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魔術師、自由を得る 五

意を決して、怯える心を押さえつけて、レンは声を絞り出した。

「信用したいです。

けど、私には無理です。

それだけの事をされましたし・・・、あの人になら私を罠にかける事くらい簡単な事ですから。」

ユニアの肩口から少しだけ顔を出して、弱々しい目を向けている。

エンリアの言葉が本当なら、それはレンにとって素晴らしい事だ。

何に怯える事も無く、ようやく当たり前に生きる事が出来るのだから。

しかし信用するには、大司教の力が強大過ぎた。

「そうですよね、疑われてしまいますよね・・・。」

エンリアは、悲しそうに目を伏せた。

しかしレンには、その様子すらも怪しく見える。

いや、怪しむように心を制御しているのだ。

そうでもしなければ、自身を守れない。

本当は人を疑う事などしたくない。

ましてエンリアは、とても善良に見えるのだ。

その隣に立つ戦士も、誠実そうな目をしている。

真っ直ぐな、凛々しい眼差しだ。

この二人があの男の手の者だなどと、とても思えない。

しかしだからこそ、疑わなくてはならない。

でなければあの冒険者の少年にされた事をもう一度、味わう事になるかもしれない。

そう思うのだ。


レンは一つだけ、二人を試す手段を思い浮かべている。

大司教が何をしてきたのか、その所業をこの場で、彼女らの口から語らせるのだ。

自分の過去を知られる事になるが、ユニアとルタシスなら構わなかった。

人を疑わなくてはならないこの状態は、自分にも辛い。

だからレンは、すぐにそれを言葉に出した。

「この二人に、あの人がしていた事を話せますか?

エルハルの大司教ともあろう者が犯した罪を、第三者に聞かせられますか?

それが出来るなら、信用します。」

エンリアは目を見張った。

やはり言えないのか。

そう考えたが、彼女の発した言葉は予想とは違うものだった。

「それを話してしまっては、レン様の事まで知られる事となってしまいます。

それでも構わないと仰るのですか?」

エルハルの信徒らしい、人を思いやる言葉だ。

その気遣いを嬉しく感じた。

この人が、あの男と関わりの無い人物であって欲しいと願ってしまう。

それを知るためにも、やはり話してもらわなければならない。

元よりこの二人になら知られる事に抵抗は無い、レンの心は決まっていた。

「構いません。」

エンリアは深く頷く。

「わかりました。

まずこの話は、法王様によって秘匿されている事柄だと知っておいて下さい。

この不祥事を、法王様は公表しない決定を下されました。

それは大きな混乱を避けるためです。

けれど、私は口止めを致しません。

この話を聞いて、どうされるか。

その判断はお任せ致します。」

そう前置いてから、本題へ入った。


エンリアは話した。

男色家であるその男が大司教と言う立場を利用し、たくさんの少年を集めた事。

たくさんの少年が弄ばれ、その命までも奪われた事。

ある時大神殿の一角で騒ぎが起こり、それを機に大司教一派の悪行が発覚し、その全てが捕らえられた事。

それが明るみに出れば神殿の信用は失墜し、国が荒れてしまうと判断した法王が事件を隠蔽した事。

そのために大司教一派は極秘裏に全員が処刑された事。

そして大司教は交代し、女性の現大司教が立てられた事。


「切っ掛けとなった騒ぎは、きっとレン様が引き起こされたものですよね。

私共はレン様に謝罪と、お礼を申し上げなければなりません。

私共大神殿が、ご迷惑をおかけしました。

もっと早くに動けていたらと、悔やまない日は御座いません。

本当に、申し訳ありませんでした。」

声は次第に、涙に震えた。

両の眼から溢れた涙は頬を濡らし、深く頭を下げると同時に床へ跡を残す。

エンリアは、やっと探していた人物に会えたのだ。


エンリアは、現大司教の下でかつて調査を行っていた。

前大司教の行いは早くから知るに至っていたが、全く尻尾を現さず、何を掴む事も出来なかった。

逆にこちらの踏み込んだ足を捕らえ、罠にかける程の巧妙さであしらわれていた。

何人もの仲間達が失われてしまった。

ある者は立場を追われ、ある者は罪を着せられ、そしてある者は命を奪われた。

エンリアはこの手の事に向いておらず、深みに陥る程踏み込む事がまず出来なかったために彼らのようにはならなかったが、焦燥と無念の日々を送っていた。

だからこそレンが起こした騒ぎは、エンリア達にとって絶好の機会となった。

抵抗も対策も許さぬ程迅速に動き、手当たり次第に人を送って人海戦術をもって全てを制圧した。

騒ぎを起こした人物は、既にいなくなっていた。

衣服一枚の、裸足の少女が街を走っていたとの情報は掴んでいたが、その先は辿れなかった。

各地に人探しの依頼を出したが結局見つからず、もう何処かで野に倒れて亡くなったのだと思われていた。

しかし、思わぬ偶然で会う事が叶った。

その奇跡に、エンリアは涙を禁じ得なかった。

「あなたのおかげで私達は悲願を叶える事が出来ました。

本当にありがとうございました。

そして、生きていてくれて、ありがとう・・・!」

もうそれ以上は、何も言えなかった。

拭っても拭っても溢れる涙は、頬を伝って滴り落ちる。

礼を言う事も出来ないまま、償う事も出来ないまま、無念を抱えてこれまで過ごして来た。

しかし今、思いかけぬ縁をもって巡り会う事が出来た。

この奇跡と、そして何よりも生き抜いていてくれたレンへの感謝の思いが胸を満たし、膨れ上がり、抑え切れない。

その背を優しくメランが撫でていた。

その瞳も、やはり潤んでいた。


レンも泣き崩れていた。

もう怯える必要は無くなっていたのだ。

エンリアの様子で、それが嘘でない事は明らかだ。

これからは当たり前に生きて行ける。

追われる事も無い、逃げる事も無い。

隠れる事も疑う事も、拒絶する事も必要でなくなる。

目の前が明るく開けて行く、そんな心地だった。

レンは身も心も、解放されたのだ。




落ち着いたところで、レンが改めて名乗って頭を下げた。

散々泣くところを見られてしまった事が照れ臭いのか、頬を染めている。

その様子がまた、ルタシスの胸に効いていた。

(可憐だ!

ああ、何と愛らしい事か・・・。)

しかしエンリアは、前大司教を男色家だと言った。

そして、少年を集めていたとも。

(いやいや、まさか・・・!

この可憐さで、まさか男なんて事はないだろう!)

そんな荒唐無稽な話、とても信じられなかった。

少年と言う言葉には、広義には少女も含む。

きっとエンリアは、そんなつもりで少年と言う言葉を使ったのだ。

などなどと、言い訳を頭の中で巡らせていた。

「失礼を承知で聞かせて欲しいのですが・・・。

レン様は男性、なのですよね?」

「はい、そうです。」

メランの問いに、はっきりとレンが答えた。

散々巡らせていた難題に、あっさりと止めを刺された。

「なん・・・だと・・・!」

ルタシスは呻くように呟く。

わかっていた。

わかってはいたのだ。

認められなかっただけなのだ。

答えが不意討ちで、突き付けられてしまった。

何と残酷な事か、ルタシスはあまりの衝撃に固まった。

そこに笑い声が聞こえた。

「いつ気付くかなって見てたんだけど、まさか今とはね!」

ユニアがお腹を押さえている。

笑い声は、ユニアのものだった。

ユニアは、ルタシスがレンを少女だと思っている事を察していながら、黙っていたのだろう。

痛くなる程笑うな、と思うが、咎めるのも癪な思いだった。

「黙ってたみたいになって、本当にごめんなさい。

訂正しない習性がついてしまってて、ついうっかり・・・。」

レンが察したのだろう、頭を下げてそう言った。

「いや、レンは悪くないさ、気にするな!

むしろこっちこそ察しが悪くて済まんな!」

お互いに謝り合う、妙な空気になってしまった。

しかし、とルタシスは考える。

可愛いと思うところまでで止めておいて良かった。

心の底からそう思った。

口に出していたらと思うと冷や汗が止まらない。


そこからは、五人で帰る事となった。

迷宮を出るまでは魔物を警戒して口数が少なくなっていたが、外に出れば途端に、主にユニアとルタシスがよく喋っていた。

それはレンの事であったり、エンリアやメランの事であったり、果ては酒場の新しいメニューや町での流行りの話であったりと、多岐に渡った。

レンやエンリア、メランは呆気に取られたが、結局は巻き込まれて談笑出来る程に親しくなっていた。

町に着いて神殿へと帰る別れ際に、エンリアはレンに声をかけた。

「レン様。

本当に何もかも、もう大丈夫です。

何もかも、ですよ?」

レンには、その言葉だけで伝わっていた。

それは魔石の事なのだ。

秘宝とまで呼ばれる存在を、レンはその胸に宿している。

知られれば狙う者が現れるだろう。

しかしエンリアが言うのなら、きっと大丈夫なのだ。

今のレンは、そう思う事が出来た。




その日もレンが湯浴みしていると、ユニアが入って来た。

概ねいつもの事なので、もう咎める気にもならない。

「普通に入って来ますよね。」

「もう慣れたでしょ?」

そんなやり取りで終わりだった。

ユニアは隠そうとしないので、自然とレンが身体ごと背ける事になる。

しかし今日は、背けなかった。

胸の傷痕の事を話そうと思ったのだ。

「見てもらえますか?」

横一文字に刻まれた、消えない痕を指でなぞる。

ユニアはレンの表情から察し、神妙な面持ちでそこを見ている。

「これは、前の大司教につけられたものです。」

見るからに痛々しい痕なので本当は見せたくなかったが、頼みたい事もある。

それもあって、今話そうとしているのだった。

ユニアが指を這わせる。

少し恥ずかしくなって、頬を染めた。

「この奥に、魔石があるんです。」

「胸の、中に?」

心臓の役割は、医学によって知られている。

そこを突かれると死に至る事も。

レンは頷いて、話を続ける。

「心臓に、魔石を埋め込まれたんです。

そして異常が表れなければ、丸ごと引き抜かれる予定でした。」

心臓に癒着した魔石を取り出すには、それが手っ取り早い。

捕らえた者の命を何とも思わない彼らからすれば、それが当然の手段だった。

「この魔石は、魔力をもたらしてくれます。

だから私は、幾らでも魔法が使えるんです。」

前大司教は、その魔石を取り込もうと考えていた。

しかし取り込んでから異常が発生しては手遅れになる。

だからその安全を確認するために、まずレンの身体で試した。

その結果が今なのだから、何がどう転ぶのかわからない。

レンは不幸の中で、幸運を掴んだのだ。

しかしこの魔石は、自分の中にあってはいつまでも安全とは言えない、そう考えた。

「もし私の身に何かがあったら、躊躇い無くこの魔石を持ち去って欲しいんです。

ユニアさんになら、託せます。」


ユニアはレンの目を見つめている。

もちろんこの話は、万が一を思っての事だろう。

だから否定する気も、拒絶する気も無い。

「わかったわ。

でもそれは本当に、最後の最後だからね。

手の施しようがなくて、どうにもならない事態に追い込まれたら、その時に考えてあげる。」

「それでも構わないです。

お願いしますね。」

聞き入れられて安堵したのか、レンは穏やかに微笑む。

けれど、そんな事態にはさせない。

ユニアは心の中で思う。

自分の命は、レンのために使うと誓ったのだ。

だから是が非でも彼には生きてもらう。

例えこの身を犠牲にしても。

(ま、無理のあることなんてしようと思わないけどね。

私だって生きて、一緒にいたいし・・・。)




町での用事が片付いたエンリアとメランは、帰る算段に入った。

それを相談されたルタシスは、二人を伴って酒場へ向かう。

「主人、この二人のために護衛の冒険者を見繕ってもらえないか。」

直接ルタシスが頼むのには理由があった。

迂闊に依頼を貼り出されてしまうと、冒険者の皮を被った悪党の餌食になりかねないのだ。

この酒場の主人なら要らぬ心配とも言えるのだが、念を入れておきたかった。

「例の、視察に来てたお二人さんだな?

何だったらルタシス、お前が行けば良いじゃないか。」

考えなくはなかった。

しかし神殿を放ってしまうのは問題であったし、一人ではさすがに守り切れない。

他にも雇う必要が出来てしまうなら、気心の知れた一団に任せた方が良いと考えたのだ。

「モロウとティカを連れて行けばいい。

二人で仕事を探しに来ていたぞ。」

「モロウの奴、もう動いて大丈夫なのか?」

大人しくしていられる人間でもないが、考えてみれば調子を戻させるにも良いと思えた。

そしてこの三人にメランがいれば、護衛としても充分だ。

「よし、それで行くか。」

神殿はエルハルの人間に任せる事とした。

テリル辺りが適任か。

視察に来た二人を結局最後まで預かっていたのだ。

断る事は出来ないだろう。

それに久しぶりの旅を思うと、元冒険者としての血が騒ぎ始めてしまった。




「それで三人共行っちゃったんだ?

レンを紹介したかったのに・・・。」

一人置いて行かれたユニアは、少し寂しい気持ちになっていた。

確かに今は新しい仲間、レンと行動を共にしている。

しかし声くらいかけてくれても良かったじゃないかと思ってしまうのだ。

むくれていても仕方ない、と思い直して、迷宮へと思考を切り替える。

もっと強くなって、いつかは最下層まで踏破したいと思っているのだ。

それにモロウに使った魔石のように、思わぬ宝が見つかる事もあり得る。

それによって自分でもレンでも強化出来れば、最下層へと確実に近付けるはずだ。

迷宮の探索が終わったら、何処かへ旅に出ても面白い。

生まれ育った皇国へレンを案内し、あちらでまた冒険に明け暮れても楽しいだろう。

そう考えていれば、置いて行かれた事も「もういいか」と諦める事が出来る。

「私にはレンがいるからいいか・・・。」

思わず口からこぼれた言葉に、主人は目を丸くしレンはむせた。

ユニア自身は、遅れてそれに気付いて赤面する。

「そうか、ユニアはそっち側だったか・・・。

いや、俺は別に良いと思うぜ!

個人の自由だしな!」

「もう、それで良いわ・・・。」

訂正する気も失せた。

それにそう思わせておいた方が、余計な男に言い寄られないで済む。

それはそれで好都合と思えた。


その噂は、想定以上の速度で広がって行った。

男勝りな性格とこれまで男を寄せ付けなかった態度が、信憑性を与えてしまったのだ。




「そうだ、レン?」

「はい?」

夜、宿の部屋で寝支度をしているところで思い付き、ユニアは名を呼んだ。

レンが怖れていたものは無くなった。

追手がかかる事はもう無いのだ。

ならば、故郷に帰れるはずだ。

冒険者などと言う危険な仕事をしなくても、村に帰れば家族が待っている。

そこで、穏やかな暮らしを送る事が出来るのだ。

「故郷には、家族のところには帰らなくて良いの?」


それは、かつて考えた事だ。

しかし追われている自分が帰っては、村に迷惑がかかる。

そう考えて諦めた。

前大司教は、きっと追って来ると思っていたのだ。

けれど今なら、自分は自由だ。

村で平和に暮らせるだろう。

帰る事が出来れば、の話だが。

「故郷が何処にあるか、わからないんです。」

レンは商人に売られ、何処とも知れぬ場所へ連れられて行かれた。

そこで、前大司教に買われたのだ。

そして村の年端も行かぬ子供が、自分が何処の国の人間なのかなど知るはずもなかった。

「だから、帰れないんです。」

力無く、笑う。

母に、姉達に会いたかった。

会って謝りたかった。

けれど村の名前すらもう、思い出せない。

苛烈な辛く苦しい責め苦に、絶望の中何もかもを諦めてしまった日々に、全ては塗り潰され、掻き消されてしまった。

思い出す日々はあまりにも取り戻し難く、忘れずには、諦めずにはいられなかった。

だから、抵抗も無く掻き消えて行った。

僅かに覚えているのは、母と姉達の名前や顔、そして村でよく遊んでくれた女性の、優しい微笑み。

それ以外はもう朧げで、思い出そうとするのも辛かった。

だから、もう忘れる事にした。

「そっか。

それじゃいつか、一緒に探しましょ。

冒険者なんて旅をするのが仕事だもの。

目標があって、ちょうど良いわ。」

ユニアは何とも無く、明るく笑った。

宛など無い。

手掛かりも心当たりも、何も思い出せない。

そんな状態で村一つを探そうと言うのだ。

それはきっと大変な旅であるはずなのに、ユニアはさっぱりと笑っている。

きっとユニアには何て事無いものなのだ。

ただ旅が出来る、その旅に目標がある。

それだけの事でしかないのだ。

既にその旅が、楽しみに思えているのかもしれない。

そう見えるような、明るい笑顔だった。

きっと見つけられる、その目標は達せられる。

そんな気になれた。

「ありがとう、ございます・・・。」

圧倒されてそれだけしか返事出来なかったが、ユニアは嬉しそうに頷いた。

(母さん、姉さん。

いつか、この素敵な恋人と一緒に帰ります。

それまでどうか、元気でいて下さい。)

必ず村へ帰る。

それがレンの、旅の目標になった。


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