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魔術師、弟子を得る

二人は、迷宮の六階にいた。

レンの魔法が増えた事により、探索がより効率良くなり、強い魔物へも対抗出来るようになっていた。

魔力感知によって魔物の位置を知り、運動強化と活力によって進行速度が上がった。

五階への階段まで一息に走り抜け、町から五階までをおよそ四時間と計算した。

そしてそこから探索を始め、難無く六階へと足を踏み入れた。

「嘘でしょ、これ。」

「嘘みたいですよね・・・。」

本人達が、一番驚いているのだった。


六階最初の部屋で一息とし、まずは錯乱しかけている精神を落ち着けていた。

昼食のための保存食と水を取り出し、六階にいるのに最初の食事なのだと思い付く。

「あ、あり得ない・・・。」

込み上げる気持ちを何と表現すれば良いのか、ユニアにはわからなかった。

とにかく落ち着こう、それしか考えられない。

「何か嬉しそうですね、ユニアさん。」

「そう言うレンだって、笑ってるわよ。」

二人は、笑みを浮かべていた。

そしてそうと気付けば、腹が痙攣を起こしたように笑いが込み上げて来る。

ここは迷宮だ、静かにしなくては危険だ。

だから静かに笑う。

「ここまで一度も休息してないのよ?

笑わずにはいられないわよね・・・。」

ユニアの感覚では、恐らく六時間。

ちょうど昼時のはずだと判断している。

「本当なら、一泊か二泊はしてますよね。

魔法って、怖い・・・。」




何とか興奮した精神を平静にまで戻し、身体を解して緊張も払う。

「よく考えると、私達一応最下層を目標にしてるじゃない?

この速度はとっても都合良いわよね。」

最下層が何階かはわからない。

しかし、行き帰りで十泊も二十泊もしていられない。

であれば、この速度は必要なものだ。

探索にかかる時間を大幅に短縮出来る。

「そうですね。

その分食料も少なく済みますし。」

水は既に、水袋一つ分しか持って来ていない。

水球の魔法で補給出来るからだ。

おかげで荷物が随分と軽くなっている。

「何から何まで、本当助かるわ。

代わりに、戦闘は頑張るわ。」

「しっかり援護しますね。」




六階からは、さらに強力な魔物が姿を見せる。

牛の頭に筋骨隆々な人の身体を持つ亜人種、ミノタウロス。

様々な姿を持つが一様に知能が高く、下級魔法と武器を使いこなす悪魔種、レッサーデーモン。

毒の息や石化の眼光を持つと伝えられる魔獣種、バジリスク。

不死族の魔物でも、屍肉種の毒を持つグール、武装した骸骨種のスケルトンナイト、そして時折下層から現れる死霊種、レイスなど。

どの魔物も一筋縄ではいかない、厄介な魔物だ。

そしてユニアにとっては、兄のモロウを殺された階層。

今は蘇生も済み、仇討ちも終わったため然程思うところも無い。

けれど一瞬の内に命を奪われる可能性のある場所として、記憶に刻み付けられている。

自然、気が引き締まっていく感覚だ。

「気をつけて、行きましょ。」

「はい!」


ユニアは、レンに強化魔法をかけないよう頼んでいる。

何故なら鍛練にならないからだ。

六階は、兄夫婦と共に潜っていた頃に到達した最も深い階層だ。

一番、鍛練に適している。

だが、身体能力を上げる魔法がかけられていると成長を見込めないのだ。

また、強化魔法が前提にある事に慣れてしまうのも問題に思えた。

そんな理由で、強化魔法は断った。

しかし、前衛と後衛の連携精度を上げる事は必要なので、それ以外の行動は止めない。

意見を交わし、すり合わせながら六階を進んだ。




その貴族は自らの権力を、私兵の数による力を過信していた。

神官と騎士が持ち帰った情報を、その結論を一笑に付して魔物と迷宮を軽く見た。

だからその報告を信じられなかった。

「全滅です、トラディエール様・・・。」

私兵は五十人連れて来ていた。

それが、逃げ延びた二人を残して全滅した。

到達した階層は、奇しくも五階。

かつて二十の冒険者達が果てた階層だった。

町で一番の宿の、一番の一室で、トラディエールはその損害に眩んだ。

人員を集めるために使った金、支給した装備や預けた物資、全てが無為に消え去った。

その損失は量り知れない。

そして得られたものは、何一つとして無い。

「揃いも揃って、無能が・・・!」

五十人もの数が容易く蹴散らされたなど、トラディエールには考えられない事であった。

冒険者達は五人前後の人数で五階や六階まで行き、そして生きて帰ると言うにも関わらず、兵共は二人しか帰らず、しかも何も持ち帰らなかった。

あまりに不甲斐ない。

余程の無能だったのだ。

そうとしか、考えられなかった。




「小隊長!

奴らはもう追って来ていないようです!」

「何とか、逃げ切りましたね・・・。」

部下は皆、疲労困憊だった。

小隊長と呼ばれた男、フリントは、この部屋で一旦休憩を取る事にする。

「ここで少し休むか。

水を二口飲んでおけ。」

はい、と返事し、部下達四人はそれぞれに水を飲む。

(五十人いて、生き残りがこれだけか・・・。)

他の者達は、もう生きてはいまいとフリントは考えている。

そこは六階の、階段から下りてすぐ部屋だ。

先に進むのは賭けであった。

しかし魔物達はこちらを途中から追わなくなった。

フリント達五人は、賭けに勝ったのだ。

しかし、帰るには結局五階へ戻らなくてはならない。

運良く最短の道を発見出来れば可能と思えるが、フリント達は冒険者とは違う。

この手の事は素人だ。

生きて帰る事は絶望的と言わざるを得ない状況だった。

(なるべく隠れて、見つからぬよう戻らなければ。)

装備は幸い、金属製ではない。

町までは馬で来ていた。

金属の装備では馬が潰れると、軽い革製の装備を与えられていたのだ。

武器は片手で扱う直剣、それに軽い丸盾もある。

弓が扱える者は、それも与えられた。

今ここには、二人いる。

前衛三人後衛二人として考えれば、都合は良い。

(一時間か二時間か、魔物達が落ち着いて、散った頃合いに行かねばな・・・。)

斥候が出来る者はいない。

ならばそれは、フリント自身で行う必要がある。

どうにも無理難題であったが、出来なければ死ぬ。

単純な話だった。


比較的近くから、その音は聞こえて来た。

何者かが上げる断末魔、炸裂音、重い金属が床に打ち当てられる音やさらなる悲鳴。

部下達が怯え、ざわつく。

しかしフリントは、それを幸運がもたらされた音だと考えた。

「冒険者だ、冒険者が魔物と戦っている!」

ここまで来られるならば、その腕は確かなものだ。

彼らに頼めば、生きて帰れる。


「あら、こんばんは。」

「こんばんは。」

姿を現した冒険者はたったの二人、それもどちらも女性だった。

しかし怪我も無く、疲労した様子すらも無い。

どれ程の実力者なのか、見た目からは判断出来ない。

一人は戦士風の、絶世と言っても良い程の美女で、しかし金属鎧どころか革鎧すら着ていない。

剣をひと振りのみ腰に下げており、防具として機能するのは革の手甲とブーツのみ。

もう一人は線の細い美しい少女で、可憐な印象が戦士の女性とは真逆であった。

短い杖を持っている事から魔術師とわかるが、防具らしい装備は革のブーツ程度だ。

二人は慣れた様子で食事を始めた。

保存食と水を取り出し、談笑しながら食べている。

何と言う余裕か、フリントは自分達とあまりに違う姿に衝撃を受けるばかりだった。

彼女らならば、自分達を地上まで帰してくれる。

それだけの実力を備えていると、彼女らの身なり、態度が示している。

声をかけて、救いを求めなければならない。

意を決して一歩近付く。

「済まないが、少し良いだろうか。」


戦士風の男が声をかけて来た。

その表情は張り詰めており、そしてユニアから見ればわかるが、六階にはそぐわない実力。

身体や顔の動き、彼らの様子でおおよその事情は察している。

帰るに帰れないのだ。

本当は真っ直ぐ帰るつもりでいたのだが、彼らがいたからここで休憩を取る事にしたのだ。

冒険者にも矜恃がある。

助けましょうか、などと声をかけようものなら、逆効果になる事が往々にしてあるのだ。

だから休憩を取って時間を作り、あちらから来るのを待った。

もちろん最初から助けるつもりなのだから、明るい雰囲気を出して、話しかけ易く振る舞っておく。

ただユニアは、報酬も無しに請け負うつもりは無い。

それはユニアなりの、冒険者の矜恃だ。

町に帰った時点で、彼らの剣を報酬として受け取るつもりでいる。

ひと振り銀貨一枚として、銀貨五枚にはなる。

それくらいなら、もらっても構わないはずだ。

そんな考えで、男の言葉を待った。


「俺達を地上まで送って欲しい。」

フリントは頭を下げた。

部下の四人も同じく、フリントに続いて頭を下げている。

とにかく生きて、帰りたかった。

みっともないと思う程度に自尊心はあったが、しかしこの女性二人に捨て置かれたら、自分達は死ぬだろう。

そう思えば、頭の一つや二つ些細な事でしかない。

「事情を聞いても良いですか?」

少女の穏やかな声がかけられた。

フリントは顔を上げ、頷く。

「自分達は、ある貴族様の私兵だ。

命令によって、この地下迷宮へとやって来た。」

フリントは話した。

五十もの人数で挑んだ事、五階で魔物に襲撃され散り散りに逃げた事、奥へ逃げる道を選んで生き延びた事、そして今に至る事。

「お二人は、凄腕の冒険者だと見受けた。

自分達は、自力では帰れない。

どうか連れて行って欲しい。」


ユニアは呆れていた。

町に私兵を連れて来れるのなら、その貴族は法国の者だろう。

しかしそれならば、エンリア達の報告を受けているはずだ。

にも関わらず、彼らは派遣された。

(人の命を何だと思っているのかしら・・・!)

目付きが鋭くなるのを抑えられなかった。


「本当は報酬をもらうつもりだったけど、代わりにその貴族に会わせて。」

それが、女性から提示された条件だった。

しかしそれは、フリントには確約出来ない。

それだけの権限が無い。

「何処にいるか、それだけ教えてもらえればいいわ。」

凄まじい形相と怒気に、フリントは頷く事しか出来なかった。




冒険者の二人の実力は、フリント達から見れば雲の上と感じる程のものだった。

少女が斥候の役割を受け持っていた。

しかしその感覚は広く、そして正確。

的確に魔物の気配に気付き突き止め、魔法で先制攻撃を仕掛ける。

続いて女性戦士が飛び込んで行く。

獲物に飛びかかる猛禽類の素早さで接近し斬り裂く。

その剣技もフリントには恐るべきものと映った。

フリントは、多少剣を知っていた。

貴族の私兵の中では上位に入る技術を持っている。

しかし女性のそれは、比べる事すら烏滸がましく思う高みにあった。

遭遇する魔物を一太刀で葬り去る技は洗練されており、その姿に見惚れる程であった。

四階に上がれば、彼女ら二人を一瞬でも止められる魔物など存在しなかった。

奇襲すらそこそこに魔法と剣であしらう。

「この辺りの魔物ですら、俺達は苦戦したんだがな・・・。」

「四階で苦戦なら、そこそこの腕持ってるんじゃない。

その装備で、大したものだわ。」

三階四階付近まで潜れれば、冒険者として一人前。

女性はそう話した。

それが本当ならば自分達も冒険者として生きて行ける。

そう考えると、五人は貴族のところへ帰る気になれなくなっていた。

「ここで冒険者として生活するのも、良いのかもな・・・。」

フリントの呟きは、部下達の心をより大きく動かす。

彼らには、家族がいないわけではない。

しかし位の低い貴族の三男やそれ以降の者達で、居場所が無いから私兵などに雇われていたのだ。

それもこの迷宮で死ぬところだった。

ならばそのまま死んだ事にして、心機一転新しい人生に踏み出して行くのも面白い。

五人の目が、段々と輝き始めていた。




迷宮の中で一泊し、七人は町へと帰って来た。

「お疲れ様!

無事到着ね。」

「本当にありがとう!

貴族の居場所だが、この町にまだいるなら、一番良い宿の、一番良い部屋を取っていると思う。

名はトラディエール。

法国東に領地を持つ、侯爵だ。」

意外な地位の高さだった。

しかしユニアには、地位が幾ら高かろうと関係が無い。

行って、拳の一つでも叩き込むつもりだった。

「それで、フリントさん達はどうするの?」

フリントは部下達と視線を交わし、一つ頷いた。

その目には、迷いが無い。

「この町で、冒険者をさせてもらうよ。

だから、これからよろしく!」

そういう事なら、とユニアは手を出し握手した。

レンも同じように握手を交わす。

新たな冒険者の、友人が出来た。

いつもの酒場を紹介し、そこで別れた。

あとは主人に任せておけば、悪いようにはしないだろう。

「それじゃ、行きましょ。

お仕置きの時間よ・・・!」

「本当にやるんですか?

もう・・・。」

レンは苦笑いを浮かべた。




翌日早朝、一人の貴族が伴の二人を連れて、馬を走らせ帰るのを酒場の主人は見かけた。

ここ最近毎日姿を現してしつこく付きまとわれていたので、その姿をよく覚えている。

顔が随分と腫れ上がっていて一瞬別人かとも思ったが、その趣味の悪い豪奢なだけの服装は彼だけのものであったから間違いは無い。

「やっと帰ったか。

ほっとするぜ。」

ようやく解放される。

ようやくいつもの生活に戻る事が出来る。

明るくなる気分のままに、その日の朝食は素晴らしいものになった。

客は大喜びでいただいたと言う。


トラディエールが残した五十頭近い馬は、町の共有財産として扱われる事となった。

他の町と繋がるための馬車や町を巡る乗り合い馬車、荷運びにと貸し出され、さらに割安で売りにも出された。

隣町などから買いに来るものもあり、次第に町として抱えておける数に落ち着く事となった。

町の住人の生活を助ける乗り合い馬車の評判が思いの外良く、また隣町への馬車も便が増えたおかげで商売が盛り上がった。

護衛に冒険者が雇われたり、行商の行き来も増えたりなどで金や物の動きも活発になり、近辺の町を巻き込んで景気が少し上向いた。

それを何となく見守っていたユニアとレンは、世の中何がどう作用するかわからないものだと、感慨深く思うのだった。




冒険者として生きる事を選んだ五人は、依頼に迷宮にと忙しい日々を送っている。

使わなくなったからとレンが渡した杖と初級魔法書は、フリントに魔法戦士への道を開いた。

レンを師匠と呼び慕って、時々魔法を教わっている。

特殊魔法の修得は出来なかったが、治療を覚えた事により安全性が高まって、迷宮三階までは安全に潜れるようになれた。

前衛二人後衛二人の間に立つ事で、臨機応変に指揮と戦闘を行っている。

馬車が増えてからは、その護衛の依頼を受けるようになった。

馬の扱いも素人ではなかったし、何よりかつて自分達がこの町に連れて来た馬だ。

愛着を感じていたし、責任もあるように思っていたのだ。

新しい人生は概ね良好で、楽しい毎日だった。

五人は、この町に来れた事を幸運だったと、今は思えている。

死にかける不運の中で掴んだ幸運に感謝し、それをもたらしてくれた二人の女性を密かに女神と崇めながら、日々を過ごしている。


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