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魔術師、最北の地へ 三

翌日昼には遺跡に戻っていた。

中へ入ってみると、遺跡全体がほぼ地下と言える程下へと大きく掘り下げられており、想像どころでなく広く、天井の高い構造になっていた。

神殿のような柱や祭壇がいくつもあり、かつては宗教的な意味を持つ遺跡だったのだろうと想像出来る。

しかし厳かな気配は、そこに展開されている光景を前に掻き消えた。

五人の誰一人として、言葉を無くさない者はいなかった。

その広く高い遺跡内部いっぱいに、魔物がひしめいていたのだ。

そして奥には、大きな穴。

それは壁に開いたものではなく、何もない空間に開いていた。

そこから一体、また魔物が姿を現す。

それは魔物の通り道だった。


いち早く正気に返ったのはユニアだった。

「ここを死守するわよ。」

四人は我に返り、しかしテヘラもカネヒサもイエノブも反対した。

「一度帰り、人を連れて来るべきだ。

これまでここに留まっていたのだ。

すぐには動くとは限らない。」

「そうです。

雪の国からももっと呼びましょう。

これだけの数の魔物があの時みたいに組織立って動くなんて思えない。」

「あの時は、馬鹿帝が無茶やってたからなんだろ?

だったら今は大丈夫だ。

こいつらが仮に外へ出たって、散り散りになるだけだ。

何も出来やしない。」

レンは、ユニアの横に立った。

その表情には、いつもの穏やかさや弱さは微塵も無い。

「二手に分かれましょう。

私とユニアさんはここで食い止めます。

三人は戻って人を集めて下さい。

・・・私達は偶然人里の無い道を通ってしまいましたが、この国にだってあるはずですよね、町や村が。

確かに外へ出るとは限りません。

けど、出ないとも限らないんです。

だったら私は、ここで守りたい。」

幸いこの遺跡には、他に出口となる場所は見当たらない。

この一ヶ所さえ守れれば、外への侵攻を防げるようだった。

「わかった。

転移で行くのだ、そう長くはかからん。

話をするだけして、すぐに戻る。

お前達の事だ、心配は無いが。

無理はするなよ。」

そう言って、テヘラは二人を連れて転移した。

「残ってくれるって、思ってた。

ありがとね。」

「残して帰るなんて選択肢は、最初から持ってませんから。」

二人は魔物達を睨む。

敵は、こちらの姿を見つめていた。

圧倒的な圧力をもって、殺気が二人を包み込む。

「この感じ、久しぶり!」

「強化も最初から、全部行きますからね!」

「よろしく!」

魔物の群れと、戦闘が始まった。




「ここは、雪の首都?」

「まずはこちらを当たる。

あちらへ行くまでに時間がかかるからな。

月帝は何処だ?」

カネヒサは首を振った。

「今はまだ、簡単には会ってもらえません。

執政のヤエ様に会いましょう。

とにかく、まずは城へ。」

三人は走り、急ぐ。


カネヒサとイエノブがテヘラの事を無尽の仲間だと告げると、衛士は疑いながらもヤエの部屋へと案内した。

そこでレンと同じ程に長い黒髪の女性と会う。

「あなたは?」

「レンとユニアの仲間だ。

その黒髪がレンにそっくりだと言えば、身の証になるだろうか。」

その言葉で、ヤエの表情は少し柔らかくなった。

「あの子と知り合いなのはわかったわ。

急いでいるようね。

まず、聞くわ。」


「話は理解したわ。

でも、そうね・・・。

転移は使える?

そこを見ておきたいわ。」

「あまり近くへは連れて行けないぞ。

危険過ぎる。」

「構わないわ。」

テヘラはすぐに転移を使う。

二人は遺跡のそばに姿を現した。

テヘラはヤエに外套をかけてやり、遺跡の中を見せる。

そこでは、二人が死闘を繰り広げていた。

その姿を見たヤエは、思わず口許に手を当て呻いた。

「ああ、何て事・・・!

わかったわ、もう行きましょ。

早く準備しなければ!」

剣と魔法で無数の魔物を相手取る二人の姿は、あまりにも凄惨なものであった。

返り血に塗れ、その中に己の血も混じらせ、進めず、しかし退かず、死体を高く積み上げ続けている。

急がなければならない。

転移し戻ると、ヤエはすぐに月帝のところへ飛んだ。

「私達は次へ行くぞ。

氷の国へ戻る。」

カネヒサとイエノブに声をかけ、急ぎ転移した。


「遺跡か。

確か発見から半年も経ったかどうかだったな。」

氷の国は、遺跡の存在は把握していた。

しかし、調査までは手をつけていなかった。

「ちょうど冒険者が来てな。

彼らに依頼したのだ。

熟練そうな老魔術師と真っ白な少女を連れた一行で目立ったのだが、帰って来たところを見た者がいない。

その内にこのような事になってな。

軍も町や村を守るので手一杯と言うところだ。

先日来てもらった雪の国の方々にも頼んだのだが、それでも手が回らなくてな。

これ以上兵もいない。

警備の兵まで出すわけにもいかん。 済まんが力にはなれん。」

期待はしていなかった。

そもそも自国の戦力では厳しくて隣国へと頼っていたのだ。

「仕方あるまい。

では、私はこれで。」


カネヒサとイエノブは、冒険者を集めるために酒場へ向かっていた。

そこで、元々出ている依頼書への追加情報を主人に頼んだ。

「その話は本当なんだろうな?」

「もちろんだ。

だから頼む。」

遺跡が見つかった事を追加で記してもらうのだ。

法国の迷宮の話がある以上、冒険者には無視出来ない情報となる。

人が集まれば、遺跡で食い止めなくとも外で充分対処出来る。

酒場の後は、船着き場だ。

そこからは他の港に伝えてもらう。

そうして拡げ、伝えてもらえのだ。


「こちらは駄目だった。

そちらはどうだ?」

「請け負ってはもらえました。

船着き場での食い付きは良かったですよ。」

酒場は情報が確かでないと信用に関わるが、船着き場で噂話を流すだけなら大した事でもないからだ。

「よし、合流するぞ!」

三人は転移した。


「全く、嫌になる程多いわ。」

「きりが無いですね。」

下に向かって伸びる、幾度も曲がっている階段も、今となっては魔物の骸で埋め尽くされている。

宙を飛べる魔物は既に殲滅され、順次上ってくる魔物を倒すのみなのだが、それがまだまだ続いていた。

「あれ、何でしょう。」

遥か下方、広がる床の最奥。

魔物が現れる穴の近くに、人影が見えていた。

動く事は無く、倒れて微動だにしていない。

「少し見て来ます。

すぐ戻りますから。」

念のため、回復と強化を済ませて向かう。

途中、魔物への攻撃も忘れない。

魔弾を撒いて数を減らし、打撃を与えておく。

こちらへの注意も引けて、分散出来た。

階段に殺到している魔物が下りてくるより先に、人影へと到達する。

それは老人の魔術師だった。

亡くなっている。

寒い地方なので腐敗もそれ程進んでいないが、そのまま持ち上げて大丈夫だろうか。

いや、そもそも自分の腕力で持ち上げられるのか自信が無い。

「浮遊で行けるかな。」

試すと、やはり使えた。

一緒に浮いて、飛ぶ。

その際に穴の向こう側を見た。

そこは全く違う景色が広がっていた。

土地は荒れ、空は暗く、濁り、緑の見えない不毛の大地。

地には黒いものが混じり、或いはべたりと張り付き、見上げても日は見えない。

そのおぞましい世界から、さらに新しい来訪者がこちらへと這い出して来る。

あの世界では無理もない、そう思ってしまう。

すぐに飛び上がり、ユニアの下へ戻った。

「帰りました!」

「おかえり!」

治療と活力をかけ、回復する。

「お爺さん?」

「はい、亡くなってました。

せめてお墓をと思って。」

くすりと、ユニアは微笑む。

同時に襲い来る巨大な蜘蛛を斬り裂いた。

「きっと喜んでくれるわ。

遺品、持っとく?

運良く遺族に会えるかもしれないし。」

「そうですね・・・。」

レンも戦闘へと復帰した。


それから五人は合流し、残りの魔物を殲滅した。

時折穴から現れて来るが、この程度ならしばらく放っておける。

それに寒くて出られない魔物がほとんどだった。

だから中に溜まっていたのだろう。

「戦ってて思ったのは、大きい魔物が多いってことかしら。

巨人種とか動物や虫が大きくなったのとか。」

「そういった魔物の居場所に繋がったのだろう。

この広さは、連中にとっては都合良かったようだな。」


レンは老人を埋葬した。

そして遺品として持ち帰れそうな、黒い宝石の腕輪を回収しておいた。

他にはこれと言った、個人を特定出来そうな物を持っていなかったのだ。

ローブを剥ぎ取ろうとは、さすがに思えなかった。

黒に金の縁取りと刺繍がなされた、豪奢なものだったが、攻撃にさらされたのだろう。

傷みが酷かった。

腕輪は凝った意匠が施されており、宝石も特徴的だったので、持ち帰らせてもらう。

「この遺品は、必ず遺族さんに届けます。

どうか安らかに、眠って下さい・・・。」

墓前に祈る。

カネヒサ、イエノブも手伝ってくれて、一緒に手を合わせてくれている。

「無念だったろうな、こんな寒いところで・・・。」

「せめて墓を作れて、良かったですね。」

「はい。」

後からユニアとテヘラもやって来て、ユニアは胸に手を当てて、テヘラもそれを見て真似て、祈った。


「あの穴は、塞げるの?」

「原因がわからん。

まずは見てみよう。」

五人は穴に向かった。

サイクロプスか来ていたので、レンと衛士二人に任せる。

テヘラとユニアは、穴のそばまで近付いた。

「これは・・・、恐らく呪術だな。

呪術によって召喚を無作為、無制限に維持している。」

「また呪術?

縁があるわね・・・。」

ユニアはうんざりしている。

呪術のあるところには、必ず人の闇がある。

彼女が求める冒険とは、それは違うものなのだろう。

「これは、私ではどうにもならんな。

維持する力の出所、恐らくニベルをどうにかしなければ。」

「またニベル?

その悪魔も懲りないと言うか飽きないと言うか・・・。」

それまでは、この穴はこのままと言う事になる。

「ヤエに話しておこう。

それでひとまずは任せるしかないな。」

五人は帰る事にした。

ヤエはまだ雪の首都にいるだろうと踏んで、そちらへ転移する。


ヤエへの面会を求めると部屋まで通された。

会議中と言う事で、そのまましばらく待つ。

衛士の二人は恐縮し、固まってしまった。

三人の方は、レンがすこし緊張しているくらいだった。

半刻程でヤエが帰って来る。

「いらっしゃい、待たせたわね。」

事情を話すと、ヤエは難しい表情を浮かべる。

「会議でも話したのだけどね。

これ以上の支援は難しそうなのよ。」

国の守りに影響が出てしまうと、月帝自身から止められてしまったのだ。

しかも既にそれなりの数を送ったにも関わらず、氷の国の王はただ守りにそれを使ってしまっている。

結局頼みは冒険者達。

それでは送った意味も薄いのだ。

解決に向かってもらわなければ、いつまでも派遣した衛士達は帰れない。

衛士達は、氷の国にくれてやったわけではない。

そう言われては、ヤエも下がるしか無かった。

「正論ね・・・。」

「ええ。

そして、今のところ派遣している衛士達も一ヶ月か二ヶ月で帰還する事になるわ。

それまでに体勢を整えてくれれば良いのだけど。」

しかし雪の国は、既に必要以上の事はしている。

衛士を送り、資金を貸し、冒険者が集まるよう働きかけもした。

これ以上を求めるのは厚顔に過ぎると言うもの。

これで駄目なら、王族と貴族の怠慢である。

そんな締めで、会議は終わったのだった。

「氷の者達にも困ったものだよ。」

唐突に、見知らぬ男性が部屋を訪れた。

黒い髪を後頭部でまとめ、質の良さそうなさっぱりとした意匠の凝っていない衣服を着ている。

年は若く、二十には届いていないだろう。

鋭利な印象の青年だった。

「月帝様。

いらっしゃるなら、まず使いを出して下さいませ。」

五人の驚く声が響き渡った。

「驚かせて済まない。

月帝、名をツクヨミと言う。

名高き無尽の皆さんだな。

今後とも、よろしくお願いしたい。

それから、ヨリミツ殿の衛士だな。

これからもよろしく頼む。」

レンと衛士二人は動転した。


「皆さんは法国や草原の国と懇意にしていると聞いた。

それならば是非この雪の国とも懇意にしていただきたい。

そんな思惑があって、ここへ驚かしに来たのだ。」

月帝はその印象とは逆に、朗らかに笑う。

「既にヤエから聞いているようだからな、そちらの話はもう良いか。

本当はしっかりと謝礼を出したいのだが、何ぶん厳しくてな・・・。

差し当たり私やヤエの部屋は自由に訪れてくれ。

私の部屋は最上階が全てそうだからわかり易いだろう。

いつでも来てくれ。」

「もちろん構わないですけど、どうして月帝様が決めてるんでしょうね・・・。」

二人の関係性が透けて見えていた。


「ヤエにもいつでも来いと言っているのだが、一向に来てくれない。

そろそろ私の気持ちに応えてくれても良いと思うのだが。」

「私のような年増など忘れて年の近い方をと、いつも申しております。

ああ、そうだ。

無尽の皆様、如何ですかうちの帝様は。

優良物件だと思いますよ。」

「物件と言うな。」

「想像と違って面白い方だけど、私はレン一筋だし。」

「私はヤエよりも年上だぞ?」

「え。」

「私も、ユニアさんがいますし・・・。

それにそもそも、男ですし・・・。」

「何と・・・!」


カネヒサは固まり、イエノブはテヘラを凝視し、月帝は目を点にしている。

「レン、ここで、言うのね・・・!」

ユニアは笑いを堪えている。

「人に勧める前に、ヤエはどうなのだ?

優良物件なのだろう?」

「あなた、年上だったの?

年下にしか見えないわ・・・。」

「参った・・・。

ヤエ殿があれくらいだから、テヘラ殿はそれ以上か・・・。

いや、案外行けるな。」

「何やら一度に面白い情報が出て来たな。

しかしこれは、秘密にしておく方がより面白い性質のものか?」

最早会話も成り立たなくなりつつあった。




「さて、それではそろそろ私は戻る。

また会おう。」

そう言って、月帝は退室した。

合わせて、五人も戻る事にした。

そこで、レンは腕輪を思い出す。

「ヤエさん、鑑定出来る方を知りませんか?」

「城にいるわね。

紹介するわ。」

そうして会った魔術師は、腕輪を時計りの腕輪だと鑑定した。

身に付ける者に、暦と時を知らせると言う。

魔導具としては珍しいもので古代人らしくない、恐らく現世代の錬金術師の手によるものだと判断した。

実際使ってみれば暦が今のものであったので、その判断は正しいとすぐに理解出来た。

「サンデリアスさんの作品かと思いましたけど、違うんですね。」

「私も思ったわ。」

この腕輪が珍しいものであるなら、持ち主の手がかりとして充分となる。

見つけられるまでは借りておこうと言う事で、レンは左腕につけた。




氷の国の港町に戻ると、カネヒサとイエノブはここでお別れとなった。

「俺達はここでの仕事があるからなあ。

また会える日を楽しみにしているよ。」

「得るものの多い毎日でした。

皆様、お元気で!」

二人はここで、これからも人々を守って戦う。

きっとその一助を担えただろう。

結局、イエノブはレンの弟子とはなれなかった。

魔力を制御する技術が必要な段階にまで到達出来なかったのだ。

しかし今後次第で、それはどうにでも出来る。

次に会う時には教えたい。

レンはそう思いつつ、見送るのだった。


「それではその悪魔を何とかしない限り、この国は常に危険にさらされ続けると?」

「そうだ。

お前達は民を守るために、全力で考え、動け。

それが出来ぬ者などに玉座の資格は無いし、他者は手を差し伸べない。

いつまでも雪の衛士達が守ってくれると思うな。

彼らにも帰る場所があり、本来彼らが守るべき者は自国の民なのだ。」

王と貴族は憤慨し、しかし怯えた。

彼らは国を統べる道にある者。

それがいつまでも余所者頼りでいてはならない。

それは月帝がヤエに諭した考えだが、為政者としては当たり前の事だ。

今は無理でも、今は他者の力を借りたとしても、いつかは一つの国として立たなければならない。

今回の事はこの国にとっての荒療治となるだろうが、必要な事だったのかもしれないと、テヘラは思った。


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