魔術師、強敵に挑む 二
前話の前書きにも書きましたが、一部修正しております。
ご迷惑おかけ致します。
七階は、心なしかひんやりと冷える感覚がした。
ユニアは、この階層は不死族が多かったと記憶している。
レイスとはどうあっても戦う事になると考え、レンに魔力付与を頼んでおく。
剣が光を纏い、輝き出した。
「持続時間を長くしてあります。
およそ十時間で消えますので、昼にまたかけ直しますね。」
「もう驚かない、驚かないわよ・・・。」
四人は出発した。
前方から来た多数の屍肉種との戦闘中に、レンは壁の向こうから迫る反応を感じていた。
真っ直ぐ後方から来るそれは、恐らく死霊種。
壁があるだろうに直線で向かって来るのだ。
間違いようが無い。
「後から敵、恐らく死霊種が来ます。」
「何とか出来るか?」
「レン、足止め任せても良い?
中級魔法で畳みかけてやるわ。」
「了解です。」
ティカが強気なので、三人は任せる事にした。
前方の屍肉種もまだまだ来ているので、前衛二人が手一杯なのは、理解出来ていた。
ならば後方は、こちら二人で迎撃しなければならない。
報告からそう時を置かず、壁から白い姿が次々現れ始めた。
レイスだ。
レンはあの時と同じように、魔弾を連続で撃ち続ける。
一射、およそ二十。
足止めとしては充分過ぎる数だ。
そしてその中に、ティカの魔槍が混ざる。
一撃で仕留めるには至らないものの、レンの魔弾で止めを刺せる。
そうして次々処理して行けば、いつしかレイスは全滅しており、その頃には前衛二人も屍肉種を片付け終えていた。
「後が眩しい眩しい。
二人の連携、見てて笑えたぜ。」
「酷いったら無いわよね。
私、あいつらから必死に逃げたのよ?」
辺りに魔力反応は無く、戦闘は終了となった。
それからも不死族の猛攻は度々訪れた。
しかしレンの活力、譲渡により、その全ては討ち払われて行く。
そしてとうとう、八階への階段が見えてしまった。
「おい、どうするよ。」
「どうするって、行くしかないでしょ。」
「新しい魔物の、それとわかる何かを持ち帰る、だったわよね?
証明の条件って。」
新しい階層へ到達した証が無ければ、誰も信じない。
そんな理由から、暗黙の約定が生まれた。
それが、ティカの言う条件だった。
「確かそれで合ってるわ。
私達、初めてよね。」
「ああ。
いよいよこの時が来たな。」
「さすがに私も、冒険者の血が騒いでくるわ。」
誰も踏み込んでいない領域に、自分達が初めて踏み込んで行く。
それはまさに、冒険者冥利に尽きるものであり、また最高に高揚する瞬間であった。
しかしレンは小心者である。
一人、緊張のあまり目を眩ませていた。
「一番の功労者が一番緊張してるな。」
「凄いんだか、貧弱なんだか・・・。」
「可愛いから良いのよ!」
ユニアはレンを抱き上げた。
そしてそのまま、長く続く階段を下りて行く。
そして最後の一段で立ち止まり、そこでレンを下ろした。
「魔物もいないし。
レン、最初の一歩はあなたのものよ。」
ユニアもモロウもティカも、笑顔で背を押した。
そのまま二歩三歩と進む。
そこは、前人未到の八階。
「来たな、八階。」
「まずは証明を手に入れなきゃね。」
「ええ、そしたら帰りましょ。
また、お祝いしなきゃ。」
「酒場で、盛大にやるか。」
「騒ぐだけ騒いで、その後は家でゆっくり?」
「それ、良いわね。
片付けが楽!」
「はは!
違い無い!」
三人の士気は高い。
レンもようやく緊張が解れ、探索への気持ちが整った。
「よし、行くわよ!」
一歩踏み込んだその部屋は途轍も無い広さで、天井も異様に高かった。
そう言えば下った階段は長かった、などと思い出していると、前方から大きな音が近付いて来るとわかる。
感知には、巨大な何かが反応していた。
「大きいです!
それも、ものすごく!」
ゆっくりと灯光の光に照らし出されるそれは、未だ遭遇した事の無い、巨体であった。
「前衛の剣に明かりを!」
言ってユニアは抜刀する。
すぐにユニアとモロウの剣が、魔法の光を放ち始めた。
その強い光が、鱗を纏う緑の魔物を照らし出す。
その口が開き行くのを目にして、ユニアは叫んだ。
「散って!」
大きく開いた口からは、真っ赤な息吹が吹き付けられた。
ドラゴン。
人の身では敵わぬと怖れられる強大な魔物が、四人の行く手を阻んだ。
「さすがだな、八階!
馬鹿じゃねえのか、何でこんな地下にいるんだよ!」
ひたすら走り、横から剣を振り下ろす。
硬い音を立て、重いはずの剣は弾かれた。
再び走る。
そして今度は、その勢いのまま突いた。
「ぐっ・・・!」
腕が痺れる。
しかし苦しんでいる暇は無い。
ドラゴンの顔が、こちらへと向けられているのだ。
声を上げて走った。
しかしそちらに目を奪われるあまり、前方をよく見ていなかった。
モロウはドラゴンの後方へ向かって走っていたのだ。
そちらには、尾がある。
振られた尾に間一髪で気付き、剣で防御する。
衝撃に呻くが、思いの外軽い。
「大丈夫ですか!」
その声は上から聞こえた。
「筋力、運動、耐性、付与をかけました!」
見れば、刃の光がより強く迸っている。
「助かる!」
モロウは左の後足を斬った。
鱗は硬いが、しかし砕け、肉が削れている。
希望が見えた。
「よし、地道に行くか!」
モロウと同じく強化魔法を受け、ユニアもドラゴンへと攻撃を仕掛ける。
炎を吹く頭部も振り回される尾も、モロウへ向かった。
今は好機と言える。
裂帛の息吹と共に、全霊の突きを繰り出す。
狙うは首元。
鋭い切っ先は、その刃を半ばまで埋め込んだ。
すぐに引き抜き離脱する。
鳴き声を上げて首を回し、ドラゴンは炎を吹いた。
素早く胴を駆け上がり、背へと逃げる。
翼の無い種だな、と頭の何処かで冷静に思いながら背を駆けた。
そして再び首元へ。
ドラゴンに対抗するには細過ぎる剣だが、その刃にはレンの魔力が乗っている。
突き入れた傷の中で、その魔力がさらに傷を深く、大きくするのだ。
何度でも突き入れてやる。
ユニアは鋭い眼光で、ドラゴンを見据えていた。
「魔力、渡します!」
レンに握られた手から、大量の魔力が供給された。
さらに強化魔法をかけ、レンは飛び上がって行く。
「本当、とんでもない・・・。」
しかし今は、それがどうしようも無く頼もしい。
杖を振りかざし、魔力を流し入れる。
長い杖の中で練りに練り上げ、強い力へと変換する。
やがて力は杖の先から溢れ出し、事象となってドラゴンを襲った。
魔槍。
最も単純な、攻撃魔法の形。
さらに風槌をドラゴンの頭部上方から打ち下ろし、土壁で下方から打ち上げる。
そこへちょうどユニアが突きを入れ、ドラゴンを悶絶させた。
炎がこちらへ来る。
察してすぐに横へ走った。
運動強化のおかげで、余裕を持って避けられる。
遠くでモロウの呻きが聞こえた。
大丈夫だろうか。
心配になるが、ティカは信じる事にした。
モロウと、レンを。
浮遊の魔法で宙を舞い、三人を援護する。
そしてその傍らで、轟音と共に魔弾を撃つ。
強靭な鱗と肉体に、効いている実感は得られないが構わず撃ち続けた。
魔法を使う度に眩んでしまうが、耐えつつ魔法を発動、維持するのにももう慣れた。
見下ろすドラゴンは、蜥蜴に似た地竜種と呼ばれる魔物だ。
翼が無く空を飛べないが、身体的な能力が高い。
幸い炎の息吹は種族として得意ではない。
しかし迂闊に近付けば、その強靭な牙に噛み砕かれるだろう。
今ちょうど、ユニアがそれをかわしていた。
胸を撫で下ろす。
四人でドラゴンと戦えている。
援護しか出来ていない事が申し訳ない思いだったが、その事実はレンを興奮させた。
しっかりと、三人を支えなければ。
意識を集中し、備えた。
モロウは尾の攻撃により、吹き飛ばされていた。
転がる途中で跳ね上がって体勢を整え、追撃の尾へ剣を叩きつける。
斬れはしなかったが、傷が入るのを飛ばされながらに見た。
痛みを自覚するよりも早く、治療の魔法がかけられる。
「ありがとさん!」
「どういたしまして!」
レンの高い声が響く。
明るい声に鼓舞される心地がする。
強大な魔物を相手しているにも関わらず、負ける気がしなかった。
「この尻尾を持って帰りゃ、文句は無えよな・・・!」
その太さ、長さ。
地竜種のもの以外に無いものだ。
目標が決まった。
気迫と共に立ち向かう。
弾かれ、飛ばされながらも、何度も剣を打ち込む。
耐性強化のおかげで、受ける攻撃が想定より遥かに軽い事に助けられていた。
そして筋力強化と魔力付与による剣の一撃。
何度も何度も振り下ろされる斬撃は、激しい音と同時に鱗を砕き、肉を斬る。
幾度も続いた攻防に、尾は耐え切れなかった。
轟音とも言える悲鳴と同時に、モロウの剣はドラゴンの尾を斬り落とした。
悲痛な叫びは、大きな隙を生んだ。
ユニアは上にいるレンに剣と目を向ける。
それだけでその意図を察し、レンはユニアの刃に莫大な魔力を注ぐ。
そして肥大化した刃は振り下ろされた。
鱗に阻まれるが、少しずつ首に刃が侵入していく。
しかしドラゴンも大人しくはしていないだろう。
そう思い、ユニアが身の危険を感じた瞬間、剣は突然振り抜かれ、ドラゴンの首は斬り落とされた。
それはティカの魔法だった。
上から打ち下ろされる風槌。
その魔法が、剣の刃を後押しした。
そうして、ドラゴンは息の根を止められた。
その後意外な事に、四人は帰りの道でも死闘を演じる羽目に陥った。
ドラゴンの頭と尾を狙って、魔物が押し寄せたのだ。
無事帰る頃には空腹に襲われ、レンの浮遊をもって帰り着いたのは深夜だった。
一先ず全てを家の中にしまい、そしてそのまま居室で眠った。
翌日の昼に目を覚まし、貪るように食事した四人は、身支度を整えてから、浮遊で飛んで商店組合を訪ねた。
「ドラゴン・・・!」
誰の目にも明らかだった。
ドラゴンを見誤る者などいない。
このドラゴンは地竜種の中でも数の多い、アースドラゴンと呼ばれるもので、通常であれば腕利きの冒険者十から二十程の人数でも討伐出来るかどうかと言った魔物だった。
そもそも竜種を討伐したと言う事態がそうあるものではなく、当然四人は八階へ到達したと認められる。
その後、アースドラゴンの頭部と尾は恐ろしい金額で引き取られ、四人は唐突に大金を手に入れる事となった。
「どうするよ、この金。」
「さすがに・・・、持っていたくないかな。」
「将来の事考えると、幾らあってもとは思うけど・・・ね。」
レンは言葉も出ない。
そんなわけで、四人は錬金術師を訪ねた。
強力な魔導具に変えてしまおう、と言う考えだった。
ついでに使わなくなった大剣を売る。
「まいど。」
「今までどうせ買えないからってよく見なかったけどよ。
意外にすごい品揃えじゃないか?」
四人は店内に並べられた商品の数々を眺めていた。
そうしていざ見てみると、強力な魔導具が数多く陳列されているのだった。
「そりゃ、これでも聖都一の錬金術師だったからねえ。」
「何でこんなとこにいるんだよ!」
それは迷宮のためだった。
遺跡に迷宮が発見されたと言う報せは、当時聖都でも大変な騒ぎになった。
それを聞き付け、必ず人が集まると判断した彼女はいち早く店を畳み、この町へ引っ越したのだ。
案の定冒険者達が集まり、迷宮からは数々の魔導具がもたらされ、冒険者達は彼女からたくさんの魔導具を購入し、と思った通りとなった。
商売敵達は相手にならなかった。
ただでさえ聖都でも一番の腕を持つ彼女が既に独占に近い形で店を構えていたのだ。
しかも彼女は、しっかりと相場を読み、一切の不正も行わず、公正な取引を心がけた。
信用も信頼も勝ち取っていた彼女に敵う錬金術師など存在しなかった。
そうして今の立場を手に入れ、今尚商売を続けているのだ。
「て事は、だ。
ここにある以外にも、もっとすごい物があるんじゃないか?」
「そこに気付くとは、やるようになったじゃないか、モロウ?
あんたらなら、見せても良いよ。」
そう言って、錬金術師は一旦店を閉めた。
四人は地下へと案内される。
魔導具による鍵のかけられた扉を開けると、そこには一桁は違う魔導具が並んでいた。
武器や防具、装飾品、道具類などなど。
「ここにあるのは、古代文明時代の品々さ。
私の趣味、みたいなもんだけどね。
払えるなら、売ってやるよ。」
アースドラゴン討伐によって得た金を総動員すれば、二つだけなら買えそうだ。
しかしそれで、全て消える。
「それでも良いと思うわ。
それだけの魔導具が揃ってるもの。」
「主婦としては反対したいところだけど、冒険者としては・・・。」
「どうせ降って湧いたような金だ。
使っちまおうぜ。」
方針は決まった。
レンとユニアは、変わった魔導具を前にしていた。
親指先程の小さな四角い石で、その名は妖精の部屋。
記されている簡易な説明によれば、小さな部屋を持つ事が出来るらしい。
「それが、気になるのかい?」
レンは頷いた。
本当に部屋を得られるなら、野宿の際にとても助かる。
戦力の強化には全く繋がる要素が無い。
しかし、しっかり休む事が出来るのならば、探索もずっと楽になるはずだ。
「百聞は一見にしかず。
入ってみると良い。」
錬金術師は石を握り、魔力を込めた。
そして床に放ると、レンとユニアは一瞬の後に何処か知らない部屋の中にいた。
小さな部屋だ。
大きな寝台と戸棚、テーブル、椅子などの家具があり、空きの空間はあまり無い。
台所や水甕、浴室など生活に必要なものは別室に設えられており、住むに困る事は無いようだ。
「古代の酔狂な魔術師が作ったんだろうね。
一人二人で生活するには充分だ。
家具はあたしが揃えた物だけどね、付けといてやるよ。」
そして玄関に当たる扉を出ると、元々いた場所へ帰っていた。
モロウとティカが、呆けた顔で立っている。
それには構わず、錬金術師は説明を続けた。
「魔力さえ込めておけば洗浄、清掃、修復、保存など、一通りの事は勝手にやってくれる。
目に見えない召使いでもいると思ったら良い。
使い方は見せたが、入ると念じ、連れを指定し、足元に置く。
それで中に入れる。
使っている間は、この石は誰にも見えないから安心して良いよ。」
便利な魔導具だった。
これさえあれば何処ででも休める。
レンの目には、あまりにも魅力的なものだった。
「これが良いの?」
レンは困った。
戦力にはならない魔導具なのだ。
果たして本当に、これで良いのか。
後悔しないだろうか。
「じゃ、それで。」
ユニアが決めてしまった。
驚き、目を見張る。
「強い武器とか持っても、鍛練にならないじゃない?
自分の成長を妨げられるくらいなら、こういう物の方が私も良いわ。」
それがユニアの、価値観だった。
道具は自分の力では無い、とは思わない。
しかしそれに頼り切ってしまうようなら、そんな道具は要らないと考えるのだ。
それがあれば助けになる。
それがあれば楽になる。
それでこそ道具は、道具たりえる。
それでこそ自己を向上する役に立つ。
「ねえ、モロウ。」
呼びかけに振り向く。
ティカは一つの腕輪を見ていた。
印術の腕輪と名付けられた魔導具だ。
「これを買っても良いかしら。」
「いいぞ。」
説明を読んで、確認したわけではない。
ティカが欲しがった。
モロウにとってはそれが、全てだった。
「また、面白い物に目を付けたね。
それで、何をするつもりなんだい?」
「商売。」
中級魔法に、印化と言う魔法がある。
術者が使える魔法を印の形で物に貼り付け、誰でも任意に使えるようにする魔法だ。
しかし一度使うと消えてしまい、印自体の持続も一日程度と、あまり使う機会の無い魔法だった。
この腕輪は、その持続時間を無制限に変えるものだった。
回数は変わらない、一度の使用で消えてしまう。
しかし持続時間さえ無ければ、いつまでも置いておけるのだ。
これを商売に使わない手は無い。
例えば、治療の魔法を貼り付けた札をたくさん持っておけば、迷宮で受けた傷を魔術師や神官の力を借りずして瞬時に治せる。
それに、思い至ったのだ。
この腕輪は、金を生む。
「義姉さんは寝たんだ?」
杯を傾けているモロウの隣に、ユニアが腰を下ろした。
持って来たらしい杯に酒を注ぎ、口を付けている。
「結構飲んでたからな。
レンも同じく、か。」
「ええ。
頬を赤くして、可愛い寝顔だったわ。」
想像するが、やはり男には思えない。
騙されているような気にもなる。
「とうとう、八階だな。」
「そうね。
後どのくらいかわからないけど、きっともう少しなのよね。」
「竜も出てきたからな。
・・・踏破したら、どうするつもりなんだ?」
ここに留まらないだろう事は、わかっている。
ユニアは変わらず貴族を嫌っている。
疎ましく思っている。
貴族が力を持っている限り、そこに留まろうとはしないとわかっているのだ。
「レンの故郷を一緒に探す約束をしてるの。
記憶も、手がかりも無いみたいなんだけど、そういうのって・・・、楽しそうじゃない?」
「ああ、良いかもな。」
空になった杯に、酒を注いでやる。
強い酒だが、ユニアの好きな銘柄だ。
「それじゃ、そこでお別れだな。」
「たまには顔を見に来るわよ。
甥っ子か姪っ子かまだわからないけど、会いたいと思うだろうし。」
「そうだな。
そっちも、会わせてくれよ?
二人の子供なら、絶対可愛いだろ。」
「もちろんよ。」
杯を交わし、二人で飲み干した。