騎士団長、奔走する 一
レニアの南東区画も他と同様に被害を受けていた。
しかし、復興作業が上手くいっていなかった。
それは例えば資材の到着が遅い、量が間違っている、頼んだ人員が来ないなどのちょっとした失敗によるもので、それが積み重なって生まれた遅れだった。
人々はそれ程気に留めず、そんな事もあるかと言った様子で作業に当たっている。
しかし全体を知るフリントには、奇妙に見えていた。
「確かに南東だけ遅れてるな。
でもよ、そんなに気にするような事か?」
そう言って書類を机に戻したのは、茶の髪に緑の瞳を持つ、名をサーブルと言う細身の男だった。
レニアにある四つの騎士団の内の一つ、緑馬騎士団を率いる騎士団長で、かつてフリントと共に法国の迷宮でレン達に助けられた人物だ。
当時から剣よりも弓が得意で、サーブルの配下には弓の扱える者達が集められている。
この日は魔物退治より帰還した報告に訪れていた。
嵐の中大変な思いをして帰って来たところだ。
サーブルの騎士団にはしばらくの休暇と特別手当が約束された。
その際に書類が目に留まり、そんな話をしたのだった。
「あそこの区長は、こういった失敗をしない男なんだ。
復興も一番早く進むと踏んでいたんだが、実際にはこうなっている。
もちろん責める気など無いのだが、珍しいと思ってな。」
レニアは四つの区画に分けて、それぞれに長を置いて管理している。
単純に、中央を十字に走る大通りを境とし、北西、北東、南西、南東と分けて区とし、長を区長と呼んだ。
この内北西は貴族の区画としており、領主邸もそこにある。
本当のところは分けたくなかったのだが、問題が多発する事が目に見えて明らかだったので、仕方なく北西の一区画だけは貴族用としておいた。
ただし、ここには区長を置いていない。
フリントが直接管理している。
理由としては、北西の区長が他の区長を軽く扱い、事実上の隷属関係に置いてしまう可能性を払拭出来なかったからだ。
貴族達の中にそれを不満に思う者もいるが、法国や大司教の後ろ楯があり、尚且つ無尽の弟子である事などから、敵対はして来ない。
名も実も備えているフリントに対し、我欲で反抗する事の危険性がわからない彼らではないのだろう。
大人しくしてくれているので、フリントとしても助かっている。
「ふむ、なるほどな。
悩みがあるか、実は家族を失ったとかはどうだよ?」
「悩みに関しては何とも言えんが、家族は全員自宅にいたようでな。
無事だ。」
とにかく会ってみない事にはわからない。
しかしフリントには、現在時間を作る暇が無かった。
各所からの報告が次々寄せられ始めたのだ。
書類仕事に追われる真っ最中である。
「そういう事なら俺が行こう。」
「本当か、助かる!
万一厄介な事になっていたら南東区の細工師、ニイさんを頼ると良い。
彼は師匠と繋がっている。」
通り魔の事件の影響か、フリントは嫌な予感を覚えてしまった。
思い過ごしであろうとは考えているのだが、拭い去る事が出来ていない。
だからあくまで万が一、としてニイを紹介した。
ニイに頼れば、話は師匠にまで届く。
そう考えたのだ。
「師匠と言うとレンちゃんか、懐かしいな!
あの可愛らしい女の子が、実は男の子だなんてな。
聞かされた時は信じられなかったぜ。」
サーブルは懐かしく思い出す。
十年以上前に会ったきりで、しかし忘れる事の出来ない二人組の冒険者。
美しい戦士と可愛らしい魔術師は、凄腕だった。
つい先日この屋敷を訪れたと聞いて機を逸したと悔やんだところだったが、会えるかもしれないと思えば自然と胸が踊った。
もちろん恋慕の情は無い。
しかしサーブルにとっても、二人は恩人なのだ。
敬愛する気持ちは持っている。
「それじゃ、行ってくるぜ。」
サーブルは出かけた。
その目的はもちろん区長の様子を見る事だ。
だが気持ちは、恩人の方へと向かってしまっていた。
フリントの話から、南東区の区長は算術において能力を発揮する男なのだろうとサーブルは考えた。
そしてフリントが区長に選んだなら、人柄もまともであろう。
だが、まずは会う。
そう考えて、役所を訪れた。
南東区画の中央の、白く広めで二階建ての建物。
その一階にある、受付窓口向こう側の最奥。
そこに、区長はいた。
片耳にだけ簡素な耳飾りを着けた、金の髪の中年男性だ。
ぼうっとした眼差しで、表情は無い。
椅子に腰かけのんびりと、茶を綴りながら書類の一枚を眺めている。
机の上には各所からの書類が、フリント程ではないにしろ重ねられているが、区長は少しも急がない。
ついには手にしていた書類も投げ出して、椅子の背もたれに身を預けて目を閉じてしまった。
「何だ、これは・・・。」
サーブルは言葉を失った。
この男が、フリントの選んだ区長だと言うのか。
仕事を放って惰眠を貪り始めたこの男が。
話しかける気にもなれず、役人達に区長の話を聞いて回る事にした。
「元々は勤勉で、仕事の早い方でした。」
「雨の上がる前日辺りから、今の状態です。」
「家族の方も変わってしまった原因を知らず、戸惑っていました。」
などなど、どうやら現在が異常である事は間違い無いとサーブルも知る事が出来た。
そばで共に仕事する役人達も、そして共に生活する家族も、区長の変化の理由を知らない。
そんな事があるのか。
あるのだとすれば、想定出来るのはどんな事だ。
サーブルにはわからない。
情報もなければ、そもそも考える事が向いていない。
ここは大人しく、細工師を頼る事とした。
人に聞いて居場所を探すと、細工師は復興作業の真っ最中だった。
見ているとなかなか好人物なようで、人々から頼りに思われている事がわかる。
細工師と聞いていたからか細身の男性を思い描いていたが、意外にも筋肉質な、どちらかと言えば逞しい容姿の中年男性だった。
重い木材を容易く運ぶ筋力と、石材を均一に積み重ねていく繊細さを持ち合わせた、素晴らしい職人。
それが細工師のニイであった。
サーブルも作業に参加する。
剣と弓ばかりの生活だったが人並には動けるはずと、協力を申し出た。
「手伝ってもらって助かった。」
サーブルはニイに連れられて、工房へとやって来ていた。
そこで彼がフリントお気に入りの職人なのだと知る。
屋敷で目にしている意匠の物が、工房内にたくさんあったからだ。
何とも無く眺めてみると、一つ一つの丁寧な仕事がよくわかる。
だが、ひとまずは置いておき、本題へ入る。
「ここの区長の事なんだが。」
ニイはそれだけの言葉で理解した。
最近の異様な様子を把握していたのだ。
ニイはまず椅子を勧め、サーブルが座ってから口を開く。
「区長は、変わった。
それが何故なのかはわからん。
だが通り魔の事と言い、ただならぬものによって引き起こされているのやもしれん。
それで、区長はどうなるんだ?」
「彼に何が起きたのか、知りたいんだ。
それ次第では、別の区長を任命しなければならない。」
「ふむ、なるほど。
調査するのなら、領主の師に頼め。
そういった事が得意と言うわけではないようだが、魔術の力で強引に突き止めてくれるだろう。
しばらくは赤毛の牡鹿亭を拠点にすると話していた。」
サーブルは立ち上がった。
そこに行けば、恩人に会える。
情報に感謝して、頭を下げた。
「ありがとう!
早速行ってみるぜ!」
幸いな事に赤毛の牡鹿亭は通り沿いにある店で、サーブルも見た事があった。
時間もまだ閉店には早い。
走れば四半刻もかからずに到着出来た。
店は開いている。
ひとまず息を整えた。
恩人との再会だと言うのに呼吸を荒くしていたのでは格好がつかない。
サーブルは三十代半ばだが、ユニアはそう離れてはいない年頃だと記憶している。
どんな女性になっただろうか。
そしてまるで少女のようだった少年は、どんな青年になっただろうか。
その姿を思い描いてみると、ユニアは成熟した大人の女性。
記憶の中の彼女はまだまだ若く輝くようだが、今は落ち着いた雰囲気の魅惑的な女性となっているだろう。
そしてレンは如何にも楚々とした、貞淑な女性のような青年だと想像する。
男性らしい姿を思い浮かべられなかった。
そうする間に呼吸も整い、ようやくサーブルは酒場へと足を踏み入れた。
さっと眺めて、目はすぐに二人を見つけた。
二人は、あの頃と変わらない姿だった。
ユニアはとても四十前には見えないし、レンなどは少女のままだ。
再会の喜びよりも、懐かしさが勝ってしまった。
ゆっくりと近付き、確実に二人である事を確認する。
見間違いようも無い。
かつて命を救ってくれた戦士と、魔術師だ。
「お久しぶりです、ユニアさん、レンさん。
以前、領主様と共に助けていただいた・・・」
「サーブルさん!」
「あら、本当。
久しぶりね、元気?」
その笑顔は変わり無く、サーブルの胸を感情が締め付ける。
郷愁のような、懐古のような、そして感傷のような心の動きに戸惑うが、それは奥底に押し込んでおく。
「覚えていて下さいましたか!
フリン・・・おっとと、領主様とは違い、なかなか接する機会が無かったもので、忘れられている事を覚悟して来たのですが。」
サーブルは嬉しかった。
フリントはともかく自分の事も覚えていてくれた。
そして二人の眩しい笑顔。
それは再会を喜んでくれている証と言えるだろう。
この再会が私的なものであれば尚良かったのだが。
「サーブル、急ぐの?」
「いえ、そのような事も無いですが。」
ユニアに問われ疑問に思った。
恐らく仕事の用事で、依頼を持って来たのだと察しているのだ、
だから急ぐのかと聞かれた。
急ぐのであれば、仕事の話にしよう。
そう、気遣ってくれたのだと思った。
「急がないなら仕事の話をさっさと済ませて、少し座って行きなさいよ。
昔話の一つでも聞かせて。」
サーブルは酒に誘われた。
旦那の前で誘われてしまい肝を冷やしたが、その旦那はと言うと嫉妬どころか目を輝かせて期待の眼差しをこちらに向けている。
歓迎されているのなら、サーブルとしてもやぶさかではない。
依頼を頼めば二つ返事で引き受けてくれる。
ならば礼代わりにと、サーブルはこれまでの事をサーブルの視点から話した。
いつしか酒も深く入り、丁寧な言葉遣いも消え失せて、古い友と話すように親しげに語った。
そうして、楽しい夜は更けていった。




