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魔術師、魔術を覚える

「ユニア、手紙が届いているぞ。」

「私に?」

その手紙は、聖都から届けられたものだった。

記された名はモロウ。

何かあったのだろうか。

否応無しに、胸騒ぎが引き起こされる。

「お兄さんからですか?

確かエンリアさん達の護衛で、聖都に行ったんですよね。」

「ええ、そうね。」

帰りが遅いとは思っていた。

五人が町から出発して、一ヶ月程になる。

行きは馬車で行ったとして五日から十日。

帰りは、仮に歩いたとしても、あの三人なら二十日はかからない。

少々時間がかかっているが、そろそろかと思っていたところで来た手紙だった。

何でも無ければ良い、と思わずにいられない。

荷からナイフを出し、封を開けた。

中には手紙が一枚だけ入っていた。

開いて、目を通す。

「夫婦になって初めての遠出だから、一ヶ月くらいゆっくりして帰る。

その間、家の管理を頼みたい。

鍵はまだ持っていただろう?

例の新しい仲間にも、一緒に使ってもらってくれ。

ルタシスも少し遅れて帰るそうだ。

よろしく。」


「何でも、無かったわね・・・。」




家に行って見回してみると、庭が少々荒れ気味だった。

雑草が背を伸ばしており、手入れが必要そうだ。

鍵を開けて中へ踏み込む。

こちらも掃除した方が良いようだ。

埃が薄く積もっていた。

「ごめんね、レン。

こんな事手伝わせちゃって・・・。」

「大丈夫ですよ。

綺麗にして、ゆっくりさせてもらいましょう。」

それから二人は、協力して掃除を進めた。

一ヶ月とは言え、誰もいなかったのだ。

とは言っても、家の中はそれ程手間のかかる事は無かった。

食材も全て処理されており、雑貨の類いも全てしまわれていた。

おかげで埃を払い、掃き出す程度で掃除は終わった。


庭の手入れも、それなりの手間はかかったが大した事は無い。

結局夕方になる頃にはひと通り片付いて、全て綺麗に整えられた。

それから二人は、大きめの桶を持って井戸へと向かう。

生活に使う水は、最寄りの井戸から水を運んで使う事になっているのだ。

台所に大きな甕が二つあり、いつも朝に運び入れている。

何往復かして、甕いっぱいに確保した。

さらに家には浴室があった。

ついでとばかりに浴槽もいっぱいに満たしておく。

魔術師の炎の魔法さえあれば、湯に変える事が出来るからだ。

「さすがに、水を運ぶのは、大変でしたね・・・。」

「本当、ありがとね。

レンがいてくれて良かったわ。

お茶でも飲みましょ。」

レンに少量、湯を沸かしてもらう。

茶器などは勝手を知っているので、手早く用意した。

香りを確かめるが、保管状態が良かったので充分出ている。

「いただきます。」

一口飲んで、ほっと一息つく。

それからたわい無い話をしばらく楽しんで、二人は夕食を食べに酒場へと向かった。




夕食を終えて帰ると、レンは早速湯を沸かし始めた。

炎の矢を作り出して、ゆっくりと沈めて行く。

消えてしまわないように維持するが、普段やらない事なので少してこずる。

それでもすぐにコツを掴み、程なくちょうど良い湯加減になった。

「これくらい、かな。」

「沸いた?」

思わず声を上げる。

真後ろにいるとは思っていなかったのだ。

「脅かさないで下さい・・・って、もう脱いでるんですね・・・。」

「レンも早く。」

「脱ぎます!

脱ぎますから、脱がさないで下さい!」


宿の浴槽程は、さすがに広くない。

そのせいで、二人は重なるようにして入っていた。

「とっても、恥ずかしいのですが・・・。」

「今更よ、今更。」




髪をしっかりと乾かし、いつも通り二つに紐でまとめて、レンは初級魔法書を広げた。

この一ヶ月、何度か読み返して有効な手を考えていた。

新しい魔力の使い方によって化けるものは無いか。

そう考えてはいたが、今のところ面白い案は無い。

初級魔法として、そこには魔力の矢、炎の矢、明かり、魔力付与、査定の魔術が記されている。

この内、査定はレンには使えない。

なのでレンは、実は四つの魔術しか使えないのだ。

増やしたくとも、中級魔術は使えない。

この四つの魔術が、レンの全てだった。

「それ、魔法書?」

ユニアが横から覗きこんだ。

そして何か気付いたのか、書物を横から見る。

「ちょっとごめん。」

そして書物を閉じた。

「これ、薄くない?」

「え?」


ユニアがティカの部屋から持ち出した書物は、レンのものより遥かに厚かった。

「もっと早くに気付くべきだったわ・・・。」

悔しそうに眉根を寄せている。

渡された書物を手にかかえ、レンは感動のあまり打ち震えていた。

表紙には、初級魔術書と書かれている。

この厚みで五つしか書かれていないなどと言う事は無いだろう。

即ち、まだ見ぬ魔術がここにあるはずだ。

「ありがとうございます!」

感極まって、涙した。




そこには、魔弾、炎矢、風刃、水球、土砲、眠気、脱力、治療、活力、筋力強化、運動強化、耐性強化、灯光、浮遊、遠視、暗視の十六種と、特殊魔術として魔力感知、魔力付与、魔力譲渡、査定の四種、計二十種の魔術が記されていた。

レンは声にならない声を上げて興奮している。

これら全てが、初級の魔術なのだ。

自分が使えるかもしれない魔術なのだ。

目次を見ただけで、目が輝いてしまっている。

「どうしましょう、こんなに覚え切れませんよ・・・!」

心底嬉しそうに、笑っている。

紅潮した頬、うっとりとした瞳、いつに無い艶めかしさで、別人のようだった。

「ちょっと、帰って来なさい。」

しばらくそのまま、惚けていたと言う。




翌朝から、レンの修練が始まった。

東門外の広場を利用し、恐ろしい程の熱意をもって修得に取りかかった。

一つ一つ順に試すため、まずは魔弾の説明を読む。

「これは、魔力の矢と同じものですね。

書き記した人によって、名前が違ったりするのでしょうか。」

「ああ、多分国じゃないかしら。

義姉さんのは、皇国の物だから。」

内容は同じものだったので、恐らくはそういう事なのだろうと納得する。

炎矢もやはり同じものだ。

ならば試す必要は無い。

飛ばして、風刃、水球、土砲を覚えながら試す。

問題無く使えるようだ。

続いて眠気、脱力を使おうと考えるが、この二つは対象が無いとそもそも使えないものだ。

自分にかけても良いが、この後に差し支えてしまう。

「かけたい?」

悩んでいるレンに、ユニアがそんな事を聞いた。

「いや、それは・・・。」

「別に良いわよ。

眠くなったり、ちょっと疲れたりするだけでしょ?」

レンは躊躇う。

人に対して使うのは、やはり抵抗があった。

かつての残酷な日々が思い出されてしまうのだ。

「急いで試す必要はありませんし、寝る前にでも自分に使ってみますよ。」

そう言って断り、次へと移った。

ユニアの気持ちは嬉しかった。

けれど大切な人に、試し撃ちなど出来ない。


治療、活力は、自分にかけても効果がわかるので、使い方を確認して試す。

どちらも無事効果を現した。

この二つは単純に嬉しかった。

特に治療は、ユニアが怪我をした時に治す事が出来る。

これからより深い階層へ潜って行くのだ。

必須の魔法だった。




その辺りで、日が真上に来ていた。

昼食の時間だ。

二人で酒場へ向かう。

「こんにちは。」

「おう、いらっしゃい。」

返事はあったものの、主人は取り込み中だった。

それも何やら、面倒そうな相手に絡まれている。

テーブル席に座り、店員に昼のメニューを頼む。

それから、主人の方の様子を窺った。

それは身なりの良い、貴族風の男だった。

話に耳を傾けてみると、どうやら主人の料理を事の外気に入ったらしく、雇いたいのだそうだ。

しかし主人にその気は無い。

何度断ってもしつこく粘られて、主人はうんざりしている。

「美味しいですからね・・・。」

「でも、ここが無くなると困るわね。」

そしてユニアが何かを思い付いた。

表情が悪戯を考えている時のものに変わっている。

「レン、脱力を試しましょ。」

「本気ですか?」

「あんなに興奮してたら、魔法かけられたなんて気付かないわよ。」

どちらにしろ、あの状態ではこちらが昼を食べられない。

心の中で謝りつつ、魔法書の通りに脱力を使った。

すると、効果はすぐに現れた。

男は疲労し、徐々に息が上がり始めた。

ついでに眠気もお見舞いする

目を擦り、欠伸までもらした。

「さすがに疲れてしまったな。

今日のところは引き下がるが、考えておいてくれたまえよ。」

そう言い残し、ふらふらと酒場から出て行く。

問題無く効果が発揮されていた。

これでさらに二つ、手持ちの魔法が増えた。




昼明けからは、強化魔法の修得を試みる。

今回はユニアにお願いして、効き具合を確認してもらう事にした。

筋力、運動、耐性と順に使うが、効果があった。

魔力が事象を引き起こす反応が表れている。

しかしあまりにも微量過ぎて、そのままでは使い物にならないようだ。

「魔力を集めて使わないと駄目ですね。」

それを試すのはまた今度として、次へ進む。

浮遊だ。

歩く程度の速度で空中を移動出来るとあり、レンが楽しみにしていた魔法である。

制御が難しく、書物によればその難度から使いこなせない者もいると言う事だ。

慎重に魔力を練り、ゆっくり事象へと変換する。

突然の浮遊感に驚き、制御が乱れた。

尻から落ちる。

「痛っ・・・!」

しかし発動には成功した。

自分はこれで、空を飛べるのだ。

そう思うと嬉しくて、痛みなど気にならなかった。

使える事さえわかれば、習熟は後回しだ。

遠視、暗視へ移行する。

遠視はすぐに効果を実感出来た。

魔力消費を継続する事で維持し、目を飛ばすような感覚で遠くを見る魔法だった。

そんな魔法なので、上に向かって目を飛ばして見下ろすと、自分とユニアの姿が確認出来る。

それは不思議な心地だった。

暗視は、暗いところで使わなければ効果がわかり難いのだが、発動する感覚はあった。

これも問題無さそうだ。

ここまでは無事に修得出来た。

残るは特殊魔法のみとなった。




一息入れたところで、特殊魔法の修得に入る。

限られた感性を持つ者のみが使う事の出来る魔法が、特殊魔法として分類されているものだ。

レンが使える魔力付与もその内の一つ。

査定が使えない事はわかっているので、残りの二つを試す事となる。

一つ目の魔力感知は、遠視や暗視、浮遊も同じくなのだが、継続して魔力を消費する事で効果を維持する魔法だ。

その効果は、一定範囲内の魔力の存在を知る事。

早速使ってみると、ユニアの魔力を感じる事が出来る。

そして意識すれば、胸の内にある魔石の魔力も。

途轍も無い強さの力をそこから感じ取れた。

「これを使える人には、魔石があるってばれてしまいますね・・・。」

魔石だとまではわからないだろう。

しかしそこに大きな魔力を持った何かがある事は、気付かれる。

これはもう、仕方のないことだと諦める外無い。

続いて、魔力譲渡を試す。

書物によれば接触によって受け渡すとの事なので、ユニアの手を握った。

「え、何この感覚?

不思議・・・。」

今までに無い感覚だったのだろう。

不快ではないようなので、レンは安堵した。

これも成功だ。

「結局、査定以外は全部使えました!」

出来る事が大幅に増えた。

嬉しくて瞳が潤んでしまう。

これだけの魔法があれば、中級など無くても構わない。

そう思えた。




「ちなみに、これが義姉さんの中級魔術書ね。」

家に帰るなり、ユニアが書物を持ち出して来た。

それはやはり、レンのものとは比べ物にならない程の厚みを持っていた。

目次を見れば、初級と同じく二十の魔術が記されている。

「明日、試しても良いですか!」

「もちろんよ。」

これまで中級魔法は使えなかった。

しかしそれは、自分の魔法書に書かれたものが使えなかっただけなのかもしれないのだ。

他の魔法を試さないわけにはいかない。

まだ十五もあるのだから。




魔槍、炎柱、風槌、水牢、土壁、毒煙、阻害、縛鎖、筋力弱化、運動弱化、耐性弱化、飛翔、障壁、印化、念話、読解、封鎖、開錠、解除の十九種に、特殊魔術として鑑定の一種。

計二十種が、中級魔術書には記されていた。

結果としては、一つとして使える魔法は無かった。

書物の冒頭に、中級魔術の修得方法が書かれている。

それによれば、魔術の修得に求められるのは魔力を発動まで練り上げる事。

それぞれの魔術が要求するように魔力を練る事さえ出来れば、発動出来ると言うのだ。

レンは、魔力を練る事は出来た。

しかし発動しない。

それは、書物に記された事が確かならば、才ある魔術師と才の無い凡人との差であった。

つまりレンには中級以上の魔術は、絶対に使えない。

その事実は、覚悟していたとは言え、これ以上無い程の衝撃となってレンを打ちのめした。

がっくりと膝をつき、先日とは違って悲しみからの涙を流す。

ユニアが宥め、慰めたが、小一時間は泣き続けた。


しかし一頻り泣いた後は、さっぱりとした表情で浮遊の修練に移っていた。

「良いんです。

使えない事なんて、最初からわかってたんですから!」

そう言ってあっさりと諦め、習熟しておきたい魔法の練習に励んだ。

「それに、私には特殊魔法が三つもあるんです。

こんな贅沢な事はありませんよ。」

魔力に関わる三種の魔法、感知、付与、譲渡。

その三つは、今後大いに役立つだろう。

そして魔力を集めて魔法を強化する技術もある。

それで充分だ、とレンは思うのだ。




浮遊の制御には、三日を要した。

幾度となく倒れ、落ち、怪我をして治療した。

そして今、レンは空にいる。

「うわあ・・・!」

遠くの山脈が、草原が、森林が見える。

眼下に果てしなく広がる大地。

見上げれば空はまだまだ、遥かに高い。

流れる風は強いが心地よく、髪をまとめる紐を解いて、吹かれるままに任せる。

レンは、空を飛ぶ術を手に入れた。

浮遊とは言えど魔力で強化出来るのだ。

速度の上昇など容易い事だった。

そしてここまで制御出来てしまえば、使いこなす事も同様に容易い。

ユニアのところへ戻る。

「おかえり、どうだった?」

レンは朗らかに笑う。

そして、思い付いた事を試した。


ユニアは焦り、驚きのあまり叫んだ。

今、ユニアはレンと共に空にいる。

あまりにも突然の、想定に無い事態。

味わった事の無い浮遊感はユニアを驚愕させたが、空から見渡した世界は、その思考を停止させるに充分過ぎる美しさだった。

何も考えられないまま、しかし首は自然と動き、広がる世界をぐるりと見渡した。

二人は今、中級魔法に当たる飛翔をもってすら届かぬ高さにあった。

飛翔は、地表より成人男性十人分程度の高さまで飛べると言われている。

しかし二人がいる場所は、山よりも高い。

冒険者なら誰もが夢見る、世界を見渡せる程の高み。

ユニアは今まさに、その夢を叶えていた。

レンが笑顔でユニアを見ている。

「本当に、この子は・・・。」

レンと出会ってから、驚きの連続だった。

そしてきっと、これからもそれは変わらないだろう。

思うと、自然に笑みがこぼれる。

二人は一頻り笑い合った。




地上へ戻ると、レンはユニアに抱き締められた。

「ありがと。」

そして、唇を奪われた。


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