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城内都市のある世界 三

その日は中央北区画を巡回する担当となった。

基本的には二人一組で見回り、何かがあれば笛で周りへ報せるのだと言う。


「笛は、まず水で流す事を勧める。

時々いるのだ。

流さずに戻す者が・・・。」


この小さな笛は、巡回警備に当たる者に貸し出される物だ。

なので、誰が使ったかわからない。

そして仕事の後に流したかもわからないのだ。

トルマは水瓶から手桶で掬い、水で洗い流す。

ユニアとルナも、倣って流した。

気にしない者は構わずに使っていると言う。

だが、トルマは気になるのだろう。


笛を首に下げて北区画へと向かう。


「三から五組程で巡回は行う。

人員が確保出来れば五組で見回るのだが、斡旋所に依頼を出している事からわかってもらえると思うが、足りていない。

大規模な討伐隊が昨日出たところでな。

恐らく一ヶ月はこのままの、手の足りない状態が続く。」


ユニア達が見た、騎兵と馬車がそうだったのだろう。


「何を討伐に向かったの?」

「神の眷属だ。」


ユニアは驚き、思わずトルマへ振り返る。

この階層に来るまで嫌と言う程見て来た敵。

かつてレンが戦った邪神と同様の者共。

それを討伐しようと言うのか。


「討伐、出来るの?」

「出来る、とは言い切れんが、これまでにも戦っている。

そしてここは無事だ。

だから大丈夫だろう。」


さすが、としか思えなかった。

やはり魂の強い者達が集まっているのだ。

その力を結集して、倒して来たと言う事だろう。

眷属と戦った経験は無いが、神となら戦った。

いざとなれば何とかしてみせる。

そうは思うが出来れば何も起きて欲しくない。

自分達は帰るのだ。

そのためには、危険は少ない方が良い。




それから十数日が流れた。

借金は簡単に返済出来、それからの給料で旅に必要な物を整えた。

その一方で、気になった情報なども集めていた。

まず、この世界では他の世界が存在している事は常識だった。

行き来は出来ないが、観測するには至っていた。

そして、それが故に神に目を付けられた。

今はまだ眷属が送られて来るに留まっているが、神が姿を見せた時にどうするか。

その対策案は発表されてない。


シャードの上層は街を統治する魔術師達の住処であるらしい。

彼らは日夜世界の謎と秘密を解き明かして生き残るための、神に勝つための知識を探している。

尖塔は全てそのための施設であり、その一つ一つが特別な役割を果たしていると言う。

彼らが対策を見つけ出すか、世界が滅ぶか。

その瀬戸際に、この世界の人々は立たされていた。

魔術師達は知恵と魔術を結集して研究する。

そして魔術師でない者達は眷属と戦い、世界の滅亡を少しでも遅らせる。

シャードはそんな、世界を守る防壁の役割を持っていた。




ユニアは悩んでいた。

手元には神が作った槍の穂先がある。

もしかしたら、これがこのシャードにとって鍵になるかもしれない。

しかしこの剣は、帰るには必要な物だ。

万が一神が再び襲撃して来たら、この剣でなければ対抗出来ないように思うのだ。

いや、いつかは必ず襲撃して来る。

その時レンと合流出来ていなければどうなる。


鞘から引き抜き、その刃を見る。


神の魔力から生み出された物だから、神自身には効かないかもしれない。

思い返せばこの剣で斬り付けた時の手応えは、あまりに硬過ぎた。

あれは斬れていなかったのではないか。

であれば研究材料として引き渡すべきか。


「その考えは、正しいかもしれませんね。」

「レミレラウラ?」

「神にしろ悪魔にしろ、少なからず物質を超越しています。

それは魔力によるところが大きい。

そしてこの剣は、神の魔力で出来てしまっているのです。

そう考えれば効果が無くて当たり前、という結論に到達してしまいます。

けれどこの剣から魔力を解析出来れば、対抗手段を見つけ出せる可能性はあります。

見返りには、その研究成果をいただきましょう。

それを使って剣を作ってもらっても良いでしょうし、それがわかれば私にも何か出来る事があるかもしれません。」


この剣は、このために持って来ていたのだ。

そう考えれば興味深い巡り合わせと言える。

ユニアの口元が笑みを形作る。


「それなら、早い方が良いわね。」


ユニアはレンに声をかけ、全てを話して聞かせる事にした。




レンは全てを聞き、そして剣を捧げ持った。


「これが、神との戦いに勝つ可能性の鍵・・・!」

「そうよ。

私達がここに来たのは、そういう意味の縁だったのかもしれない。

そう思ったら、託してみるのも一興かなってね。」


レンは震える手で剣を返し、ユニアを見上げた。

その目には、強い決意が宿っている。


「わかりました、ユニアさん!

私、何としても魔術師様方に取り次いでみせます!」


レンの目は燃えていた。

愛らしく、そしてレンそっくりに。

堪えられずに腕で包み、胸に引き寄せた。

顔を埋めるように抱擁する。


「ごめん、もう可愛くて堪えられない・・・!」

「旦那さんに、こんな感じで?」

「ええ、そうよ。」

「でも私、女なんです。

嬉しくない・・・。」




レンはその日、仕事を休んだ。

そして中央区画にある上層への窓口へと向かう。

受付にはエルフの女性が座っていた。


「斡旋所の方ね?

どのような要件かしら。」

「神に勝つ可能性を旅の方が持ち込んでくれました。

直接お話したいので、面会をお願い致します。」


女性は慌てた。

前代未聞の報告だった。

すぐに上層へ繋がる念話の導具である板へと手を置く。

そして連絡を取った。




「術師長!

斡旋所から報告が!」


白一色で統一された部屋に、中級術師の青年が駆け込んだ。

そこにはエルフの青年が一人だけ立っている。

複雑に描き込まれた魔法陣の中央で精神を集中しているところだった。

常であれば、この中級術師は厳罰に処されるところだ。

しかし今回は、術師長の関心を得た。


「神に勝つ可能性を冒険者が持ち込んだと!」

「何だと?」


研究を一時中断し、術師長は告げる。


「詳しい話を聞こう。

念話の許可を出す。」

「現在は下層の受付で待たせています!」

「わかった、繋いでみよう。」




そうしてレンは、正直に話す事で術師長と話す機会を得た。


(結局正直に行く事しか、私には出来ないもの。

でも、上手く行くかどうかはここから!)


気合いを入れて、レンは念話の力を持つ板に触れた。

すると突然、頭の中に声が響いた。


(お主が斡旋所の者か。

神に勝つ可能性を得たと聞いた。

詳しく話せ。)

(彼らは私が匿っています。

詳しい話は、彼らに直接お聞き下さい。)


その言葉は術師長を苛立たせるに充分だった。

一分一秒すら惜しい時間をさらに使えと言うのだ。

あまりにも煩わしく感じていた。


(何故連れて来なかった!

我々が何をしているか、理解しているはずだろう!)

(それが行き詰まっている事も存じております。

彼らは特殊な身の上ですので、連れて来るのではなく訪ねていただくのが筋だと考えました。)

(無礼な・・・!

名を名乗れ!)

(私は斡旋所のレン。

私の家でお待ちしております。

夜なら仕事も終わってますので。)


そして板から手を離し、念話を一方的に切った。

受付に礼を言って、立ち去る。


全てを聞いてわかった事は、二人は客人だという事。

この世界には関わりの無い、ただ通りすがっただけの旅人。

二人には、この世界のためにするべき事など何も無い。

件の剣を渡す必要など微塵程も無いのだ。

にも関わらず、二人は剣を渡してくれようとしている。

レンはその気持ちに報いたかった。

しかし魔術師達は報いないだろう。

世界を救うためなら、どんな非道も行うだろう。

ならばせめて自分が矢面に立つ。

そう決めたのだ。




結局術師長は、その日の夜にはレンの家を訪ねた。

研究が行き詰まっているのは確かで、どんなものでも構わないから新しい要素が欲しかったのだ。

レンの家では、三人が食事中だった。


「あら、お客さん?

お腹は空いてるの?」

「せっかくですし、出してもらえますか?」


魔術師は面食らう。

そんな時間にちょうど訪ねてしまったのだから文句の言いようも無いが、戸惑っている内に椅子に座らされ、料理も並べられてしまった。

そして、四人の食事となる。


「先程話した、魔術師の方ですよ。」

「あ、そっか。

もう来てくれたのね。」

「ヘルエスだ。

術師長を任されている。」

「術師長様だったんですか!」


ヘルエスは呆れたようにレンを見た。

この少女のような女性が自分にここまで足を運ばせたのだと思うと、何やら複雑な気持ちだった。

あれだけの強気な念を送っていたのが、このような女性であったとは信じられなかった。

あまりに愛らしく、そして弱々しく見えた。


(しかし、何故私はこのようなところで食事などを・・・。

これだけの時間があれば、あれもこれもを精査し直せるものを。)


仕方なく、深めの器に盛られた汁物を一口啜る。

そしてその味わいに思わず溜め息を漏らした。

まともに食事をするのが数年数十年という単位で久方ぶりだった事もあったが、懐かしく安堵するような感覚に襲われた。


「ふむ、美味い・・・。」

「そう?

口に合ったなら、良かったわ。」

「私もしっかり教わらないと・・・!」


他に二品ある料理も美味しいもので、気付けばヘルエスはしっかりと楽しんでしまった。

人心地ついて、ようやく目的を思い出した。

軽く咳払いして誤魔化し、本題に入る。


「それで、神に勝つ可能性とは何だ?」


心得たように、ユニアが自分の剣を差し出した。


「これは、神が魔術で作った槍の穂先よ。」

「馬鹿な!

何故そんな物がここに!」


驚きつつも、手を伸ばす。

疑いの目で見ながら、けれど確認する。

もし本物なら、と期待せずにはいられなかった。

そしてそれを見て悟る。

これは本物だ、と。


「これが・・・、神の力か!」

「そうよ。

私はこれを提供しても良いと考えているの。

ただ代わりに、その研究成果から神を斬れる剣を作って欲しい。」

「神を、斬るだと・・・!」


鞘に収めたヘルエスは目を剥いてユニアを見た。

恐ろしい事を簡単に口にする。

まるで冗談のような気軽さを思わせる口振りだった。

けれどその目は、深刻であった。


「私はね、神を斬らないといけないの。

じゃないと、この子を守れない。

この子はね、神に食われるところだったのよ。

何とか二人で逃げて来たんだけど、いつかはまた襲撃されるわ。

だからその時のために、神を殺せる剣が要るのよ。」

「何と・・・!」


ヘルエスは考えた。

悪い話どころか、利益しか無い話だった。

神の力を解析出来れば、倒すための知識を得られるだろう。

そしてその知識を用いた剣で、彼女が神と戦う。

もちろん解析が上手く行って、その上で剣を作れればの話だ。

だがこれまでに、これ程研究し甲斐のある対象など見た事が無い。

一人の研究者としても、最高の素材だった。


「承った!

必ずや、神をも殺す剣を作ってみせよう!」


浮かぶ笑みを堪える事が出来ない。

これはこの手で研究すると決めた。

最高の技術を持って解析し、討ち滅ぼすための武器を生み出す。

それが出来れば、この世界も安泰となる。

やっと、世界を救う芽が見つかった。

ヘルエスには、感謝の思いしか無かった。


「すぐにでも取りかかろう!

出来上がったら、ここに届ける。

楽しみに待つが良い。」


椅子から立ち上がったヘルエスは、早速転移で帰って行った。

その表情は、真新しい玩具を得た子供そのものだった。


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