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魔術師、用心棒となる 二

燭台の灯が柔らかく照らす中で、マヌラテスカはゆっくりと酒を飲んでいた。

宮中の何とも言えない空気に当てられて少々疲れの見えてきている自分の、ちょっとした楽しみだった。

遊牧民の馬乳酒もよく飲むのだが、就寝前の今時分は大抵輸入した他国の酒だ。

今夜は懇意にしている法王から送られて来た強いものを杯に注いだ。

果実酒を蒸留し熟成させたものであるらしく、甘みに似た口当たりの良さ、果実の香りが楽しめる。


一人時を過ごすマヌラテスカの下へ、突然オーリカが駆け込んだ。

驚き見るが、その蒼白な顔と怯え切った様子に、何か恐ろしい事が起きたのだと知れた。

「父が、父が部屋で殺されて・・・!」

それ以上は嗚咽に塗れて言葉にならなかった。

侯爵が来ていたのだろうか。

知らされていなかったが、口止めされていたと察せられる。

「案内出来るか?」

オーリカは何とか頷き、立ち上がる。

マヌラテスカはオーリカを抱き上げて、彼女の示す方へと歩く。

そちらは、ティエラニスタと彼女の部屋がある方角だ。

「お前達の部屋なのだな?」

問えば、オーリカは頷く。

早足で向かうと、ひと部屋目にティエラニスタが兵を連れて待っていた。

そばの長椅子へ、オーリカを座らせてやる。

「近衛は呼んだか?」

「はい。

今は中を調べています。」

二部屋目への扉は開いている。

マヌラテスカが中を覗くと、そこに侯爵が倒れていた。

近衛騎士二人が侯爵の様子を調査し、別の二人は窓の周辺を警戒している。

「どうだ、駄目か?」

遺体を調査する近衛の一人が軽く会釈し、答えた。

「はい。

我々が駆け付けた時点で、既に事切れていました。

しかし、これは人の仕業とは思えません。」

「どういう事だ。」

近衛はランタンを侯爵の首に向けた。

それはあまりに異様な死に様だった。

首が無理に回転させられている。

「一回転半、と言ったところです。

こんな力業、人間には・・・。」

「ふむ、これは酷いな・・・。」

まるで魔物に、面白半分で殺されたような、そんな姿だった。

オーリカは、これを見てしまったのだ。

マヌラテスカは不憫に思う。

次いで、窓へと足を向ける。

「そちらはどうか。」

「はっ。

暗殺者がこちらから出たのは間違いありません。

血痕がありました。

窓を割った際に付いた傷によって、血が残ったのだと思われます。」

淵の手摺に、赤く残っている。

この暗殺者はどうやら、姿は見せなくとも、やった事を隠すつもりは無いようだ。

「魔術師、だろうな。」

「人であれば。」

人であれば、魔術師でなければこの高さはどうにも出来ない。

しかし、人でなければ。

「魔物、か。」

ひとまずティエラニスタとオーリカのそばへ戻る。

二人は寄り添うように、長椅子へ腰かけている。

「私の部屋で休みなさい。

しばらく二人で、ゆっくりすると良い。」

二人は目を合わせ、立ち上がる。

「父上、話したい事があります。」


場所をマヌラテスカの私室に変え、二人を長椅子へと座らせる。

「オーリカ、私が話す。

異論は認めないよ。」

「ありがとう、ティエラニスタ様。

・・・ごめんなさい。」

オーリカは俯き、啜り泣く。

ティエラニスタは上に着ている物を脱ぎ去り、途端に苦しみ始めた。

「ティエラニスタ!」

「父上、これを・・・!

私達にはこれが、刻まれているのです!」

マヌラテスカに向けた背には、怪しく輝く烙印があった。

始めは弱く光る程度だったものが、次第に強く輝きを放ち始めている。

酷く痛むのか、ティエラニスタは膝をつき悶え苦しむ。

「ティエラニスタ!

もう良い、わかった!」

服を着させ、寝台へと運び横にさせると、ティエラニスタの具合も少し落ち着いた。

この烙印がティエラニスタを、そしてオーリカをも、苦しめて来たのだ。

それを理解した。

「それが何なのか、わからんな。

神官に診せる事は出来るか?」

聞くとオーリカは首を振った。

「人に見せるだけでも酷く痛み、最後には死に至るそうです。

神官に見せるなど、恐ろしくて・・・!」

推測だがより強く反応し、命を奪う事になるのだろう。

だから彼ら二人には、どうしようも無かった。

ならば、どうすれば。

(マーナが話していた・・・、かの無尽の魔術師ならば、或いは!)

藁にも縋る思いで、マヌラテスカは近衛を呼んだ。

「街に、三人組の女性冒険者がいるはず。

彼女らを探し、私の下へ同行を願え。

名は、レン、ユニア、テヘラ。」




朝食を楽しんでいると、騎士が一人駆け込んで来た。

急ぐ様子で、何かあったのだと察せる。

「こちらに、レン様の一行はおられぬか!」

野菜を口に運ぶフォークを止める。

「はい?」

「あれ、どう控え目に考えても厄介事よね。」

「面倒な事になったな、本当に・・・。」

誰かが聞いていたか、或いはマーニの仕業か。

どちらにしても朝食はこれで終わりなのだと、それだけははっきりしていた。


「お城なんて初めて・・・じゃないのか。

眠ってたから記憶無いけど。」

「二回目ですね。」

騎士の案内で、奥へ奥へと進んで行く。

朝食の時間だからか、すれ違う人は少ない。

「王命とは言え、朝早くに済みません。

王子の命に関わる問題でして・・・。」

ひたすらに階段を上り、一室に辿り着いたところでその扉を軽く叩いた。

「入ってくれ。」

騎士に先導され入ると、通されたのは豪華な寝室だった。

大柄な中年程の男性と二十代前半の男女、計三人の王族が待っていた。

騎士は部屋を出て、扉を閉める。

「来てくれてありがとう、無尽の魔術師よ。」

三人には、何を言われたのかわからない。

初めて聞いた言葉だった。

「ムジンノ・・・?」

「はて・・・?」

「もしや何と呼ばれているか、ご存知でない?」

しばしの沈黙が流れた。

「いや、それはまた後にしよう。

今は二人を診て欲しい。」

レンは気付いていた。

階段を上る度に近付くその魔力。

帝が発していたものと同種の反応に。

「背中と、右腕ですね。」

「何と、診ずにわかるのか!」

王は驚き、興奮していた。

その目には、希望と期待の光が宿っている。

「ふむ、これか・・・。

二人を解放すれば良いのだな?」

「頼む!」

レンはテヘラを見る。

既に解法を見つけている様子だったのだ。

「レン。

二人で取りかかれば、充分対処出来るだろう。

力を貸してくれ。」

「もちろんです!」

テヘラが差し出した手を握る。

「魔力を融通してくれ。

要らなくなったら、そう伝える。

それから、痛み出したら治療や活力も使ってやってくれ。」

「はい!」

レンは魔力を譲渡する。

テヘラは魔力を消費し、王子の烙印に解除をかけ始めた。

途端に烙印が強い力を放ち始め、激しい光と共に痛みを与えた。

苦しむ王子に治療と活力を使う。

それで和らいだのか、楽にはなったようだ。

しかし解除が進むと痛みも増すらしく、レンは治療にも追われた。

やがて烙印が一際輝き、そして浮き上がり砕けた。

「失礼するわね。」

ユニアがたくし上げると、烙印は跡形も無く消えていた。

「ありがとう!

オーリカも、妻も頼む!」

「任せておけ。」




莫大な魔力による解除の魔法で、二人は無事に烙印から解放された。

三人の王族は大いに喜び、涙した。

「ありがとう、無尽の方々。

この恩は忘れぬ。」

「父様、どうされたのですか?」

そこにマーニが顔を出した。

「え、ユニアさん、レンさん、テヘラさん!」

「あら、マーニちゃん。」


「お姫様でいらしたんですね。」

身分の高い人物とは、三人共わかっていた。

しかし王女とまでは思わなかった。

「息子夫婦も娘も、本当に世話になった。

せめてもの礼に、存分に食べて行って欲しい。」

昼食をご馳走される事になっていた。

王族に囲まれてしまいレンは落ち着かないが、ユニアとテヘラは全く意に介さない。

色々と談笑しながら食事を楽しんでいた。

(やっぱりすごいな・・・。)

と思うのだった。


「なるほど、それで無尽か。

上手い事を考えたとは思うが、ならばその発端は・・・。

ユニア、お前の義姉だな。」

「踏破記念で騒いだ時、色々と喋ってたものね。

良いじゃない、二つ名。

冒険者冥利に尽きるってもんでしょ。

ああでも、レンはあまり好きじゃないかも、そういうの。」

さすが一番の理解者と思い、レンは苦笑いする。

その通りで、あまり好きでなかった。

単純に照れ臭いのだ。

「そうか、レン殿は好きではないのか。

では呼び名に気をつけないとな。」

「格好良いじゃない、無尽。」

姫に言われるが、苦笑いしか出ない。

苦手なものは苦手なのだ。

「マーナ、誰にでも苦手なものはある。

お前が、ピーマンを食べられないようにな。」

「それを言わないでよ、兄さん・・・。」

「私も昔、駄目だったわ。

いつの間にか食べてたけど。」

などなどと、話は尽きなかった。




ところで、とレンが切り出したのは、食事も終わって一息ついた頃だった。

テヘラもそれで察したのか、レンと目を合わせて頷く。

「先程の印を持っている方が、場内にまだまだいらっしゃるのですが・・・。」

「まだまだ?」

「ええ、具体的には十三人程。」

王は冷や汗を拭った。

王子を見るが、彼は首を振る。

「私と妻は、互いと侯爵殿しか知りません。」

それであれば、十三人が全て繋がっているとは限らないと考えられる。

しかし、多い。

「王子殿、あれはどう言ったものなのだ?」

レン達には、その力まではわからない。

受けていた本人なら、何か知っているかもしれない。

「あれは、力を与える代わりに絶対服従させる烙印なのです。

力については人によるらしく、はっきりとどうこうとは言えません。

そしてそれがどのようなものか、自らの手で突き止める必要がある。

けれど都合良くわかる事は少ないようです。

だからあれは、ほぼ服従のための烙印なのです。」

そして逆らえば、或いは不都合な事をすれば、痛みによって苦しめられる。

それが呪印と呼ばれる魔導具だった。

「そして呪印を持っているのは、皇国です!」

「そうか、それで皇国に偏るような提案をしていたのだな。」

王子と妻は立ち上がって頭を下げようとしたが、王に止められた。

「それはもう良い。

今後はきちんと未来を見据えて、動いてくれると信じている。

よろしく頼むぞ。」

「はい!」

そこで近衛が姿を現し、王に大きな麻袋を渡した。

そして、それをレンに渡した。

「これは私達よりの、心ばかりの礼だ。

受け取ってくれ。」

中には金貨がぎっしりとつまっているようだ

大金を手にすると、どうしても気圧されてしまう。

「置いて来ちゃえば?」

「そうですね!

少しだけ、失礼します!」

レンは部屋に入り、戸棚の金を入れている引き出しにしまった。

そしてすぐに戻る。

「戻りました!」

「さすがレン殿。

転移の魔法だな、見事だ。」

「いえ、これは違うんです。

魔導具でして・・・。」


「それで、烙印の十三人なのだが。

解放するかは後程考えるとして、まずは誰なのかを知りたい。

それから、我々は護衛の出来る人材も求めている。

だから、依頼させて欲しい。

護衛と、この騒動の解決を。」

マヌラテスカは三人が冒険者である事に着目した。

協力させるのではなく依頼の形を取れば、それは彼らに取って仕事となる。

王子の事ではそうしてしまったが、本当は王族である事を利用して彼らを使うのはマヌラテスカとしても本意ではない。

だから、ここからは仕事として請け負ってもらいたいのだ。

「私は、まあ構わないわ。

二人は?」

「大丈夫ですよ。」

「烙印については、私も気になるところがある。

この依頼、受けておこう。」

話は決まった。

「ありがとう!」




護衛対象は、今ここにいる四人となった。

王マヌラテスカ、王子ティエラニスタと妻オーリカ、王女マーナの四人だ。

オーリカは適宜誰かといる事にすれば、多少の手間はあるが手は足りると判断された。

基本的にはティエラニスタかマーナと一緒に護衛する事になる。

「問題は調査をどのようにして行うか、だ。

護衛に手一杯となっては、何も進められん。

マーナ殿が一番自由が効くだろうから、彼女の護衛が調査を担当する外無いが。」

「調査とか小難しい事は、私は無理ね。

二人に任せるわ。」

テヘラは、調査自体はレンにと提案した。

感知の精度、範囲が優れていて、光通しもある。

加えて隠密の動きはテヘラよりレンに分があった。

「情報を集めてくれれば、考えるのは私も手伝う。

だから、任せた。」

ユニアは、マヌラテスカの護衛とした。

人の気配や毒に気付ける程の感覚を身に付けるに至ったユニアは、王の護衛に相応しい。

そして最も万能に動けるテヘラは王子の護衛となる。

「本当はもう一人王子がいるのだが、あれは遊牧民の暮らしを学びに出ているからな・・・。

何処にいるのかは、私ですら把握出来ていない。」

それでは手の施しようも無い。

今は城内で出来る事をする。

それを第一と考えた。


表向きは、三人は客人として、迎えられた。

その背景として、無尽の魔術師を宮廷魔術師とする噂を流しておく。

仲間二人は近衛騎士になるのだと言う話と共に。

これならば、王族の護衛をしていても不自然ではない。

そしてレンは、年の近い姫君と仲が良いから一緒にいる事が多い、とする。

そんな二人が城内を歩いていたとしても、不思議に思う者などいない。

そして将来の宮廷魔術師ならば、王族と話し込んでいてもおかしくはない。

もちろん将来の宮廷魔術師と繋がりの深い近衛候補の二人も。




何処の馬の骨とも知れない冒険者が重用され始め、城内は俄にざわめく。

面白いと思う者、面白くないと思う者。

利用しようと考える者、取り入ろうとする者。

そして、邪魔だと思う者。


「我らも立ち上がり、奴らを追い払うべきだ!」

「ここは我らの土地、我らの国。

余所者を重用するなど、度し難い。」

「あれらは法国から来たと言うではないか。

法国の手先ではないのか?」

「サーディアル様、我らでこの国を正しい道へ!」

(虫酸が走る・・・。)

サーディアルは感情を殺し、無表情を貫く。

言葉も発さず、しかしその迫力は隠し切れない。

目の前の貴族達は、それが自分達に同調し、志を熱く高めているのだと愚かな勘違いをしている。

手綱は最早意味をなさず、保身と欲望に塗れた馬は暴走を止めない。

国を乱してでも己の私欲に走り、それが正しいのだと疑いもせずに思い込んでいる。

己の欲するままに、他者を犠牲にする。

その醜い顔に囲まれて、辟易していた。


サーディアル達は王に反する対立勢力として存在していた。

それは、政策に偏りを出さないための勢力のはずだった。

しかしいつしか、王を廃し我欲を満たさんとする者共の巣窟となってしまった。

サーディアルは、かつて自分も営んでいた、慎ましくも穏やかな日々を思い起こす。

それは遊牧民の生活。

贅沢する事も無ければ、飢えに苦しむ事も無く、娯楽に耽る事も無ければ、暇を持て余し腐る事も無い。

心静かな、しかし豊かな日々。

かつて草原の国は、このような醜い顔がのさばる国ではなかった。

その原因、その元凶は知れている。

しかし公爵とは言え、一貴族が対抗するには大き過ぎる相手。

(せめて、一矢を。)

思う気持ちはあれど、方策は無く。


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