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間話 内乱

「ネザーレ、失態だな。」

そのは皇国にある、宮廷魔術師ネザーレの寝室。

右腕を失い消耗したネザーレは、休養を取っていた。

「皇子様、ですか。」

皇子バルディロドス。

白金の長い髪に、皇帝に連なる証の灰眼を持つ。

それは伝承にある、イルハルと同じ特徴。

優男の風貌も合わせて、イルハルの再来と貴族や神官達は皇子をもて囃している。

当の本人にとっては、迷惑以外の何者でも無かったが。

「こんな姿で失礼しますよ。

噂の無尽と、やり合って来ましたのでね。」

法国で発見された迷宮を制覇した一行の魔術師。

その名声は皇国にも届いている。

無尽蔵に湧き出す魔力と機知を称えてそう呼ばれていると、バルディロドスは聞いていた。

「本当に無尽蔵だったか?」

「それはどうだか知りませんが、初級魔法とは言え数十発の魔弾や風刃を撃ち放っても疲れた様子の一つも見せない。

その上で私の知らない魔術も使って見せた。

そんな魔術師を私は知りませんよ。」

宮廷魔術師の知らない魔術、と聞いては、バルディロドスも心中穏やかではいられない。

初級二十、中級二十、上級十。

それはこれまで変わらなかった、存在する魔術の数。

これまで誰も、それ以外の魔術など発見出来なかった。

合計五十の魔術。

それが、神が人に許した力なのだ。

「その話は本当なのか?」

「この目で見ましたからね。

あの時は右腕を取られて冷静さを欠いてしまいましたが、思い返せば彼女は素晴らしい魔術師でした。

私と同じに移動系魔法を別種の魔法と同時に使いこなし、さらに新しい魔法まで手に入れている。

是非私の右腕になって欲しい。

いや、妻にしても良い・・・!」

移動系魔法の浮遊と飛翔は、他の魔法と同時に使える。

その事実は魔術書により公開されている。

しかし実際に使いこなせるのは、一部の魔術師だけだった。

制御にある種の慣れを要する事が、壁になっているのだ。

皇国においても、それが可能な魔術師は片手で足りる程の人数しかいない。

そして無尽は、新しい魔法をも修得している。

報告によれば、それは三つ。

名はネザーレが付けた。


一つ、魔砲。

魔弾の亜種と見られ、轟音を発する程の出力で圧縮された魔力を撃ち出す。

障壁を砕く破壊力は、上級魔法に届きはしないが、中級魔法と同位には考えられない。

一つ、魔光。

魔砲を上回る破壊力は、上級魔法をも超え得るもので、余波のみでも危険である。

上級魔法に魔槍の上位種が無かった事から、この魔術がそれに当たると考えられる。

一つ、風刃付与。

武器に魔力を乗せる魔力付与の亜種。

より大きくした風刃を武器から放てるよう付与する、強化魔法。

接近戦を主体とする戦士職に、武器持ち替えの手間がかからない遠隔攻撃手段をもたらす魔法として、その戦術的価値は極めて高い。


「報告は読んだ。

恐ろしくも素晴らしい魔法であったな。

あれらを使う事が出来れば、皇国による大陸支配が現実のものとなろう。」

「支配とかは、私にはどうでも良いのですが。

無尽は他にも知っているのでしょうかね。

ああ、羨ましい!

私にも教えてもらえないものか・・・。」

無尽に心酔し始めている自国の宮廷魔術師を見る皇子は呆れ果てていた。

(どうしようか、この馬鹿・・・。)

失われた呪印の事など、もう頭の片隅にすらあるのか疑わしかった。


「それでだな、ネザーレ。

新しい任務だ、続けて醜態をさらすなよ。」

バルディロドスが羊皮紙を一枚渡す。

目を通すと、法国に起きた内乱の支援とあった。

右腕を失ったばかりの宮廷魔術師にも容赦なく任務を下す。

「人使いの荒い国ですね。」

「汚名を返す機会が与えられるだけ良い待遇だ。

この任務には、ネザーレとして行くのではなく、傭兵の魔術師として向かえ。

皇国の者と悟られるなよ。」

「承知してますよ。」

ネザーレは身体を起こし、寝台から足を下ろし座る。

「それから支援とは言うが、勝たせる程の活躍は要らん。

嫌がらせし、長引かせろ。

少しでも消耗させろ。」

バルディロドスは退室して行った。

ネザーレは服を着替え、黒と青のローブから濃い茶の、安ぼったいものを選ぶ。

髪も切り、色を鮮やかな青へと染めた。

街へ杖を購入に向かって、それから転移。

法国の東にある町のそば、町を見下ろす小高い丘へと跳んで来た。

記憶と変わらない、ごく普通の町。

丘から見下ろしたその風景が気に入っていた。

ネザーレはそういった場所を大陸に幾つか覚えている。

もちろん転移に使うためだ。

そこからは飛翔を使って飛ぶ。

乱を起こした侯爵の陣は、飛翔の速度を用いれば遠くはない。

そこで、傭兵として参加する。

簡単に雇われる事が出来た。

恐らくは、誰でも良いのだ。

戦う気があるなら、例え賊でも、例え敵国の者でも。




「呪印が解除出来るものだったとはな・・・。」

密偵のもたらした情報は、法王アレンティエルにとって朗報ではあった。

方法までは掴めていないが、無尽一行の手によって解除出来る事が判明した。

さらに、呪印をもたらす魔導具自体を無尽が破壊してくれた。

この執務室に誰もいなければ、大騒ぎして喜んだところであった。

「大変喜ばしい情報でした。」

執政グリエラルドは、表情を変えずに言う。

喜怒哀楽の内、喜と楽を置いて生まれて来たのではないかと時折アレンティエルは考えるのだが、それ程に笑わず、喜ばない。

「あちらの宮廷魔術師が持っていたそうだな。」

「はい、名をネザーレ。

冷黒、と呼ばれているそうです。」

アレンティエルは呆れた。

しばし間を置き、ようやく口を開く気になった。

「誰が呼んだんだ、それ。」

「さすがにそこまでは。

恐らくは冒険者の中の一部かと。

彼らの中には、そういった名を付けて楽しむ者がいるようですので。」

由来としては、水牢、氷棺の魔法を好んで使う黒いローブの魔術師、と言うところだろうとグリエラルドは推測を話した。

上級魔法を使えると言うだけでも有数の実力者であるのは間違い無い事であったが、二つ名が広く使われるには名声が必要だ。

冷黒も、過去に大きな実績が何かあるのだろう。

「宮廷魔術師と言えば、うちの宮廷魔術師はどうしておるのだ?」

「トリトですか?

変わらず放浪しておるのでは。」

法国の宮廷魔術師は、トリトと言う女性であった。

前任者ブレイアルタスの弟子で、その孫ブレアーティアに劣らぬ奔放さを備えている。

上級魔法二つを使いこなし、その内の一つ、転移の魔法でよく姿を消した。

見聞を広めていると言い訳しているが、単純に旅好きなのだと言う事は周知の事実である。

「あれも夫を取り、子を作れば、少しは大人しくなるかのう・・・。」

「子連れで出かけるのが関の山でしょう。

もう、そっとしておかれるのが最良かと・・・。」

そもそも宮廷魔術師と言う立場に価値を見出だしていない類いの人間なのだから、無理に縛れば出奔するだろう。

法国に何かがあれば、彼女は必ず姿を現している。

必要な時には如何無く力を発揮してくれるので、アレンティエルは自由を認めていた。

「もしかしたら、東にいるかもしれんか・・・。」

「希望的観測となってしまいますが、可能性はありますな。」




無尽の弟子フリントは一人、法国東の侯爵領へと帰っていた。

かつての主トラディエールが乱を起こしたと聞いた。

迷宮において、自分達を死の淵に立たせた男。

その男が、今度は国を乱している。

義憤はあった。

しかし自分は我慢ならなかったのだ。

迷宮にいて、師のように人のために動かない自分に、苛立ちを覚えてしまったのだ。

仲間達は帰らない事を選択した。

もう関わりたくないのだ、と。

それが当たり前だ、それで良いのだ。

フリントは理解している。

しかし自分は無尽の弟子だ。

師が様々な国のために、人々のために戦っている噂は聞いていた。

自分もそう在りたい、そう願ってしまった。

願ってしまったら、もう矢も盾も堪らなかった。

強くなりたい一心で、今では訓練場と名付けられた東門外広場で剣と魔法の訓練に明け暮れた。

そんなところを見て、神官の一人が魔法の訓練方法を教えてくれた。

無尽の知り合いの一人だと言う神官に教わってからは、魔力保有量もより多くなった。

戦い方の似ていた彼は、剣や身体の動かし方なども教えてくれた。

第二の師だった。

そして遥かに強くなれた自覚をもって、フリントは故郷の大地を踏み締めた。

腰には質の良い剣を下げている。

その剣は、仲間達がフリントに餞別として持たせてくれた逸品だ。

左腕には短杖を仕込んだ丸盾を持つ。

はめ込んだ杖に指を触れる事で魔法の使用を可能にした、神官が考案し作らせた盾だった。

フリントは神官とは違い、中級魔法は使えない。

しかし無尽直伝の、魔法を調整する技術と強化する技術がある。

神官による訓練で魔力保有量も増し、今となっては一人でも戦える自信に満ち溢れている。

「乱を止める。

そうでなくとも、せめてその一助にはなる。」

フリントは法国兵の陣に向けて、歩き始めた。


「冒険者?」

一人の冒険者が陣を訪ねて来たと、魔術師の下へ報告があった。

協力してくれる冒険者は後を絶たないのでありがたいが、密偵である可能性を捨て切れない。

そのため、ひとまとめにしておいて、重要な作戦には使わない方針でいた。

ただ、人数や人物を把握しておく必要はあったので、上官への報告が義務付けられている。

そういった理由で、その兵士は魔術師へと報告に来たのだ。

幸い魔術師は、今は手が空いていた。

「それなら私が直に見るよ。」

向かうとそこには、戦士風の男が待っていた。

栗色の短めな髪にどちらかと言えば優男の風貌。

革製の防具に身を包み、腰に剣、左腕に丸盾。

茶のクロークを纏い、荷袋を肩に背負っていた。

見た目には少々頼り無い。

戦士であるなら革製のものよりは金属であって欲しいし、そう考えると兜を着けないのは金が無いからか。

しかし立つ姿勢は良い。

鍛えられた戦士のものであり、そこまで見れば頼り無くは見えない。

ちぐはぐな印象、と魔術師は感じた。

「君だね。

ついて来て。」


「私は宮廷魔術師のトリト。

指揮官じゃないからそういうの全然しないけど、戦場で顔合わせるかもしれないから、その時はよろしく。」

「これは!

大変な方にお目通り叶いましたな。

フリントと申す者です。

こちらこそよろしく!」




トラディエールは、私兵五十を徒に失った責を問われ、領地を減らされていた。

爵位こそそのままであったが、他の貴族からは嘲笑われていた。

元来、トラディエールは無能ではなかった。

皇国と接する領地を任されているのも、野戦における土台となる兵の用法、管理や、土地の活用、物資の運用など、いずれにも長けていた。

兵の練度も、フリントに対しユニアが大したものと言う程にはしっかりしたものであった。

騎士ではなく一介の兵でそれなのだから、実はトラディエール配下の兵達は有能なのだ。

もちろんトラディエール自身が彼らを鍛え上げたのではない。

しかし細かに方針を出し、伸ばすべきを伸ばし、支えたのはトラディエールだった。

貴族を至上と思い、その権利を当然のものと考え、他者を軽んずる。

しかしそれを守り、維持するためなら、必要な事に万全を期する。

自己のために、他の向上を促す。

そんな男だった。

法王と執政はそれを理解して、その領地を任せていたのだ。


トラディエールを唆す者がいた。

それは美しい女だった。

艶めかしく、肉感的で、若い女だった。

そして貴族だった。

女はトラディエールに取り入り、魅了する。

身と心とを次第に支配し、しかし領地は富むように導いた。

他の貴族を嫌うように、やがて国を憎むように、少しずつトラディエールを支配する。

やがて二人は夫婦となった。

そしてその時はやって来た。

トラディエールはかつてより迷宮を侮っていた。

もたらされた報告を一切信用せず、無能な臆病者の杜撰な調査だと罵った。

そこで、自発的に向かうよう仕向ける。

迷宮で死ねば良し。

後継の座に選ばれるための根回しなどとうに済んでいた。

生きて帰っても構わない。

これまでの続きをするだけ。

トラディエールは生きて帰り、貴族共に嘲笑われ憤っていた。

もういつでも爆発させられる。

そこまで仕上がっていた。

そうして、乱は起こされた。




「あの女の愚かなところは、己が踊らされているに過ぎないと気付いていないところだ。」

赤い葡萄酒を片手に、アレンティエルは呟く。

「トラディエールは優秀だった。

しかしあれも、そろそろ潮時ではあったのだ。

迷宮で倒れれば首を挿げ替え、生きて帰っても乱を起こすのは目に見えていた。

結局乱を起こす方に進んだが、精々目眩ましに使わせてもらおう。

皇国が手を回すのは予想出来る。

それがどの程度であれ、その分の隙となろう。

そこを突かせてもらう。

なあ、ブレイアルタス。」

同じく葡萄酒を口に含み、前宮廷魔術師のブレイアルタスは口の端を上げる。

「儂の根が、役に立つ時が来たようですな。」

二人は堪らず含み笑いを漏らす。




トラディエールは時折、妻を連れて陣を訪れた。

その日も、それまでと同じように妻の腰に手を回して、いやらしい笑顔で視察していた。

(あれがトラディエール。

ならばその横の女は、バルディロドスの妹ですか。)

名をドレアーと言った。

容姿は似ていない。

腹違いで、妾の子だとの話だった。

忠誠心を抱くよう育て上げ、皇女と言えどもこのように使う。

皇国の恐ろしいところであった。

しかしネザーレ自身も、明日をも知れぬ身となった。

次の失敗は、許されないだろう。

この戦を極限まで長引かせる。

上手く動かなくてはならない。

「ほう、片腕の魔術師か。」

トラディエールの声が聞こえた。

ネザーレの事だろう。

そちらを向いて膝をつき、頭を垂れた。

「ふむ、殊勝な心がけよ。

名を何と言う?」

「レザーと申します、閣下。」

トラディエールはにこやかに笑い、ご機嫌な様子であった。

「レザーか。

その所作、良い生まれの者であろう。

覚えておくぞ。」

その言葉を最後に、二人は去って行った。

(生まれ、ですか。

平民ですけど?)

愚かな男だ、心底呆れた。

宮廷魔術師として仕事をする中で、トラディエールの名前は聞いた事があった。

法国東部をよく守っている、厄介な領主として。

しかし今現在の印象としては最悪だった。

ドレアーに骨を抜かれたのだろうか。

あまり弱くなられても、長引かせるのに苦労する。

程々にしておいて欲しかった。


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