魔術師、さらに北へ 一
その国の国土は、一年の半分を雪と共に暮らす、寒冷な土地柄であった。
ちょうどそんな時期の真ん中にあって、木々の緑はなりを潜めてしまった。
緑の代わりに白で身を飾る。
見る者を余計に寒くする様も、見慣れぬ者が見ればまた、面白いと感じさせるだろう。
しかしそんな木々の脇にある開けた道は、穏やかならざる様相を見せていた。
たくさんの何者かが踏み締めた跡。
その幅の広さは、まるで軍隊でも通ったかのようであった。
雪によって消されていない事から、それが最近の跡である事は想像に難くない。
この国の何処かで、戦争が行われているのか。
知らない者が見れば、そう考えざるを得ない光景だった。
領主ヨリミツより首都の位置を確認した三人は、一路北へと向かっていた。
「行って当たりなら良し、外れてもあちらから探査すれば良し。」
「本当に、飛んで行くの?」
寒空を飛ぶのは、あまりにも寒かったのだ。
冒険者としては歩きたい気持ちもあり、ユニアの気は進まない。
「痛かったですしね・・・。
あれ、耐性強化で軽減出来ますか?」
「試してみるか?」
「寒く、ないわね・・・。」
「効いちゃいましたね。」
これまでに見た事のない街並みが眼下に広がっていた。
中央に城を配し、周囲に幾重にも塀を設置。
塀と塀の間の土地に、街が作られている。
そして一番外側には高い城壁と深い堀があり、水が張られていた。
「こういう街、好きだわ!
中を歩いて回りたくなるわね!」
「全部終わったら、見に行きましょう!」
「そこに攻め込む事になるかもしれないのだが。」
まずはレンとテヘラが魔力感知と遠視を用い、様子を窺い見る。
「それらしいものはありませんね。
人も普通に生活しています。」
「ふむ、これは外れか?」
「念のため、街に寄っておく?」
入ってみたいだけなのは明白だったが、何も見ずにおくのも調査不足に思える。
しかし、あまり時間をかけたくなかった。
呪術には犠牲が付き物だ。
使わせれば、それだけのものが失われる。
「二手に分かれよう。
ユニアはレンを連れて街へ。
一通り回る必要は無いが、奇妙な事が無いか探ってくれ。
それから城もだ。
盗族の手解きを受けていたな?
期待している。
私は外回りだ。
あれだけの数の魔物、どこから寄越したのか探してみる。
合流は明後日の昼。
こっちからレン目がけて行くから、適当にしていてくれ。」
「もう立派な軍師ね!」
「二人がまともに考えてくれたらな・・・。」
二人が街へ向かうのを見送って、テヘラは空から周辺を見渡した。
飛び回りながら、徐々に探索範囲を拡げて行く。
レンとユニアは二人で街を歩く。
人は多い。
しかし何処か、暗い影を感じた。
まず酒場を探したが、食事処と言う店を見つけたので覗いてみる。
「いらっしゃいませ。」
若い娘が営んでいるようだ。
小さな店で、外にある背の無い長椅子でいただくらしい。
「お客さん、南の方ですか?」
「そうよ。
だから、おすすめのお願い。」
軽い調子で注文する。
出てきたのは、玉が串に三つ程刺さったものが二本ずつと、茶だった。
二人分の銅貨四枚を支払う。
「何だか、皆表情暗い感じね。
何かあったの?
偉い方が亡くなったとか。」
「そういう事じゃ、ないんですけどね。
旅の方には関わらない事ですから、心配しないでも大丈夫ですよ。」
娘は笑ってそばに立っている。
しかし、本当に小さな声で言った。
「悪い事は言いません。
早い内に帰った方が良いですよ。」
そして、彼女は奥へ引っ込んでしまった。
何かあるのは、疑いようも無い。
それを調べなければならないようだ。
「それはそうと、これも美味しいですね。」
「甘いのよね。
ちょっと意外だったわ。」
二人共、美味しくいただいた。
誰かれ構わず話を聞くわけにも行かず、調査は捗らない。
街の構造が独特で興味深いものだったので、探索する方へどうしても気持ちが向かってしまう。
「ちょっと迷宮思い出すわね。」
「やっぱりそうですよね!
何だか、もう懐かしい感じですけど。」
街を半分程見て回ったところで、ちょうど酒場を見つけた。
既に日は暮れ、夕食の頃合いであった。
これ幸いと、中を覗く。
「いらっしゃい。」
厳つい主人が声をかけて来る。
二人、と言えば、テーブルの席を示された。
「四品くらい、おすすめをお願い。
後は地のお酒、ある?」
「任せとけ。
美味いのを用意しよう。」
待つ間に、店内をぐるりと見回した。
作りはそう変化は無い。
客層は、何やら気難しそうな人種が多そうだ。
目付きも悪い。
こちらの事を見ないように探っている気配を感じる。
「お待ち。」
酒と一品目の赤い漬物が届いた。
レンが酒器から注ぐ。
「ありがと。
それじゃ、乾杯。」
一杯目を二人で飲み干す。
「まあ、美味しい!」
辛口の酒で、ユニアの好みだった。
二杯目はユニアが注いだ。
そして赤い漬物に手を付ける。
それは最近食べた紫蘇の香りのする、酸味と塩気のちょうど良い漬物だった。
酒が進む。
そして二品目三品目がやって来る。
白菜と根菜の和え物、白い身の薄く切られた生魚の二品だ。
白菜とゴボウ、ニンジンにとろりとしたたれが和えられており、赤い香辛料のようなものが辛味を添えた。
生魚は緑の香辛料と一緒に、醤油を付けていただく。
酒が進む。
「レン、回って来てるわね。
可愛くなってるわよ。」
「そんな・・・。」
しなを作って頬を朱に染めた。
そんな謙遜する姿がユニアに効いている。
四品目が出された。
芋と鶏の煮物に柑橘類の皮を刻んで散らしてある。
良い香りが漂っている。
しかし。
「レン、待って。」
箸を付けようとしたレンをユニアは止めた。
主人を呼ぶ。
「ここまで本当に美味しくって嬉しかったんだけどね。
主人さん、これ自分で食べられる?」
酒場内が色めき立つ。
今にも刀を抜かんとする剣呑な気配だ。
「お客さん、それはどういう・・・。」
「毒だ、って言わなきゃ駄目?」
客が刀を抜いた。
ユニアはレンを引き寄せ、背に庇う。
レンはそんなユニアを後から抱き締めた。
「レン?」
声をかけた瞬間には、二人の周りに魔弾が現れていた。
その数、百。
辺りは静まり返った。
剣呑な気配がすっかりなりを潜め、代わりに恐怖が顔を見せ始める。
「酒に酔った人間を怒らせるとどうなるか。
身をもって、味わってみますか?」
いつも通りの声色で、ぞっとするような笑みを見せる。
躊躇い無く撃ち放つだろう事が、誰の目にも明らかだった。
そして、全員がひれ付した。
戸は閉まり、酒場は閉店となった。
主人を含めた全員が正座で並んでいる。
その前にはレンとユニア。
いつに無い酷薄な気配のレンに、ユニアですら困惑している。
「話してもらえますか?」
反して言葉は丁寧で、明るいままだった。
それが一層、恐怖を掻き立てる。
「実は、この国は外の人間を集めているんです。」
「他国の、って事?」
主人は額の汗を拭きながら肯定した。
恐る恐る話を続ける。
「一人につき、そちらの通貨で言う金貨一枚の報酬が出るんです。
しかし報酬が出るとは言え、強制されてまして・・・。
やりたくない事やらされて、金もらっても使い難くて、罪悪感だって結構なもんで、皆疲れ果ててしまってます。」
「嘘は、言ってませんよね?」
「とんでもございません!」
慌てて土下座の体勢になる。
レンはそれを見ながら一口、酒を飲む。
「それなら良いんです。」
そう言って元の椅子に腰かける。
「主人さん。
最後の料理、毒無しでお願いします。」
「ただいまお持ち致します!」
ユニアも座るが、レンの気配はまだ戻らない。
変わらず、凍てつく笑みを浮かべて見ている。
「お待たせ致しました!」
主人は煮物の皿を置き、毒のひと皿を下げた。
ユニアは気を向けるが、今度は嫌な感じがしない。
「大丈夫よ、レン。」
「ありがとうございます。」
ユニアには、いつもの笑顔が向けられた。
変貌がなかなかに怖い。
しかしお気に召したのか、それ以降冷酷な顔は表れなかった。
「姐さん方、それでこれからどうされるおつもりで?」
「あんたらの事?」
「それもありますが。
この国にいる限りは狙われるのではないかと思いまして。」
ユニア達の目的を知らない人間にしたら、逃げた方が良い、と考えるのは当然であった。
しかしその目的のために、逃げる事は出来ないのだ。
「とりあえず、今晩一泊しても良い。」
「それはもう、何泊でもご自由にどうぞ。」
ありがたい申し出だった。
毒の事さえ無ければ、料理も美味しいのだ。
拠点としては申し分ない。
「それじゃ、レンも眠そうだし。
部屋借りるわね。
案内よろしく。」
「お任せを!」
翌朝、レンは顔を青く染めていた。
昨夜の事を覚えているのだ。
「私は、何と言うことを・・・。」
「良い薬だったと思うわよ?
堂々としてなさい、堂々と。
それよりも、部屋で湯浴みしましょ。」
二人で汗を流し、身体を暖める。
湯から上がる頃にはレンもすっきりした表情になっていた。
「やってしまった事は、もうどうにもなりません。
一度謝って・・・。」
「謝らなくて良いわよ。
向こうも逆に困ると思うし。」
「おはようございます、姐さん方!
朝食の支度は出来てます、どうぞ!」
「いただきます・・・。」
口許が引きつっている。
昨夜の事を思えば仕方のない事なので、放っておく。
食べながら、主人から聞き込む事にした。
「捕まえようとした、って事は、昨夜のは眠らせる毒よね。
その後何処に連れて行く予定だったの?」
主人は渋い表情で話し難そうにしながら、それでも聞かせてくれた。
それによれば、眠らされた人間は城へと引き渡されるようだ。
その先は、さすがに知らなかった。
「まあ、そうよね。
やっぱり城に行かなきゃ駄目か・・・。」
「姐さん方は、何をされるおつもりで?」
恐る恐るの言葉に、答えたものか悩む。
しかし協力者を得られるならば、これ以上の事は無い。
「そうね。
もう手遅れでもあるしこの際話すけど。
秘密を守れなかったら、昨夜のでわかると思うけど蜂の巣だからね。」
主人が滝のような冷や汗を流し始めた。
しかしもう遅い。
自分達に手を出してしまった事を悔やんでもらおう、と考えた。
「馬鹿みたいな数の魔物の群れが現れたのって、知ってる?」
「いえ、そんな話は聞かないです。」
知らなかった事は、然程意外でもない。
情報は隠しているだろうし、知ってしまった人間は消されるのだろうと推測しているからだ。
「その魔物は、首都の方から来てたのよ。
私達はそれを調べて、止めに来たの。」
魔物は大挙して押し寄せ、街を襲った。
ユニアも危うく殺されるところだった。
今ユニアが生きているのも街が無事なのも、奇跡なのだ。
奇跡は、何度も起きるものではない。
二度と奇跡が必要な事態は引き起こさせない。
そのために、二人は来たのだ。
「それでは姐さん方は、ご自身の事もあるのでしょうが、その街のために・・・。
いや、延いてはこの国のために、ここへいらしたって事ですか!
俺達は何て事を・・・!」
その表情から、昨夜の事を深く悔いている事がわかる。
握った拳は震え、目尻にはうっすらと涙が見えた。
「俺にも手伝わせて下さい!
姐さん方にしでかした仇はとても購い切れるものではないですが、少しでも出来る事をさせて下さい!」
悪い人間ではなかったようだ。
せっかくの好意を無下にしたくはない。
そう思って、二人はこれからどう動くべきか考える。
利用出来るもの、使えるもの、相手方の隙、そして何を目指すのか。
ユニアは、一つ考え付いた。
悪戯でも思い付いたかのように笑う。
城に、酒場の主人が台車を引いて姿を現した。
人を運んで来たのだろう。
衛士は荷を検分する。
それはやはり人であった。
かぶされた布を少し持ち上げ覗くと、耳を隠す程の銀の髪と凛々しい面立ちを持つ人物が目に入る。
絶世の美女と言う言葉は彼女のためにある。
そう言えてしまえる程の女性だった。
衛士は苦虫を噛んだような表情を浮かべる。
「美しい方だな。」
「そうだな。」
主人も同意した。
「嫌な仕事だ。」
「全くだな。」
衛士は主人に報酬を渡す。
引き換えに、女性を別の台車に乗せかえ、身柄を受け取る。
「お疲れさん。」
「あんたもな。」
二人は溜め息をつく。
主人は帰った。
衛士は受け取った女性に手枷足枷を付け、猿ぐつわまで噛ませてから運ぶ。
行き先は厩舎。
女性は別の衛士に引き渡された。
そこで幌のかかった馬車内の檻に入れられる。
「またか。」
「いつまでこんな事をしていなければならないんだろうな。」
馬車に乗り込んだ衛士は、諦めたように呟く。
「街の人間に手を出されるよりは、良いだろうさ。」
馬に鞭を打ち、歩かせ始めた。
ユニアは作戦を説明した。
レンの魔法で眠ったユニアを主人が運び、城に引き渡す。
レンは光通しで姿を隠し、それを追う。
そして行き先を突き止め、潜入する。
後は救出するなり制圧するなり、状況に応じて。
と言うものだ。
「何故わざわざ眠るんですか?」
「ばれない自信が無いのよね。」
危険な作戦に反対するレンだったが、信じていると真剣な眼差しで言われては黙ってしまう。
「絶対、離れちゃ駄目よ?」
「はい・・・。」
真っ赤に染まるレンと、それを愛しげに見つめるユニア。
二人を見て主人は面食らう。
「姐さん方は、そういう関係で?」
「そうよ。」
誤解はそのままにしておいた。
面白いのと面倒なのと、半々の理由で。
「これは、たまげましたな・・・。」




