間話 錬金術師レニ
門の街ハルは四国の大地と八石の大地を結ぶ、門と呼ばれる宙に開いた穴を管理する門の神殿を中心として栄えた街だ。
神殿では二柱の神、正義のイルハルと慈愛のエルハルが信仰されており、それぞれの大司教二人が街の統治も取り仕切っている。
そこから円状に街は拡大を続け、今は四層目を迎えていた。
この街では身分と言うものを定めていない。
四国において貴族であった者も例外無く平民と呼ばれる。
元々の貧富差は如何ともし難いが、生活に困る事が無いよう大司教が法を定めている。
もっとも仕事に困る事は無い。
農地に出来る土地は広く、開拓する場所にも困らない。
そして、大司教二人が心を痛めた問題だったが、魔物との戦いも頻発した。
八石の大地の魔物は、ただただ凶暴だった。
意思の疎通は不可能で、彼らはその欲望を、主に食欲を満たすためだけに人を襲った。
念話で話しかけても、伝わってくるのは食らう事のみ。
住処を奪われた怒りでも報復でもなく、ただ食う事だけが、彼らの望みだった。
そして人が襲われるのは、単に弱者だからだ。
彼らは、人がいなければ他の種族を襲う。
人が弱くて、都合が良いから狙った。
ただそれだけだったのだ。
意思の疎通など、望むべくもない。
そうして大司教二人には不本意だったが、魔物への狩りが行われた。
それが、生業になった。
守るには兵士が必要だった。
訓練し、武具を揃え、騎士団が設立された。
街が出来て九年、神殿騎士団は無事に中央を守り続けている。
ハルの街の三層目、大神殿から東に向かう大通りから少し北へ入ったところに、その錬金術店はあった。
控えめの店舗部分の奥には二階建ての住居があり、庭にせり出した屋根の下にはテーブルと椅子。
店の扉を開けると鐘が鳴り、店主に来客を告げる。
すると顔を見せるのは齢十二歳程の愛らしい少女、のような少年である。
「いらっしゃいませ!」
少年らしい元気な挨拶と朗らかな笑みに迎えられれば、誰でも笑顔になってしまう。
この少年こそが当代一と名高い錬金術師サールが唯一師事する事を認めた弟子、錬金術師レニである。
その幼さから侮る客が多いのだが、この店に並んでいる品々を見て、試してみれば、その実力を知る事は容易い。
だからこそ、この店の商品は高い。
魔導具は月に一つ売れる程度だった。
しかしこの店の主力商品は別にあった。
迷宮の町から仕入れられる、術紙。
一枚に付き一度しか使えないが、誰でも魔術が使えるとあって、特に治療の術紙がよく売れた。
迷宮の町にある師匠、サールの店で売っている物と同様の物で、値段は少し上がる。
それはここまで運ぶための手間賃だと、店主のレニは言う。
ともあれ、この術紙は街を守る兵士や冒険者達に重宝されている。
売っている店がこの店だけなので、来客は案外多い。
兵士には店が兵舎まで直接卸しているので、客は主に冒険者だが。
店主レニの朝は五時から始まる。
この家に一人で住んでいる少年は、一通りの事を全て自分の手で行っていた。
朝食を済ませ、開店の支度を整えて、大神殿に向かう。
以前この間を狙って、店に忍び込んだ者がいた。
高価で強力な品々があるのだから、当然狙われた。
するとまず店舗内、もしくは住居内に入った時点で、少年の声により警告が発せられる。
「侵入者を確認しました。
今引き返すなら罪には問いません。
お帰り下さい。
秒読みを開始します。
五・・・四・・・」
仕掛けは当然魔導具であろう。
大抵の盗人は、この時点で諦める。
しかしそれでも諦めなかった強欲なる者は、皆が必ず同じ運命を辿る。。
五秒間留まるか物に触れた時点で転移が発動し、兵舎地下に作られた一つの牢に放り込まれるのだ。
そこは専用とされており、大司教ルタシスの名で確保されている。
兵士達は何も聞かされていない。
だが、ここに送られて来た者は確実に罪人である。
それだけ、聞かされている。
だから盗人が何を話しても取り合わない。
後程、大司教ルタシスが少年を連れて訪れ、刑が決まる。
ちなみにこの魔導具は、近しい者の魔力には反応しない。
例えば父が要保護対象者を転移させた場合、転移されてきた瞬間に検知される父の魔力によって、要保護対象者を侵入者とは認識しない。
大神殿を訪れたレニは、朝の祈りに参加する。
敬虔な信徒・・・と言うわけではなかった。
レニの目当ては八割大司教ブレアーティアだ。
残りの二割で大司教ルタシス。
つまり、祈りはただのついでだ。
ブレアーティアは祈りの後に四半刻にも満たないが休憩を取る。
レニはそこを訪ねて良い許可をもらっている。
ブレアーティア自身が孫のように可愛がっていたし、付き添っているエンリアもレニを生まれた時から知っている。
「ブレアーティア様、今日も素敵でした!
愛してます!」
と言う言葉から、会話が始まる。
大抵たわい無い話だが、レニにとっては一日を幸せにする時間だった。
ブレアーティアにとっても、ここまで強烈に好いてくれる人間がこれまでいなかったので、新鮮で楽しい時間だ。
ブレアーティアが仕事に戻るのを見送って、レニは店に戻る。
しかし午前中は店を開かない。
家での事に当てる時間としていた。
洗濯や掃除、買い出しなどを全て午前中に片付ける。
そして少し早く昼を済ませて開店させる。
後は茶を飲みながら読書したり、揺り椅子でのんびり過ごしたりなどして客を待つ。
時折閃きを得て、魔導具を作ったりもする。
魔導具は、用意した物に長時間魔力を注ぎ、定着させる事で出来上がる。
この時に、魔術を覚えた数が多ければ多い程魔力が定着しなくなる。
それは魔力の形が、魔術に適した形へと変わってしまうからだと言われている。
それを聞いていたレニは、これまで一切魔術を使った事が無い。
おかげで強力な魔導具を作れる錬金術師となれた。
と思ったら、父が印導具なる物を作り始めてしまい、何やら悔しい気持ちになった。
ただ、父の事は尊敬していたので、やはりすごいと憧れる思いの方が強くなっていた。
以降、二人で新しい導具の案を出し合ったりしてより会話が増えるなど、嬉しい事もあった。
母からは戦士の観点より思いがけない意見ももらえ、それがまたレニの発想を助けたりした。
夜は軽い夕食を作り、それを食べている間に客が無ければ、それで店を閉める事にしている。
その後は浴室の支度を整えて湯を浴びたり、新しい魔導具の閃きを誘おうとあれこれと思案したりなど、やりたい事に時間を費やして、日付が変わる前には眠くなって、寝台に潜り込む。
そしてまた、新しい朝を迎えるのだった。
「レニちゃん、またティア様のところかい?」
「はい、愛してますから!」
レニは、自らの思いを少しも隠さなかった。
十と少しの少年が五十手前の大司教に執心している。
街の人々は微笑ましく見守っていた。
子供特有の憧れ。
ティアの二十代にすら見える若い容姿に憧れる男性は多い。
レニの思いもそんなものだと思われていた。
そんなある朝の休憩で。
「レニ君は、どうして私なの?」
ただ雑談の種のつもりだったのだろう。
ティアは気安い風に尋ねた。
「笑顔です!」
レニの答えは意外と言う程の事は無かったが、しかし不思議ではあった。
優しいところでも、明るいところでも、慈悲深いところでも仕事ぶりでもなく、笑顔。
「ティア様が父様を見る笑顔から、目が放せなかったんです。」
「レンちゃん?」
「明るく笑っているところが好きですが、ティア様は時折陰を落とされます。
それを払拭して差し上げたいと見つめて、話して、触れてもらっている内に、好きになってました!」
頬を染めて、しかし照れる事無く、レニは堂々と話す。
「ティア様、僕にあなたを幸せにする権利をいただけませんか?」
その表情はいつに無く真剣そのもので、この時ブレアーティアは気圧されてしまったと言う。
しかしその真っ直ぐな瞳と表情に、これまで色事の一切無かったティアの心は揺れに揺れた。
十二の少年にここまで迫られるなどと、誰が予想出来ただろうか。
「私はもうお婆ちゃんだから子供だって出来ないかもしれないし・・・、こんなに年が離れてたらレニ君だって絶対良くは見られないし・・・。」
「ティア様が嫌だと拒絶されるなら、引き下がりますが。
ですが、それが例え子供の事であっても、他の人間を引き合いに断られるのは納得出来ません!」
「レニ君、本当に十二歳?
しっかりしてるね・・・。」
ティアは圧倒された。
言い訳や言い逃れは通用しない。
受けるか離れるか、考えなければならないのだと、悟った。
「か、考えさせて、レニ君。
ちゃんと考えて、返事するから。」
「他人や僕の事なんて、考えないで下さいね?
ちゃんとティア様がどうしたいのかを考えて下さい。」
それからもレニは毎朝会いに行った。
そしていつも通りに話して帰る。
レニは急かさなかった。
いつもの通りの目映い笑顔で、ティアも笑顔にしようと楽しく話す。
「エンリア。
良いのかな、あんな子が私となんて・・・。」
「本人同士が望まれるのなら、私に止める言葉などございません。
レン様もユニア様も納得されているようでしたし、後はティア様のお心次第です。」
「そんなもん?
大司教なのに?」
「そんなものですよ。
特に今は、ここは法国ではありませんし。」
それから数日後の夕方、ティアの下に報せが入った。
東通りそばの錬金術店が襲われた。
犯人は罠にかかり、既に転移されている。
しかし、その手には血の付いた剣が握られていた。
それを聞いたティアは、走り出していた。
後にはエンリアも続く。
店に着けば人集りが出来ており、兵が宥めていた。
「レニ君は?」
「だ、大司教様!
彼なら中で休んでおります!」
ティアは問答無用に入り込み、レニを探す。
レニは居室の長椅子に座っていた。
ティアの姿に気付き、目を見開いて驚く。
「わざわざ来て下さったのですか!
ありがとうございます!」
すぐに笑みを作った。
その様子には変わりが無く、異常は見当たらない。
しかし、前に回れば服が斬られており、血が付着していた。
「そんな、大丈夫?」
「商品に手を付けるようでしたけど、治療の術紙がありましたから。
ティカ伯母さんの術紙は強力ですね!
身をもって実感しましたよ。
これからは自信を持って勧められます!」
「もう、心配したよ。
良かった・・・。」
力無く長椅子に座り、レニの手を握る。
それから頭を引き寄せて、胸に抱えた。
レニの耳には、早鐘を打つ鼓動が聞こえる。
「うん、決めた。
恋とか愛とかには、さすがにまだならないけど、そばにいて欲しいって思うから・・・。
こんなおばさんだけど、よろしくね?」
「は・・・、はい!
こちらこそ、よろしくお願いします!」
二人は抱き締め合う。
レニはまだ実感が無く、目が泳ぐようだった。
けれど目を閉じ、その腕に力を込め、ティアの鼓動と体温を感じ、やがて想いが通じたと言う喜びが、胸を緩やかに高鳴らせていった。
後日、ティアの部屋とレニの部屋を繋ぐための魔導具が設置された。
部屋の片隅に置かれた石板の上に乗って合言葉を呟くと、反対の石板が光を放ち転移される。
それによって二人は、いつでも会う事が出来るようになった。
朝の休憩にはレニが出向き、夜はティアがレニの部屋を訪れる。
そして一緒に眠り、朝になるとティアは帰って行く。
その魔導具はレニ製で、レンより助言を受けながら作った物だ。
「すごいね、これ。
おかげでいつでも、神殿を脱け出せるようになっちゃった。」
「悪用すると、エンリア様に片付けられちゃいますよ?」
「・・・善処するね。」




