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新たな旅の始まり 一

紫瞳の悪魔による一連の事件より、五年の歳月が流れていた。

大人達にとっては、瞬く間の時間。

もうそんなに経ったのか、と誰もが感じ、口にする。

しかし、子供が成長するには充分な時間。


無尽の息子、錬金術師のレニは十七となり、一児の父となった。

妻となったブレアーティアがその年には身籠り、翌年に子を産んだ。

その娘、ニアが四歳。

父のレニ譲りの艶のある美しい銀の髪と、深い海にも見える青の瞳を持つ。

健やかに育っていた。


五年前は十二歳で、まだまだあどけない少女のような少年だったレニ。

しかし、それは今もさして変わっていなかった。

身長はほとんど伸びずに、体型も細いまま。

ブレアーティアが女性の標準程度だが、彼女よりも少し低いままだ。

そんなレニも今や父。

子供がいるなどと、見た目では誰もが思わないだろう。




そんなレニの幼馴染みにして従姉妹のアリサは十九となった。

レニとは逆にすくすくと伸び、頭一つは違う程度の身長まで伸びた。

茶の髪を耳の高さで切り揃える髪型や悪戯に人を見やる目付きは今も変わらずだが、魔術の腕は母すら超えている。


つい最近、幼馴染みのメランと夫婦となった。

実はずっと好きだった、と照れたように話したのだが、誰かがメランに問うた答えを聞いて激怒した。

曰く、放っておくと何をしでかすかわからないから。

彼流の照れ隠しだったのだが、新婚早々関係が危なくなるなどして、周りを慌てさせていた。




そしてアリサの妹、ルナ。

長い銀の髪を首筋辺りで母のティカが切り揃えている。

ぼうっとした瞳は深い青。

従兄弟のレニやその娘ニアと同じだ。

物心がついたであろう頃から、ルナは呆けたように大人しい娘だった。

ティカはずっと心配していたのだが、十の頃にただぼうっとしているだけだったと判明している。


それは無尽の魔術師が作り出した、数字の計算のための玩具で遊んでいる時の事だった。

六面体の各面に数字が書かれており、それを幾つかまとめて転がし、上に向いた数字を全て足し合わせるなどの、極めて簡単な遊びだった。

古くはアリサやメラン、その後レニも遊んだものだ。

成長に合わせてかけ合わせたり組み合わせたりなどするのだが、この時は単純に足し合わせるだけにしていた。

この時アリサとメランが懐かしがって遊んでいたのだが、ちょうど良いからとルナにも試した、と言う経緯だった。

果たして、ルナは答えた。

それは間違った答えだった。

何故なら、四つ転がした全てをかけ合わせていたから。

それは直前にアリサ達がやっていた事だった。


「ルナ、あなたこっちの計算出来るの?」

「出来るよ。」

「足す方も?」

「うん。」


かけ合わせる事の方が難しく、それが出来るなら足す方も出来て当然なのだが、困惑するあまりアリサはそんな質問をしてしまう。

そんな彼女にルナは普段通りの、何処も見ていないような目で、しっかりと答えた。

つまり、ティカの心配は見事に杞憂だったのだ。

家族全員が安堵と共に脱力した瞬間だった。




自宅の広い庭に置いた椅子に腰を下ろし、レンは子供達の事を思っていた。

思いの外早く、孫が出来た。

一緒に育った二人が無事に、結ばれた。

もう一人の姪も、大人しいが健やかに育ってくれている。

心配する事など無い。


「良い日差しね。」

「はい!」


この町に来た事が、全ての始まりだった。

ユニアに出会い、モロウとティカを紹介され、仲間として共に踏破した日々が、既に二十年程前である。


「ふふ、筒抜け。

もうそんなに経ったのね。

早かったわ・・・。」


二人の指には、二人の間だけで繋がる指輪が煌めいている。

その指輪が思念を伝え、受け取るのだった。


「早かったですよね・・・。

あれがもう、二十年も前だなんて。」


出会いは今も、鮮明に覚えていた。




偶然通りすがりに出会った二人。

魔術師は初めての迷宮探索。

戦士は兄を蘇らせるために、レイスに追われた。

そんな時にすれ違った。

魔術師は守るために魔術を使い、戦士は巻き込んだ罪を償うために剣を抜いた。

あれから二十年。


「何故戻って来たのですか・・・。

今でも覚えてるわ。」

「恥ずかしい・・・。」


その言葉を思い出す度に、ユニアの身体は震えてしまう。

あの時戻っていなかったら。

今はもう考えなくなっていた。

そんな言葉を言えてしまうレンが、今でもどうしようもなく愛おしく思え、震える。

その腕に、その胸に、抱かずにはいられない。


「ユニア?」

「好きよ、レン・・・。」

「急ですね・・・。

私も、好きですよ。」


初めて聞いた声、言葉が、それだったのだ。

魔物をすり付けた自分への言葉が、それだったのだ。

惚れずにいられるわけがなかった。

人として惚れ、そしていつしか、男としても。

ユニアの心には、二十年経った今でも褪せない気持ちが炎と燃えていた。


「生涯を、あなたと・・・。」

「あの時の、私の言葉ね。

その通りになったわ。」

「誓いの言葉でしたよね。」

「そうよ。

まさにそうじゃない。」

「それを、そうだと思って受けてたんですよね・・・。

初めて会った人だったのに。」


その時にはもう、魅せられていた。

自分の行いを悔いて流す涙に。

そして生涯をかけてでも償おうとする、真摯な姿勢に。


「とても、格好良かったんですよね。」

「今は?」

「今はその、とても綺麗で・・・。」

「ありがと。」


腕の中で赤面する可愛らしい夫に、口付けする。

軽く唇だけ触れ、ぴたりと合わせてから、離す。

それだけの事で、さらに色付く。

これ以上の事をこれまでに何度も交わしてきた。

けれど変わらず愛らしい反応を返す。

二十年経っても、そんなところは変わらない。


「・・・もっと、お願いします。」

「良いわよ、もちろん。」


今度はより熱く、深く。

そして忽然と、二人は姿を消す。

今も利用している便利な魔導具、妖精の部屋。

二人だけの部屋へと、入ったのだった。




レンとユニアは、兄夫婦の家を訪れていた。

アリサがメランと共に生活を始めたので、この家には兄モロウと妻のティカ、そして次女のルナが三人で暮らしている。

兄夫婦はすっかり老けてしまったが、いつだって幸せそうに笑って二人を迎え入れてくれる。

年を取らない二人を。


「そろそろ私達も限界だろうからさ。

義母さんと姉さん、よろしく頼むわね。」

「そうか・・・。

町の皆も気にしないでいてくれてるが、やっぱり駄目か?」


一向に老けない二人は、さすがにこれ以上この町には留まれない。

二十年、同じ姿でいるのだ。

レンは三十五歳となるが、見た目は十三の時に成長を止めた。

胸に宿る、魔石の影響だった。

新たな世界、異界の土地である八石の大地を蘇らせた八つの魔石の一つ、青の魔石。

それがレンの身体から時の流れを奪った。

そして同様に、ユニアの胸にも赤の魔石が。

二人は、老化しない。

ここに留まるにも、限界が来ていたのだ。

古くから住む人々は、確かに気にしない。

二人の人柄を気に入ってくれて、ずっと良くしてくれた。

しかし、新しい人々まではそうならなかった。

紫瞳の悪魔の事件があった五年前ですら、怪訝に見られたものだ。

今は、羨む目、妬む目、怖れる目、そして避ける後ろ姿。

多くはない。

むしろ少数だ。

しかしもう、無理なのだと悟るには充分だった。


錬金術師のサールは、既に引っ越した。

何処かの違う町で、名を変えて暮らすと別れを告げて。

テヘラは、今は何処にいるのかわからない。

斧槍をレンの家に預けて、分体で旅を続けているのだろう。

そしてとうとう自分達が、町から去る番が来たのだ。


「時々は、顔を見に来ます。

義兄さんも義姉さんも大好きですし、ルナの成長も見ていたいですから。」

「家はさ、好きに使ってよ。

多分二人も喜ぶから。

テヘラが帰ったら、旅に出たって伝えといて。」


二人は至って軽い調子で、ちょっと出かけてくるだけであるかのように話す。

しかしそれは、別れの言葉だ。

いつかこの日が来る。

それはモロウやティカにもわかっていた。

覚悟もしていた。

けれど、寂しく思う事は止めようが無かった。




「ごめん、兄さん。

ちょっと上がるわ。」


ユニアが突然、玄関先から家の中へと向かった。

そんな時は何かが起きている。

他の三人はそれを知っていた。

レンの魔力感知に反応は無い。

にも関わらず、ユニアは何かに気付き向かった。

それは、何かに恐ろしいものの気配を感じさせる。

三人もユニアに続いた。


居室には、ルナしかいない。

そのルナの背後に、轟音を撒き散らしながら穴が開いた。

それは八石の大地へと向かうために使う穴に似ていた。

つまり、虚空に開いた穴。


「ルナ!」


反応出来たのは、ユニアだけだった。

穴から大きな腕が二本伸び出てきて、ルナへと向かった。

庇うようにルナを逃がそうと間に入るが、その手はユニアごとルナを捕らえる。

三人は立ち向かおうとするが、レンの魔術よりも速く、腕は二人を連れ去った。

虚空に開いた穴は消え、後には何も残っていない。

残された三人はただ、立ち尽くす事しか出来なかった。




「本当に、一人で行くのか。」

「はい。

母さんとミサ姉をよろしくお願いします。

ユニアとルナは、私が必ず・・・!」

「レン、お願いね。

私達に頼れるのは、あなただけ・・・!」


泣き崩れるティカを二人で優しく包む。

かつて故郷を失い、最愛のモロウも一度は亡くし、そして今、娘も奪われた。

レンの中に久しく抱かなかった怒りが生まれる。

こんな理不尽があるものか、と。


「義姉さん。

必ず連れて帰って来ます。

私は義姉さんが名付けてくれた、無尽の魔術師です。

この馬鹿みたいな力で、絶対に連れ帰りますから!」


レンは頭を柔らかく胸に抱き、努めて明るく振る舞う。

ありがとう、ティカはそれしか言えなかった。

涙が止められず声も唇も震え、たったそれだけの言葉すら、やっとの思いで口にした。

それを見ると悔しくて、音が鳴る程に歯を食いしばる。

モロウと目を合わせ、頷き合って、レンは離れた。


「行って来ます。

次に会う時は、三人ですからね!」


そして、転移する。

兄夫婦は見送る事しか出来ない事が、堪らなく無念だった。


明けましておめでとうございます。


どうにかこうにか目処がつきましたので、本日よりの再開とさせていただきます。

頻度としましては週に一回、ないしは二回程となります。


今年もよろしくお願い致します。

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