魔術師が希少な世界 三
夥しい数のオークだったが、それでも二百を超える冒険者達には敵わなかった。
「結構な数でしたね。」
「三百くらいかな?
多分隊商を狙ったんだよ。
色々な物を積んで来てるからね。
町はそのついでだと思う。」
時折ある事なのだと言う。
魔物にも当然徒党を組む者がいて、数が増えればそれだけ食料や物資が要る。
隊商は、彼らにとっては良い獲物に見えるのだ。
「町に入って足が止まったからついでに、ってところ。
数は多かったからね。
でも隊商が来てなかったら町は危なかったかも。」
「食い詰めた彼らに、ですか。」
恐ろしい事だ。
そうなっていたら自分はどうしただろう、レンは考えてしまう。
ユニア達を助けるためなら逃げるべきなのだろう。
しかしレンは残る選択をしたと、自分で思うのだ。
そして小剣で限界まで戦い・・・。
その時は、メスティファラスが意志を継いでくれるはずだが。
宿に戻れば、主人が鍵を渡してくれた。
「お疲れさん!
ありがとな!」
笑顔で受け取って、部屋へと戻った。
他の冒険者達は夜通しで戦勝を祝うつもりのようだったが、二人は参加する気にならなかった。
レンは明日からに備えておきたかった。
そのために、早めに宿を取ったのだから。
そんなレンに女性も付いて来ていて、二人で宿に戻った。
「明日からまた護衛の仕事だし。
休みたいよ。」
と言う事だった。
部屋で外套を脱ぎ、腰帯を外して、靴も脱いで寝台に腰かける。
女性はまた装備を一つ一つ外しており、終わったところでレンと同じに寝台へと座った。
「君、すごかったね。
動きが他の冒険者と比べて段違いだった。
これまで、頑張って来たんだ?」
「ええ、まあ・・・。」
「こんなに可愛いのに、凄腕。
びっくりしたよ。」
「そちらこそすごい突きでしたよ!
正確で鋭くて、追い詰めるような攻撃の連続で!
とっても格好良かったです!」
「そう?
ありがと。」
ところで、と女性が切り出す。
「さっきの続きだけどさ。
何で魔術師探してた?」
レンは困った。
話しても、レン達には特に問題は無い。
突拍子もない話であるし、そもそも信じられないだろう。
しかし世界についての話など、軽々に広めて良いとは思えなかった。
その辺りは冒険者と言う事で、誤魔化しに応じてもらう外無いと考えた。
「実は、妻が拐われてしまいまして。
その手がかりとして、魔術についての情報を集めているんです。」
「・・・魔術師に拐われた?」
「いえ、違います。
魔術がその助けになるんです。」
嘘はついていない。
しかし、本当の事とも言い切れない。
そんな微妙な線で、話をする。
「と言うか、奥さんいるんだ?
見えないね。」
よく言われると返し、二人でくすくすと笑う。
「奥さんか。
それは助けたいよね。
どんな魔術を探してるの?」
「どんなと言うか、詳しくないので見てみない事には・・・。」
女性は立ち上がる。
そして腰帯から剣を鞘ごと外した。
部屋の少し広めの空間に立つ。
「まさか!」
「そ。
見せてあげるよ、魔術を!」
鞘に収めたままの剣で床を突く。
柄を持つ手から剣へ、鞘へと魔力が流れ、床へと達した瞬間、魔力は陣を為した。
思わずメスティファラスも小さく呟いてしまう。
「あの剣、杖だったのか!」
「もしかして、魔法銀!」
「そう!
君の剣と同じ、魔法銀の剣!」
陣は輝き、その光を噴き上げる。
そして彼女の指し示した先、レンに魔力が収束する。
引き起こされた魔術がもたらす感覚に、レンは覚えがあった。
「書いていたな。」
「はい。
書いて、治療の魔術を使いましたね。」
「文字の次は陣か・・・。」
「もう、何が来るかわかりませんよ。」
女魔術師は、得意気にレンを見る。
「どう?
助けになれた?」
「はい!
ありがとうございました!」
レンは満面の笑みで頭を下げた。
後は自分で使えば適応出来る。
これで、次に行ける。
「それで、何の助けになるのさ?」
「魔術の使い方が見れたので。
それさえわかれば大丈夫です!」
「よくわからないね。
わかったら、何かあるの?」
本当は冒険者の不文律で済ませたかった。
けれど、見せてもらって何も知らせないのも不義理に思える。
「少しくらい見せてしまうか?」
「そうですね。
少しだけなら良いですよね。」
小さな声で意思確認し、二人共同じ意見なので見せる事に決まった。
レンの指先に魔力の光が点る。
そこから空中に陣が広がり、弾けた。
粒となった光が魔術師へと集まり、その身体に作用する。
微かに付いていた浅い傷が消え、感じていた疲労が吹き飛んだ。
「何それ!
空中になんて、見た事無い!
それに君、杖も無しに・・・!」
「どちらも技術次第で出来る事ですよ。」
突然、魔術師はレンの肩を掴む。
その目に込められた力は凄まじく、レンは思わず仰け反った。
寝台に押し倒され、押さえ付けられるようになる。
「今夜だけで良いから、それを教えて!」
「い、良いですけど・・・。」
強い気迫で迫られているとは言え、彼女は美しい人物だ。
レンは恥ずかしそうに目を伏せた。
許可を得て、魔術師は喜んで抱き締める。
そして一夜だけの、師弟関係が結ばれた。
そうは言っても一日二日で出来るものでもない。
経験の無い事を身に付けようと言うのだから、段階的に進められるよう教えておく必要があった。
これには、アレンティエルに教えた経験が活きた。
前法王は、魔術の経験を持たなかった。
それ故に魔力の引き出し方から教える必要があったのだ。
同じように教えられるだろう。
「まずは指先に魔力を集めましょう。
杖に流していたやり方を途中で塞き止めるだけです。」
「それがまずわからないって。」
「杖に指一本で触れ、魔力を流して下さい。
それを指先で留める。
それが出来るようになれば、次の段階です。」
次には集めた魔力を空中に放出する。
まだ形は為さしめず、ただ放出するだけである。
これを繰り返し、容易く出来るようになったらさらなる段階へと進む。
そうして実演を交えて、考え方や要点などを合わせて伝えていく。
「こんな難しい事をよく出来るね・・・!」
「慣れですよ、慣れ。
魔力の拡散も、最終的には無くせますし。
そうなると杖を使う意味も無くなってしまうので楽ですよ。」
「そこまでが、すごく楽じゃないんだけど。」
先を思うと遠く感じたが、それでも新たな可能性に期待を隠しきれない。
集中していたために、気付けば朝となっていた。
結局一睡もせず、夜通しで魔力制御についての講義を行ってしまった。
その事に、二人は思わず笑い声を上げる。
「ごめん、付き合わせたね。」
「構いません。
楽しかったですし。」
それぞれに荷物から食事を出し、朝食とした。
その間も二人は魔術の話を続ける。
魔術師も普段出来ない話だったからか、よく喋った。
彼女が、自分が魔術を五つしか使えない事や師からみだりに見せたり広めたりしてはならないと厳しく言われた、などと自分の事を話せば、レンもつい口が滑って要素の話などしてしまったりした。
それは秘密と言う事で頼んで、魔術師もそれが本当なら自分の強みになると、広めない約束をする。
そして二人でまた笑い、楽しい時間が過ぎて行く。
「それじゃ、先に行くよ。
そろそろ隊商が出る頃合いだから。
また会えたら、成長したところを見せるね。」
「はい!
楽しみにしてます!」
きっと、二度と会う事は無い。
しかしそれをわざわざ言うのは無粋というものだ。
二人は笑顔で別れ、魔術師は隊商の馬車へとローブ姿で飛び乗って行った。
それを窓から見送り、軽く手を振る。
二十の馬車と二百の冒険者達が町を出る。
町の人々にも見送られ、また長い旅へと出発して行った。
そしてレンも、隊商とは違う方向へと町を去る。
(魔術師さん、良い人だったな。
会えないかと思ってたけど、会えて良かった。)
森の中へと向かう。
採集のために使っていた森で、昨夜はオーク達が姿を現した。
今朝は静かで、誰の魔力も感じられない。
「次へ行くか。」
「はい!」
二人は世界を去る。
より上層へとずれ、次の世界へ。
出会いと別れを繰り返し、一歩ずつ確実に、大切な三人の下へと辿り着くために。