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魔術師、用心棒となる 一

迷宮の町から北へ。

高い山を越えて降り立った土地は、鮮やかな緑色の海が視界いっぱいに広がる草原の国だった。

国土のほぼ全土をこの草原が埋め尽くしており、遊牧による牧畜が盛んな、遊牧民の国。

その国土の中心に一つだけある巨大な岩山の麓に、首都となる市街がある。

岩山の一部に、同化するように建てられた城とその城下街が、この国の中心地である。

経済も産業も全てが一旦集約され、商売がなされている。

おかげで城下街は一年中賑やかで、この街を訪れた旅人達は皆、楽しげな国だと良い印象を抱いて帰って行く。

しかしその外では遊牧民達の、街とは違った生活が営まれている。

自然の中で生きるような素朴な日々。

それは街の賑やかさとは対極にあるものだ。

そんな二面性を抱えた国だった。




三人の女性が、南から草原を歩いている。

そちらには高い山しか無く、人が来る事などあり得ない方角だ。

戦士風の一人は二十代中頃で、深い青の瞳を持つ凛々しい女性だ。

耳を隠す程の、女性としては短い銀の髪を風に吹かれるままに乱れさせ、腰帯から紐で下げた剣の柄頭に取り付けられた真っ赤な宝石を左の手で弄んでいる。

目を惹いて放さないような深い凹凸を持つ身体は筋肉質で、彼女の実力を窺い知るに足る材料となっている。

何故そこまではっきり見えているのかと言えば、彼女が鎧を一切着ていないからだ。

革の鎧すら身に付けず、目の細かい毛織りのシャツの上に白の上着、脚に密着するような青の脚衣と言う出立ちだ。

防具として機能しそうなものは、革の手甲とブーツのみ。

その軽装は、自信の表れなのだろう。


もう一人、戦士風の女性がいる。

彼女は二十前くらいの年頃だ。

長い斧槍を持つ、肩に届く程度まである白髪を後ろへ撫で付け、風に染みたのか赤の目を少し細めている。

肌は僅かに褐色、赤茶色のローブを纏い、その上に着た外套の前は閉めずに風を受けるままにしている。

腰帯を締めており、彼女の人も羨む豊かな身体の線を強調するにひと役買っていた。

不思議な事に、彼女も防具を一切身に付けていない。

履いているブーツも、防具としての機能を持たない旅人向けの、履き心地の良い型のものだ。


最後の女性は、十五、六のまだ少女と呼ばれるような風貌だった。

腰を過ぎる程の長い黒髪を紐で二つに分けて止めていたのだが、風に煽られ酷い事になっている。

慌てて押さえようとするが時既に遅く、泣き顔となり黒い瞳が少し潤んでいる。

銀髪の戦士が彼女の黒髪をその風の中で器用に三編みに整えていく。

白いフード付きのクロークも風に吹き飛ばされそうで、下に着ているシャツから一切膨らみの窺えない程の細い身体が一緒に飛んで行きはしないかと、見ている方が心配になるようだ。

その細さは、黒い脚衣の寸法からもわかる。

腰には盗族が好んで選ぶような四角の革袋から伸びる幅広のベルトを巻いており、そのベルトに紐で少し長めの小剣を下げていた。

盗族だろうか。

やはり防具らしいものはほとんどつけていない。

革のブーツが唯一、それらしいか。


牛を集める傍ら、遊牧民の若者は三人の女性をそんな風に見ていた。




「変装用に買ったけど、案外合うじゃない。」

赤茶色のローブを着るテヘラを眺めている。

背が少し低いくらいなので、手直しも必要無い。

体格も似ている。

と言う事で、ユニアがテヘラに着せたのだった。

「使わなきゃ勿体ないからね。」

「なかなか気に入っている。

また何か貸してくれ。」

レンはそんな二人を羨ましく見ていた。

背が高ければ自分も借りれたのに、そう思ったのだ。

そしてはたと気付き、呟くように言い聞かせた。

「私は男、私は男・・・。」

「どうしたのよ?」


波の音でも聞こえるような緑の海原を行く。

場所によって深さが違うようで、今歩いているところは、ユニアの腰より少し低い程度だった。

レンには、胸近くの高さになる。

ユニアが何か言おうとしたが、レンが機先を制して釘を刺す。

「溺れてません、溺れてませんからね!」

「何も言ってないわよ。」

言ったレンも含めて、三人で笑った。

先に言われてしまったが、意外な言葉に不意を突かれていた。

しかし笑って身を屈めると、レンは隠れてしまう。

「それでは溺れてしまうではないか!」

もう笑い声は止まらなかった。

三人で一頻り溺れて、息を整えながらようやくと歩き出す。

「完全にやられたわね。

レンがそんな手に出るとは考えもしなかったわ。」

そうして楽しく歩き、三人は城下街に到着した。




大きく城壁が囲い込む街は、大変な賑わいだった。

城壁の外にまで商人達が溢れ出し、通る人に声をかけて売り込んでいる。

街へ入るための列に並ぶと、待ってましたと言わんばかりにこちらにもやって来た。

買う気は無いが、話だけ聞いていても楽しい。

話術を磨いているのか非常に饒舌で、売れる前提で話かけて来ないため調子が如何にも軽くて小気味良い。

代わりにすぐいなくなってしまうのだが。

その内に順番となり、簡単なやり取りを済ませて街に入った。

城に向かって少しずつ傾斜が上がって行く街並みは、見上げても面白く、飽きない。

「まずは宿ね。

とっとと探さないと、宿無しになっちゃうわよ。」

部屋があるので問題は無いのだが、旅をする者としてはやはり宿を取りたかった。

三人は良さそうな宿を探し、飛び込むように入る。

酒場も経営している宿で、洒落た造りの少し上品な印象の宿だ。

少し高めの宿泊費だが、そのおかげか空いていた。

四人用の部屋を借り、案内される。

扉を開け中を覗くと、主人の趣味の良さが見えるような調度品の数々が目に映った。

早速入り、武器などを下ろす。

「良い部屋ね。

気に入ったわ。」

「凝ってますよね。

戸棚も寝台も、意匠が同じですよ。

特注なんでしょうか。」

寝台で横になれば、その質の良さも窺える。

さらにこの宿は、浴場も備えていた。

担当がいて、声をかければ貸し切れると主人が話していた。

「まず浴び・・・。」

「いや、まずは食事だ!」


酒場で食べるのは夜にして、街を食べ歩く事をテヘラが希望した。

街の入口周りは行商ばかりだったので、この街の商店街を歩く。

早速テヘラが飛び付いたのは、チーズを使った菓子の店だった。

おすすめを聞いたところ、食べ歩くのにちょうど良い、一口大の丸い菓子を推された。

三つで銅貨一枚だったので、三人分として、銅貨三枚を支払った。

一つはその場で口に放り込み、二つはそれぞれ手に持って出た。

チーズが練り込まれた生地に、また別種のチーズを欠片で混ぜて、丸めて焼いたもののようだ。

香ばしさが鼻を抜け、次いでチーズの香りを感じる。

舌には程よい塩気とチーズの味わいが広がる。

銅貨一枚とは思えない食べ物だった。

「この街、すごくない?」

「これが銅貨一枚って、一個の値段でも安いですね・・・。」

「私のためにあるような街だな。」

しかし夕食も考えておかなければならない。

食べ過ぎては、後悔する事になるだろう。

難しい悩みだった。


この街は、チーズと肉が主食となっているようだ。

夕食もチーズの盛り合わせから始まって、肉の煮込みやステーキのチーズソースがけなど、終始どちらか、或いは両方となっていた。

野菜もあったが、量が足りない。

部屋に帰り、寝台に突っ伏す。

「野菜が食べたい。」

切実な思いと共に、三人の声が揃った。




マヌラテスカは、ティエラニスタとオーリカの二人を執務室まで呼び出した。

現れた二人の顔色は優れない。

オーリカとは久しぶりに会うが、こんなにやつれた女性だったかと疑問を抱いた。

「二人が呼ばれた理由は、わかるね?」

神妙に頷く。

「マーナの、見合いについてですね。」

「そうだ。

誰が持って来たのか、聞いても良いかな?」

ティエラニスタが声を詰まらせる。

出過ぎた事をしたと考えているのだろう。

王家に生まれた娘だから、政略によってもらわれて行く。

それは仕方のない事だ。

けれど王に無断で話を持って行く事は、許されない事だろう。

怯んだティエラニスタの代わりに、オーリカが口を開いた。

「私の、父が話を持って来ました。

良い話だから、マーナに伝えて欲しいと・・・。」

「よく話してくれたね。

そうか、侯爵が・・・。」

らしくない事をする。

マヌラテスカはそう思った。

息子にしてもその妻にしても、そしてその親にしても、このような愚を犯す人物ではなかった。

一体何があったのか、と考え込む。

執務室はしばし沈黙に包まれた。

しかしそれは、退室など許されない空気を持っていた。

「二人共、何か抱え込んでないか?

もしかしたら話せないような事なのかもしれないが、本当にどうにもならなくなる前に、私を頼って欲しい。

二人は間違い無く、私の家族なのだから。」


二人は涙を流し、落ち着いたところで退室した。

やはり、何も言わなかった。

マヌラテスカはオーリカを疑って見ていたが、二人は同じ表情だった。

オーリカも、ティエラニスタと同じなのだと感じた。

次は彼女の父だ。

地道に遡って行くしか無い。

しかしマヌラテスカは、身の危険を考え始めてもいた。

彼らの提案や行動をマヌラテスカは却下し続けている。

二人でも動かせないとなればいよいよ、と強行手段に出る事も考えられる。

もちろんそう言った事態のための、近衛の騎士もいる。

しかし、息子夫婦をすらあのように出来る相手に、騎士が役に立つだろうか。

そう考えると、別に信頼に足る人物が必要に思えた。

探さなくてはならない。




翌朝の朝食は、予想に反して野菜が多く並べられた。

三人は喜んでそれを食べて、街の散策へと外に出かける。

今日は城の方を見物に行くつもりだ。

のんびりと歩き、談笑する。

ゆっくりと、のんびりとした一日が、今日も過ぎて行くのだ。

そう思っていた。


前から緑に金縁のクロークを羽織り、フードまでかぶった少女が走って来た。

不機嫌そうな少女はユニアに気付かず当たりそうになり、しかし柔らかに受け止められて呆然とした。

「大丈夫?

気を付けないと駄目よ。」

綺麗な碧の瞳の目を大きく開き見つめていたが、声をかけると気付いて頭を下げた。

「ごめんなさい!」

慌てて謝っている。

それから三人の方を順に見た。

「冒険者の方?」

「そうよ。」

「すごい身のこなしだったわ!」

少女は感激したらしく、ユニアに詰め寄っていた。

それから、旅の話をせがまれてしまった。

「私達もゆっくりしていただけなのだし、歩きながらで構わなければ付き合っても良いと思うが。」

テヘラの言葉で、少女の同行が決定した。

「私はマー、ニ。

マーニよ、よろしく!」


マーニは三人の話を楽しそうに聞いていた。

かけ合いのようなやり取りや失敗談に笑い、白熱する戦いに興奮する。

こういった事はユニアが得意だった。

どんな話も面白可笑しく語って聞かせ、時には身振り手振りを交えて楽しませる。

マーニはフードを取ろうとしなかったが、そこに口を出す者は三人の中にはいなかった。

言われずとも身分ある身の上なのだと知れるからだ。

娯楽に飢えているのだろう、マーニは夢中になっており、最初の不機嫌さは何処かへなりを潜めてしまった。


昼はマーニお勧めの店に入った。

少々高い店だったが、値段に見合った食事を提供してくれた。

マーニはその段階になって高い店を選んだ事に気付いたが、軽く払ってしまう三人に安堵した。

「冒険者も、儲かるものなのね。」

「私達は特殊かしら。

迷宮踏破したしね。」

「ユニア。

それはそう簡単に口にして良い事ではないぞ。

面倒事を呼び寄せてしまうだろう。」

「あら、良くなかった?

それじゃ、今度から気を付けるわね。」

しかし、マーニはよくわかっていない。

聞き慣れない言葉だったのだろう。

「迷宮、踏破?」

「気にしなくて良いわよ。

それよりも・・・。」

誤魔化すように、話題を変えた。


「今日は素敵な一日だったわ。

本当にありがとう。

三人の名前、忘れないわ。」

そう言って、マーニは帰って行った。

可愛らしい少女だったが、立居振る舞いは貴族や王族たちのものだった。

そのせいで、大体の素性は知れていた。

「あの子も、苦労してるのかしらね・・・。」

「袖触れ合うも多生の縁と言いますし、幸せであって欲しいと願っちゃいますよね。」

「それ、何処の言葉?

面白い言い回しね。」

「北ではなかったか?

衛士達のいた、あの辺りだったろう。」




いつもの通りに、マーナが父であるマヌラテスカを訪ねた。

「今日は少し遅かったね。

また、外出していたな?」

そう言って、マヌラテスカはにやりと笑う。

「父様にはわかってしまいますね。」

マーナは今日出会った、素敵な冒険者達の話をした。

女性ばかり三人がこれまでしてきた旅の話を。

本当に楽しかったのだろう。

見合いの話に苛立って飛び出した事などすっかり忘れて、明るい笑顔でたくさんの話を聞かせている。

そんな娘を見ていると大いに和み、癒しとなる。

しかしその冒険者の話の幾つかに、マヌラテスカは心当たりがあった。

「マーナ。

その方達は何か言ってなかったかな?

例えば迷宮がどうとか。」

「そう言えば、迷宮を踏破したとか何とか・・・。」

マヌラテスカは見つけた。

信頼に足る人物を。

「名前を聞いても構わないかな?

もしかしたら、父さんの知っている方達かもしれない。」




その日の夜、嫌な魔力を感じたレンは、寝台から飛び起き、辺りを窺った。

「レン、どうしたの?」

「寝惚けた、様子ではないな。」

「帝の時の、嫌な魔力を感じたんです。

今も・・・、近くに来てます!」

二人も起き上がり、それぞれ手に武器を持った。

テヘラはレンの視線を辿り、意識を向ける。

「あれか。

まるで、へばりついているようだな。」

「はい、それです。」

しかし魔力はこちらへは来ず、宿の前の道を通って行ったようだ。

レンがほっ、と息を吐く。

武器を片付けて、それから三人は身を寄せ合う。

「この国にも魔の手が伸びている、と言う事か。」

それが明らかになった。

自分達に縁があるのか。

或いは大陸中に拡がっているのか。

どちらにしても。

「あまり歓迎出来ない事態ね。

レン、来て。」

ユニアは安心させるように、抱き寄せる。

その上から、テヘラは二人に腕を回した。

「何?

ああでも、たまにはこんなのも良いかも。」

「そうか?

それなら今後も、たまにはこうしようか。」

その軽いやり取りで安心して、レンは笑みを浮かべた。


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