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魔術師、北へ 三

そこからは私が、ランバルドがタバルの頭を撫でて、後を引き継いだ。

今にも泣き出しそうな少年は、それでも涙を堪えていた。

テヘラは優しく抱き締め、胸を貸して涙を隠してやる。

タバルは声を出さない。

しかし肩が震えていた。

気丈な、そして利発な少年だった。

そこまでの事を全て一人で、やってのけたのだ。

「我々は、タバル一人を残す事など出来なかった。

しかし彼はここに残ると決めていた。

北の街に家族や友人達がいる。

恐らく一人で、助けに行くつもりだった。

彼らを置いて町を去る事など、出来なかったのだろう。

だから我々はここに残り、協力して人々を取り戻すための作戦を考えていた。

ところが部下の一人が、魔法が使えないと気付いた。

その騒ぎで、魔法を使える者全員が試した。

誰一人として、使える者はいなくなっていた。

この空気の仕業だと気付きはした。

しかし遅かった。

魔法も無しでは上手い作戦も浮かばず、仕方なしにここで無為に立ち往生している。

これが、我々の現状だ。」

ユニアはテヘラと目を合わせ、頷く。

それは、こちらの情報も共有しようと言う事。

テヘラも異論は無いようで、ユニアと同じく頷いた。

「私達はこの空気が、呪術によって生まれた極めて小さな生物、魔喰いである事を知っている。

そして北の街からこちらへ来て留まっているならば、そこに制御している術者がいると言う事も、今の話で判明した。」

タバルの髪を撫でながら、テヘラは話していく。

それが悪魔への祈りによってもたらされている事、魔喰いの活動を止める事は出来ないが制御さえ切ればほぼ無害である事。

そしてその手伝いをしても構わない、と。

「悪魔とは、何とおぞましいことを・・・!

ありがとう、手は幾つあっても足りないだろう。

協力をお願いしよう。

報酬なら、帰還出来れば法国から出るだろう。

よろしく頼む!」

方針は決まった。


「問題は、作戦よね。」

「ここはやはり、優先順位をつけておこう。

魔喰いとやらの制御も重要だが、我々としては町の人々を最優先としたい。」

それは騎士も含め、満場一致で可決となった。

誰一人、異論を持たない。

ユニア達二人にとっても、人助けで来ているのだ。

そこで人助けを後にしては筋も何も無い。

「第二は魔喰いの制御としよう。

動機や再発の可能性などの調査はその先と考えておく。」

魔喰いはこちらの行動を阻害している。

制御を断ち切る事で、不利な状況を覆せるだろう。

「具体的な方法だが、隠密行動の出来る者と出来ない者で分ける。」

そこで、テヘラが手を上げた。

「隠密行動は、任せてくれ。

誰に気付かれる事無く、確実に遂行しよう。」

「お二人は冒険者だったな。

そういった技術をテヘラ殿はお持ちなのか?」

問いに頷く。

手の内を見せるのは躊躇われるのでここでは使わないが、テヘラにはレンから預かった光通しがある。

「ならば、隠密部隊をお願いしよう。

我々には苦手な分野だ。

専門家がいてくれると助かる。」

隠密部隊は、救出が任務となる。

如何にして悟られず、救出し、脱出するか。

テヘラは思案する様子で、腕を組み座っている。

「残りは陽動部隊だ。

救出後は連携して脱出する事になる。

そこまで事が運んだら、少数で部隊を編成し魔喰いの術者を押さえる。

これも出来れば隠密に進めたい。

テヘラ殿、人員はどの程度と考える?」

「脱出と同時に行うなら、そちらにはそのまま陽動も兼ねてもらいたい。

目立つ人員はそちらへ。

術者を仕留める程度の事なら、最悪私一人でも大丈夫だ。」

「随分やる気じゃない。

何かあったの?」

心配したユニアが小さく声をかけた。

確かにこれまで、これ程積極的に協力した事は無かった。

それは人や魔物の間の事で、この世界の中で完結していたからだ。

しかし呪術を用いてここまで大きな事をしでかしたのだ。

悪魔としても、放っておいて良い事ではなかった。

「なるほどね。

それなら、そっちは任せるわ。

派手にやるのは、私の得意とするところだし。」

片目をぱちりと閉じて、不敵に笑う。

とても頼もしく映った。




ユニアはランバルドと共に陽動部隊にあった。

街は塀に囲まれているが、作りはたわい無いものだ。

城塞ではないのだから、当然と言えば当然である。

「我々は賊として街を襲う。

しかし人を守るのが本分である。

刃を向ける敵兵にのみ、攻撃を許可する。

そしてなるべく殺すな。

では、行くぞ!」




街が賊に襲われた。

衛兵達は迎撃に出、人々は逃げ惑う。

賊は一人一人が腕の立つ猛者であったが、中でも目を引いたのは二人の戦士だった。

厚い筋肉の鎧を纏い、大斧を振り回す賊の頭目。

今一人は美しい銀の髪と、怒涛にして颶風の剣技を持つ女。

衛兵達は戦慄する。

一騎当千と思しき迫力は、最早人のものではなかったのだ。




「やり過ぎではないか、あれは。」

隠密部隊を先導しながら、テヘラは呟く。

あれでは間が持たず、本当に略奪する羽目になるだろう。

そう思うのだが、止めに行くわけにもいかない。

充分過ぎる程に目を引いてくれているのだ。

迅速に事を進める事にした。

(ここにはやはり、魔喰いがいない。

魔法を使えるが、下手に教えない方が困惑せずに済むか?)

そもそも隠密部隊であるこちらに、魔法を使う機会があるとも思えない。

このまま行く判断を下す。

(地上階は、人が少ない。

地下は兵らしき者がいないな・・・。

反応が多い、あそこか。)

場所に目星を付け、素早く進む。

念のため光通しを使用し先行するが、確認した通りに一切気配が無い。

罠である事を疑い警戒するが、結局何事も無く牢へと辿り着いた。

鍵は、机の上に目立つよう置かれていた。

(奇妙だ。

まるで守る気が無いように感じるな。

ここまで侵入されない自信の表れか・・・。

或いは真逆に、連れ出して欲しいのか?)

そう疑ってしまう程の無警戒さであった。

怪しく思いながらも、牢の鍵を開けていく。

助け出した人々を静かにさせておいて、再び先導した。

地上まで上がったところで脱出を任せ、テヘラは術者の居場所に見当をつけておく。

それからは脱出に手を貸した。


「お頭、救出が終わったみたいよ。

他の人達には離脱を指示したわ。」

「済まんな、助かる。

もう一暴れしたら帰るか。」

二人はさらに大立ち回りを演じる。

術者を仕留めるまでの間、こちらに注意を向けさせたままにしなければならない。


賊は衛兵を散々に叩きのめして、意気揚々と帰って行った。

後には呻き声がや痛みを訴える声が聞こえていたが、不思議な事に死者は少なく、当たりどころの悪かった者や運悪く傷が悪化したなどの数人に留まっていた。

略奪も少なく申し訳程度のもので、驚く程街への被害が無かった。




ヘイリは隠密部隊の先頭を行き、人々を町まで護衛した。

そこでタバルと一緒に、人数や状態を確認していく。

最後尾が戻ったところで、作戦完了となった。

「タバル!

どうだい、皆無事だったか?」

「いえ、五人足りません。

聞いたところでは、今朝連れ出されてそれきりだと・・・。」

その表情は苦い。

毎日数人程連れ出され、夜に気を失って牢に戻される。

そんな日々を強いられていたらしい。

そして今朝の五人は取り残されている。

無事だろうか。

無事でさえあれば、テヘラが連れ戻してくれる。

ヘイリには、彼女が遠くを見て牢を探し当てているように見えていた。

それはまるで、魔法のようだった。

ならば、五人の事も見つけてくれる、連れ戻してくれるだろう。

無事でさえ、あればだが。




テヘラは一人、術者へ向かう。

一つだけ、皆に伏せていた事があった。

悪魔は、神程優しくない。

呪術を行うのに、祈りと術者の魔力だけで済むはずがないのだ。

両開きの扉を蹴破る。

そこには、五人の人間が磔にされていた。

中央に術者の男。

構わず飛び込み斧槍を振り下ろす。

その一撃で男は潰れ、裂けた。

術の制御が止まる。

すぐに磔から解放するが五人は既に、死に瀕していた。

魔力が極限まで奪われ、幾許も持ちそうにない。

無力と無念に胸が裂けるかと思ったが、そこでレンを思い出した。

すぐに部屋へ入り、レンを連れ出す。

突然の事に驚くレンは、外の五人を見て察しすぐに、一斉に譲渡の魔法をかけた。

五つの魔法を同時に発動する。

五人の魔力は急速に補給され、失われかけていた命が死に抗した。

意識は無いが、五人はもう大丈夫だった。

レンはさらに活力も使い、彼らの顔色も程なく回復する。


「間に合って良かったです。」

「ありがとう、レン・・・。

いつの間に、こんなに頼もしくなって・・・。」

テヘラが涙を流していた。

(テヘラさんの涙、初めて見た・・・。)

レンはそっと胸を貸す。




その男は領主であった。

黒い噂のある男だったが、衛兵達は知っていた。

隣の国の町から、人々を連れ去った事を。

何故なら命じられ、嫌々ながらそれを行ったのは自分達だから。

領主は怪しげな儀式に彼らを使った。

数人を磔にし、彼らから日々魔力を奪い、気を失う程搾り取って牢へと戻す。

そんな悪行に嫌気が差しながらも従う日々だった。

しかしその日、領主はとうとう恐ろしい事を口にした。

「次の宛が見つかった。

奴らは次から使い潰す。」

背筋が凍るように冷えるのを感じた。

この男は狂っている。

そんな時に、何処からか賊が現れた。

何となく、それが町に拠点を置く何者かだと勘付いていた。

恐らく、助けに来たのだ。

しかし本当に賊である可能性も捨て切れない。

街には守るべき人々がいるのだから。

ならば、どう動くべきか。

「地下の警備はどうする?」

「必要だと思うか?」

「逃がしてやる事は出来ない。

が、鍵は置いて行こうか。」

「俺達は街を守るんだ。

街さえ守っていれば、この館までは来れんだろう、と言う建前。」

「これで死んでも、罰が下ったってだけさ。」

「そうだな、街が無事なら何だって構わない。」

そうして彼ら衛兵は、全員で賊に当たった。

そうした背景があって、人々は容易く救出された。




町の人々は、全員無事に帰った。

沈んでいた人々も、後から来た五人を見て一斉に歓声を上げ、泣き、笑い、喜んだ。

「おかえり!」

敵がいなくなって先に帰っていたユニアもテヘラを迎え、手を打ち合って勝利を祝う。

その日は日付が変わる頃まで宴が続いた。

ユニアとテヘラもよく飲んで、よく食べて、借りた部屋で部屋に入って、レンと一緒に騒いで眠った。




「このままであれば、この国と隣国は戦争となるだろう。

我々はしばらくここに残り、町を守るつもりだ。

ヘイリには君らと共に法国へ帰ってもらう。

法王様に伝え、判断を仰がなくてはならんからな。その文を渡してある。

報酬についても添えておいたので、法王様なら良くして下さるだろう。

洞窟は開けておいた。

向こう側も君らが行く頃には開いているはずだ。」

ランバルドはそこまで話し、安堵したように息を吐く。

そして頭を下げた。

「・・・ありがとう。

何から何まで世話になった。

この事は生涯忘れない。

縁があったら、また会おう!」

ユニアとテヘラはしっかりと握手する。

大きな手はとても頼もしく感じた。


ヘイリを加えた三人は、ランバルドに手を振り洞窟へと向かう。

精悍な顔は、今は満面の笑みで輝いていた。

その後には、騎士達とタバル、そして町の人々が見える。

手を上げ、振り、頭を下げて、皆感謝を身体中で表していた。

「これも冒険者の醍醐味よね。」

「ふむ、良いものだな。」

ヘイリも一緒に眺め、穏やかな笑みを浮かべていた。

「僕もまた戻って来ないと!

アリアスには、悪いけど。」

「何ヶ月も放置とか、もうよしなさいよね。」

「しませんしません!」

三人の笑い声が響いた。




「戦争、か。」

「如何なさいますか?」

「ランバルドには現状維持を。

それ以上は、あちら次第だな。

要請があれば応じよう。」

「はっ!」


退出するグリエラルドを見送りつつ、法王アレンティエルは思考を巡らす。

呪術。

それは大陸全土の国々にとって禁忌の魔法体系。

全ての国家でエルハル、もしくはイルハルを国の神と崇め奉っている。

にも関わらず呪術を使ったと言うのなら、かの国は建前で神を信仰していると言う事だ。

「あそこは確かイルハル、だったな。」

皇国にしてもそうだが、近年イルハルを信仰する国家の腐敗が進んでいる。

何かの前触れでなければ良いが、と危惧せずにはいられない。

「正義とは、かくも曖昧なるものか。」




アリアスからの報酬と法国からの報酬を得て、三人は再びシラナの宿に部屋を取った。

「シラナさんのご飯がまた食べたくなっちゃってさ!」

「嬉しい事言ってくれちゃって!」

夕方に着いた三人は、早速夕食をいただいている。

今夜はここに一泊して、翌日また山を越える予定だった。

何故なら、呪術をそのままにしておけなかったのだ。

しかし町には寄らず、そのまま隣国へ入る。

町には、既に密偵が潜伏している可能性がある。

だから寄らず、真っ直ぐ向かう。

あちらに行けば、目立つ事も出来なければ姿も潜めておかなくてはならない。

だから今日は羽目の外し納め。

しばらく慎ましく暮らさねばならないのだ。

今夜は騒ぐと決めて来た。

あまりに酷くなるようなら、部屋へ引っ込むつもりだったが。


地の酒を二本もらい、部屋でさらに飲む。

ユニアは笑い、レンは艶めかしさを増し、そしてテヘラは酔わない。

「これは損な性質だな・・・。」

「悪魔は酔わないのね、あははは!」

「見てみたかったですけど、体質なら仕方ありませんよね。」

しかしそろそろ、ユニアが喧しくなってきた。

放り込むべきか。

悩んでいると、ユニアが立ち上がった。

「レン、私自分でうるさいと思うから部屋行くわ。

連れてって。」

「偉いですね、ユニアさん。

酔ってるのに自制出来るなんて。」

そうして二人は自主的に部屋へ入り、出て来なかった。

一人しっとりと杯を傾ける。

途端に静かになり、こんな夜も良いか、とまた一口含む。

ふと気付き、笑みを浮かべた。

なるほどと、納得した。

「ふふ、そういう事か。

ユニアも上手くやるものだ。」

わざとレンに頼み、二人となったのだ。

酒が入っても前後不覚にならないのが二人の体質だ。

酒の力を借りたと言っても、記憶にはしっかりと残るだろう。

翌朝色々思い悩む事にはなるかもしれない。

しかしそれもまた、良い思い出となるのだ。

若い二人の、心の熱くなる思い出に。


後はレンが、眠ってしまわないか。

問題はそこだけだった。




「案の定眠ったわよ!」

テヘラは盛大に笑った。




「眠っちゃいましたけど、とっても幸せでした。

すごく熱くって、でも暖かくて・・・。

それはもう気持ち良くて、ぐっすりでした!」

ユニアは声を上げ、顔を真っ赤にして怒っている。

(ああこれ、からかっているのだな・・・。)

突然の惚気け話かと思いきや、一点集中攻撃だった。

普段のお返し、と言ったところか。

(いや、これは怒っているのか?)

「今日のところは、レンが一枚上手だな。」

酒などに頼るからだ、とは言わないのがせめてもの情けである。

堪え切れず吹き出し、笑いを噛み殺す。

どたばたと騒がしく絡み合う姿が微笑ましく、朝食に呼ばれるまでずっと眺めていた。


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