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戦士と盗族、仇討ちに挑む 二

異変に気付いたのは、レンだった。

狼のような魔物であるヘルハウンドが、こうも容易く不意討ちを許すのだろうか。

四階のオーガ達に比べ、五階のオーガ達は何処か動きがぎこちない。

骸骨の騎士達は、皆揃って何処を見ているのだろう。

漠然と、嫌な気配を感じていたが初めての階層であったし、気のせいだと軽く思った。

けれどちょうど一息入れたところで思い出したので、二人にそんな話をしてみた。

「確かに、ヘルハウンド相手としては、随分簡単に不意を突けたな・・・。」

「オーガも骸骨も、言われてみればそんな風だったわね。

どういう事かしら。」

帰るべきだ、二人は直感でそう思った。

目を合わせて頷く。

「帰ろう。」

「帰りましょ。」

出した結論は同じだった。

そこからは迅速に動いた。

ダールが先行し、魔物のいない道を選ぶ。

次にレンが続き、後方はユニアが守った。

しかし、手遅れだった。


「二人共、あれが見えるか。」

ダールの指し示す先を見て、二人は息を飲む。

全身鎧に兜をかぶり、巨大な剣と盾を持つ姿。

その全てがぼんやりと光を放っており、暗闇の中に浮かび上がっている。

それがゆっくりと歩いていた。

向かう先は、四階への階段。

「そんな、あいつは六階にいるんじゃなかったの?」

「さあな。

だが、言ってる場合か?」

そのまま見過ごせば、自分達よりも力の無い冒険者達が犠牲になる。

覚悟を決める外無かった。

「そうね、やるしかないわ。

レン!

剣に魔法をお願い!」

「こっちも頼む。」

二人の武器が魔力を受け、輝きを灯す。

準備は出来た。

「部屋に入ったら、行きましょ。

あそこなら充分な広さだわ。」


始めにユニアが、全速で突きを入れた。

右後方から、脇を狙って。

不意討ちは成功した。

魔物の戦士は左前方へと勢いのまま逃れ、しかし鎧の内側に着込んだ細かい鎖の帷子に阻まれたおかげか傷も無く、大剣を右手に構える。

ダールが追撃を試みるが、厚い金属鎧に阻まれてしまった。

振り上げた剣はダールを狙うが、レンの魔力の矢が剣目がけて幾条も走り、反撃を防いだ。

「すごいな、ありがとう!」

その隙にダールの小剣がさらに戦士を襲う。

今度は盾に阻まれるが、戦士の左手側に回り込んだユニアが左脇を襲った。

魔力を纏った剣が振り上げられる。

しかし刃は通らず、切断には至らない。

一方で右手側へ回ったダールが剣を持つ手の肘、肘窩を狙う。

そこにはやはり鎖帷子。

小剣の細い切っ先も通らない。

戦士は剣を軽々と二振りした。

ユニアもダールも避けるために距離を取らざるを得なくなる。

追撃に出ようとする戦士に、レンの矢が降り注いだ。

十数本の矢が突き立てられるが、衝撃による足止めにしかならない。

「相変わらずね、滅茶苦茶な防具!」

「鎖帷子すらも通せないとはな。

恐れ入るよ。」

そして大剣を枝でも振るかのように扱う膂力。

出鱈目としか言い表せない、化物であった。


「ところで今の、矢の雨はなんだ?」

「あれが、あの子の魔力の矢なのよ。」

ダールは目を、耳を疑った。

あれ程の数を撃ち出す魔術師をダールは知らない。

並の魔術師の、倍の数は放っているように見えた。

それがどれだけの魔力によるものか、考えただけでも恐ろしい事だった。

しかしそうであれば、この使い方は勿体ないと思う。

せっかくの力を拡散させていては、鎧を貫けないではないか。

言わばあの無数の矢は、ダールやユニアと同じ軽い攻撃。

その矢の魔力全てを束ねて撃てば、重い一撃とならないのだろうか。

「そんな事、出来るんですか?」

「俺は魔術師じゃないからな、わからんが。

思った事を口にしただけだ、済まんな。」

「それが、中級や上級の魔法になるんじゃないの?

まあ、私もよく知らないけど。」


考えもしない事だった。

中級には確かに矢の上位に当たる魔法はある。

魔力の槍などがそうだろう。

しかし単純に、矢に魔力を束ね集める。

そんな事が果たして可能なのだろうか。

疑問はあるが、試す価値があるように思えた。

もしそれが可能なら、中級魔法を使えないレンにとって思いもよらない切り札となろう。

「少し、時間を下さい!

試してみます!」

レンは意識を集中させた。


「そんなわけで、時間稼ぎかしら。」

「それなら何とか、やれない事も無いだろう。」

二人は戦士に襲いかかった。

二手に分かれ、前後から同時に攻撃を加える。

レンとの間にはユニアが立ちはだかり、後方からダールが鎧の隙間を狙って突き入れる。

しかしそれは、命の危機をぎりぎりのところで避け続けるような、綱渡り染みた行為となった。

凄まじい膂力をもって繰り出される大剣の一撃は、風を生む程の速度を持って二人を襲う。

剣で受け流す事すら躊躇われる斬撃に、身震いさえ起きる思いだった。

「恐ろしい剛剣ね!

片手なのに、兄さんみたい・・・!」

剣で下手に受けようものなら、この業物をもってしてもただでは済まない。

ユニアは避け続ける以外に無かった。

それでもこちらから攻撃する事を忘れない。

肘や脇、首など、金属鎧が守れない箇所目がけて斬り付け、突きを繰り出す。

しかし鎖帷子を抜けない、歪みさえ出来ているか怪しい。


そして戦士は、ダールを無視した。

小剣では有効な攻撃を受けないと踏んだのだろう。

「舐められたもんだな。」

しかし、正しい判断だと自分でも思っていた。

所詮盗族の、軽い攻撃でしかない。

金属鎧と鎖帷子で隙間無く覆われた戦士に対して、ダールが突ける弱点など無いように思われた。

(だが、このままで終わると思うなよ!)

後から、首に組みつく。

そしてその目に、小剣を突き立てた。

「これならどうだ!」

中を抉るように動かす。

が、手応えが無い。

「ダール、危ない!」

迫る剣に気付き、間一髪で離脱した。

そして、思い至る。

「ユニア!

こいつは中が無い!

鎧だけで動いているんだ!」

つまり、この恐ろしい防御性能を持った鎧自体を破壊しなければ止まらない。

絶望的な事実を前に、眩むようだった。




短杖の中で、自身の魔力がうねっているのがわかる。

さらに注ぎ込むが、それ以上は杖の容量を超えてしまう。

短い物を選んだ弊害が、ここにして来ていた。

しかし、魔石のある自分には些細な事だと思い直す。

杖の中で練れないなら、外ですれば良い。

杖から魔力を引き出し、腕の周囲で円を描く。

杖を腰へと戻し、両の手で魔力を練り上げていく。

手と手の間で円環とし、巡り巡らせ、より強く魔力を繋ぎ、練り合わせ、さらに巡らせる。

魔力は次第に円環から崩れ複雑に、滅茶苦茶に、這い回るようにうねりながら、大きく力強く膨張していった。

あまりに強い魔力は、暗い部屋を陽の下にいるかのように照らし出す。

本来目に見えない段階のはずが、術者でなくとも見えてしまう程の力がそこに集まっていた。

気付いてみれば簡単な事だった。

杖に囚われ、その中で魔力を練ろうとするから小さくまとめてしまっていたのだ。

多量の魔力を引き出した影響で立っていられず座り込んでいるが、内より生まれた膨大な力が今、この手の内にある。

そろそろ試してみるべきか。

思ったところで、指を一本立てて前へ、鎧の戦士へと向けた。

魔力はその細い指先に集中する。

想像するは、一本の矢。

初めて使った魔力の形。

右手の人差し指の先に、燦然とした一条の光が現れた。


「行きます、回避を!」

ユニアとダールが脇へ退くと同時に、光が暗闇の中を走り抜ける。

鼓膜を揺らすような轟音と共に閃光が炸裂し、鎧は部屋の端まで吹き飛んだ。

そこで壁とぶつかり、再び轟音を響かせる。

呆然とするユニアの剣が、唐突に光を放った。

音が聞こえているかのように錯覚する程、刀身が魔力を迸らせている。

「あれはまだ生きています!

ユニアさん、それで止めを!」

皆まで聞くより先に理解し、駆けた。

魔力の光に照らされて、起き上がろうともがく鎧の姿が見える。

確かに鎧は、まだ生きていた。

「兄さんの、そしてダールの仲間の、仇!」

全力で振り下ろす。

溢れ出す魔力が刃を強化し、立ち上がる鎧を縦一文字に斬り裂いた。

二つに裂かれた鎧は崩れ落ち、分かれ砕けて動きを止めた。


三人はそれぞれに、深く息を吐いた。

生きて、仇討ちを遂げる事が出来た。

鎧の戦士を止める事が出来た。

その安堵から、全身が脱力するようであった。

「やったわね、私達・・・。」

「ははは、腰でも抜けたかね。

立てん・・・。」

「私もです・・・、あはは。」

今魔物に襲われたら危ない、と思うものの、三人はそのまま、しばらく動けなかった。




剣と盾は、崩れ去らずに残っていた。

どちらも強力な装備であるはずだ。

持ち返って、有効利用したい。

そう思って剣はユニアが、盾はダールが背負った。

さらに、鎧の形すら残らぬ崩れた残骸の中に、ネックレスを見つけた。

銀色の鎖に青の宝石が輝く、美しい装飾品だった。

「あら、綺麗ね。

魔導具だと嬉しいけど。」

「色の組み合わせ的に、イルハル神を連想するな。」

言われてみれば、とレンは納得する。

錬金術師に鑑定を依頼すれば、魔導具かどうかわかるだろう。

そして魔導具であれば、その効果も。

「さて、それじゃ凱旋と行きましょ。

途中で休息しなきゃ、だけどね。」

そして三人は、帰途についた。




迷宮を出て町へと道を行く途中、ダールが遠くを見つめながら口を開いた。

「俺はこれで、引退にしようと思う。

二人のおかげで仇討ちも出来て、思い残す事も無事無くなった。

金はそこそこ稼いだから、モロウみたいにさ。

何処かに家でも買って、悠々自適に暮らそうと思うんだ。」

手に入れた戦利品もちょうど三つ。

ダールは盾をもらって、それを金に変えて今後の資金にすると言った。

「剣はモロウが使えるかもしれんし、ネックレスは魔導具なら確実に役立つだろう。

盾は、使う奴に心当たりが無いからな。

だからこれは俺がもらって、金にするよ。」

レンにもユニアにも、異論は無かった。

本当はこのまま一緒に、と思っていたのだが、ダールはこの町を出るつもりのようだった。

彼はここに家を買って、とは言わなかった。

それは、ここではない何処かなのだと察したのだ。

仲間を失ったこの町は、住み続けるには辛いのだろう。

別れは寂しく思えたが、ダール自身の選んだ道なのだから、引き留める道理は無かった。


無事何事も無く、町の西門に到着した。

ダールが足を止め、振り返る。

「それじゃ、俺はここで。

もう少しだけ町にいると思うが、俺達は冒険者だ。

そう会う事も無いだろうし。

だから、別れはここで。

世話になった。

二人共、元気でな。」

明るく笑顔を作る。

きっともう、会う事も無いのだろう。

しかしそれも、冒険者の醍醐味。

「ダールも。

良いお嫁さん、見つけられるよう祈っててあげる。」

「余計なお世話と言いたいところだが、よろしく頼んでおくか。」

ユニアは握手を交わした。

その表情に、心配する気配は無い。

ダールならば大丈夫と、信じているのだろう。

「ダールさん、ありがとうございました。

素敵な思い出です、一生忘れません。」

「俺も君ら二人の事は忘れられんだろう。

可愛い嫁さんもらって子供が出来たら、話して聞かせるさ。

素敵な、可愛らしい仲間達の事をな。」

レンとも握手を交わし、ダールは去って行った。




盾は金貨十枚で売れた。

これまでの旅での稼ぎと合わせて、充分な金額となった。

故郷を飛び出す形で離れたダールセフトには、帰る場所は無い。

しかし何処かの町で家を買い、何かを始めるには充分なものを持っている。

作物を育てて生活するのも良い。

自分の目を利かせて、商売を始めるのも良い。

(まずは、根を下ろす場所を探そうか。)




数年後、二人宛に手紙が届いた。

旅はその後もしばらく続いたが、その果てに平穏を得たと、そこには記されていた。

二人の名を娘達にもらったと言う、嬉しくも照れ臭い報告と共に。




「いらっしゃい。

珍しいね、ユニア。

何か入り用かい?」

中年を過ぎた女性が営む店に、二人は訪れていた。

少し太めの、派手な化粧の女性。

彼女がこの町一番の錬金術師だった。

「見て欲しい物があるのよ。

確か一つ銀貨一枚よね。」

銀の硬貨を二枚差し出し、ネックレスと大剣を渡す。

錬金術師は眉根をしかめ、まずはネックレスを見る。

レンには彼女が魔法を使っているとわかる。

それが鑑定の魔法なのであろう。

その魔法を使う代金が、銀貨一枚と言うわけだ。

「あの魔法って、初級には無いですよね。」

「確か中級相当の、特殊な魔法だと聞いたわ。

あなたの武器に魔力乗っける魔法みたいな。」

つまりは、使える人間の限られる魔法だった。

鑑定に似た魔法なら、初級にも存在している。

同じく使える人間が限られるが、対象物の価値を知る事が出来る。

使用者が利用している貨幣で、使用者の把握している相場をもとに結果が出るため、商人にしか使いこなせないのが難点だ。

この町の商店組合には、この魔法を使える魔術師が二人所属している。

ちなみに、レンは使えない。

「このネックレスは、なかなかのものだね。

良いものを手に入れたじゃないか。」

錬金術師は、このネックレスは修復の魔力が込められていると話す。

所持している物全ての破損状態を時間経過と共に修復していくのだそうだ。

「便利ね。

ちょうどこの剣が、あの戦士のせいでぼろぼろになっていたところだわ。

これで修理出来るわね。」

早速ユニアはネックレスを首にかけた。

それから少しだけ、鞘から剣を引き出す。

見れば刃がほんのり光を纏い、こぼれた刃が少しずつ修復されている。

「思ったより早くない?

すぐ万全になるわよ、この速度なら。」

しかし、剣だけではなかった。

ユニアの着ている上着や脚衣なども仄かに輝き、傷みが直っている。

二人は感心した。

効果を確認した錬金術師は満足そうに頷き、続いて大剣の鑑定に移った。


ツヴァイハンダーと呼ばれるこの大剣は、鍔の上にも柄があるものだ。

それにより取り回しが楽になる他、至近距離戦での運用も容易くなると言う利点がある。

「この剣には、振るう際に剣速を強化する力が込められているね。」

その力には、ユニアは心当たりがあった。

身をもって味わっている。

「あの剣速は、そういう事だったのね。

道理で速いわけだわ。」

からくりに納得した。

この剣の処遇は、モロウに相談するべきか。

レンに確認を取れば、笑顔で了承してくれる。

兄夫婦の家に剣を置き、二人は宿へ向かった。




レンは自分の新しい力に、喜びと共に怖れも抱いていた。

加減を誤れば、大惨事を招きかねない大きな力だと考えたのだ。

そもそも初級魔法しか使えないレンには大きな規模を持つ魔法は使えないのだが、強化した魔力の矢を放った時に及ぼした結果が、レンにはあまりに恐ろしいものだった。

遥かに格上の、ユニア達ですら太刀打ち出来ない相手を一撃であそこまで追い込んだ。

しかもあれは、試しに撃った程度の力なのだ。

加減がわからずある程度のところで止めたのだが、やり方を掴んだ今ならば、時間さえかければあれ以上の影響を及ぼす事が出来る。

それは、どれだけの結果をもたらしてしまうのだろう。

それを思うと、レンは恐ろしいのだ。

なるべく使わずにいたい。

それが、正直なところであった。


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