城内都市のある世界 二
レンの家は、斡旋所の北にあった。
中央通りから外れ、路地をしばらく歩いた先。
そこに庭のある一軒家が建っていた。
似たような作りの家屋が多く軒を連ねており、この近辺は住宅地なのだとわかる。
レンは玄関の鍵を開け、扉を開いた。
「さあ、どうぞ。」
遠慮無く入ると、そこは居室だった。
三人がけのソファと小さなテーブル、食事用のテーブルと椅子が四脚、食器棚には食器が綺麗にしまわれていて、その脇の戸棚には茶などが収められている。
台所にはかまどもあり、水瓶や食材などもその付近に置かれている。
奥に扉が三つ並んでいる。
「そちらは寝室と浴室、それに厠です。」
「厠が家の中にあるのね。」
「シャードでは・・・この街の名前ですが、ここでは珍しくはないんです。
真下に川がありますから。」
「ああ、そこへ流すのね。」
「そのままではなく、何か処理をするそうですが。
詳しくは知らないんですよね。」
早速覗いてみる。
木製の床面に窪みがあり、その隅に穴が空いている。
水瓶に持ち手の付いた桶が置かれており、それで流すのだとわかる。
「なるほどねえ。」
「便利ですよね。」
ついでとばかりに、隣の浴室も覗く。
広めの浴槽があり、浴槽の中と外両方に排水の穴がある。
今は水が張られておらず、空の状態だ。
「浴槽があるのね!
珍しいと思うんだけど、ここではこれも当たり前なのかしら?」
「そうですね。
以前旅の方がこの文化を持ち込んでくれまして、それからは当たり前になりました。
今は入れてませんが、水や湯は頼めば持って来てくれるんですよ。
そういう職があるんです。」
「それも斡旋してるんだ?」
「ええ、そうです。」
最後に寝室も覗く。
寝室には大きめの寝台に戸棚などが置かれていた。
寝台は、三人程度なら眠れてしまう程の物だ。
窓には布がかけられており、外からの光を遮っている。
「誰か同居してる?
寝台がかなり大きいけど。」
「いえ、一人暮らしですよ。
いつかは、結婚したいですから。
子供が出来ても・・・一緒に寝られるように、ですね・・・。」
「赤くなっちゃって・・・。
こっちのレンも可愛いわね。」
もじもじとする仕草もまたそっくりで、ユニアの中に眠る熱が刺激される。
これまでに何度と、押し倒して来た流れだった。
「駄目駄目駄目、こっちのレンは別人なんだから・・・。」
居室に戻って、気を静めた。
その夜、レンは歓喜していた。
ユニアの料理はとても美味しく、しかも家計にも配慮されたものだった。
ルナは魔術で浴槽に湯を張った。
水も湯も安価とは言え、シャードでは有料だった。
その支出を抑えられる。
「シャードにいる間、ここに住みませんか!
あちらには、私が交渉します!」
「私達にとってはありがたい話だけど、良いの?」
「食事とお湯さえやっていただければ、それで充分です!」
「私は構わないよ、叔母ちゃん。」
「それなら決まりね。
よろしく!」
「こちらこそ!」
二人の拠点が決まった。
女三人の生活が始まる。
レンは、温かい湯気に浮かぶユニアの裸体に見惚れていた。
鍛えられた、しかし行き過ぎでない筋肉の付いた身体。
しかし女性の象徴は失われず、むしろ大きな落差のある曲線を描く。
銀の長い髪は艶々として美しく、掻き上げ撫で付ける仕草は何処か男性的で、その印象の差がまた、魅力的に映るのだ。
「はあ・・・。
ユニアさん、綺麗ですねえ。」
「そう?
レンも可愛いくて良いと思うけど。」
ユニアは浴槽の、ルナの隣へ身を沈める。
レンとでルナを挟んだ。
レンがまじまじと二人を見比べている。
「こうして見比べてみると、お二人は何となく似てますね。
髪と目のせいもあるとは思いますけど。」
「多分私の母さん、お祖母ちゃんに似てるのよ。」
同じ銀の髪、同じ青の瞳を持つ二人。
顔立ちも似ているが、表情や目付きの違いがそっくりとまで言えない差異となっている。
一方で自分の夫に生き写しと言える程の女性に、ユニアの目は惹き付けられた。
だが改めて見てみれば、違いも見つかっている。
「あなたは私の旦那に似てるけど、ちゃんと見ればやっぱり別人なのよね。
しっかり大人びて見えるわ。」
「大人ですからね。
旦那さんは、子供っぽい方なんですか?」
思い出しただけでも笑みがこぼれてしまう。
可愛いらしくて強い、でも無鉄砲な愛しい夫。
今頃どうしているだろうと、心配に思っている。
早く帰らなければと気ばかり急くが、どうにもならない事だ。
「ええ、そうね。
見た目からしたら大人っぽくはあるんだけど、年を考えたら、ね。」
「お幾つなんですか?」
「私の八つ下だから・・・三十五ね。
見た目はあなたより、少し下かしら。」
「ええと・・・、ユニアさん四十三歳なのですか?
全く見えませんけど!
二十五くらいにしか、見えませんけど!」
「そういう体質なのよ、私達。」
そんな話をしながら、三人は湯から上がる。
その後も色々と雑談を交わしたが、夜が更けるとルナが眠気を訴えたので、それを区切りに三人は眠った。
ユニアの朝は早い。
窓からの光に目を覚まし、そっと抜け出して朝食と昼食を作り始めた。
そしてレンとルナが目覚める頃には、それも終わっている。
「良い奥さんですね・・・。」
「まあね。
生計は旦那が魔術で立ててくれてたから、私は家事で頑張ったのよ。」
「旦那さん、魔術師なんですか!
ルナさんもそうですし、すごいです!」
ユニアにはレンの驚き様が大袈裟に感じられたが、そこで一つの可能性に思い当たった。
この世界では、魔術師は希少なのかもしれない。
「この辺りって、魔術師は少ない?」
「比較出来るものが無いので何とも言えませんけど、大体一万人に一人いるかいないか、と言う人数ですね。」
ユニアにも物差しとなる判断材料は無いが、それが比較して少ないと言う事はわかる。
何故、強い魂の集まる上層のはずなのに魔術師が少なくなるのか。
奇妙に思えた。
レンは白いローブに着替え、ユニアは腰帯に剣を吊し、ルナは借りた小さめのバックパックを背負う。
小さな手提げの袋を手に持って、レンは二人の支度を確認した。
「お腹が見えてしまうのは、やはり色っぽいですね。」
「ちょっとねえ。
お金もらったら、まずは服ね。」
二人で苦笑いし、いよいよ仕事へと出かけた。
まずは斡旋所へと向かう。
そこで書類を回収し、レンは二人を中央区画へと連れて行った。
そこに二人が雇われる先、兵舎がある。
レンが担当者への取り次ぎを頼むと、すぐに奥へと通された。
内容のすり合わせが行われ、無事契約が結ばれる。
「二ヶ月間、よろしく頼むよ。」
「こちらこそ、よろしく!」
中年程と思われる男性オーガの担当者と握手を交わす。
彼が外に声をかけると、兵が一人やって来た。
「短期兵士の新人だ。
二人一組で運用する以外には、特に注意点は無い。
面倒見てやれ。」
「了解です。」
そちらの兵は、見上げる程に大きな人間だった。
巨人だと考えられる。
ユニアより頭五つ分は背の高い男性兵士で、両手で扱う大きさの剣を腰に下げている。
鎧も大きく重そうな物を身に付け、素晴らしく力強い印象を受けた。
巨人の兵は書類を受け取り、ざっと目を通す。
一つ頷くと、それを担当者へと返してユニア達を指で呼んだ。
「彼はトルマ。
無口だが、実直な青年だ。
彼に任せておけば間違いは無い。
色々教わると良い。」
「いってらっしゃい。
終わったら斡旋所まで来て下さい。
終わるのは多分、私の方が遅いですから。」
わかった、と二人に返し、ユニアとルナはトルマの後を追った。
そして二人は部屋に残された。
しかし何故か、二人の間には緊張が走っている。
「さて、グザさん。
宿泊費用についてですが。」
「おやおや、レンさん。
指定の宿でない以上、それは支給されないはずじゃないか。」
こうして、レンの戦いが始まった。
トルマはまず、ユニアとルナに支給品の一覧を見せた。
倉庫入口脇に貼られた掲示物を屈んで指差しながら教えている。
面倒に思う様子も無く、ルナのような無表情さで淡々としていた。
「鎧かローブか、どちらか必ず着てくれ。
それを見て、皆は見分けている。」
「兵士だって証明ね?
わかったわ。」
支給品には他に厚地の布を使った中型のバックパックや手袋、帽子などの布製品から、籠手や兜、ブーツ、すね当てなどの革や金属の防具類もあった。
武器もあるが、これは何も持っていない者限定であるようだった。
「支給された物は、辞める際に返却する必要がある。
壊れた場合は、その時点で返却してくれ。
特に鎧とローブは必ずだ。」
兵士になりすまされる事を防ぐのだろう。
倉庫に入ると、一覧にあった物が綺麗に陳列されていた。
ユニアはバックパックを手に取り、見る。
無骨な見た目だが、使い勝手は良さそうだ。
内側に小分けの袋が幾つか付いており、用途に合わせて使い分けられる。
そして何より、生地が丈夫だった。
旅に使うには小さいが、参考にはなった。
「ルナ。
何か使いたいのあった?」
「特に無い。」
「あらそう。
それじゃ、ローブ二着だけかしらね。」
トルマは怪訝に二人を見やる。
「武器は、要らないんだな?」
「ええ、大丈夫よ。」
と言いつつ、見るだけは見る。
武器の店で見た、幾つかの知らない物があるかもしれない。
そう思って見てみると、やはりあった。
「この曲がった棒、何?」
「銃か。
火薬と呼ばれる爆発する物質を使って、金属の弾を撃ち出す武器だ。
支給されるのは本体のみで、火薬も弾も支給されない。
高いのだ。」
「銃ね・・・。
面白いわね、こんなのあるんだ。」
「弩の方が扱い易く安価だ。
わざわざ銃を選ぶ者は少ない。」
高価だと言われてしまえば、手を出し難い。
そっと戻した。
「では、仕事に行こう。
今日は街の巡回だ。」
「了解!」
差し出されたローブを二人で羽織る。
「・・・前は閉めて、腹を隠してくれ。」
「あら、ごめんなさい。
気になってた?」
「ま、多少は・・・。」
トルマは頬を染めた。