戦士と悪魔、町にて
レンとユニアは妖精の部屋で荷物の整理を行っていた。
外套は戸棚にしまい、白のクロークを出しておく。
バックパックにしまっていた替えの服などは戸棚へ移す。
そのバックパックも、もう使わないのでやはり戸棚へ。
しかし金や小道具など手元に置くべきものはあるので、それ用の袋が欲しいところである。
また、手ぶらでいると不意の接近戦に備えられないので、短くとも武器を手に入れておくべきだ。
「私も私物、少し移しとこうかな。」
そう言ってユニアも色々と持ち込んでいた。
居候している部屋から、服や捨てられなかった私物などを運び込んで整理している。
戸棚は二人で使っても余裕がある程に大きい物で、上段の丈の長い衣類を吊るせる作りがとても役に立っている。
片付けが一通り終わり、二人は商店通りを歩いていた。
ダールセフトが使っていたような革袋と、レンでも扱える武器を探しに来たのだ。
武器に関してはユニアの剣も考えた。
ユニア自身からの勧めもあって持ってみたのだが、軽いはずのその剣すらレンには重かった。
そこから、短剣か小剣程度でないと扱えないと判断したのだ。
剣を腰に下げ、颯爽と斬りかかる姿を思い描いていたレンには衝撃だった。
あまりにも残念な結果に愕然とし、呆けてしまう程だった。
そんなところも可愛いと気に入ってくれたが、それは男としてどうなのだろうかと、疑問に思った。
「ねえ、これじゃない?」
冒険者向けの道具を扱う店の中で、ユニアがレンを呼んだ。
手に取った革袋は、まさにダールセフトの使っていた物だった。
幅広のベルトで腰に固定出来る、小道具を入れるに充分な大きさの革袋。
早速腰に巻き長さを調節してみると、一番短くしてちょうどとなった。
「ぎりぎり・・・。」
使えるのなら良し、と思い直し購入した。
つけたまま歩いてみると、思う以上に邪魔にならない。
ダールセフトが選んでいた理由がよく理解できた。
位置も真似てみればよりしっくりとする。
クロークにもしっかり隠れて、これなら安全だと思えた。
持っていた金を早速しまう。
しっかり口を閉じて、軽く叩いた。
「気に入ったみたいね。」
「はい!」
続いて武器屋へと向かった。
武器屋は今日も盛況だった。
幾人もの冒険者達が新しい得物を探し、或いは自慢の得物を修理に出したりなどしている。
鍛冶場と繋がっているようで、奥の方から威勢の良い男性の声がひっきり無しに聞こえて来ていた。
レンは幾つかの小剣を見て、持ってみる。
少し重く感じるが、それは自身の筋力が貧弱過ぎるからだ。
使えば少しは鍛えられるだろう。
探していると、ここでもユニアが目を利かせてくれた。
「これなら良いと思うわよ。
少し長めだけど鋭くて細いから、長さ程重くないわ。」
持ってみると、確かにそれは軽い物だった。
装飾もほとんど無くすっきりした外見で、引き抜くとすっと伸びる刀身が美しい。
「綺麗・・・。」
思わず呟く程であった。
迷わず購入し、店を後にする。
「ありがとうございました。
どっちもユニアさんに見てもらっちゃいましたね。」
本当に嬉しそうに満面の笑みを浮かべている。
剣を革袋のベルトに紐でくくり付けて、次の冒険への、万全の体勢が整った。
「なかなか良い出立ちになって来たわ。
レンも、もう立派に凄腕冒険者よね。」
「そんな、私なんてまだまだ・・・。」
照れて微笑む。
「それじゃ、剣も買ったし。
久しぶりに剣の練習しよっか。」
「はい!」
「二人は出かけたのか。」
「買い物って言ってたわよ。」
家で二人、ゆっくりと過ごすのは、久しぶりの気がした。
戸を広く開けて、日の光と風を家の中に取り込む。
そこに二人で腰を下ろし、ぼんやりと時間を過ごしている。
時折道を行く近所の知り合いに挨拶の声を返し、喉が渇けば茶を飲んだ。
静かで、穏やかな昼過ぎ。
戦いに明け暮れる日々を生きる冒険者にとっては得難いものだが、二人はそれを手に入れた。
ティカはそもそもは、荒事を好かない性格だった。
今でこそ魔法を修め魔術師として生きているが、本当はモロウ達と同じ、平和な農村の生まれなのだ。
旅の魔術師に基礎を習いはしたが、しかしそれを使う事も無く作物を作る日々を過ごしていた。
そんな穏やかな日々を気に入っていた。
そのまま村で生きて、骨を埋めるのだと、疑う事も無く信じていた。
しかし災害には太刀打ち出来なかった。
飢饉と嵐に見舞われ、家族も作物も、村自体も失われた。
魔法に生きるしか、道は無かった。
そうして冒険者となり、初めて入った酒場でモロウ達と出会い、流れ流れてここまで来た。
お金も貯まって好きな人も出来て、夫婦になって家も持てた。
これ以上欲しい物なんて何も無かったが、さらに稼ぐ手段を手に入れて、強力な魔導具も幾つかこの手に持っている。
怖い程、順調だった。
失う恐怖を抱く程に。
「何て顔してんだよ。」
モロウは苦笑いを浮かべる。
そして手を伸ばし、ティカの頭を腿に乗せた。
「いつもは逆だがな。
たまには膝枕も良いもんだろ?」
「・・・ちょっと硬い。」
「そりゃ済まんな、はは。」
ティカの心配性な性分は、モロウも理解していた。
そしてそれを悪化させたのが自分である事も。
それは信じているとか信じていないと言った問題ではない。
理解している。
情け深い証であるのだが、ティカのそれは心の弱さの表れなのだ。
だからそばにいて、安心させてやりたい。
強く、モロウは思っている。
しかしモロウは冒険者だ。
強い者と戦い、未だ見ぬものを求める。
その心は、無くなってはいない。
けれどいつかは捨て去ると決めている。
そうでなければ、ティカはいつまでも安心出来ない。
安心出来ないのに、幸せなど訪れるはずが無い。
そのいつか、と言う時期には、モロウは迷宮の踏破を考えていた。
そしてそれが、今は見えて来ている。
達成出来ない目標でなくなっている。
それを達成出来れば、納得出来る気がするのだ。
冒険者を引退すると、言葉にして伝えられる。
そんな気がするのだ。
「なかなか良い紙を使ってるね。
行商から買ったのかい?
ふむ、数は充分だね。
場所代?
そんなのはいらないよ。
これで客が入れば、こっちの商品も売れるかもしれないんだ。
気にしないで良いさ。」
数日後の事だが、錬金術の店に新しい商品が並び始めた。
手の平程度の大きさの紙に、印が捺されているものだ。
その紙があれば、一枚につき一度だが誰にでも魔法が使える。
主に初級の、属性攻撃や回復系統、暗視などの魔法だったが、そう高過ぎない金額で購入出来るその商品は、瞬く間に広まった。
この商品はこの町でしか得られず、その店の独占販売となっている。
にも関わらず値段を上げないのは、錬金術師の女性と生産者の善意なのだと言う。
迷宮に行く冒険者は言うに及ばず、そうでない冒険者やごく普通の人々にも、主に治療の印が売れていた。
ある程度時間が経てば需要も落ち着いたが、決して途絶える事は無く、新たな商品はいつまでも冒険者を中心に売れ続けた。
その商品は、術紙と呼ばれている。
「忙し過ぎ・・・。」
テヘラが外を見物に行きたいと願い出た。
しかしティカは今度売りに出す術紙と名付けた道具の量産に忙しく、レンも魔力の補給に付き合っている。
「魔力譲渡か、珍しいものを使えるのだな。」
「本当よね。
助かってるわ。」
そしてモロウとユニアは剣の鍛練に出かけてしまった。
付き添える人間がいない。
それに、ティカがあまり良い顔をしなかった。
「テヘラさんなら、お一人でも大丈夫だと思いますけど。」
「一応悪魔だからね。
それと、まさかその姿で行かないわよね?」
悪魔の姿を人に見せるわけにはいかない。
手が無ければ、ティカは却下するだろう。
「人の姿になれば良いのだな?」
テヘラはまるで造作も無い事のように言う。
「そんな魔法もあるんですか。
もしかして、上級?
羨ましいですね・・・。」
ティカの肩に手を置き、魔力を供給しながらレンは言った。
変装出来れば、男の姿を取る事が出来る。
全うに男として扱ってもらえる。
レンにとっては、惹かれる魔法だった。
「上級には、変装の魔法が確かあったわね。
テヘラはそこまで使えるんだ。
本当羨ましいわね・・・。」
「これでもそれなりの悪魔だからな。」
そう言って、テヘラは魔法を使う。
一瞬身体が光り、収まる。
そこには肌の色を変え、角と翼を消したテヘラが立っていた。
人の姿になると、テヘラは二十手前程の女性だった。
姿形はほぼそのままに、筋肉による逞しさは抑えている。
おかげで適度に健康的な美女と言えた。
「隠して下さいよ!
服、服!」
「ああ、済まんな。」
ティカの服がちょうど合った。
レンの慌て方がどうにも可笑しくて、未だティカは笑うのを堪えきれない。
「心臓に効きましたよ・・・。
こういう時って、逆に男の方が焦るんですね。」
そうしてテヘラは、町へ出かける支度を整えた。
最後に約束として、ティカから言い渡される。
「自衛以外で、人を傷付けない事!
しっかり守るようにね。」
まずテヘラは、錬金術師の店へ向かった。
外を歩きたい理由の一番は、そこなのだ。
扉を開けると、鐘がなる仕組みになっていた。
音を聞きながら足を踏み入れれば、そこには錬金術師の女性がいる。
「おや、あんたは。」
扉にかかる札を反転させ、閉店とした。
それから閉める。
「久しいな、サルベル。」
「今は、サールと呼びな。
あんたはテヘラかい。
人の姿で現れるとは、あの子達に言われたのかい?」
サールは椅子を用意し、その背を叩く。
座れ、と言っているのだ。
テヘラは遠慮無く腰を下ろす。
「お互い、こんなところで会うとはね。
やはり、あの斧槍がそうなんだね。」
「そうだ。
もうどれ程になるかわからぬが、長い時をあれと共に過ごした。
そろそろ飽いてきたところで彼らと出会えた。
幸運だったよ。」
サールは茶の用意をし、カップを一つ手渡す。
もう一つは自分で啜った。
店に、仄かな香りが漂う。
「良い香りだ。
人の作る物は、私達を楽しませてくれる。
それは今も昔も変わらんな。」
「そうだね。
だからあたしらは、人から離れられないのさ。」
一口啜り、サールは探るようにテヘラを見る。
が、すぐに何かを察し、柔らかな眼に戻った。
「顔を見に来た、ってところかい。
それなら、ゆっくりして行くと良いさ。
あたしも、昔馴染みに会えて嬉しいからね。」
「お前は町に、私は地下に、か。
こんなに近くにいたのだな、私達は。」
二人で笑う。
互いに、全く気付かなかったのだ。
魔法の力に長けた二人が。
「しかし、ハル・テヘラ・ディグザルドとはな。
誰だ、そんな名を付けたのは。」
「どうせイルの奴さ。
あたしらの事、後悔しているらしいからねえ。」
「とうの昔に許しているのにな。」
絶望を反転し、希望へと新生する。
それが、斧槍に与えられた名前。
それはかつて、テヘラが信条としていた思いだ。
「後悔しているのか。
ならばイルも、自分を受け入れられたと言う事かな?」
「難しいね。
一番難しい二面を抱えちまっていたからね。」
懐かしく思い出すのは、遥か遠い昔。
姉と弟と、仲間達。
「また顔を出す。
これ以上商売の邪魔は出来ないからな。」
「いつでも来ると良いよ。
あたしはしばらく、ここから動くつもりは無いからね。」
テヘラは店を出て札を反転、開店にした。
鐘の音を聞きながら、店を離れた。
町を歩き商店を覗き、人と話してその営みに交じる。
昔と変わらぬ生活にテヘラは自然と笑みがこぼれた。
自分達の力が及ばなくとも、人々はちゃんと生きている。
町を離れれば、他の生物達も同じように生きていると知れるだろう。
これからは自分も、ここで生きて行ける。
それはきっととても楽しく、素敵な事だ。
(こんな気持ちも、私は忘れていたのだな。
彼らには、感謝しなくては。)
自分のいる八階まで来てくれた。
当然の事だが、それは並大抵の事ではない。
数多の魔物を下し、迷宮の中でも指折りの者共を打倒した。
そして、連れ出してくれた。
自分の力では契約があって出られなかった。
けれど仮に無かったとしても、出ようとは思わなかっただろう。
興味を失っていたのだから。
そんな自分に、ほんの少しの変化をくれた。
ほんの少しの変化が、自分の視野を大きく広げた。
感謝の言葉も無かった。
彼らは最後まで辿り着く。
そこでどうなるかは、テヘラにもわからない。
しかしどうなったとしても、自分は彼らと在ろう。
そう思える程の恩義を感じていた。
そう思える程、既に思い入れていた。
帰宅すると、ちょうど夕食の時間となっていた。
「帰ったな。
おかえり。」
皆で支度しており、テヘラは遅れてしまったようだ。
「遅れた、済まん。」
「初めてなのか久しぶりなのかはわからんが、人里が珍しかったんだろ。
気にするなよ。」
「口に合うと良いんだけど。
さあ、食べましょ。」
そして食べ始めたのだが、テヘラは驚愕した。
(食は、進化していたのか!)
どの料理も素晴らしいものであった。
感じた事の無い味付けに味覚が刺激され、あまりに甘美な感覚に酔いしれる。
思い返せば、迷宮の魔物達は料理などしなかったし、それ以前となれば古代人の時代だ。
彼らも料理はしたが、それは極めて簡素なものであった。
人類皆研究者だとでも言うように彼らは研究に明け暮れて、そうでない者は貧しく余裕など無かった。
さらに遡っては、それはもう神話に残るか残らないかの時代だ。
「良い時代になったな・・・。」
「どうしたのよ?」
「美味かったんだろ。」
「少し、泣いてますね。」
「まあ、嬉しいけどさ。」
旅に出たい、テヘラは思った。
一家庭の料理でこれ程のものなのだ。
世界には、数々の美味しいものがあるに違いない。
それを食さずして人を知る事など、人を語る事など出来ない。
そう考えたのだ。
「食い意地張ってるだけじゃないのさ。
ま、気持ちはわかるけどね。」
半眼になったサールの言葉は流した。
「ティカとユニアの作る料理は、それは素晴らしいものであった。
しかし、世にはさらに上がいると言う。
ならば行くしかあるまい。」
幸い彼らは冒険者。
今はここに留まっていても、いつかは旅に出るだろう。
ならばその機会も訪れる。
テヘラは、心底感謝していた。