魔術師、強敵に挑む 一
一部修正致しました。
魔法・水球についてのやり取りが少し変更されています。
少しの解説と、反応が変わっております。
大変失礼致しました。
皇国の南、山の少ない平野部の一地方にその村はあった。
例に漏れず農業を生業とし、然程苦しい生活でも無く、穏やかで平凡な日々。
そんな農村の、とある農家に二人は生まれた。
二人には姉が一人いた。
名をミサリア。
明るく優しく、そして誰よりもイルハルを信仰する、美しい姉だった。
二人と同じ銀髪は腰へ届く程に長く、それを太めの緩い三編みにまとめていた。
片田舎では当たり前の、簡素な貫頭衣の上から見ても容易に想像出来てしまう程のメリハリある肢体は若い男達を惹き付けたが、ミサリアには既に婚約者がいた。
婚約者は人の良い穏やかな男だった。
よく働き、よく笑う。
人を悪く言う事など一度たりとも無く、誰に対しても分け隔ての無い人物だった。
そんな二人の結婚が決まり、良い日取りを選んで皆で祝おうと話していた矢先の事だ。
貴族が村へやって来た。
馬車に乗って、護衛を侍らせて。
その貴族はミサリアに目を付けていた。
何処からか美しい娘がいると噂を聞き付けて、彼女を手に入れるためだけに村を訪れたのだ。
村人はそうとは知らず歓迎した。
そしてその夜、悲劇が起きた。
貴族はミサリアによって殺された。
それは事故だった。
抵抗され、突き飛ばされた先で、頭を打って死んだのだ。
けれど貴族達は許さなかった。
村人も役人も、神官さえも声を上げたが、ミサリアへの刑は執行された。
彼女は流刑地へと流され、そしてその後に、婚約者は見せしめに殺された。
貴族の雇った、傭兵によって。
二人は村を出た。
復讐を考えなかったわけではない。
しかし姉が、婚約者が言ったのだ。
自分達の事は忘れろと。
お日様を見て、真っ直ぐ歩いてくれと。
だから、諦めた。
しかし、この国に所属している事が嫌になった。
この国に作物を納めるなんて冗談じゃなかった。
いつか充分に金を貯めて、この国を出る。
そのために、二人は冒険者となる事を選んだ。
人の集まる首都へ行き、魔術師や神官と出会い仲間となった。
仕事をこなして金を集めた。
そして迷宮の噂を聞いて、法国へと向かった。
そこでそれぞれの道は分かれたが、しかし二人共が幸せと思えるようになっていた。
兄は魔術師と結ばれた。
妹は新しい仲間と出会えた。
兄妹は二人共、お日様に向かって、しっかりと歩き続けていた。
「ただいま!」
ユニアとレンが家で朝食を頬張っていると、唐突に男性の声が聞こえた。
そして若い男女が顔を見せる。
「義姉さん!
おかえりなさい!」
「おい、俺は?」
「ああ、いたの?」
(あ、こういう感じなんだ・・・。)
レンは理解した。
そんなやり取りでも仲が良さそうで、自然と笑顔になってしまう。
レンも立ち上がって、二人を迎えた。
「お邪魔してます。」
会釈して、少し照れ臭くて頬を染める。
モロウとティカは、その愛らしい少女に度肝を抜かれていた。
突然だった事もあるが、その照れた笑顔の破壊力にやられていた。
「お前、こんな女の子連れ込んでたのかよ。」
「妹、と思ってもいいわよね。」
「ルタシスから聞いてないの?」
特に聞いてはいなかった。
ルタシス自身が少し話し難そうにしていた事もあって、あまり触れないようにしていたのだ。
もしかしたら、今のこの事態を考えていたのかもしれない。
二人を驚かすために黙っていたのだと、今なら推測出来る。
「あのクソ神官・・・。」
「全くルタシスめ・・・。」
してやられた、そう思った。
ユニアは笑う。
当然、この後の事を思ってだ。
もう今から腹筋が痛い。
「もう、ユニアさん悪趣味なんですから・・・。」
レンが不貞腐れているが、面白いものは仕方ない。
「ほら、自己紹介してよ。」
堪えながら、何とか言葉にする。
レンの目が痛い。
後で埋め合わせしなければと考えておく。
「レンです。
こんなでも、男です・・・。」
二人の時が止まった。
「いや、それはそれで、男連れ込んでたって事になるのか。
まあ良いけどよ。」
「二人は、恋人?」
「ええ、そうよ。」
「そうなって、どれくらい?」
「兄さんが帰って来た日からだから、そんなには経ってないわね。」
話が次々展開されてしまい、レンは追い付けない。
それで良いのか、と思っていると恋人とはっきり告げられていたり、かと思えば何を言う間も無く、話はさらに先へ行く。
「一緒になるつもりなの?」
「そうよ。」
「馴れ初めとか聞いていいか?」
「もちろん。
と言うか、二人にも関わる話だし、聞いてもらわないと。」
「そうなの?」
「魔石に関わる事なのよ。」
「ほう。
それは聞かせてもらわんとな。」
そんな調子で、レンが目を回している間に話は進んで行った。
「命の恩人じゃねえか!」
「今日はお礼に、豪勢な夕食作るわね!」
話が終わったのは、昼を過ぎた頃だった。
少々大袈裟に話をするユニアの姿を見て、ルタシスはユニアを参考にしたのではないかと疑惑を抱いたが、言う必要も無い事であったし黙っていた。
ユニアとティカが夕食の支度に入ったので、レンはモロウと二人でその姿を眺めていた。
「レンちゃんよ。」
「呼び捨てで構いませんよ。」
笑って言うと、そうか、とだけ返って来た。
「ユニアを頼むな。
俺達は何て言うか、色々あってな。
生まれは隣の皇国なんだが、あの国が嫌になって飛び出して来たんだよ。」
「嫌になって、ですか。」
モロウは遠くを見るような目で、思い出すように話を続けた。
その表情は懐かしむようでもあり、辛いようでもあった。
「姉貴がいたんだ。
俺もユニアも大好きな、自慢の姉貴だった。
それが貴族のせいで、流刑になっちまったんだ。」
今も痛む、苦い思い出なのだろう。
その表情がしかめられる。
レンは、膝で握られた手に、自分の手を重ねる。
そんなレンを見て、モロウは優しく微笑んだ。
「ミサ姉の・・・、ああ。
ミサリアって名前なんだがな。」
ミサリア、と呟く。
聞き覚えがあるように感じたのだ。
「ああ。
姉貴の婚約者も殺されちまってな。
いよいよ嫌になって、飛び出したんだ。
その後ティカやルタシスに会って、それからこの町の迷宮の噂を聞いて、ここまで来た。」
そうして今に繋がる。
レンの手を握り返し、モロウはユニアを見つめる。
「俺はもう、大丈夫だ。
ティカがいるしな。
けどあいつは、ユニアは今でも貴族を憎んでる。
それをどうにかするのはユニア自身の問題だ。
だから、レンさえ良ければ、そばにいてやって欲しい。
そばにいるだけでいいんだ。
あいつは、自分の事は自分でやる奴だから。」
「大丈夫です。
頼まれたって離れません。」
もうそれくらいには、好いてしまっているのだから。
「そうか。
余計な世話だったな。」
二人は笑う。
照れたように、けれど嬉しそうに。
「男同士で手握って、何してんのよ?」
「何だ、妬いてんのか?
いもう・・・弟と親交を深めてんだよ。」
「今間違えましたよね。」
翌日、四人で迷宮に挑む事となった。
ユニアは二人でも構わなかったのだが、モロウが当然のようについて来たからだ。
新しい剣を試したいのだろう。
気持ちはユニアにもよくわかった。
「良いけど、さ。
レン、大丈夫?
魔法とか。」
「大丈夫だと・・・。
いや、慣れるまでは危ないかもしれません。」
「それじゃ、少し減速で。」
そんなやり取りを交わし、迷宮へと飛んだ。
二人の悲鳴が聞こえる。
ユニアはしてやったりと笑う。
「もう。
私は知りませんからね。」
「お前ら、いつもこんな感じ?」
「そうよ。」
「まさか飛翔をかけられるとは思わなかったわ・・・。」
「義姉さん、今の浮遊よ。」
「あれで!」
二人が増えると、とても賑やかになった。
「お前ら、いつもこんな感じ?」
「そうよ。」
四人は五階に到着した。
運動強化をかけ、走って来たのだが。
レンを先頭にユニア、ティカ、モロウと続いた。
慣れない二人に合わせて減速したが、それでもついて来るので精一杯だったようだ。
減速していたので、今は昼を過ぎた頃である。
ここで休憩として、昼食にする。
「レン、凄腕の魔術師なんだな・・・。」
「でも初級魔法しか使えないんです。」
「それはまた、難儀だな・・・。」
モロウでも、そこに高位魔術師と凡人の差があると知っている。
ティカが中級魔法を覚えた時に、そんな話をしていたのだ。
「これだけ凄い事が出来ているのに?
不思議な話ね・・・。」
「いいのよ。
中級上級が使えなくたって、レンはレンなんだから。
レンにしか出来ない事、いっぱいあるもの。」
「楽しみなような、怖いような、複雑な気分ね。」
新しい仲間が出来て、話の種は尽きない。
ルタシスもいれば、と考えたところで、忘れていた事に気付く。
「そうだ、ルタシスは?」
「奴はまだかかるって事だったから、先に帰って来わたんだ。
エルハルの大神殿に出入りしてて、何だか大変そうだったぜ。」
「やらなきゃいけない事が出来たって、言ってたかしら。
色々抱え込むからね、ルタシスは。
面倒見が良いと言うか・・・。」
「帰ったらあいつも入れて、五人で来たいわね。
うるさいけど、頼りになるし。」
そうなれば、いよいよ八階九階が見えてくる。
その辺りが最下層である可能性もあるのだし、楽しみに思える。
「それも良いな。
それまでに、完全復活しておかないとな。」
四人ともなれば、五階の魔物は簡単な相手だった。
レンが感知により魔物を捉え、ティカの中級魔法が先制攻撃となり、ユニアとモロウが駆け込み斬り刻む。
「これは何と言うか、うん凄い。」
ティカは言葉に困った。
あまりに一方的だったのだ、仕方ない。
名を呼ぶ声に振り返れば、レンが手を差し出している。
握手するように。
疑問に思うが、反射的に握った。
「これ、どうぞ。」
流れ込む魔力に、思わず呻いた。
使った分が完全に補給される。
それは特殊魔法、魔力譲渡だった。
「嘘、感知に譲渡?
そんなの、聞いた事無いわよ。
それに付与も使うのよね。
凄い、これがレンにしか出来ない事?」
しかし考えてみればそれだけとも言えない。
今日の事を振り返れば、浮遊に始まり運動強化、感知、譲渡と相当量の魔力を既に使っている。
配分も何もありはしない。
どうなっているのだろうか。
ユニアが気にしていないのだから、レンはこれで常の事なのだとは把握出来る。
しかしそうであるならば、その魔力量はどれ程のものか。
(恐ろしい子ね・・・。)
警戒心が湧いたわけではない。
ユニアが信頼し切っているのだから。
興味が湧いたのだ。
六階が随分と近くに感じられた。
食事してからおよそ二時間。
それで到達してしまった。
「魔法って、凄いな・・・。」
「義姉さんも加わって、本当あっさりだったわね。
でも、前衛はここからよ。
しっかり守らないとね。」
しかしユニアは、あまり気負っていない。
レンと二人でも充分戦えたからだ。
ユニアとしては、今回は七階へ行くつもりである。
「しかし六階か・・・。
あの野郎を思い出すぜ。」
「もういないわ。」
モロウは鎧の魔物を思い出していたのだろう。
しかし、あの魔物は倒してしまった。
「何だって?」
「もう倒したわ。」
モロウは崩れ落ちた。
ミノタウロスの群れにモロウが突っ込んで行く。
手に持つ鎧の魔物の得物、ツヴァイハンダーで次々斬り捨てている。
まるで八つ当たりのように葬られて行くミノタウロスが、少し不憫だった。
「そうか。
よく考えなくてもこの剣が俺を貫いた剣か。」
「そう言えばそうね。
いいじゃない、使ってあげなさいよ。
そういう縁も面白いわ。」
それも良いか、と返してミノタウロスを斬り裂く。
後衛の二人は魔法で援護しているが、前衛二人の感性は時々よくわからない。
「本人が良いなら、良いんだけどね、
何だか複雑だわ。」
ティカにとっては、大切な夫を殺した剣なのだ。
歓迎はしたくない。
けれどその性能は、それまでに使っていたものとは一線を画している。
使わない手は無いと言える程に。
思い悩んでいると、隣のレンから轟音が響き、ミノタウロスの向こうに見えているレッサーデーモンの頭部が吹き飛ぶのが見えた。
「今の・・・魔弾?」
「はい、そうです。」
魔弾の一撃でレッサーデーモンが即死するなど初めて見るものだった。
しかし色々と規格外な事が起き過ぎていて、酷く現実味が失われて来ている。
「もう驚くのも疲れたわ。
とにかく色々出来るみたいね、レンは。」
通常の魔術師と思う事も、比較する事も止めた方が良いと思い至った。
只者ではない、それだけ理解していれば、これ以上驚く事も無い。
容姿も人格も可愛いらしくて、能力まで非凡。
仲間として迎えるのにこれ以上無い人物なのだから、そのまま受け入れれば良いのだ。
やがて一行は、七階への階段に着いた。
これを下りれば、そこは冒険者が到達した最深階層となる。
そしてユニアが魔石を手に入れた場所。
「いよいよ今回の目標地点ね。」
「そうだったのかよ!
七階だぞ!
相変わらず滅茶苦茶だな!」
「変わってなくて、安心したでしょ?」
「全くだな!」
兄妹の応酬をレンは眺めている。
「お二人は、いつもあんな感じで?」
「そうね。
楽しそうでしょ?」
日常茶飯事なので、ティカは慣れたものだった。
ここにルタシスが加わる事を考えると、レンは頭の痛くなる思いなのだが。
「今日はここで夕食にして、寝ておきましょ。
二人一組の四時間交代でいい?」
特に反対意見も無く、ユニアの提案通りに決まった。
食事は変わらずの保存食だ。
「レン、水ちょうだい。」
「はい、どうぞ。」
返事と共に水球が現れる。
それを水袋に補給すれば完了だ。
「そういう手か。」
「待って、それ持続時間大丈夫って事?
自然蒸発まで持つって事なの?」
「はい、そうですよ?」
不思議そうな顔でレンがティカを見る。
さも、それが当然と言わんばかりに。
ティカはレンの恐ろしさの源流が、あまりにも膨大な魔力保有量にあると理解した。
今気安く応じた水球は、その一つでどんな魔術師でも枯渇させ得る量の魔力を消費しているはず。
しかしレンは、この通りに涼しい顔だ。
眩むようによろめいてはいたようだが、本来ならその程度で済む魔力の使い方ではない。
理由はわかった。
しかしそれは、ティカの想像と常識を力業で叩き潰すような現実離れしたものであった。
その後二人も、水の予備を持たないよう言われていたので、同じように補給させてもらう。
それは確かに、正しく水だった。
四時間ごとの休息を終え、四人揃って食事する。
朝食を済ませた四人は、七階への階段へ進む。
ユニア以外の三人は、初めての階層だった。
「この緊張と期待の高揚感。
久しぶりだな、心地いいぜ。」
「モロウさんはさすがですね。
私は緊張ばかりです。」
「それが普通よ、レン。
あの兄妹は心臓に毛が生えてるから。」
「酷い!」
この探索で、ティカはレンの得体の知れなさを感じてしまった。
しかしその人格、精神性を考えると、その不気味さを補って余りある親しみ易さを持っている。
一晩思考し、眠り、整理をつけたティカとレンの距離は、思いの外縮んでいた。