魔術師が希少な世界 二
この世界に来てから六日目の朝を迎えた。
日の光を浴びて身体を起こし、水と保存食を出して朝食とした。
食べ終わったところで髪を櫛で梳き、今日は三編みにする。
「手慣れたな。」
「手慣れちゃいましたね。」
三編みにすると、義姉であるティカを思い出す。
泣き崩れた姿。
まだまだ鮮明に思い出せた。
必ずルナを連れ帰ると、自らを奮い立たせる。
「今日こそ隊商が来てくれる事を願おうか。」
「そうですね。
そして、魔術師がいる事も。」
毎朝願う事だ。
今日こそ、今日こそはと願って、朝を迎える。
そうして四回、叶わなかった。
「今日こそは・・・。」
しかし、願わずにはいられなかった。
中央通りへ出ると、レンは驚いた。
人混みに圧倒される。
そして同時に、期待が高まった。
「いよいよ見えたって?」
「物見の衛兵が言ってたし、間違い無いって。」
「ここで一泊して行くんでしょ?
どんな物売ってるんだろ!」
「馬車二十に護衛が二百だってよ。
聞いたか?」
人々の話を聞いていると、こちらまで浮き立ってくるようだった。
レンの頬が紅潮し、目が輝く。
「いよいよ来たか。」
「待ってましたよ!」
しかしレンのその様子からでは、何を待っていたのか怪しくなる。
「レン。
まず何を探す?」
「武・・・じゃなくて!
魔術師様に決まってるじゃないですか!」
「武器を見たかったのか・・・。」
確かに今持っている小剣では、先に遭遇したような魔物には勝てない。
新しい武器が必要だ。
「だって、これから先絶対必要だと思うんですよ・・・。」
「わかっている。
まず武器を見て、それから探したとしても遅くはないだろう。
隊商が町を去るのが明日なら、聞き込む時間など幾らでもある。」
「そうですね!」
途端に、目に輝きが戻る。
(こんなに武器、好きだったか?)
隊商が町に到達した。
中央通りを完全に占拠し、商人達が商売を始める。
レンはすぐに武器の一角へ向かい、物色に入る。
武器に真っ直ぐ群がるのは冒険者くらいのもので、案外混雑しなかった。
もちろん混雑していないだけで、客は多い。
その中で、レンとメスティファラスが同時に目を留めた剣があった。
レンはすぐに手に取る。
刃渡りは、長剣としては短い部類。
形は真っ直ぐの直剣でやや幅広。
刃は鋭く、緩やかな線を描く。
鍔は刃よりほんの少し出る程度の短い物。
柄が長めで、レンの手なら両手で握れた。
柄頭は特に変哲の無い形だ。
鞘は木製、特筆すべき事の無い無難な物。
値段、銀貨六枚。
(危ない!)
(ぎりぎりだったな。)
即刻購入した。
小剣は下取りに出したところ、銅貨二十枚だった。
「銀貨、使わずにおいて良かったな。」
「ええ!
こんなに良い物を買えるとは・・・。」
「気付いているか?」
「材質、ですね?」
「恐らく、魔法銀。」
「別名、ミスリル。
頑丈な上に魔力を通す、希少な金属です。」
「しかし、見た目ではただの銀。」
「魔力を扱える者でなければ、それに気付けません。」
「この先その力を使えるかはわからん。」
「けれど魔法銀の頑丈さなら、それだけで助けになります。」
「・・・あの商人、大損だな。」
「商売の世界は厳しいですね・・・。」
二人は世の無情を噛み締めつつ、本来の目的へと戻った。
護衛の冒険者達に話を聞くと、確かに魔術師は一人だけ同行していたようだ。
ローブをフードまですっぽりとかぶり、顔さえ見せなかったと言う。
声も発さなかったせいで、性別もわからない。
身長は男性としては低め、女性としては高め。
長い杖を持っていた事から魔術師であるとわかる。
そんな人物だったらしい。
「町に着くなり何処かへ行ってしまったよ。
杖や荷物は預けたままだそうだから、また戻って来るとは思う。
ただ、前の町でもそうだったが、戻るのは出発する直前なんだ。
多分、煩わされるのが嫌なんだろう。
だから君も、見かけてもあまりしつこく接触しないであげて欲しい。」
どうやら、人嫌いであるらしい。
レンとしても無理に頼むつもりは無かった。
ただ、その時には事情を聞いてもらおうと考えている。
どうしても、必要な事なのだから。
しかし、魔術師の行方は杳として知れなかった。
ローブ姿の人影が路地に消えた事は聞けた。
しかし、そこからは全く追えない。
こんな事に慣れているのだろう。
こうなってはもう辿れない。
護衛として雇ってもらおうと聞いてみると、間に合っていると断られた。
「別の人を探すしか無いのでしょうか・・・。」
「出発の時を狙う手段もあるが、お前はしたくないのだろう?
人の迷惑となる事を嫌うからな。」
メスティファラスにはレンの考え方は把握出来ている。
レンは、その類いの事が出来ない人間だ。
手段がそれしか無くとも、出来ないものは出来ない。
なのに迷うのだ。
「レン。
ユニアなら、どう思うかな?
自分のためとは言えお前がそんな事をしたと知ったら、ユニアはどうするだろうな?」
「・・・怒りますね。
そうですよ、ユニアはきっと怒ります。
別の人を探しましょう!
ありがとうございます、メスティファラスさん!」
(こうして支えてやるのも、俺の役割だ。)
この小さな相棒は、度々迷い悩む。
そんな時にはこうして道を示す。
それも自分の役割だと、メスティファラスは思うのだった。
その日は宿を取った。
明日にはここを発つ。
そのつもりだった。
だから早めに宿を取り、ゆっくり休むつもりだった。
そんなレンを主人が訪ねて来た。
「お客さん、済まないんだが相部屋を頼めないかね?」
「いっぱいになっちゃいましたか。」
「そうなんだよ。
ここは二人部屋だからさ、一人だけ受け入れてもらえると助かるんだ。」
「構いませんよ。」
「ありがとよ!」
そうして連れて来られたのは、女性だった。
「え!
ちょ、ちょっと・・・!」
「じゃ、そういう事で。」
主人はさっさと引き上げて行く。
「相部屋、受けてくれてありがとね!
一泊だけよろしく!」
「よ、よろしくお願いします・・・。」
挨拶しながら、彼女は肩に担いでいた荷袋を下ろす。
明るい笑顔の、悪戯好きそうな目付きの美人だ。
髪はぎりぎり女性らしく見える短さの赤。
瞳も燃えるように赤い。
肌は白く、唇の赤が際立って見えた。
革の胸当てを外すと、すっきりした顔立ちに似合わない程大きなものが姿を現し、弾む。
腰の、鍔の無い細身の剣も革の腰帯ごと外し、寝台に立てかけた。
革の籠手を外して机に置き、寝台に腰かけて革のブーツも脱ぐ。
そして一息と言う様子で寝転がった。
黒いぴったりとした上着に、腰回りの線が露な短い革の脚衣と言う服装だ。
「そうだ、もしかして君。
隊商で魔術師探してなかった?」
「え?
はい、探してましたけど。」
「可愛い子が魔術師探してたって、護衛の間で噂になってたわよ?
やっぱり君の事だったか。」
戦士らしき女性は笑う。
彼女も護衛の一人なのだと思われた。
そして仲間達から聞いたと言う事だ。
余程目立っていたのだろう。
恥ずかしくなって顔を赤くし、それを隠したくて頬を手で覆った。
「本当に可愛いねえ。」
「そんな事・・・。」
くすくす笑われて、益々赤くなってしまう。
そんな時に、外が突然騒がしくなった。
「東だ、東から来てるぞ!」
「急げ急げ!」
「住民の避難誘導急げ!」
レンと女性は顔を見合わせる。
そしてすぐに支度に取りかかった。
レンは腰帯を巻き、剣を吊るす。
外套を纏ってブーツを履いた。
女性もすぐに腰帯を巻く。
ブーツに足を突っ込みつつ胸当てを当てた。
「背はやります。
籠手を!」
「ありがと!」
レンは手早く背の金具を留め、固定する。
その間に彼女は籠手を付けて、それからブーツの金具も留めた。
「行くよ!」
「はい!」
部屋から出れば、他の部屋からも冒険者達が飛び出して行く。
レンは鍵をかけて、出がけに主人へと渡した。
「はいよ、いってらっしゃい!」
「いってきます!」
そんなやり取りが何だか嬉しくて、つい笑顔がこぼれる。
先を走る女性を追って、二人で東へと向かった。
「何?
可笑しな事あった?」
「いえ、こういうの久しぶりだったもので。」
ふふ、と女性も釣られて笑い、気負いが消えた。
「余裕あるね。
結構場数、踏んでるの?」
「冒険者、長いですから。」
「長いって言ったって、君幾つよ?」
と話している内に、戦場へと到達した。
敵は、先日レンが逃げ出したオークともコボルドとも見える魔物だった。
森から次々に溢れ出して来ており、先に来ていた冒険者達と戦い始めている。
「オーク!
こんなにたくさん来るなんて・・・!」
女性は駆け出す。
「オークなんですね・・・。」
「あれがオークか。
随分毛深くなったな・・・。」
レンも遅れずに続く。
新調した魔法銀の剣を抜き、女性を襲おうとするオークを叩き斬る。
小剣より重く、両手の力でしっかり斬れる。
おかげで、ただのひと振りで左腕を斬り離した。
続けて左脇から右肩へと、脚も使って跳ぶように斬り上げ、脳天に振り下ろす。
素早く避けて、返り血は浴びない。
「へえ、やるね!」
女性は細身の剣で突きを繰り出し、オークの機先を制して貫く。
連続で突きを見舞い、最後に鋭く心臓へと刺す。
こちらも素早く退き、返り血を避けた。
「そちらも、お見事です!」
二人で連携し、お互いがお互いを補い合う位置取りで戦う。
そんな時に、メスティファラスが小さく呟いた。
「レン、魔法銀の力を試しておかないか?」
「そうですね。
良い機会です。」
剣に付着する血をひと振りで払い、左の指先に魔力の光を点した。
その指で、刀身を撫でる。
青白い輝きが刀身に行き渡り、ぼんやりと光を放ち始めた。
「それは・・・!」
「魔法銀の剣ですよ。」
オーク目がけて振り下ろせば、刃が縦一文字に斬り裂いて一撃で仕留める。
「さすがだな、この剣は。
レンの魔力を受けて、その基礎能力を大きく向上させている。
これで魔術が無くとも、ある程度は戦えるな。」
「結局剣が届かないと駄目ですからね。
魔術師としては、やはり物足りないです。」
「贅沢な事だ。」
赤毛の戦士が突き、レンが斬る。
冒険者達も次々迎撃に現れ、オークの集団は次第に押され、その数を減らす。
やがて逃亡する者が出始めて、戦いは決した。
二人は剣の血を払い、鞘へと収める。
そして賑やかに騒ぐ冒険者達に紛れ、そっと宿に向かった。