冒険者達、帰郷する 一
懐かしの皇都。
活気を取り戻した城下街へと、モロウ達は帰って来ていた。
城へと伸びる中央通りには様々な商店や施設が並び、たくさんの人々で賑わう。
見覚えのある店や記憶に無い店など、入り混じっている。
冒険者となった街へ帰って来た。
それはとても感慨深いものであった。
子連れでぞろぞろと酒場へやって来たモロウ達は、やはり冒険者達の注目を集めた。
様々な目がこちらを見ていたが、それを気にかける者はレンくらいのものだった。
「懐かしいな・・・。
作りも客層も、何にも変わってないな。」
「ああ。
俺達は、ここで出会ったのだったな。」
始めにルタシスがいた。
直後にティカが現れ、続いてモロウとユニアが訪れた。
新米だった四人は他の冒険者達に声をかける気になれず、新米だけで仲間となったのだ。
「よう、ユニアちゃん!
早速連れて来たんだな。
こっちに座れよ。」
酒場の主人が席を用意してくれる。
主人は笑顔で、かつて少年少女だった四人とその連れを迎えた。
モロウ達もその顔を思い出し、帰って来たのだと実感する。
好意に甘え、一行は席を使わせてもらう事にした。
「久しぶりだな、おっさん。
まさか覚えててくれるとは思わなかったぜ。」
「お前らは若くて目立ってたからな。
冒険者連中にも心配してるのが何人もいたんだぜ。
なあ、お前ら!」
主人に振られれば、何人もの冒険者達が声を上げ、手を振った。
「何だよ、そうだったのか。」
モロウ達にすれば受け入れられていない印象だったのでこの酒場の利用は止めてしまったのだが、実際は違っていたようだ。
「新米ばかり四人で組んで、死人が出るだろうと思っていたんだが。
全員無事で安心したぜ。」
「ルタシスがよく注意してたからな。
おかげで一人も欠ける事無く引退出来たよ。」
「引退したのか?」
「ああ、ユニア以外はな。
今は三人共法国の、例の迷宮の町で暮らしてるよ。
俺は衛兵やってるし、ルタシスは神殿を持った。
ティカは、まあ俺の奥さんだよ。」
そこでモロウは、照れ臭くなって笑う。
ティカもほんのりと頬を染め、アリサを主人に示して見せた。
「何だ、随分幸せそうじゃねえか!
おめでとうよ!
じゃあルタシス。
こっちのお嬢ちゃんと子供はまさか?」
ルタシスは頷いて肯定する。
「そうだ。
俺の妻、エンリアと息子のメランだ。
法国の、エルハルの神官なんだが、縁があってな。
俺には勿体ないくらいの女性なんだが、ありがたい事に好いてくれた。」
エンリアは穏やかな笑顔で会釈した。
その腕に抱かれるメランは、静かに眠っている。
幸せになったかつての新米冒険者達を見て、主人は嬉しそうに笑った。
「迷宮の町にいたんなら、踏破したって言う無尽の一行とは会った事あるのか?」
主人が聞くと冒険者達も俄にざわめき、聞き耳を立て始めた。
モロウ達は話し難そうに苦笑いを浮かべる。
自分達で言うのも辛いだろうと判断したのか、ルタシスが答えた。
「目の前にいるぞ、主人。
ユニアの隣が無尽の魔術師だ。
迷宮踏破者と言えば、ユニア、モロウ、ティカも合わせた四人の事だ。」
酒場は騒然となった。
無尽と言えば現在進行形で話題の冒険者であったし、つい先日も内乱を収める一助となったと言う人物だ。
騒がしくなるのも当然であった。
「二刃もユニアとこっちの、テヘラの事だな。
皆揃って、ここにいるぞ。」
「何だお前ら、凄まじいな。
じゃああれか、ユニアちゃんの未来の旦那が無尽だったのかよ?
こいつは驚いたな・・・。」
レンが恥ずかしそうに耳まで赤くし、その肩を抱くユニアは何処か自慢げに笑顔を作る。
その様子に、主人も冒険者達も半信半疑となってしまう。
「本当か?」
「想像と違い過ぎるな。」
「だが二刃は銀髪と白髪の女だって聞いたな。」
などなど、冒険者達はそれぞれに喋り始めている。
「なあ、未来の旦那さんよ。
何か見せちゃくれねえか?
俺としても、こいつらが疑われるのは苛立つところだしな。」
ルタシスの言葉を疑うわけではないのだろう。
しかし主人も、レンがそうであるとは納得いかない思いがあるのだ。
レンとしても、自分の事でルタシスが疑われてしまうのは避けたかったので、テヘラを見やった。
「そうだな。
魔弾辺りでも、大量に見せてやったらどうだ?
見た目にも一番衝撃的だろう。」
「そうですね!
それで行きます。」
レンの頭上に突如、二七〇発の魔弾が現れた。
あまりの事態に辺りは静まり返る。
緊張が走っていた。
そして魔弾が消えると、それぞれに安堵の息を吐いた。
レンにとっては最早何でも無い事だったが、一般的にはあり得ない事態だった。
モロウ達はもう慣れてしまったので、動揺も無い。
アリサが光る魔弾を気に入ったのか、手を叩いて喜んでいた。
その笑い声だけが、酒場内に音をもたらしていた。
「ねえ、レン。
また増えた?」
「少し前に、ですけど。
今はこれくらいですね。」
「綺麗だったな、アリサ。
また見せてもらおうな。」
ティカはレンと喋りだし、モロウはアリサをあやす。
そんな声をきっかけにして、酒場は再び音を取り戻した。
話題は当然、レンの事だった。
興奮状態にあるのか、先程までよりもずっと賑やかになった。
レンも話しかけられ、その対応に追われ始める。
もっともユニアが適当にあしらったりなどするので、レンは然程困らなかった。
「あの子、今幾つ使えるのかしら。
私最近、やっと六つになったのよね。
否応にも差を感じるわ。」
「む、ティカは六つ使えるようになったのか。
私はまだ五つだと言うのに・・・。
やるじゃないか。」
その雑踏の中で、ティカとテヘラが話していた。
レンは弟子を取らないが、あえて言うならこのティカが二番弟子となる。
三番弟子となるテヘラにとっては、姉弟子と言ったところだ。
その話にルタシスも混ざる。
「まさか、魔法は複数同時に使えるのか?」
「秘密の話だけどね。
ルタシスなら良いわよね?」
「まあ、今更言っても仕方あるまい。
口外しないようにな。」
「うむ、わかった。
そうか・・・、俺も励むとするか。」
レンの預かり知らぬところで、また一人自称弟子が増えるのだった。
昼を過ぎ、夕方近くなってようやく、酒場を後にした。
ここからは別行動となる。
レン、ユニア、モロウ、ティカは兄妹の故郷へ。
ルタシス、エンリア、テヘラはルタシスの故郷へ。
二つに分かれて、それぞれに里帰りするのだ。
ルタシスの故郷の町は南領で、テヘラが移住を進めていた際に訪れた事があり、転移で向かう事になっている。
テヘラはそのまま同行し、帰りも転移で迷宮の町へ直接帰る予定だ。
兄妹の故郷は北領で、テヘラも行った事の無い村だったので徒歩で向かう。
道はモロウが覚えており、その案内でのんびり行くつもりだった。
「それじゃ、また向こうでな。」
「ああ。
しばしの別れだ。」
テヘラが転移を使い、ルタシス達を連れて消える。
見送って、モロウ達も歩き始めた。
道中何度か野宿にはなるが、妖精の部屋があるおかげで不自由は無い。
レンの魔法で飛ぶ事も考えていたが、たまには旅するのも楽しいだろうと歩く事にした。
遠く西の山脈に沈んで行く夕日を眺めながら、一行は北へと向かう。
「こういうの、本当久しぶりよね。
懐かしくなるわ。」
「迷宮に潜るようになってからは、聖都へ行くのに遠出したくらいか。
あの時もここまでのんびりした感じじゃなかったしな。
自然を眺めて歩くのは、旅の醍醐味だよな。」
かつてと違い、荷物は無い。
モロウとティカは武器すら持っていなかった。
二人はアリサを代わるがわる抱き、冒険者と言うよりは旅人の装いでの里帰りだった。
遭遇する魔物などへの対処は、レンとユニアで行うつもりなのだ。
それで充分でもあるし、いざとなればティカも魔法を使える。
レンにかかれば武器を支給する事だって出来る。
何の問題も無いのだった。
日が暮れたので、部屋へと入る。
野で寝る必要は無く、見張りも要らない。
あまりに便利過ぎる魔導具に、何度利用しても安堵の溜め息が出てしまう。
夕飯は、初日は街で買ったものを食べる事にしていた。
普段あまり口にしないような、露店で売られているものだ。
鶏の肉に衣をつけて揚げて、野菜と合わせて生地で巻いたものと、牛の肉を焼いてソースに浸けて、炙ったパンに挟んだものの、二品を買った。
少し野菜が足りないので、それは自前で補う。
飲み物は酒と茶を用意した。
食べ始めるが、話題はやはり久しぶりに訪れた皇都の、酒場での事だった。
「まさか覚えてくれてるとは思わなかったわ。」
「この前寄った時も、声かけた瞬間には思い出してくれたみたいでさ。
私嬉しくて泣きそうだったわ。」
「俺達一ヶ月も使わなかったよな、あの酒場。
そんなに印象深かったのかね。」
主人以外に、冒険者の中にも覚えている者がいた。
その内の何人かとは軽く話をしたのだが、安堵したような眼差しを見て、知らぬ間に心配をかけていたのだと知れた。
それを考えれば、あの酒場に寄る事が出来て良かったと思えた。
その後、魔術師二人が魔法の話を始めたので、戦士二人がアリサと遊んでいた。
(玩具とか、いるかな?
魔力、箱型、軟化、光量低減、地点、持続。
数は十個くらいで良いかな?
大きさも小さく調整して・・・、玩具召喚!)
地点の要素は入れたものの、レンは自分の手の平に作り出した。
ほんのり光る、小さな立方体が十個。
「ユニアさん。
これ、アリサちゃんに。」
「あら、気が効くわね!
ありがと!」
アリサは早速積み木のように遊び始めた。
魔力の立方体は柔らかく、その感触でも喜んでくれている。
モロウは娘と一緒に笑い声を上げた。
「とんでも無いな!
こんな事まで出来るようになっちまったのか!」
「これ、私も出来ないかしら。
羨ましいわ・・・。」
レンは考えた。
ネザーレやナナには、多少教える事になっている。
ならばティカにも同じく、教えて良いのではないか。
特にティカは、テヘラが出した条件を達成している。
要素の組み上げまでは話さなくとも、もう一歩先へとその背を押しても構わないように思うのだ。
「今の魔法までの事を話してしまうと怒られるので無理ですが、誰にも話さないと約束してもらえるなら後押ししますよ。」
「良いの?」
もちろん他言無用は絶対だ。
相手がテヘラでもアリサでも話してはならない。
そして教えるのではなく、一言だけ知識を渡す。
そこまでしか出来ない。
それ以上は、自分で気付いてもらうしか無い。
「義姉さんには話しちゃうんだ?」
ユニアがからかうような笑顔でレンを突っつく。
そのレンはと言えば、頬を色付かせて照れたように目を伏せた。
「ティカさんは私にとっても大切な仲間で、いつかお義姉さんになってくれる人ですから。
その、特別に思ってますし・・・。」
もじもじと、両手で顔を隠す。
そんなレンを兄妹はにやにやと見ていた。
「義妹が嬉しい事言ってくれてるな、ティカ。」
「こんな良い子が義妹になってくれるなんて・・・。
それじゃ、教えてもらおうかな。」
完全に義妹と呼ばれているが、レンはそれどころではなく気付けなかった。
「魔術は、合成出来るんです。」
レンが話した一言は、そんな言葉だった。
もちろんそれは、考えもしなかった事。
ティカにとっては、耳を疑うような言葉だった。
魔術師として生きる道を選んで何年も経つが、ただの一度も聞いた事が無い。
しかし、レンが言うのなら事実なのだろう。
恐ろしく思うのは、たくさんの魔術師達が何年何十年と費やしても辿り着かなかった場所を、レンは迷宮の町へ来て以降の一年程で遥かに超越してしまった事だ。
しかもティカの魔術書を読むまでは、四つの魔術しか使えなかったと言うのだ。
その差は、最早才能などと言う安易な言葉では言い表せない。
根本的な部分から違うのだ。
ティカが実感しているのは、その考え方。
魔術に対する姿勢が違うと感じている。
聞いた話だったが、浮遊にまつわる話でその事を思い知らされている。
レンは浮遊を修得してすぐに、ユニアにも使って遥か上空へと飛び上がったのだと言う。
他者に使う事も、高く飛ぶ事も、浮遊では出来ないはずだった。
それは魔術書に記されている常識だ。
レンはティカの魔術書を読んで、幾つもの魔術を修得した。
にも関わらずそんな使い方に頭を働かせたのだ。
それは、最初から書物の記述を疑っていたか、気にも留めなかったのだと考えられる。
考え方が違うのだとしか思えない。
大勢の魔術師にとって、一つの魔術に対して使い方は一つ。
精々が複数撃ち出す事が出来る、などが知られている程度だった。
魔術書は絶対で、全てだ。
そういった固定観念こそが、魔術師の敵だったのだろう。
レンはそれを打ち破り、いや、最初から相手にもせず、誰も辿り着けなかった高みに至った。
ティカは単純に、素直にすごいと思った。
それしか、思えなかった。
それからティカは、悩みながらも魔術の合成に挑んだ。
幸いアリサはレンやユニアが預かって、遊んでくれる。
道中歩きながら、或いは食後の休憩時、さらには浴室で湯に浸かりながら。
結局ティカも、魔術師なのだ。
新しい技術の存在を聞いてしまっては、求める気持ちを抑えられなかった。
(魔力、空間、描画、接触、意思連動、継続消費。
空間図画。)
部屋に入って夕飯を食べた後、レンは指を光らせていた。
宙に猫の絵を立体で描き始める。
その表情は至って真剣そのもので、顔付きと描いているものに差異があり過ぎた。
「一体何をしとるんだ・・・?」
モロウが目を点にしている。
「猫の人形を作りたいと思いまして。
アリサちゃんが喜ぶかな、と思ったら、居ても立っても・・・。」
「俺以上に親馬鹿と化してるな・・・。
まあでも、ありがとな。
お前本当、良い奥さんになるわ。」
「それ程でも・・・。」
少しして、猫の絵が完成した。
抽象化された愛らしい、単純な形で、それを周囲から眺めて想像を固めていった。
そして、ようやく気付く。
「今奥さんて言いましたね?」
「遅いな!」
「玩具召喚!」
絵の通りの猫型人形が出来上がり、レンはそれをモロウに投げた。
完全に不意を突かれた形で、モロウは顔面でそれを受けた。
「痛・・・くないな。
随分柔らかいんだな。
いやしかし、お前が物を投げてくるとは思わなかったわ。」
モロウは人形の感触を確かめた。
気に入ったのか、弄りまわしている。
「感触どうですか?
それなら危険も無いと思うんですが。」
「そうだな、ちょうど良いくらいだと思うぜ。」
モロウは、ふわりと投げて返した。
受け取って、レンも確かめる。
ふわふわの一歩手前くらいの、程よい柔らかさに仕上がっている。
これならアリサも安心で遊ばせられるだろう。
続いて犬の製作に移る。
今アリサは、ユニアとティカに連れられて湯浴みに行っている。
出てくるまでに、仕上げておきたい。
再び空間図画で犬の絵を立体で描き上げていく。
こちらも同じく抽象的な、愛らしいものだ。
そしてまた絵の通りに、玩具召喚する。
やはり二人で感触を確かめ、頷いて完成とした。
ちょうど浴室から、三人が帰った。
「空いたわよ。
・・・何かいるわね。」
寝台の上に、猫と犬が鎮座している。
始めて見る物に、アリサは興味津々だった。
ユニアの胸元から必死に手を伸ばしている。
「食い付いたな。
よし、俺達も浴びて来ようぜ、レン。」
「はい、行きましょうか。」
「レンは駄目!」
ユニアに捕まえられた。
そこはやはり、駄目らしい。
仕方なく、アリサと遊ぶ事にした。
アリサは自分より少し小さいくらいの猫と犬に、早速じゃれついている。
感触を楽しみ、軽く二、三度叩いて笑う。
抱きつくようにして倒れ込み、足も使って遊び始めた。
そうする内に動いてずれて寝台の端に近くなったので、念動で人形を動かして中央まで戻す。
すると、アリサは両手足を使って、自分で動いて向かった。
三人の目がアリサに集中し、それを見守っている。
到達すると捕まえて、また遊び出す。
それは初めての姿だった。
レンは何の気も無く、危なそうだと人形を移動させただけだった。
そうすれば注意もそちらへ向いて、ひとまず落ちない。
それから手で抱き上げて、人形と同じく中央に下ろすつもりだった。
そうしたら、這うようにして自分で移動したのだ。
それはアリサが成長している事を表す姿だ。
ティカは堪らず浴室の扉を開いた。
「モロウ!
アリサが、自分で動いたわ!」
「本当か!」
ばたばたとモロウが腰に布を巻いて飛び出してくる。
レンは念動でもう一度人形を動かしてみるが、今度は様子を見るばかりで動かない。
そして、何やら眠そうに目をこすり始めた。
「あらら、疲れちゃいましたかね。」
「残念だが仕方ないな。
次の機会を待つぜ。
はは、楽しみが増えたな。」
モロウは笑いながら、浴室へ戻った。
人形はしっかりと頭に記憶して、消した。
反応が良かったので、レンとしては上々の結果だった。




