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短編 神官奮闘記 一

神官エンリアと騎士メランの護衛を元仲間の二人と共に受けた神官ルタシス。

初めて訪れた聖都で新婚の二人と別れ、ルタシスは信じる正義の心を胸に、聖都と魔物の狭間に立つ。

馬車の護衛としてやって来た聖都は、ルタシスの想像していたものとは全く違う姿だった。

白い城壁、高い建物、光を受けて輝く城。

そんな美しさを思い描いていた。

しかし眼前に広がる街は、全くもって異なっている。

街の至るところに花が咲き、しかし決して乱雑ではなく、彩りをしっかりと考えた、目にも優しい景色が、視野いっぱいを埋め尽くしている。

建物も決して高くなく、精々が二階まで。

城もどちらかと言えば慎ましく、隣接しているエルハルの大神殿も目立ち過ぎない。

景観に優れ、見ていて疲れない、それでいてそこかしこに興味を惹かれる。

聖都は、そんな街であった。




エンリアとメランの護衛は、大神殿前で完了となった。

道中幾度かの襲撃はあったが、三人の相手ではなかった。

「ありがとうございました。

皆様のおかげで、無事聖都に帰り着く事が出来ました。」

「私からもお礼を。

本当にありがとうございました。

こちらは報酬となります。

皆様は、お帰りには馬を入り用ではありませんか?

必要であれば、こちらで用意させていただきますが。」

ルタシス達は報酬を受け取り、しばらく滞在する事も伝えて大神殿を後にした。

馬はあれば便利だが、これまで旅は大抵徒歩であったため、帰りの道もそのつもりでいた。


「俺達は一ヶ月くらい滞在するつもりだが、お前はどうする?

宛はあるのか?」

「モロウよ、俺の事は気にするな。

お前達二人は、夫婦になって初めての遠出、初めての旅行だろう。

この聖都、想像とかけ離れてなかなか良いところではないか。

人の事など忘れて、二人で存分に、楽しんで来い!」

そして笑って去るのだった。

(あの二人も、人に気を遣い過ぎなのだ。

今回はちょうど良い息抜きとなるだろう。)

せっかく結ばれたと言うのに夫婦らしい事の一つもせず、日夜迷宮だ依頼だと仕事の事ばかり。

挙げ句旅先に来てまでこちらの心配とは呆れ果てる。

そうは思っても、そんなところも気に入っているのだから治されてもつまらないが、と一人で物思いにふける。

思考を払い、花を見ながらイルハルの神殿を目指す事にした。

街のあちこちに植えられている花は、鮮やかな色合いで目を、そして仄かな香りで鼻も楽しませてくれる。

聖都については、もっと信仰に根差した都市なのだと思い込んでいた。

しかし考えてみれば、ここはエルハルの、慈愛の女神を信仰する場所なのだ。

花の咲き乱れる街であっても、全くおかしくはない。

自分の想像は、イルハルのものでは無かろうか。

そう考えてみると、やけにしっくりとした。

つまりは、そういう事なのだ。

皇国を出て尚、イルハルに抱いて来た厳格な印象を捨て切れていない。


先代の神官は、穏やかな人物だった。

イルハルは決して厳格なだけではない。

迷い、悔やみ、時には寛容に、悪を許す事もあるのだと説いた。

幼子が悪を働くのは何故だ?

やむにやまれぬ事情があっても、それを許さぬと断罪するのか?

悪に生きるしか道が無かった者を救えずして、正義を語れるのか?

ルタシスはその短い関係の中で、あまりにたくさんの事を教えられた。

それは皇国の中にいたのでは得られない、大切な宝となった。

それを先代のように、撒いて行ければ良いと思っている。

厳格なだけでは、救われるべき人々を救えないのだ。

それを忘れてはならない。




イルハルの神殿は、予想していた通り大きなものではない。

だが、見える範囲で十数人程の神官達がそこで勤めに励んでいる。

それで全員と言うわけではないのだろうから、見た目に反して人員は多いようだ。

その内の一人がルタシスに気付き、挨拶する。

挨拶を返し、名と所属を伝えた。

「こちらには初めて来たので、挨拶と見学でも出来ればありがたいのですが。」

「地下迷宮で噂の・・・。

それは遠路はるばるいらっしゃいましたな。

案内致しましょう。

どうぞこちらへ。」


しかし俄に、神殿内が騒がしくなった。

「魔物が・・・。」

「騎士団は当てに・・・。」

「また我々か・・・。」

断片的に神官達の会話が聞こえる。

「魔物が、現れたのですか?」

「ええ、はい・・・。

近頃増えているのです。

度重なる襲撃への迎撃と、先手を打っての捜索で、騎士団の人員も減り続けておりまして。

我々イルハルの神官までもが駆り出される始末なのです。

冒険者への依頼も考えているのですが、そちらも人員不足だそうでなかなか・・・。」

(まずいな・・・。)

この状態を知ったら、モロウは必ず動く。

冒険者に依頼は出させてはならない。

そうさせないためにはどうするべきか。

(やはり、一肌脱ぐしかないか。)

「自分も行きましょう。

これでも元冒険者。

並の者より動けると自負しております。」

「本当ですか!

助かります、ありがとうございます。

では、詳しくは騎士の方から。」


そうして連れて行かれた場所は聖都の西、森の見える草原だった。

草原を挟んで広がる森は、視界の端までを埋める程広い。

神官は、これまではこの森から木材を得ていたと話す。

しかし魔物が現れ始め、それも叶わなくなった。

ルタシスは難しい問題だと考え込む。

人がその営みを拡大するにはどうしても木材が必要となる。

手近にある森を伐採するのは、自然な流れであろう。

しかし、そこに住む者がいた。

これは、互いの領域を守るための戦闘なのだ。

彼らに非は無い。

この戦闘に、正義は無い。

どちらも正義であるとも言える。

悩み見つめる先の森が、風に吹かれその葉や草を揺らしていた。

そして、森の際から様子を窺うような視線を感じる。

そこに、森の住人がいるのだろう。

「ルタシス様!」

「メランか!

早速駆り出されたようだな!」

「ルタシス様がいらっしゃれば百人力です!

よろしくお願いします!」

ちょうど良いところで会えたとルタシスは思う。

「メラン、良いか。

それとなく、森を見てみろ。

何かわかるか?」

問われてメランはしばらく様子を見る。

「いえ、私には特には。」

「ならばよく見ておけ。

木々の揺らぎ、草の揺らぎ。

風の流れ、臭い、そして草を揺らす動き。

あらゆるものに、情報は隠れている。

注意深く見るんだ。」

メランは引き続き、顔は違う方を向きながら、目だけで森を窺った。

僅かに草が、不自然に歪んでいる。

風に吹かれる木の枝が、押さえられたかのように揺れない箇所がある。

そして気付いて見れば、そんな気配が至るところに散見していた。

「ルタシス様!」

「わかったか、上出来だ!

メランは弓を使えたな?

この戦、お前が鍵を握るやもしれん。

備えておけ。」

「はい!」


騎士や兵士、イルハルの神官で構成された混成部隊は、街の防衛に当たった。

こちらから動く必要は無いが、しかしあちらにも動く気配が無い。

戦闘は、始まる前から膠着していた。

弓を持つ者は、メラン以外に一人もいない。

こうして攻められても魔物の数が多くはなく、接近戦で容易に撃退出来るからだ、と彼らは話す。

しかしそれは不利な事だ。

敵は弓を持っている。

肉眼ではさすがに見えないので遠視を使ったが、半数に近い数で弓の所持を確認出来た。

「本当ですか!

これまでは弓を持つ魔物など現れなかったのに・・・!」

「奴らも戦力を整えている、と言う事だな。

あれはゴブリンだ。

本来なら大した事のない魔物だが、奴らは手先が器用で知恵も多少は働く。

自分達で作ったか、何処からか手に入れて来たのだろう。

油断は出来んぞ。」


指揮権が無い人間が、どう動けばこの事態を跳ね退けられるか。

このままの状態が続くのもまずい。

ゴブリン達にその気が無くとも、陽動の働きとなってしまうかもしれないのだ。

この機に他方から、別の魔物が来ないとも限らない。

それを考えれば、早期解決が望ましい。

(ゴブリン程度なら、弓で射かけて誘き出せるか?

守る戦いならこちらに分があるらしいのだし、あちらの弓さえどうにか出来れば、あとは殲滅するのみか。)

「メラン。

俺が空に合図したら、森に矢を射ってくれ。

ゴブリンが誘き出されたら、お前は森から出て来る弓持ちを狙って射殺せ。」

「了解です。

ルタシス様は、どうされるのですか?」

「俺は森へ行く。

上手くすれば、あちらの弓持ちや背後を突けるだろう。」

「お一人でですか!」

「それが出来るのは、ここには一人しかおるまい。」

そうしてルタシスは這うような体勢を取る。

そして、メランが止めるのも構わず浮遊を使った。

伏せた姿勢を維持し、地面のぎりぎりを浮いて草原の草に埋もれ進む。

大回りして気付かれないように、細心の注意を払う。

狙うは後方部隊の撤退。

臆病なゴブリンであれば、強く脅しつければ容易く退くだろう。

前衛として騎士に当たるゴブリン達については諦める外無い。

戦闘となってしまったのだから、互いに犠牲が出てしまうのは仕方のない事だ。

しかし後方だけなら、逃がしてやれる。

必要以上の死者など出したくなかった。

例えそれが、魔物の身であっても。

(こんなものは自己満足の、偽善でしかない。

それでも、住処を追われようとしている者を前に、何もせずになどいられぬのだ。)

聖都の人間が知ったら、激しく非難されるだろう。

種の繁栄は全ての命に許された権利なのだから、彼らの行動を糾弾する気は無い。

しかし気付いてしまったのだ。

直に目が捉え、その事実を映してしまった。

(俺はもう、迷宮にすら潜れんだろうな。

あれも立派に、侵略だった。

俺は、侵略者だったのだ。)

弱者を追い立てるような真似をして、これまで生きていたのだ。

その事実を目にして、気付いて、何もせずにいられる程、ルタシスの中に宿る正義は物分かりの良いものではなかった。

繁栄のために森を伐採し、魔物を追い立てる事を悪とは思わない。

自衛のために溢れでるであろう魔物を退治し、先手を打つ事も悪とは言わない。

ただ、どちらにも正義は無い。

ならばどうすれば良いのか。

ルタシスにはまだ、その答えは見えない。

しかし今は、少しでも犠牲を抑えてやりたかった。

知られれば糾弾され、排斥される。

そうなっては、戦いに介入出来なくなる。

犠牲を抑えられなくなる。

ならば、知られぬよう動かなければならない。

それが正義に沿う行動なのか、自信は無い。

けれどルタシスの心が、それを願っていた。


見守るメランの視界に、炎の矢が見えた。

空に向かって一発だけ放たれた、赤い線。

それが、ルタシスの合図なのだ。

指示に従い、矢を射かける。

同時に、自分の率いる周囲の兵士達に迎撃準備の指示を出す。

三射目を待たずして、ゴブリン達は森から飛び出した。

見える位置から放たれた矢に挑発され、その誘いに乗ったのだ。

ゴブリンの戦士達が迫る。

少し遅れて、弓を持つゴブリンも森から外へ出て来た。

メランはそちらを狙う。

次々仕留めて行くが、思った程数が現れて来ない。

ルタシスが留めているのだろう。

おかげで、前線を援護する余裕が生まれた。

一体、また一体と順調に仕留める。

意識の端に、一人で森へ向かったルタシスの事を案ずる。

自分よりも遥かに腕の立つルタシスを心配するなど烏滸がましいとは思うのだが、複数の魔物を相手に一人なのだ。

気にするなと言う方が無理な事であった。




炎の矢は、ゴブリン達の視界に入らぬよう、木に登ってから上に放った。

(初級とは言え、魔術はやはり便利だな。)

神術は祈りを捧げ、言葉を発しなければ使えない。

しかし魔術は魔力を練れさえすれば良いのだ。

その分杖を持ったりなどで魔力に気を使わなくてはならないが、少々使う程度ならルタシスの魔力保有量なら問題無い。

人よりは多く持っている、らしい。

首尾良く潜入したルタシスは、ゴブリンを奇襲するために静かに移動する。

そして弓持ちのゴブリン達を発見した。

前衛から少し距離を置いて、援護するために戦場へ出て行く。

その背後から、襲いかかった。

一体の息の根を止める。

「ふははは、馬鹿め!

貴様らの相手はこちらだ!」

まるで物語の悪役だが、声を上げて注意を引いた。

しかし姿は見せない。

その方が恐怖を煽るからだ。

木と木の間を移動しながら、隙を窺った。

ゴブリン達は騒ぎ、声を荒げながら何かを叫んでいる。

(さすがに言葉はわからんな。)

そんな事を思いながら風刃を放ち、一体を斬り裂く。

次いで接近距離に近付いた者の不意を打ち、剣で斬る。

「次に死にたい者は誰だ!」

大声で挑発し、ゴブリン達を恫喝する。

全ては恐怖させ、逃がすために。


知恵はあっても臆病なゴブリン達は、ルタシスの作戦に見事乗せられた。

弓の援護を得られない前線は崩壊し、殲滅される。

森へと分け入った騎士達が見たものは、たった三体の死体のみであった。




「ふむ・・・。

今回は上手く行った方だろう。

しかし、毎回では身が持たんし、帰る事も出来んな。

どうしたものか・・・。」

宿の一室で、ルタシスは悩んでいた。

騎士達の腕は、聖都を守るに足るだけのものだった。

森に住み着くゴブリン程度であれば、守るだけならば問題無い。

しかしルタシスは、彼らの事も守りたいのだ。

イルハルの正義は、人だけのものでは無い。

大地に生きる全ての者達に、普くもたらされるべきものだ。

ならば、どうする。

共生出来れば、それが一番良い。

しかしそれは難しい事だろう。

これまで敵対し続けて来たのだ、今更手を繋ぐなど不可能に近い。

(目指す最終目標としては、間違い無くそこなんだがな。)

ふと自分の意識が、かつて想像すらしなかった方向へと変化していると気付く。

その皮肉に、笑いが込み上げた。

(皇国でイルハルの神官になった頃からでは、考えもしなかっただろう事に頭を悩ませているな。)

皇国のイルハル神殿では、魔物は悪だった。

その存在自体が悪とされ、魔物は退治されて当然と考えられていた。

もちろんルタシスもそう考えていた。

しかし法国へやって来て、先代と話をして、たくさんの事を受け継いで、ルタシスは変わった。

そしてその変化は、今も続いている。

「そうだ。

俺は自分がより良いと思う方へ変わり続ける。

この街も、あの森も、俺はどちらも助けるぞ。」

そう決めた。

ならばあらゆる手段を考え抜いて、最善を目指すのみ。


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