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間話 ある使用人の生活

色鮮やかに花が咲き乱れる都市、聖都。

その外れに、屋敷があった。

屋敷自体は小さなもので、その分庭が広い。

塀が異常な程に高く、外から中を窺い知る事は困難だ。

入口はしっかりした門によって守られており、それも閉ざされたまま開かない日の方が多い。

時折出かける者があっても使用人で、その使用人も多くの事は語らない。

何処か冷たい面立ちの、人を寄せ付けない女性であった。


使用人は馬に荷車を引かせ、たくさんの物を買っていく。

食品が多いのだが、衣類や単純に布などもあり、実に雑多だ。

まとめて買うように指示されているのだろう。

彼女の事を知らぬ男が希に声をかけ、すげなく断られた事に腹を立てて襲いかかるなどするのだが、その末路は悲惨だ。

掴むほんの僅かの寸前で、男は宙を舞って路地に叩き付けられる。

その上で容赦の無い踏み付けが、とある部位を襲う。

噂話によれば、その洗礼を受けて無事だった者は皆無だと言う。

そうして、赤く鋭い睨みで見下し、鮮やかな金の髪を風になびかせながら歩き去って行くのだ。


そんな日の夜は、酒場で彼女の話が盛り上がる。

今度は誰それが洗礼を受けた、俺は無事でない方に賭ける、それでは賭けにならない、などなど。

人付き合いは良く無かったが、その痛快なあしらい方が話題を呼び、本人の知らないところで受け入れられていた。




使用人の女性が、必ず寄る店がある。

商店の立ち並ぶ通りの一角、荷車一台通れぬ道の端にある、一軒の薬屋だった。

店内に入った瞬間に鼻をつく刺激臭は、大抵の客をそれだけで追い払う。

悪臭の次には、あまりにも胡散臭い店内の様子。

腕の骨や煙を吐き出す瓶などが置かれており、あまりに如何にも過ぎて残った客も踵を返す。

つまり、客などいない。


「いらっしゃい。」


しかし、聞こえてきた声は若く、艶やかな女性のものだった。

奥から姿を現したのは、使用人と同じく金の髪と赤の瞳を持つ女性。

店主は、使用人とはうって変わって妖艶な空気を纏い、その目元、その口許、大きく開いた胸元や身体付きなど、男を惑わせる要素を集めたような容姿だった。


「相変わらずね、ミアナ。」

「姉さんもね。

今日も、いつもの痛み止め?」

「そうよ。

あの方のお身体が、以前にも増して進行しているのよ。

私では、和らげて差し上げられない。」

「気持ちはわかるわ。

いつも話す事で悪いんだけど、常用してると効き目が薄くなるからね。」

「ええ。

それでもあの方には、必要だもの。」


ミアナ、と呼ばれた店主は、既に用意していた瓶を差し出す。

中には粉末状の薬剤が詰まっている。

真っ白の薬だった。

使用人は金貨を一枚渡し、瓶を受け取る。

大切そうに布で包み、手に持っている袋へとしまった。


「また、作っておくから。」

「ええ、お願い。」


去ろうとして、使用人は振り返る。


「あの子は、元気?」

「すっごい元気よ。

今は遊び疲れて眠ってるけどね。

姉さんが来てたって知ったら、きっと怒るわ。

どうして起こしてくれなかったの、ってね。」

「そう・・・。

あなた、幸せ?」

「色々あったけどね・・・。

うん、幸せかな?」

「それなら、良いわ。」


柔らかに笑って、使用人は帰途につく。

ミアナは目を見開いて見送り、それから嬉しそうに笑みを浮かべた。


「姉さんも、笑うようになったか。」


その客を最後に店を閉め、ミアナは夕食の支度を始めた。

古い歌を、微かに鼻で歌いながら。




使用人が外出していく。

この日は馬も荷車も無く、葦の手提げを一つ持つのみ。

さして急ぐ風でもなく、しかしゆっくりでもなく。いつもの通りの規則正しい歩調で歩いている。

背筋も曲がらず凛とした姿は、その日も人目を惹き付けた。


使用人は、幾つかの食べ物を購入した。

最近流行っている、真新しい料理や甘味だ。

それらを手提げへ大切にしまい、彼女は西門より外へ出る。

そこからは飛翔により高速移動を行い、目的地へと瞬く間に到着した。




通称小鬼と呼ばれるゴブリン達の集落は、この十数年の間に見違えるような発展を遂げていた。

かつて神官から見せられた想像による生活を、彼らは手に入れていた。

頑丈な家、暖かな暖炉、笑顔の絶えない家族。

言葉も人語を操る者がほとんどで、使用人も会話に困る事は無い。


ゴブリン達は街道の整備や護衛の他に、畜産を始めていた。

主に鶏を扱い、卵と肉を聖都に卸している。

買い手はエルハル大神殿。

そこから民に安価で販売されている。

使用人は彼らの町の長に会い、彼らの卵や肉がどのように変貌を遂げているか、それを知らせていた。

年に二、三度程だが、こうして訪ねる度に皆喜んで、使用人を歓迎していた。


彼らの姿は、人間にとっては醜悪と言えるものだ。

しかしこうして接するようになれば、何処か愛嬌があるように見えてくるのだから不思議だと、使用人も疑問に思っている。

女性の使用人よりひと回り小さな手と握手を交わし、彼女は次の町を目指す。




鬼と恐れられていた魔物、オーガ達の集落もまた、様変わりしていた。

彼らは西へと森を切り拓き、草原まで町を拡大した。

そしてゴブリン達と同じように家畜を育てたが、オーガ達の場合は自分達のところで全て消費されていた。

代わりに彼らは、武具や工芸品などに力を入れた。

街道の整備や護衛の仕事で稼いだ資金で素材を買い付け、それを元に人間向けの商品を作った。

それをエルハル大神殿に卸し、売り捌いてもらう。

その内に資金も無事回収出来て、集落も大きくなり、今に至る。


オーガの長は、人間の男性を婿に迎えていた。

見た目には特筆すべき特徴はない。

けれど彼は底抜けに善人であるらしい。

元は衛兵として街道へやって来た男で、強いとは言えない程度の実力しかない。

しかしその人柄に長が惚れ込んでしまい、十数度に渡る押しかけによってついには結ばれたと言う話だ。

二人の間には、ハーフの娘が生まれた。

今では美しくも逞しい少女に育っている。

彼女は使用人によく懐いた。

お土産目当てもあるのだろうが、町一番の力持ちに洗礼を見舞った事が大きい。




使用人は、ほとんどの時間を屋敷の中で過ごしている。

炊事洗濯掃除に手入れ。

毎日全てをこなしているわけではないが、出来る限りをこなすよう心がけている。


使用人の主人は、今は寝た切りだった。

身体の痛みに苦しみながら、呻きの一つも発さない。

だが、使用人に声をかける事は忘れなかった。


「お薬でございます。

私がお世話させていただきますので、どうかそのままで。」


使用人は薬を水に溶かし、それを少しずつ主人に飲ませる。

しかし日々濃度が上がっており、このままではミアナが言ったように効かなくなってしまうだろう。

その時に主人がどうなっているか。

それを想像しただけで、彼女は身震いするのだった。




彼女は本来、このような任に当たる人間ではなかった。

各地へ潜み、指令を伝える密偵。

それが彼女の任務だった。

けれどそんな日々に嫌気が差してしまった。

想う人はもういない。

妹の想い人と同じに殺された。

その仇は、妹が討ってくれた。

その瞬間に、何もかもが片付いた気がして、何をする気にもなれなくなった。

だから山奥に分け入り、世捨て人となって暮らした。


このまま一人で果てて行くのだろうと自堕落に過ごしているところへ、ある日妹がやって来た。


「子供が出来たの!」


それは奇跡と呼ばれる類いの出来事だった。

妹は、子供が出来ない身体だと言われていた。

けれど、出来た。

使用人は、しかし誰の子なのかと気が気ではなかった。

あの男の子供なのか。

もしそうなら、自分は果たして手を下さずにいられるのか。


けれどそれは杞憂だった。

妹は、夫も子供も連れて来ていた。

誠実そうな男だった。

妹はもう一度、普通に恋をして、大切な人を作れていた。

彼女は全てを聞かせたらしい。

夫はそれでも良いと言ったそうだ。

そして子供が生まれ、どうしても姉に会わせたくなったのだと、妹は話した。


「妹を、よろしくお願いします・・・。」


必死にそれだけ絞り出し、後は嗚咽に何も言えなくなった。

姉妹二人で声を上げて泣き、夫は穏やかな笑みで見守っていた。

おかげで姉も、何とか街で生きる気になれた。

仕事を探せばかつての主人が姿を見せて、新しい仕事を見繕ってくれた。


「アレンティエル様のお付きになってみない?」


畏れ多い仕事だったが、隠遁している間に法王の座を退いていて、今は余生をのんびり暮らしているのだと聞かされた。

そして、会うだけでもと誘われた。

何か裏がありそうな気がしていたのだが、結局それも杞憂で、全く何もありはしなかった。

前法王は、姉の素っ気ない言葉や冷たい印象を何故か気に入り、それならばと姉も引き受ける事にした。


そうして姉は、使用人となった。




アレンティエルは、しばらくは城に居を置いていたが、いよいよ迎えが近くなってきた頃に、聖都の外れの邸宅へ移った。


そしてあの日、人を辞めた。


しかし、そうは言ってもアレンティエルはアレンティエルだった。

色々とからかうような物言いで、使用人を困らせる。


「飄々としたように見えて、内心で慌てておるところが良い。」


アレンティエルは、そんな風に彼女の事を気に入っていた。

遥かに年上で、遥かに位の高い人物に口説かれているような言葉を告げられ、また内心で慌ててしまう。


惹かれたわけでも、恩義を感じたわけでもなかった。

けれど、この人のために生きてみようか、そう思う程度には、日々の生活が気に入っていた。




「ニエラ、そこにおるか?

いよいよ目も見えなくなってしまったわ。」


アレンティエルの状態は、悪くなる一方だった。

既に聞かされていた事だが、アレンティエルはこのまま骨のみになってしまう。

毎日身体の何処かで機能が失われ、腐り、崩れ落ちていく。

この状態を知る人間は、少ない方が良い。

そんな理由で、使用人は一人だった。


「レンの講義も間に合わなんだな。

耳まで失ってしまうぞ。」

「その時には、念話がございます。

私もおそばにおりますから。」

「うむ。

頼んだぞ、ニエラ。」


魔術の修得は、感覚の全喪失に間に合わない。

けれどニエラには、勝手に教える事は禁じられていた。

無尽の魔術師には、彼女なりの教え方があると言う事だった。

ならば急いで欲しい、そう思わずにはいられなかった。




その日の買い物は、酷く少なかった。

食べられる人間が、一人しかいなくなってしまったのだ。


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