魔術師、さらに北へ 二
城から離れた西の森の中に、大きな館が佇んでいた。
鬱蒼と茂る森の奥へ、広めの道が伸びている。
その先に、この北国のものではない建築様式の館が建てられているのだ。
明らかに異質な存在、それは南の国々で見るものに似ている。
辺りは静まり返っていたが、館へ至る道には、最近大勢の何かが通った跡が残っていた。
(ここだな。)
テヘラがそこへ辿り着いたのは、深夜だった。
城から思いの外離れていたために、ここまでの探査にかなりの時間と魔力を使ってしまっていた。
森に潜んで身を隠し、館を周りから眺めて回る。
窓はあり、灯りも見える。
地上階には多くの反応は無い。
感知出来る反応はほぼ全て、地下階から感じられている。
一階の人のいない部屋の窓に、中級魔法の開錠をかけて開ける。
静かに潜入し、窓は鍵も含めて元に戻しておく。
部屋を出て地下への入口を探すが、これは難航した。
テヘラには盗族達の用いる技術は無い。
鍵なら魔法で開けられるが、隠されているものなどを探すのは素人同然だった。
転移も、一度でも行った事があり、尚且つ印象に強く残っている場所でなければ発動しない。
他に使えそうな魔法も無く、魔法でどうにかするには手詰まり。
地道に探さなくてはならない。
或いは誰かが地下へ向かうのを待つか。
どちらにしても魔力感知は続ける必要がある。
探しながら待つ事とした。
夜明けの頃に、地下から上がって来る反応を確認した。
急ぎ近くへ移動し、それを待つ。
玄関ホール真正面の壁が、両開きに開く。
そこから、北国の衣服を南の国の貴金属で豪奢に着飾った男が姿を現した。
そこは玄関と言う場所柄常に見張りがいたため、探しようも無かった壁だ。
悔しい思いだったが、これで地下への入口は見つけた。
隙を窺って、入る機を待つ。
そう考えて身を潜めていた。
「衛士、第二陣を差し向ける。
扉を開き、固定しておけ。」
豪奢な男が声を発した。
見張りの衛士二人が命に従い扉を開けると、朝の冷気が吹き込んで来る。
テヘラは地下から上がってくる無数の魔力を感じた。
それが脇に退いた男の横を過ぎ、外へと向かって行く。
魔物の群れだった。
そのほとんどが下位のものであったが、またも数多くの魔物が襲撃に向かったのだ。
(止めるか?
しかし今なら、中へ潜り込む好機!)
街には、援軍も来ている。
今は原因を止める方が先だ。
そう考えたテヘラは、しかし見過ごす事など出来なかった。
また忍び込む事を考えると、姿を見せるのは得策ではない。
警備の強化を招いてしまう。
急ぎ人のいない部屋へ向かった。
魔力の発光を見られるのを避けるためだ。
そして転移する。
魔力の残量は少なくなるが、飛翔で飛んでも少ない事に変わりは無い。
ならば、街の衛士や援軍の兵達と迎え撃ち、連携して戦った方が効率が良い。
そう考えた。
テヘラは街の中央に、忽然と姿を現す。
人々は驚くが、それがテヘラだとわかれば途端に笑顔を見せ、声をかけてくれる。
「おかえり、テーさん。
今日はどうしたんだ?」
居合わせたイエノブが駆け寄った。
「敵だ・・・。
魔物が来るぞ!」
テヘラのもたらした情報を裏付けるように、後から遅れて伝令からの報告がやって来た。
その頃には迎え撃つための布陣を終えていたのだが、この報により明確な事実となった。
「来るのだな、再び。」
ヨリミツは馬上で報告を受け、その表情を引き締めた。
あまりに早過ぎる。
五日も経たない内に、次の戦力を用意して来たのだ。
これではこちらの戦力が持たない。
前回は無尽の一行が退け、今回は援軍がある。
しかし、次回は?
さらにその次は?
気の重くなる状況だった。
しかし考えねばならない。
今はこの戦闘に集中するが、その後には、すぐにでも次の手を考えなければ。
テヘラは先頭に立っていた。
魔力は残り少なくとも、体力気力は充分に満ちている。
先陣を切って飛び込み、少しでも人々の負担を減らしたいと思った。
今日程この斧槍を頼もしく思った事は無い。
(明日の合流には、間に合わないな。)
こちらから向かうと言っておいたのだ。
あちらから探す事は無いはずだ。
調査を進めるだろうか。
待ち続けてしまうだろうか。
遅れるにしても一日程度だ。
それなら許してくれる。
それだけあれば、彼女らなりに解決してしまいそうな気も、していたが。
いよいよ魔物の姿が見え始めていた。
カネヒサ達四人は武者奮いなのかただ震えているのか、自身でもわからない異常に陥っている。
「武者奮いに決まってるだろう!」
「うむ、当然!」
「テーさんと一緒に戦える・・・!」
「お前、余裕そうだな・・・。」
ヨリミツの号令により、後方部隊の弓による射撃が始まった。
自分達を飛び越えて行く矢を眺め、ある種の感動を覚える。
第二射、第三射と放たれる頃には魔物は近くまで来ていた。
「歩兵部隊、迎撃開始!
一体たりとも、後へ通すな!」
号令が下った。
先頭にいるテヘラが、弾かれるように飛び出して行くのが見える。
「俺達も行くぞ!」
カネヒサも駆けた。
「今回は並んでも良いって、言ってたな!」
「魔法が使える程、魔力が残ってないそうだ!」
「連携だ、連携させてもらえるぞ!」
喜んでいるのはシゲマサだ。
早死にしなければ良いが、とカネヒサは不安になる。
先を圧倒的速度で行くテヘラは、既に魔物の只中にある。
そこまでは、自分達では行けない。
シゲマサには悪いが、連携は諦めてもらおう。
カネヒサはそう決めて、こちらに来る手前のコボルド達から交戦する。
刀で斬り付け、さらに突く。
しかし深追いはしない。
自分達程度の者は、生きる事を考えなければ無駄死にの未来に辿り着くのみ。
「イエノブ、シゲマサ!
敵を仕留める事に意識を持って行かれるな!
俺達は敵を留めるんだ!
弓の連中に仕事させてやれ!」
「おっとと。」
「済まんな、了解だ!」
前が詰まれば後は固まる。
弓兵部隊がそこへ矢の雨を降らせた。
それで多数の魔物が倒れる。
しかしその中央でテヘラは戦っていた。
自分に向かい来る矢に魔物を押しやり、盾として使う。
やろうと思って出来る事ではない。
「やっぱりとんでもないな・・・。」
つい、呟いてしまうのだった。
衛士のよく通る声が聞こえていた。
歩兵の斬り合いによって与える損害も軽視出来ない。
しかしそれでは互いに消耗してしまう。
それを避けるには、やはり歩兵は盾の役割を意識するべきだ。
そして、代わりに敵の数を減らすのは後方の弓。
声の主はそれを理解しているのだろう。
メランは感心していた。
騎士はその戦いを実践していた。
重歩兵が前でしっかりと前線を支え、後方の弓兵と少数の魔術師が魔物の数を確実に減らす。
メラン自身は指示を与えながら、剣に弓にと走り回っている。
魔物と斬り結ぶ最中の一瞬の隙に、弓から矢を他方へ放つ。
再び剣を持ち、斬り合い、斬り裂く。
速度を信条とする姿勢はユニアに似ていたが、弓を織り混ぜる戦い方は全く違う方向性を見せた。
「メラン殿、なかなかの腕前で!」
「ランバルド様!
来ていただけたのですね、感謝します!」
大斧の、革鎧姿の男が戦闘に参戦していた。
その姿は、ユニアから話を聞いているとは言え衛士達を戦慄させる。
「この間は済まなかったな!
今回は加勢に来た!
これをもって、謝罪とさせてくれ!」
大斧は、相変わらずの破壊力で魔物を薙ぎ払う。
彼だけでも頼もしい援軍だが、その配下には猛者と呼べる騎士達が従っている。
心強い増援だった。
テヘラは感動していた。
レンが大司教の援軍を呼び、その中に参加していたメランがランバルドを呼んだ。
他国の人間である大司教達。
かつて敵同士として戦ってしまった自分やランバルド達。
皆がこうして共に、守るために集まった。
アリアスと言う一人の女性から受けた依頼が、ここまで大きな繋がりを生み出した。
その一端を担う事が出来た。
自分は、再び人々の希望となる事が出来ただろうか。
「私も守ろう。
ユニアが授けてくれたその名、希望にかけて!」
斧槍を掲げる。
そこに宿るは雷の閃光。
さらに押し寄せる魔物の群れを横薙ぎに。
上級魔法、雷光が振るわれた。
残党狩りも無事に終わり、街はまたも守られた。
轟いた稲光りは人々を畏怖させたが、しかしそれ以上に鼓舞した。
勢いの収まらないまま、魔物達は駆逐された。
戦場には鬨の声が響き渡り、皆が互いを称え合っていた。
テヘラは疲労と魔力の枯渇が極限に達し、領主の館に部屋を借りて眠りについた。
テヘラが目を覚まさない事情については、ティアが推測して説明した。
皆心配に思っていたが、ティアの眠れば回復すると言う言葉を信じ、今は待つ事とする。
看病にはそのままティアがついた。
ユニアを乗せた馬車は、西の森にある館に到着した。
館から二人の衛士が姿を見せ、檻からユニアを担いで外に出す。
そのまま二人は館に戻り、馬車は城へと帰って行った。
ユニアを担いだ衛士は玄関正面の壁にある隠し扉を開き、中へと進む。
そこは螺旋階段となっており、衛士はしばらく階段を下った。
階段はさらに続いていたが、途中の扉に衛士は入った。
そこには複数の、大きな牢が設えられており、たくさんの人々が捕らえられていた。
老若男女問わず、しかし誰もが北の人間ではなかった。
身なりはばらばらで、貧富すら関わらず集められていた。
衛士は鍵を取り、その中の一つ、女性の入れられている牢の鍵を開ける。
その中にユニアを入れ、再び鍵をかけた。
「猿ぐつわと枷を外してやれ。」
それだけ言い残して、衛士は去った。
牢の中の一人が、渡されていたのであろう鍵を使って、ユニアの枷を外した。
猿ぐつわも別の女性が外し、ユニアは部屋の端に横たえられた。
目を覚ますと、そこは何処かの牢だった。
女性ばかりの牢に入れてくれたらしく、身体に何かされた後は当然無い。
上手く潜入出来た。
しばらくはレンが情報を集める手はずになっている。
もちろん何かあれば駆けつけてくれる。
それまではゆっくりさせてもらうつもりでいた。
「起きた?」
「ええ、介抱してくれたの?」
「介抱って言う程の事は、出来てないかな。」
「でも、ありがと。」
優しそうな風貌の女性が、声をかけた。
二十歳前後程の彼女はクリエと名乗る。
クリエは色々な事を話してくれた。
自分達は生かさず殺さずで捕らえられている事、魔力を吸い上げるための虜囚である事、自分達を捕らえているのはこの国の帝である事、性的な事は何故かされないからそこは安心して良い事、などなど。
生活の事なども教えてくれて、色々話している内に親しくなった。
クリエは法国東の人間で、隣町への馬車に乗っているところを襲われ、ここまで連れて来られたらしい。
「結構な距離じゃない?」
「長い旅だったわ。
でも、半分以上船だったかしら。
その時初めて乗ったのよね、船。」
あまり嬉しくなさそうに笑う。
法国東からとすると、一番近い港は皇国のものとなる。
そこから、この国の港町まで来たのだろうか。
「酔わなかった?」
「それどころじゃなかったしね。」
襲われ拐われ、放り込まれたのだ。
辛かっただろう。
「あなたは、ここまではどうして?」
「私は冒険者なのよ。
何となくこの国まで旅して来て、首都の街で、ね。
捕まっちゃったみたい。」
「そう・・・。」
それからは話題を変えるように旅の話をせがまれた。
これまでの事を面白可笑しく話す内に、いつの間にか人が集まっていた。
他の牢にまで聞こえていたらしく、どうやらちょうど良い娯楽となれたようだ。
レンは一人、螺旋階段を下っていた。
光通しのおかげで、ここまで誰にも見つからなかった。
ユニアも今のところは大丈夫だ。
だから安心して、探索出来る。
浮遊で速度を上げて下ると、大きな両開きの、金属の扉に突き当たった。
その向こうには、無数の反応がある。
そっと扉を押すと、鍵はかかっていない。
中は、こちらも牢が並んでいる。
そこに入れられているのは、魔物達だ。
そして奥には、女性が両腕に鎖を付けられ、捕らえられていた。
女性はこの国の人間のようだ。
特徴が似ている。
黒髪は止められずに真っ直ぐ下ろされ、腰に届く程に長い。
鎖は短く、両腕を上げたままにされており痛々しい。
その体勢のせいで大きめの胸が強調されていた。
薄い青色のローブに布の腰帯を巻き、靴は無い。
首にネックレスの魔導具をつけていた。
女性は、強い魔力を持っている。
恐らく魔術師。
しかし彼女の状態を見るに、ここで何かを無理矢理にさせられているように思える。
消えたままで入り、中の様子を見た。
これと言った物は特に無く、魔物と女性しかここには存在しない。
女性から話を聞いた方が早いと思い、姿を現した。
「誰?」
レンはまず鎖を風刃で切った。
そして崩れ落ちる彼女を浮遊で支える。
「大丈夫ですか?」
「助けてくれるの・・・?」
続けて治療と活力を施す。
しかし、脚は良くならない。
どうやら手遅れだったようだ。
「こんな、酷い・・・!」
「私なら魔術師だから大丈夫よ。」
首からネックレスを外すと、自分で浮かび上がる。
「私はヤエ、この国の術師長よ。
助けてくれてありがとう。
これはお礼にあげる。
魔力を封じ込めるネックレスよ。
これと呪術のせいで私は、奴の言いなりになるしか無かった・・・!」
敵は、帝は呪術で彼女と、彼女に召喚させた魔物に命を下し操っていた。
しかし彼女と捕らえた人々がいなくなれば、それも不可能になる。
「早く脱出しましょう!
今、奴は港町に出かけているはず!」
レンは頷いて、二人に浮遊をかけた。
ヤエもまとめて制御し、飛ぶ。
螺旋階段を上がり、虜囚の部屋へ飛び込んだ。
「ユニアさん、行きましょう!」
レンはまず、ユニアの牢を開けた、
それから鍵を中の虜囚に渡して頼み、ユニアには腰に預かっていた炎の剣を返す。
「待ってたわ、レン。
皆、帰るわよ。」
虜囚達は呆気に取られていたが、レンとユニアの指示に従い、静かに動き始めた。
先導するのはレンだ。
ユニアは念のため後から、逃げ遅れの無いよう気をつけて続く。
隠し扉の向こうには、当然見張りがいる。
しかしレンの魔法、眠気で、眠気どころか強制的に眠らされた。
外に出るとちょうど日が当たる時間で、寒さを和らげてくれる。
「このまま、首都の街へ向かいましょう。
ヤエさん、術師長と言う事は地位の高い方ですよね?
皆さんの保護、よろしくお願いします。」
そう頼んでおいて、レンは虜囚達全員を浮遊で運んだ。
そこかしこで悲鳴が聞こえたが、急いだ方が良いと判断し、構わず飛ぶ。
程なく、街に到着したのだった。
(この子が、噂の無尽・・・!)
ヤエには、そうとしか考えられなかった。