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魔術技官のいる世界 四

レンが養成所に入って十日目。

同じ班となった四人の他に相部屋の二人にも魔術の技を教えながら素図と錬盤について学習し、無事にサルテから第四の資格を認められた。

第四へ進んだ訓練生は、機密のために中央棟に居を移す事になっているという。

教員長のサルテが直接来ていて、レンに荷物をまとめさせた。


「ごめんなさい。

でも規則なんです。

レンさんなら問題無いとは思っているのですが、特別扱いする事も出来ませんので・・・。」

「仕方ありませんよ。

今後現れるかもしれない第四へ到達する方の口が固いとは、言い切れないですから。

悪い前例になろうとは思いません。」


納得はしている。

けれど別れを惜しむ暇すら無い事は残念でならなかった。

せめて言葉を交わす程度の事が出来ればと思わずにはいられない。


荷物を全て持って、サルテに続いて寮を出る。

案内された部屋は最上階である五階の一室だった。

戸棚や寝台など一通りの家具が揃っており、部屋の大きさは寮で使っていた一室と同等。

この部屋に、今日からは一人だ。

それならそれで気楽なものでもある。


サルテはそこで、日々の生活に関わる事を次々話した。


「明日からはこの階層にある工房で学ぶ事になります。

私が教えますから、何でも聞いて下さいね。

食事は二階にある食堂で、時間は寮と同じです。

浴室はこの階層にあるので、空いていればいつでも使えます。

それから・・・」


さらに、先の事も少し話した。

それによれば、第五に進むまでこの中央棟を出る必要はほぼ無い。

第五に入ると敷地の外へ出る用事が発生するらしく、度々出かける事になるようだ。

そうして簡単な説明が終わり、サルテは自分の仕事に戻る。


一人残されたレンは寝台に横たわり、ぼうっと呆ける。

魔力の扱い方は知る事が出来て、ぼんやりと広く漂わせる事で大地に食われる事無く展開出来るようにはなっていた。

しかし理が掴めなかった。

素図と錬盤の学習もこれから行うのだから、焦っても仕方ない。

わかってはいたが、落ち着かない心地だった。




「世界に存在する全ての物には、魔術素が宿っています。」


翌日、サルテの話はそんな言葉から始まった。

道端に転がる石、風に舞う木の葉にすらも魔術素は宿る。

そこから魔術素を取り出す錬盤を使って、素図とする物に注ぐ。

先日の講義で見た棒状の道具がそれだ。

しかしそこで疑問が生まれる。


「それ以前はどうしていたのですか?」


その錬盤が生まれる以前、素図が作られる以前は、どうしていたのか。

素図と錬盤は、どのようにして生み出されたのか。

それは当然の疑問だ。


「この二つの道具を生み出したのは、魔術では無く錬金術でした。

一人の錬金術師が、ありとあらゆる物に宿る魔術素に気付いたのです。」


その錬金術師はあらゆる物を素材と呼んで、手当たり次第に集めた。

そして素材を組み合わせて、現在魔術と呼んでいるものを作り上げた。

その後、抽出と注入の魔術素を発見して素図と錬盤が生み出された。


「その二つの魔術素は、何から発見されたのですか?」

「魔物から得られました。

最初は吸血鬼の遺灰でした。

この事が判明し錬金術師は、人間は吸血鬼へと剣を向けます。

それからは立場が逆転し、生者を狩る者達が狩られる側となりました。

恐るべき速度で狩りは行われ、吸血鬼達の数は激減しました。

けれど絶滅させては素材が得られなくなってしまいます。

なので、最終的には和平が結ばれました。

吸血鬼側は生命を襲わず、髪や爪などを素材として提供する。

対してこちらは血液を提供し、彼らの命を繋ぐ。

そうして、現在は共存しています。」


吸血鬼からもたらされる素材によって魔術素を抽出する魔術と注入する魔術が作られ、その魔術から素図が、やがて錬盤が作られた。

そして人々の生活が飛躍的に豊かとなり、以前とは比べ物にならない程に栄え、現在に至っている。


素材から魔術を使う。

それは理ではなかった。

情報を得て直ぐ様試したが、メスティファラスが違った事を確認した。


「しかし素材から得た魔術素によって魔術は行使されている。

そこに糸口があるはずだ。」


レンはひたすら考えた。

何日も考え続け、調査と試行を繰り返す。

そうしてこの世界へやって来てより、一ヶ月の時が過ぎた。




都合四ヶ月、旅立ちからそれだけの時が流れた。

レンは未だ理を見出だせず、この世界に留まっている。

養成所の第四過程は十日もかからずに終えていた。

現在レンは第五過程となり、新たな素図と錬盤を作るための研究に当たっている・・・事になっている。

第五過程を終わらせては軍属となり自由が利かなくなってしまうため、サルテの提案によって引き延ばしているのだった。


レンが教えた六人は無事に養成所を出て、今では立派な魔術技官として日々忙しく働いている。

そんな彼らは時折レンに会いに来て、サルテの監視はあるものの外の話を聞かせた。

西の国の王都が魔物の軍勢に襲われたが辛くも守り切った話、東の大草原で帝国との戦闘が行われて魔術技官が活躍した話、北の鉱山で希少な素材が手に入って近々この街に送られてくるという話、などなど。

外の事を全く知らないレンにとってはどれもこれも初めて聞く物語のようで、その瞳を愛らしく輝かせていた。


「この三十五歳はずるい!」


と、女性魔術技官の一人が笑う。


「年の事は言わないで下さいよう!」


そして両手で顔を隠し、レンは恥ずかしがる。

そんな微笑ましい日々を過ごしていた。




素材から得た魔術素によって魔術は行使されている。

そこに糸口があるはずだ。


メスティファラスの言葉を反芻する。

レンもその言葉には賛同している。

この世界では、そうしなければ魔術が使えなかったのだろう。

その理由の一端は、大地が魔力を食らうという事情が担っている。

集束した魔力に反応し、大地はそれを食らう。

それは、集束させなければ魔術に変えられるという事ではないか。

しかしそうは考えても、理に辿り着けなければ魔術は使えない。

魔力を広く展開する事は、既に出来ている。

そしてどこまで高められるかも調査済みだ。

かなり強く魔力を広げても、大地は反応しなかった。

つまり、狭く強く集中された魔力が対象なのであった。


この魔力の使い方はこれまでと勝手が違い、出来はするものの均等に魔力を広げる事が難しかった。

けれど魔力の扱いには長けたレンだ、三日で修得した。

大きな球のように展開された魔力は光り輝く程に魔力を込めても大地に食われる事は無かった。

厳密には食らおうと働きかけてはいたようだ。

けれど食らえなかった。


魔力の扱いは修得した。

後は理だけだ。

けれどその理が、皆目見当も付かないのだ。


「素図や錬盤で魔術を使う理由はなんだ?」

「普通には使えないから、ですよね。」

「いや、少し違うだろう。

それ以前に魔術が無かったのだとしたら?」

「・・・それなら使えたから、ですか。」

「そういう事だな。

魔術素を見つけた錬金術師が、初めて魔術を作ったのだ。」

「では何故、素材を使った魔術なら使えたのでしょう?」

「それにはまず、大地が関わっている。

だが、それだけとは思えない。

それだけであるなら、レンのようにして魔術を使う者が現れてもおかしくはないのだ。

サルテが知らない以上、そのように使った魔術師はいないのだと仮定しても良いだろうな。」


二人は悩む。

考えをまとめるために情報を整理していたのだが、結局何も閃かない。


「杖の素図で魔術を使うのは、中で魔力を扱うためでしたよね。」

「そうだな。

大地に食われないために杖の中で匿う形を取って魔力を魔術に変え、発動している。」

「・・・それが、実はそうでないとか?」

「ほう・・・。

杖の中で魔力を魔術に変えている理由が別にあると?

確かに理に関わる何かがあるとすれば、そこだな。」


閃きとも呼べない当て推量だが、考察する価値があるとレンは思った。

メスティファラスも同様で、ただこちらは確信めいた予感を得ていた。

答えに近付くには、抽出と注入の錬盤について調べなければならない。

それには、サルテに習って自分専用の物を作ってしまうのが早いだろう。


レンはサルテの部屋に向かった。




「レンさん。

こんな遅くにいきなり来られると、幾ら私でもどきっとしますよ。」

「ごめんなさい!」


頬を染めたサルテが、咎めるように言う。

それでも入れて話を聞くのだから、悪くは思われていないらしかった。


「あの錬盤の素材なら、ここには常に備蓄されています。

明日にでも取りかかりましょう。」

「ありがとうございます!」


満面の笑みで喜ぶレンを見るサルテの目は、それは温かなものだった。

愛らしい子供を見るような。




レンは、手元にある柄の短杖を使えないかと考えていた。


抽出と注入の錬盤の中央部は、抽出した魔術素を整理してまとめる役割と魔力を蓄積して錬盤全体に供給する役割を持っている。

レンが扱う分には、後者は取り払える。

前者なら今現在柄が負っている役割である、受け取った魔力を込められた意思に従って通す、という素図に組み込めるだろう。

魔力だけでなく魔術素も対象とすれば良い。

そして整理しまとめる魔術素も入れておく。

さらに定着させる魔術素も仕込みたいのでサルテに聞く。


「杖の先端部を作るのに必要ですからね、ありますよ。

でも、魔力の消費が実用的でない程に高くなってしまってますよ?」


レンが魔術を作った際も、要素が多くなればそれだけ消費が大きくなったのだ。

魔術素とて同じ事なのだろう。

しかしレンには、メスティファラスがいる。


「問題ありません。

この杖は私しか使いませんからね。」


無尽の魔術師と呼ばれる理由となった魔力容量をもってすれば、些末な問題だ。

定着させる魔術素があれば、先端部に込められた魔術素を後付けで増やせる。

レンの旅はまだまだ長い。

その中で、どんな魔術素を得られるかわからないのだ。


そして先端部には抽出、注入、定着の魔術素を仕込む。

先端部から魔術で魔術素を抽出し、柄で整理してまとめる。

そして先端部に返して魔術で注入する。


新しい魔術素も先端部で同様に抽出し柄へ。

柄の力で先端部に定着すれば、新しい魔術素を使って魔術が作れる事になる。


素図で行っている事をレンなら魔術で出来る。

レンならではの手段だ。


さらに先端部が定着を持っていれば、新たな杖を作る事も出来る。

魔術素を集めさえすれば、この短杖と全く同じ物を作る事も可能となった。

予備を作っておけば、壊れるような事があっても大丈夫だ。


「出来ましたね。」

「ありがとうございました!」


杖は無事強化された。

そして魔術素を整理する意味にも気付けた。

成果は上々だった。




レンは荷物を持って、屋上に立っていた。

そばにはサルテ。


「ではお礼に、魔術を。」

「とうとう突き止めたのですね。」


レンは大きく魔力を展開した。

そこに要素を一つずつ、順番に投入する。


「順番は、錬盤が教えてくれました。

属性、形状、形態、範囲、時間、などですね。

まさかこんな使い方だなんて、思いもしませんでしたよ。」


展開した魔力を鍋だとすれば、順に食材を投入して調理する煮込み料理のようだ。

そして一際輝きを放ち、魔力は槍を形作った。


「素晴らしい・・・!」


サルテの臙脂色の瞳は、作り出された巨大な槍に釘付けられた。

青白い光が集束して生まれたような、眩い魔力の槍。

その魔術が天へと解き放たれ、青天の彼方へと消えた。


「これを広めるか沈黙するかは、サルテさんに任せます。」

「そうですね・・・。

よく考えたいと思います。」


そしてレンは深く頭を下げる。

長く世話になった。

今日これから、次の世界へとずれる。

だからこれで別れだった。


「お元気で、レンさん。」


サルテは、鞘に収められた剣を渡す。

柄も鍔も新しくした、魔法銀の剣だった。


「ありがとうございます!

・・・サルテさんも、どうかお元気で。」


受け取って腰に吊し、そう言って微笑む。

そしてレンの姿は掻き消えた。


サルテは寂寥感に襲われ、しばしの間立ち尽くす。

優秀で、可愛らしい弟子だった。

上から下への帰り道に、また立ち寄ってくれないだろうか。

そんな事を思ってしまう程度には、愛着を抱いていた。


大変遅くなりましたー!


しばらく不定期更新となってしまいます。

既になってますが・・・。


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