魔術技官のいる世界 三
結論としては、レンが第三で学ぶ事は素図と錬盤に関わる事だけだった。
魔術の調整も強化も扱えて、複数発動も多重発動も身に付けている。
年については、
「最年少にして最速の記録が残りますね!」
と笑顔でサルテに言われてしまい、黙っている事が出来なくなってしまった。
「三十五・・・ですか?
いや、まさかそんな・・・。」
「年を取らない身体になってまして・・・。」
半信半疑といった様子であったが、しかし魔術にここまで精通している事を考えればあながち偽りとも思えないのだろう。
サルテはしばし悩んだ。
そして、レンに問う。
「年を偽ったまま最年少最速の魔術技官として名を残すか、見た目十三歳実は三十五歳の訓練生として偽らずに学ぶか。
どちらがよろしいですか?」
「偽らず学びたいと思います・・・。」
レンの登録情報が書き換えられた。
レンの知識と実力の確認は終わった。
素性の事も考えれば、既に魔術師だったのだと理解出来る。
魔術の仕組みも熟知しているのだから、素図と錬盤について学べばすぐにでも第四へと上がれるだけの能力を備えるだろう。
恐るべき逸材なのだった。
サルテはその行き先を思いながら茶を用意し、一息がてらに質問を受け付ける事にする。
「何か聞いておきたい事はありますか?」
「この世界の理と魔力の扱いについて知りたいです!」
サルテは少し困った顔を見せる。
下層から来たのであれば、是が非でも知りたい事だろう。
しかしサルテは悪魔なのだ。
「悪魔と人とで理は異なるので、私は人の理については教えられません。
知識としても知らないので、理についてはレンさん自身で突き止めて下さい。
ですが、魔力についてならば多少は教えられます。
この階層より上層では、局所的に放出された魔力は大地に食われてしまうんです。」
「大地が魔力を奪うのですか!」
「神とその眷属の影響が強く大地に根差していて、魂までは食わないものの収束した魔力の輝きはご馳走に見えるようです。
なのでこの世界の人々は素図や錬盤、杖を使います。
その中に魔力を通し、魔術を形作ってから外へ放出するのです。
このやり方なら大地に魔力を食われません。
魔術へと変換された魔力は食べる事が出来ないのでしょう。」
レンは納得した。
素図や錬盤など物に魔術を落とし込む手段が発達した背景には、そんな事情があったのだ。
この短杖があれば、当面困る事は無い。
けれど素図と錬盤については、自分の手で作れた方が良いだろう。
短杖を改良するには必要であるし、万一壊れてしまった際には修理しなければならない。
その二つについて学びながら理を探る。
定めた目標に変化は無い。
「錬盤を知るには素図から、素図を知るには魔術素からです。
と言っても、第三では魔術素には触れません。
その存在は第四へ進むには必要な事ですが、こちらからそれを教える事はありません。
自ら気付く事が条件なのです。
この事実をみだりに広めないための措置として、そのようにしています。
魔術技官になる資格は第三課程を終えた時点での取得ですので、ほぼ全ての訓練生が第四へ進めずにこの養成所を去ります。」
気付けない者に教えても、持て余してしまうだろう。
そして誤った使い方をして、身の破滅を招く。
そうなるくらいならば、知らない方が良い。
また、誰もが思うままに素図を作れるようになってしまう事はあまりに危険だとサルテは考えていた。
それはサールにも通ずる考え方だ。
強過ぎる力やそれに至る知識は、使い方を誤れば破滅をもたらす。
己を律し、正しく扱える者でなければ、その資格は認められない。
養成所を出た者には、魔術技官として生きて行く事が義務付けられている。
国のために魔術を使う日々を送る事になるのだ。
第四へと進めた者は魔術素についての知識を得て、素図の設計を学ぶ。
レンが目指すのはこちらだ。
素図、及び錬盤の設計者は現在、この国には一人もいないという。
新しい素図や錬盤が生まれなくとも、設計通りに作る事は出来るので然程の問題は無い。
しかし国が欲しているだろう事は、推察するに容易い。
レンは、その期待に応えられない。
理を見つけたなら、この世界を去るのだから。
夕方まで素図と錬盤について教えを受け、それからレンは解放された。
寮へと帰れば、訓練生二人が待っていた。
「おかえり。
飯にしようぜ。」
レンは元気良く返事して、三人で食堂へと向かう。
そして、食事しながら明日からの事を話した。
「いきなり第三か!
すげえじゃねえか!」
「魔術の心得があったのか?
その年で大したもんだ。」
ついでに、年の事も隠さないと決まったのだから明かす。
「私、三十五歳なんです。
孫もいて、四歳になります。」
これにはさすがに絶句していた。
「いや・・・、冗談だろ?」
「サルテ教員長にも認めてもらえましたよ。」
そんな雑談をしていれば、周りの訓練生達にも聞こえている。
面白がって寄ってくる者も何人かいた。
彼らは当然信じていない。
いないが、からかうようにレンに絡む。
妻とその馴れ初め、息子とその嫁の事など聞き出し始め、しかし淀み無く語るレンの様子から徐々に信憑性を感じ、半信半疑程度には考えるようになっていた。
が、最終的には信じる信じないに関わらず、三十五歳の方が面白い、という結論を見て満場一致となった。
(良いんですか、それで・・・。)
思いはしたが、せっかくまとまったのだから口にはしなかった。
翌朝は第三課程へと加わるべく、レンも二人に付いて行った。
教員を勤める二人の男女は教員長から話を聞いているようで、教材を渡して適正の班へとレンを割り振る。
相部屋の二人とは別の班だ。
男女二人ずつの班に、五人目として加わる。
男性二人は昨夜レンに絡んで遊んでいた中にいた訓練生で、早速女性二人に紹介した。
既に話していたようで、さっき話していた子だ、という極めて簡易な紹介だったが。
「本当に三十五歳男性?」
「本当ですよ。」
などと軽いやり取りを交わしたところで、素図と錬盤の使い方についての講義が始まった。
実際に幾つかの素図を用いての実演を見せながら教えているので、レンにもわかり易い。
また、使うだけなら第三にいる者は既にローブと杖を使っている。
だから然程難しい内容ではない。
仕組みと構造についての内容になると、多少理解の難度が上がった。
けれどレンは問題無く把握出来る。
素図を作るために使う錬盤があった。
それはレンの肘から指先程の長さの棒状の道具で、一方の先端は赤、もう一方の先端は青に塗られている。
よく見れば三つの棒状素図が連結されており、それらが錬盤を形作っているのだとわかった。
ふと不思議に思う。
これはただ繋げただけで、素図と変わり無いのではないか。
「疑問があれば言ってみろよ、レンちゃん。」
男性教員がレンの表情を読み取ってそう言った。
レンは言葉に甘えさせてもらい、思った事を口にする。
教員は少し考え、納得したように一度頷いた。
「もしかして、レンちゃんはここへ来るまでに錬盤を見た事が無いのか?」
「はい、無いです。」
「なるほど。
それならば仕方ない。
錬盤と素図の一番の違いは、錬盤は使うだけなら誰にでも使えるというところだ。
魔力さえ蓄えられていれば、魔術を使えない者でも使えるんだ。」
レンは納得した。
だから素図の塊であっても、杖は錬盤と呼ばないのだ。
「魔術技官の仕事には、街を守る以外に錬盤への魔力供給がある。
街に住む人々の住居や商店で使っている錬盤に、魔力を供給するんだ。
魔術技官の一日の仕事は、魔力が一定以下に下がった時点で終わる。
だから皆早く終わらせるために、住民の求めには快く応える。
空を飛んで警備するのも、目を行き届かせる以外に魔力を消費する理由もある。
もちろん余計な魔術を使って浪費する事は、法律により禁止されている。
魔術技官には他の魔術技官を見張るための役職もあって、秘密裏に見張っている。
不正を行えば厳罰だ、絶対しないようにな。」
国として魔術師を使っているからには、やはりそういった法律も整備されているようだ。
そんな話題を交えつつ、講義は進んだ。
班は六つ程あり、それを教員二人で見ている。
そのため教員からの講義は半刻程度で終わり、昼までの残った時間は各自で学習に当てる事となる。
教材を読み込んだり魔術の訓練に向かったりなどだ。
他の四人は揃って魔術訓練を行うようだ。
レンも誘われ、参加してみる。
四人は街で見た魔術技官達と同様の長さの杖を腰帯から外して手に持つ。
レンも自分の短杖を持った。
途端に男性二人は笑い、女性二人は羨ましがった。
「短いな!」
「可愛い!
良いな、それ!」
好評と言えば好評だろうか。
しかし実際には剣の柄なのだから、決して短い物でも可愛い物でもない。
ただ、この軽さは女性にとって羨ましいところかもしれない。
男性二人はさっさと訓練を始めた。
標的に向けて炎や風の矢を撃ち出し、調整や強化の修得を目指すのだという。
撃ち出された魔術は、標的に当たる直前で障壁に阻まれた。
どうやら標的は錬盤であるようだ。
接近した魔術に対し障壁の魔術を使うのだろう。
女性二人の内の一人は班長を任されているらしく、レンに注意事項を説明してくれた。
人に向けて撃つ事は基本的に禁止で、障壁を張っている場合に限り認められる。
攻撃的な魔術は標的に向けてのみ使用が認められる。
移動魔術は敷地内についてのみ使用が認められる。
などなどである。
「それでレンちゃんは、どのくらい魔術を使えるの?」
班長でない、もう一人の女性が尋ねた。
どのくらいと問われて、レンは返事に窮した。
本当の事を言っても、恐らく信じてはもらえない。
また、言うわけにもいかない。
「あたしは、調整は出来るんだけど強化がまだ難しいんだよね。」
班長も話題に乗った。
「私はどちらも出来て、同時発動が二、多重発動が四というところね。
三十五歳のレンなら、もっとすごいのかしら?」
指標となる例を挙げてもらえて、レンは大いに助かった心地だ。
腕が鈍ってなければ、同時発動二十の多重発動二百であるはず。
比較すればそれが異常である事はわかる。
ここは目立たず、低めに言っておくべきだろう。
「少しだけ多く使えますね。
同時発動が三、多重発動が六です。」
「となると教員の方々と同程度ね。
三十五歳というのも、あながち嘘偽りではないみたい。」
「見せて見せて!」
ねだられて、仕方なく使って見せる。
炎矢、風矢、水矢を六ずつ、計十八の矢を作り出した。
二人は納得した様子だ。
魔術は放たず、掻き消した。
「強化も出来るのよね?」
と聞かれたので、それも見せる。
魔力感知で標的の障壁の強度を確認しておき、少量の魔力を土砲に込める。
激しい音と共に撃ち出された土の塊は障壁へと衝突し、その表面を波立たせた。
ほんの少しの強化に留めておいたが、女性二人はそれでも感嘆していた。
「さすが。
魔術に関しては、私が教わる事になりそうね。
よろしくお願いするわ。」
「あたしも!」
「それはまあ、構いませんけど。」
教員の仕事ではないだろうか。
そんな疑問を思い浮かべるが、彼女らは既にそのつもりになっていた。
ここでは魔術が作れる事さえ隠しておけば良いので、教えられる幅は広い。
教員の邪魔にならない程度なら問題無い。
そう考えて安請け合いした。
午後は魔術についての講義だ。
レンにとっては既に知っている事だが、世界が変われば考え方も変わる。
それを知るためにはちょうど良い時間となった。
(特に強化は、こっちに生まれてたら難しかったかもしれない。
外に魔力を出して、そこに注ぐ事が出来たから感覚的にもわかり易かったわけだし。)
仲間を殺された盗族、ダールセフトを加えて向かった仇討ちの探索。
その最中に彼の言葉から着想を得て気付けた技術だ。
懐かしい顔を思い出して、ほんの少し郷愁に駆られる。
奥さんや自分とユニアの名を付けられた娘二人に囲まれて、今も幸せに暮らしているだろうか。
結局再会する事は無かったが、届けられた手紙は今でも家で大切に保管してもらっている。
ユニア達を無事取り戻したら、帰ってまた読み返そう、
そう思って、ほんの少し頬を緩めた。