない。
そんな時、視界に映り込む、黄金色のふわふわ。
ぴょこんと跳ねて、雪の目の前に現れる。それは、雪よりも頭一つ小さいーーーー。
「けっ」
「毛?」
「ケモミミショタだっっっ!!」
触れて良いのか悪いのか、迷った挙句にわきわきと彷徨う手は、完全に不審者のそれだ。
そんな不審な雪に、少年はニッコリと笑いかける。
「貴様の願い、叶えてやろう!」
ビシッと指をさされ、思わずぽかんとしてしまう。
雪のことなどお構い無しに、少年は続ける。ん、と雪は少年からハンディライトを渡された。赤い持ち手部分と、狐のストラップがなんとも可愛らしい。
「下から照らしてみろ。あーあれだ、暗い所でやるとビビるやつ」
「え、どういうこと!?」
顔を上げれば、そこはもう元通りの風景が広がっていた。
右ポケットに差し入れられたハンディライトを除いてーーー。
◆◆◆
「ただいま!」
おかえりー、という母の声を聴きながらも自分の部屋へ向かうため、階段を駆け上がる。
ドアに鍵をかけ、一度深呼吸。
「確か下から照らしてみろって言ってたよな…」
カチッ、と軽い音がして顎の下から眩しい光に包まれる。
何て虚しいんだ、と涙が出そうになる。
特に何も起こりそうもない。
…と思っていたのだが。
「ど…どうしよう」
明らかに高くなった目線、一回り以上大きくなった手のひら。そして、都合よく変わった服装。
雪は逸る気持ちを抑え、鏡を見る。
ツリ目がちな切れ長の瞳、ふんわりとした色素の薄い髪の毛。その他のパーツも、元の顔を思い出したくないほどに整っている。
「私の妄想してた猫田君の〝攻め〟そのものじゃん…!」