魔術師、魔術の真実に至る 一
「最近、魔術について色々思う事があるんです。」
旅の途中、妖精の部屋でレンが雑談の話題の一つとして話を始めた。
「全部で五十、って言われてますよね。
あれ、嘘と言うか誤魔化しと言うか・・・。
全然違うんじゃないかと思うんです。」
「ほう、興味深いな。」
テヘラは、その言葉を真っ向から否定出来なくなっていた。
レンの魔術を見ていると、これまでの魔術の常識が全て覆るようだったからだ。
テヘラももちろん含まれるのだが、全ての人間、全ての悪魔、全ての魔術を使う者にとって、魔術とは不変の存在であり、五十の術に一定の効果しかあり得なかった。
しかしレンは、その思い付きによって様々に変化させる。
その片鱗に触れる事で、テヘラ自身もそれが出来るようになっている。
浮遊や飛翔が他者にも使えるなどこれまで考えられなかった事だ。
試した者が無いわけではなかった。
しかしその先入観が頭の中にあって、試しても上手く働かなかったのだ。
レンにはその先入観の部分が、最初から無かったのだと考えている。
使い方だけを修得してそれ以外を飛ばしたか、最初から疑ってかかっていたか。
レンは、一人だけ魔術への姿勢が違ったのだろう。
「魔術の合成をしていて気付いたんですけど・・・。」
「お前は、また簡単にすごい事をやっているな・・・。」
既にテヘラの想像を遥かに飛び越えていた。
これでは手に負えない。
そろそろ専門家を紹介した方が良い頃合いかもしれない。
テヘラはそう感じた。
「なあ、レン。
少しだけ時間をくれ。」
テヘラは転移で、錬金術師サールの下を訪れた。
札を返して閉店とし、鐘を聞きながら店に入る。
「おや、テヘラかい。
久しいね。」
「そうだな、サール。
今日は聞きたい事があって来た。」
「ほう、何だい?」
「魔術についてだ。」
サールの目付きが変わった。
それまでの温和なものから、鋭く窺うような眼光に。
「勘違いしていないか?
実は、無尽と呼んだ方がわかり易いか。
あの子がだな・・・。」
「レンちゃんかい?」
「ああ。
魔術を色々こねくり回し始めてな・・・。
正直私では手に余る。」
サールの目が驚きのものに変わり、それから大笑いした。
机に手を当て、身体を支えるように笑う。
「そうかい、あの子そこまで使うようになったんだね!
嬉しいね、人間が気付くなんてね。
良いよ、連れておいで。
けど、話はレンちゃんとだけするからね。」
「構わない。
では任せるぞ。」
「今日はよろしくお願いします!」
「では、サール。
後は頼む。
レン、私とユニアはモロウ達のところにいる。」
レンは、錬金術師サールのところに残された。
「ついておいで。」
サールはいつかのように、地下の部屋へとレンを誘った。
そこにテーブルと椅子が用意してあり、茶と茶請けの菓子も置かれていた。
座るよう言われて、ちょこんと座る。
「さて、まずは自己紹介と行こうか。
あたしは知恵と愚鈍の旧神サルベルだよ。
テヘラの事は聞いてるんだろ?」
「神様、なんですよね?」
「今は堕とされてるけどね。
ただの悪魔ってわけでもないから、あたしらは旧神って呼ぶようにしてる。
他にも邪神がいるけど、それはまた今度にしようかね。」
サールは茶を啜り、レンを眺めた。
年若いこの魔術師が何処まで到達しているのか、興味深くあった。
「それじゃ、聞かせてもらおうか。
何処まで突き止めているんだい?」
柔和に微笑んで、まるで祖母であるかのように優しく話す。
レンの表情はまだ幾分固いが、少し解れ始めていた。
「魔術の数なんですが。
幾つ、と表せるものではない気がするんです。
魔術は決まった形があるのではなくて、要素の組み合わせで出来てる、と言うか・・・。」
サールは細い目を見開く。
それこそが、魔術の仕組みだった。
幾つもある要素の組み合わせ。
五十と言う魔術は、サールがわかり易くするために、そして強過ぎる力を持てぬように、あえてそのように定めたものだ。
人も魔も神すらも、それに気付けず縛られて来た。
それをこの年若い魔術師は、どうやってか解き明かしてしまった。
「レンちゃん。
これまでどんな風に魔術を覚えて来たのか、聞かせてもらっても良いかい?」
「はい!」
初めて使った魔術は、ただ魔力を固めて放つだけのものだった。
大神殿から逃げ出すために放った魔力の塊。
暴走し溢れる魔力を押さえられなくて、無理矢理に投げ付けていたに過ぎない、とても魔術とは呼べない代物。
やがて落ち着いた頃には、魔力を矢の形にして撃ち出す事を覚えていた。
そして狩りや採集によって集めた物を売って作った金で、酔った魔術師から魔法書を二冊、短杖と一緒に売ってもらった。
魔術師が適当に書いた物だったが、中身は普通の魔術師が見たら激怒するような雑さだった。
恐らく酔った勢いがあったのだろう。
効力や対象、数などに具体的な事は書かれておらず、人による、調子による、時と場合によるなど、ふざけた文面が随所に見られた。
しかしそれが、レンの想像力を刺激した。
苦笑いしながら試すしかないと判断したレンは、自分なりに考え、補完し、試行錯誤を繰り返した。
その内には四つの魔術を修得するに至り、迷宮の町へと辿り着いていた。
そしてダールセフトからの閃きを得て、魔術書から多くの魔術を覚え、しかしその記述は最初から話半分に読み飛ばし、自分で試しながら修練を重ねた。
そして調整する術、強化する術、複数使う術などを経て、術の合成に至り、要素の存在へと到達した。
サールは笑いが止まらなかった。
不遇な境遇、不完全な環境が、レンを作り上げていた。
サールが定めたものに触れなかったから、そしてそんな恵まれない状況でも魔術を諦めなかったからこそ、レンはここまで辿り着いたのだ。
いや、自ら魔力に矢の形を取らせていたのだから、最初から気付かずに会得していたと思われる。
「こんな抜け道、対処出来るわけがない!
レンちゃん、あんたすごいねえ!」
サールはしばらく、そのまま笑い続けた。
しかしサールは困っていた。
本来なら、今すぐにでも殺すべきだ。
この魔術師は危険に過ぎる。
特に今後弟子を取り、これを教え広められたらと思うと、世界の行く末が案じられてしまう。
今すぐにでも、殺すべきだった。
けれど自分もテヘラも、レンを気に入り過ぎていた。
結局、このまま静観する事にした。
「レンちゃんが思った通り、魔術は要素の組み合わせで、幾らでも作れるよ。
でもこれは、絶対に人に知られちゃいけない事だ。
今は何て言い訳してるんだい?」
「新しい魔法を覚えた事にしてます。」
「それが良いね。
そのままで頼むよ。
けどそれも、人に覚えさせないでおくれ。」
テヘラにも言われている事であったので、レンは旧神にとって重要な理由があるのだと考えた。
だから快諾する。
「良い子だね。
少しご褒美でもあげよう。
要素はね、今ある魔術に使っていないものもあるんだ。
それが何かは言えないけど、自分で探すのが冒険者ってもんだね。
研究してご覧。」
「ありがとうございます!
すごいです、まだまだあるんですね!
そうなると、聴覚とか嗅覚とか怪しいし・・・。」
「これこれ、帰ってからにしな。」
サールは思わず吹き出していた。
たったの一言で、既に幾つか思い付いている。
末恐しいが、楽しみでもあった。
「帰りました!」
レンは皆の待つ家に戻った。
そこにはルタシス達も来ていて、皆で赤子を囲んでいた。
レンもその輪に混ざる。
「おかえり。
そんで、久しぶり。」
モロウがレン頭を撫でる。
レンは嬉しそうに笑って見上げた。
「レン、抱いてみる?」
ティカから子供を預かった。
抱き方は、何となく思い出した。
「名前は、アリサよ。」
女の子であった。
むずかる事もなく、穏やかに眠っている。
「レンは大丈夫だな。
ユニアが抱くと泣くんだよ。」
「うっさいわね。」
「ユニアは言葉遣いを考えねばならんな。
子供には悪いだろう。」
「良いのよ、テヘラ。
モロウがいる時点で諦めてるから。」
「酷いな!」
「兄さんと同じ扱いは嫌ね。
考えておくわ。」
ティカにアリサを返すと、レンはエンリアのそばに寄った。
その腕の中にも、赤子がいるのだ。
「この子はメランの名をもらった。
男の子なんだが、どうしても付けたかったのだ。」
二人の親友であり、今は大神殿で神殿騎士団長を勤めている女性騎士。
初めて会ったのはこの町だったと、懐かしく思い出す。
「子供が生まれた事、メランには口止めを頼んでいたんです。
お忙しいと噂に聞いておりますし、気忙しい時に無理をされるよりは、ゆっくり会って欲しかったので。」
今なら何の予定も無い。
ゆっくり子供達と触れ合えるのは、確かにありがたかった。
「抱いてあげて下さい。」
エンリアからメランを任される。
レンは、メランにも泣かれなかった。
「メランちゃんは、私が抱いても泣かなかったわね。」
「メランが抱かれて泣くところは見た事無いのだがな。」
「・・・本当に?」
この年にして豪胆なのかもしれない。
将来が楽しみであった。
夕食後、ルタシス一家は帰って行った。
それを見送ってからレンはティカから魔術書を借り、じっくりと読み込み始めた。
特に中級は自分では使えない。
そこから要素を割り出し、使えない要素を特定しなければならないのだ。
今のレンなら、無視すべき文面も判別出来る。
「これ、結構大変・・・。」
眉根を寄せ、難しい表情で真剣に取り組んでいた。
「すごい顔してるな。
一体どうしたんだ?」
「サールから、何か教わったか。」
「錬金術師の?
あの婆さん、魔術にも精通してるのか。
すげえな。」
モロウとテヘラで、酒を飲みながらレンを観察していた。
そこに片付けの終わったユニアとティカもやって来て、ティカ以外の三人で飲み始める。
話題はやはり、無尽一行の活躍についてだった。
「人間離れした噂話ばかり聞こえて来てるぞ。
二人で一万の兵を斬ったとか。」
「さすがに誇張だが、その半分はやってしまったかもしれない。」
「それでもすごい数なんだけど・・・。」
「二万とか来るんだもの、それくらいしなきゃ持たなかったわ。
こっちは関に籠ったとは言っても八千だったからね。」
「攻城兵器も来ていたしな。
正直よく退けたとは思っていた。」
「その後は雪の国で魔物退治だろ?」
「そうよ。
山の麓埋め尽くすくらいにいるんだもの。
あれ、結局なんであんなにいたのかしら。」
「召喚の魔法だな。
霊峰の山頂は特殊な土地だった。
レンの譲渡程ではないが、魔力を補給出来る力場になっていた。
それで延々と召喚し続けていたのだろう。」
「無茶苦茶しやがるな・・・。」
話題は尽きない。
皆が寝静まってから、テヘラは考え込んでいた。
レンが魔術の研究を始めている。
恐らく時間が必要だろう。
しばらくこの町に滞在するのも良いかもしれない。
しかし、皇国の者がいつ呪術を使って面倒事を起こすとも知れない状況だ。
放っておいて良いものか。
いや、それ以前に、自分はそこまで深く関わるべきでないのではないか。
人の世に、関わり過ぎていないだろうか。
一晩悩んでも、答えは出ない。
神であった頃は、ここまで関与しなかった。
悪魔になっても避けていた。
けれど今になって、ここまで手を出してしまった。
「レン、ユニア・・・。」
テヘラは二人が気に入っていた。
特にレンは、かつて印を刻んだ魂なのだ。
そして、エルハルとイルハルの印をも刻まれている、希有な存在。
そのような魂は、一つしかない。
「守らないと、な。」
皇国へは情報を集めに、誰かが行かなくてはならない。
しかしレンとユニアは、今は一緒にいさせてやりたい。
ならば、自分が行くしかない。
「二人には、ここにいてもらうか。」
「本当に一人で行くつもり?」
「潜入だからな。」
レンから光通しを借り、レンの愛用する革袋も手に入れた。
最悪転移でも帰れる。
雪の国でも忍び込む担当だったのだし、心配は無い。
「テヘラさんなら大丈夫だと思いますけど、どうして急に?」
「誰かが行かなくてはならないんだ。
それならたまには、レンではなく私でも良いだろう?
感覚が錆び付いても嫌だしな。
今回は、私が行って来る。」
そうして、テヘラは皇国へと向かった。
飛翔し、まずは草原の国を攻めた領地へ飛ぶ。
時間は経ってしまったが、そこの領主がどうなったのか。
そこから探ろうと考えていた。
宮廷魔術師がいなかった理由。
皇子がいなかった理由。
そもそも、それまで何故皇子が戦場に姿を見せていたのかも謎だ。
もしマヌラテスカ達と出した結論通り内部分裂しているなら、そこにつけ入る隙がある。
いや、調べる取っかかりがそこしか見えていないだけだ、テヘラは思う。
皇国におけるニベルとの契約を、悪魔崇拝とも言えるそれを止める。
だが、何処から辿るべきかまるでわからない。
だから、いきなりそこへ手を伸ばす事は出来ない。
呪術は他国への干渉に使われていた。
ならば他国を攻めた場所からなら、辿れるかもしれない。
そんな希望的観測を頼りに、まずは調べてみようと考えた。
どれたけ時間がかかるかはわからない。
しかし自分には転移がある。
帰ろうと思えばいつでも帰れる。
だから今は、行けるだけ行こうと思うのだ。
人ならざる者が、今の世に在らざる者が手を出し過ぎているかもしれないが、罰する者などいない。
出来るだけの事をやって、二人の助けとなりたかった。
もう一作投稿する事に致しましたので、こちらにて宣伝をば。
べたな転生物、一人称視点、チート、オンラインRPGなどの成分で出来ております。
こちら同様拙作ではございますが、触れていただければ幸いです。
タイトルは、「異世界で、のんべんだらりと冒険記」とする予定でおります。




