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魔術師、自由を得る 二

町の東門に、馬車が一台到着した。

何者かの襲撃を受けたのだろう、あちこちに矢が刺さっていたり、焦げた痕跡などが見受けられる。

御者を勤める女性の戦士も深傷を負っており、衛兵により近くに神殿を構えていたルタシスが呼ばれた。

ルタシスが急ぎ駆けつけた時には、馬車から下りた神官によって治療が始められていたが、ルタシスも協力して当たった。

二人の神官の力によって戦士は一命を取り留めていたが、ルタシスの使う活力の魔法をもってしてもその体力は充分に戻らない。

一刻も早い、安静な休息が必要だった。

「ならば、神は違えどこちらの神殿を使うと良い。

幸い、一人二人が寝泊まりするだけの場所ならある。」

ルタシスは戦士を背負う。

容易く運んで行く姿からは、冒険者時代に鍛え上げてきた肉体の頑強さが見て取れた。

「ありがとうございます、イルハルの信徒様。

その御慈悲に、今は甘えさせて下さい。」

女性神官が、丁寧に頭を下げた。


ルタシスには、思惑もあった。

偶然にして人助けとなったが、レンへの脅威となる人物であればあえて手元に置き、その動向を見張ると言う手段も好手であると考えたのだ。

この女性神官が見た目の通り、優しく穏やかな人物であるならば良し。

しかしレンを震わせ脅かすような悪であるならば、こちらから手は出さないまでも、レンとは接触しないよう誘導する。

或いはレンに報せを届ける。

そう言った手段が、取れるだろう。

幸運だった。

そう感じていた。




神殿の奥に位置する居住区画へと二人を案内し、その一室の寝台へと戦士を寝かせる。

先までは苦しそうに激しく呼吸を繰り返していたが、繰り返し施していた活力の魔法が効いたのか、今はそれ程でもない様子だ。

しばらく休めば、すぐに動けるようになるだろう。

神官は改めて、深々と頭を下げた。

「何度お礼を申し上げても足りません。

本当にありがとうございました。」

「いや、人を助けるのにイルハルもエルハルも関わりは無い。

するべき事を、するべきように動いたまでの事だ。

一先ずはエルハルの神殿へ報せて来る。

こちらとしては、彼女が回復するまででも使ってもらって構わない。

もちろんあなた自身もだ。

二人でいた方が、安心だろう?

幸いこの部屋には、寝台が二つある。

自由に使ってくれ。」

では、とルタシスは部屋を出る。

神殿から外へ出れば、東門の衛兵が馬車を連れて来てくれたところだった。

損傷が目立ち、二頭の馬も所々に傷を負っている。

「済まない、助かるよ。」

衛兵に声をかけてから、馬の治療を行った。

気性の大人しい馬らしく、とても人懐っこい。

「お前達もお疲れ様だ。

ここまでよく来てくれた。」

首を撫でて、礼を言う。

後で餌をやらなくては、などと考えていると、エルハルの神官達が向こうからやって来た。

「済まない、ルタシス殿。

世話になってしまったな。」

「気にする事は無いさ。

逆の立場であったなら、同じようにしてくれただろう?」

神殿で待っててくれ、と言い残して、聖都から来た客人を呼びに向かった。


「重ねがさねで申し訳無いが、エンリア様と護衛の方をよろしく頼む。」

エンリア、それが女性神官の名であった。

二十代前半程の見目麗しい女性だ。

長く、さらさらと流れる金の髪は、室内の灯りに照らされて輝くようだ。

細身の身体に纏った純白のローブの上には、やはり緑と金の帯をかけている。

隣に佇む彼女と共に、神殿へと帰って行く神官達を見送る。

彼らは、思いの外容易く納得した。

こちらに対し信頼を置いてくれている事もあるのだろうが、もしかしたらエンリアは、彼らにとって厄介な客人なのかもしれない。

視察は翌日からと言う事で話はまとまり、今日のところは二人の客人をこちらに泊める運びとなっていた。

ルタシスにとっては都合が良い。

そうなるよう好意的に話を進めたのだが、ここまで簡単に、思惑の通りになるとは予想外だった。

「それではルタシス様、よろしくお願い致します。」

エンリアは軽く会釈し、穏やかな笑みを浮かべた。

そこからは、何を考えているのか窺い知る事は出来ない。

これは明らかに厄介事だ。

しかし全てはあの少女のため。

怯え震えるあの少女の、心を救うためなのだ。

この視察を乗り切れば、少女を脅かすものはいなくなる。

再び視察が訪れるとしても、それは何年か先の事となるだろう。

少女がこの町へ来た理由は知らないが、それを果たすだけの時間は稼げる。

その後に、少女を他の国に逃がすのも良い。

幸いにして、この町は国境からそう遠くない。

東へ向かえば程なく、皇国に辿り着く。

皇国ならば、ルタシスには幾らかの伝がある。

彼女に不便な思いはさせずに済むはずだ。

それにユニアは、レンと共に行く事を選ぶだろう。

皇国を嫌ってはいたが、少女から離れる事を選択するとは思えない。

少女にとっても、法国にいるよりはずっと良い未来を選ぶ事が出来る。

全てはそのため。

自分と、仲間達を救ってくれた、あの少女に報いるためなのだ。




レンが宿の一室で震えている。

聖都からの神官が町に到着した。

その報せはユニアが届けた。

今はレンを包み込み、その恐怖を少しでも和らげようとしている。

この小さな身体に、一体どれだけの苦痛を刻み込んだのだろう。

ユニアの心には、怒りが渦巻いていた。

しかし今はそれを押し留めて、少しでも彼の心を静めてあげたかった。

押し留めようとすればする程、腹の奥底で鬱屈し膨れ上がるようだったが、宥め、すかし、どうにか抑える。

仲間であり恩人であり、恋人であり伴侶となるであろう人間をここまで脅かす存在を、ユニアは許容出来なかった。

今すぐにでも斬り込んで、ずたずたにしてやりたい。

それがユニアの本心なのだ。

自分の事ながらに物騒な人間だと思っているが。

レンが落ち着くのを待って、迷宮にでも籠ってしまおう。

そうすれば嫌な事を思い出さずに済む。

ユニアはそう考えていた。




「冒険者を雇いたいのです。」

視察を一段落させてイルハルの神殿へ戻ったエンリアは、開口一番にそう話した。

護衛は、一人を残して全滅していた。

そしてその一人も、今日のところは本調子とも言えなかった。

「私が不甲斐ないばかりに申し訳ありません、エンリア様。」

短めの髪を揺らして頭を下げる戦士は、メランと言った。

少々年若い、二十前辺りの女性で、背は女性の平均よりは少し高いだろうか。

昨日ルタシスが背負った感想では、筋肉はそこそこ、胸はそこそこ以上に感じた。

革鎧の上からでも押さえつけられた弾力に身体が揺れているのを確認していたのだ。

(実は、好みだ!)

などと神官にあるまじき、罰当たりな事を考えている。

もちろん表には一切出さない。

「あなたはよくやってくれていました。

あなたのおかげで、私は今ここにいるのですよ。」

エンリアと言う人物は、見ている限りは善良な人柄だと言える。

しかし、レンに恐怖を与える大神殿の者なのだ。

その裏の顔を警戒しなければならない。

そしてそれは、連れであるメランにも言える事だ。

メランは、どうやら雇われの戦士ではないようだった。

恐らくは、神殿付きの戦士。

或いは騎士に名を連ねている者かもしれない。

その立居振る舞いからは規律を感じ取れる。

エンリアやルタシスへの態度、物腰などにも、粗野な印象は全く無い。

それは、兵士とはまた違った所作でもある。

多少固いとまで言える程、しっかりとした教育を受けたのだと察せられるのだ。

メランは騎士なのだと、ルタシスは考えた。

「帰りの護衛の話か?

幾人か、信頼出来る人間に心当たりがある。

酒場で主人に頼むのも良いだろう。

ここでの仕事が片付く頃にでも、話しに行こうか。」

この二人だけでは聖都まで帰れない。

それはあの馬車を見ても明らかだ。

エルハルの神殿から護衛出来る人間を都合出来れば一番話が早かったのだが、彼らにはこう言った荒事の類いは向かない。

恐らく今日、護衛の話を断られたのだろう。

冒険者を雇う選択肢しか、彼女らには無いのだ。


「エルハルの大司教様は、どのような方なのだ?

聖都までは行った事が無くてな、全く知らないのだ。」

夕食の傍らの雑談として、ルタシスは探りを入れる事にした。

レンが恐怖しているのは大神殿だ。

ならばきっと大司教も、一枚どころでなく噛んでいるはず。

その人となりを、一面的な情報でも関わり無く集めた方が良いと考えたのだ。

「素晴らしい方ですよ。

貴族でも平民でも分け隔てなく話しかけられますし、分け隔てなく触れ合いを持たれます。」

エンリアの話によれば、三十代には見えない程に若々しく、精力的に動く人物であるようだ。

人を差別しない、慈愛に満ちた暖かい人柄だと言う。

「大司教様は、連れの護衛が慌ててしまう程に奔放な方ですね。

誰かれ構わず接されますし、人に溢れる商店街にも警戒無く飛び込んで行かれますから、ついて行くのが大変だと愚痴に聞いた事があります。」

大司教ともなれば、対抗勢力による暗殺の危険もあるだろうに、一体どういう人物なのだろうか。

いや、或いは教義を体現するための行動かもしれない。

慈愛とは、分け隔てなく無く与えられて然るべきもの。

だからこそあえて平民にも混じり、平民と同じ事をする。

そうする事で自身への支持を高めている。

支持が高ければ高い程、迂闊には手を出せなくなる。

何故なら、手を出して排除したとして、その結果から都合の良い影響を受けた者が疑われるのは必然だからだ。

今の大司教が好かれていれば好かれている程、その反発は大きい。

そう考えると、やはり油断ならない人物であるように思える。

「そのような物言い、失礼ですよ、メラン。

聖母のような大司教様ですから、咎めはされないでしょうけれど。」

「聖母・・・?

大司教様は女性なのか?」

意外だった。

宗教の重要な役職は、男性である事が暗黙のものであった。

僻地の町や村の単位では、神官が一人などと言う場合もあり女性が神殿を管理している事も無くはない。

とは言え、司教やそれを統括する立場にある大司教が女性であるなどは聞いた事が無いのだ。

法国に来て日の浅い、他神を信仰するルタシスが知らないのは仕方ないと言えるところではある。

そして、恐らくこの部分は嘘ではないだろう。

(女性である大司教が、少女であるレンを・・・?)

大司教が直接どうこうしたとは聞いていないが、一度思い付いてしまうと妄想が暴走を始めてしまった。

それは酷く道に外れた行いで、しかし酷く淫靡な世界を感じさせるものであった。

もちろん、表情には一切出さない。

しかしその妄想からは、レンが怯える程のものをルタシスは掴み切れない。

なので、自分に置き換えてみた。

(これは・・・、何とおぞましい・・・。)

考えるのを止めた。

なるほどこれは酷い、と実感を伴って理解出来た。

もちろん、表情には一切出さない。

レンの身に振りかかった出来事がそれであるとは限らない。

しかし、あの怯え方ならば相当のものであるとわかる。

到底許せるものではない。

ルタシスの心には、義憤の炎が燃え盛っていた。




二日目ともなれば、メランの調子も元通りとなっていた。

エンリアとメランの二人は、連れだってエルハルの神殿へと視察に向かうようになった。

この町の神殿はこの一帯を取り仕切る役割をもっているため、少々大きい。

見るべき箇所も、見るべき書類も多いために、もう少し時間を必要としているようだった。

しかしその日の夜、エンリアは想定外の話をルタシスに持ちかけた。

「私達を、迷宮に連れて行ってもらえませんか。」

彼女らの仕事は、視察だけではなかった。

迷宮を、兵力でもってして踏破出来るか否か。

それを調べるための調査も兼ねてこの町を訪れたのだと、メランは話した。

「あなたは凄腕の冒険者であったと聞きました。

どうかその力を私達にお貸し下さい。」

「護衛についた私達だけで、調査も行う予定でした。

しかし私達は、世界を知りませんでした。

魔物や賊徒があれ程の実力を持っていると、想定にすらしていなかったのです。

その浅はかさによって、生き残ったのは私とエンリア様の二人だけとなりました。

しかし、調査は行わなければならないのです。

伏してお願い致します!

私達に、力をお貸し下さい!」

エンリアとメラン二人に縋りつかれ、ルタシスは困惑していた。

エルハル神殿では、再び断られてしまったのだろう。

あちらには魔物と戦える人材がいないと、ルタシスも知っている。

そして彼らから自分を紹介されたのだと、容易に推測出来た。

厄介な、と思わないでもなかったが、しかし二人の追い詰められたような様子にも疑念があった。

たかだか調査に何故そこまで、と思うのだ。

「実は、私や護衛についていた者は皆、騎士なのです。」

ルタシスの推測は当たっていた。

それはほぼ確実と見ていたので、然程驚く事も無い。

「このまま何を得る事も無く帰還したのでは、私達はその責を問われて処刑か、軽くとも流刑となってしまいます。」

ルタシスには重すぎる刑だと、そこまでのものにはならないのではないかと思えた。

しかし、騎士を四人も死なせた責と言うものはそれ程に重いのだと言われては、そんなものかと思い直さざるを得ない。

特に大司教の反対勢力にとっては、都合の良い展開と言えるかもしれない。

彼女らの不安も当然と言えるのだろう。

しかし、ルタシスにとってはレンを脅かす者共だ。

このまま見捨ててしまっても構いはしない。

そこまで考えて、ふと思い至った。

それは正義によるものか、と。

答えはもちろん、否。

考える必要など無かったのだ。

レンに害を与えたものであろうと、助けを求められたのだから手を差し延べよう。

それでこその正義だ。

「了解した。

その話、イルハルの名の下に引き受けよう!」

二人の美しい女性の瞳に、希望の光が宿った。


翌日、ルタシスは視察の仕事を終えた二人に、その実力を知るための試験を行う事にした。

とは言っても、エンリアは簡単だった。

戦士としての技術は持っていないとの話だったので、使える魔法を把握するだけで済んだ。

しかしメランは騎士だ。

その実力を知るには、実際に斬り結ぶ必要があった。

それには、子供達に剣を教えるために買っておいた木剣が役に立った。

神殿前の庭先で、二人は対峙する。

ルタシスは冒険者としての戦いの中で磨き上げてきた剣術をもって、メランは騎士として訓練してきた剣術をもって。

「始め。」

エンリアの穏やかな声が、試験の始まりを告げた。

いささか覇気にかける、緊張感の無い掛け声であったが、二人はそこは意識せずに打ち合いを始めた。

メランが果敢に斬り込んで来る。

動きは速く、筋は良い。

しかし、やはり経験が圧倒的に不足していた。

命の危険を一度も味わった事が無いような、生温さを纏っている。

(これは、一朝一夕にはならんぞ・・・。)

頭の痛む思いだった。

技術は及第点を付けても良い程度にはある。

しかし鋭さに欠ける、必殺の意志に欠ける、脅威の欠片も感じられない、そんな打ち込みだった。

魔物と対すれば、或いは変わるやもしれない。

しかし軽くあしらわれている今でさえそれを発揮出来ないようでは、その望みも薄い。

(まあ、こればかりは場数をこなしてもらうしか無いか。)

そもそも調査を目的とするなら、そこまでの実力もいらないと考える事も出来なくは無い。

確実に、足手まといとなるだろうが。

「及第点一歩手前、と言ったところだな。」

脳天を軽く、ぽかりと叩く。

メランは息を切らし、肩で呼吸をすると言うような状態である一方、ルタシスは一切呼吸を乱しておらず、平常通りであった。

「お強い、のですね・・・。」

「散々、魔物共と戦って来たからな。」

その差は歴然としていた。




翌日には、視察は終わった。

結局最後まで二人はイルハルの神殿に居候していた。

食材などはエルハルの神殿から運び込まれて来ていたので、特に問題は無かった。

二人もルタシスと親しくなっていたので、不満も無い様子だった。

「良いのか、それで。」

エルハル神殿の、悪い意味での自由さを見た気がした。

ルタシスとしては、思惑通りなので構わなかったが。

結局二人は、ルタシスに悪い気配を少しも見せなかった。

ルタシスの目からも、二人は見た目通りの人物に見えていた。

もしかすると元凶は極一部で、それ以外の者達は全く関わりが無いのかもしれないと思えてしまう。

そうなっては、ここからでは調べようが無い。

やはり自分には、守る事しか出来ないのか。

無念ではあるが、レンが無事ならそれでも良いかとも、思うのだった。


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