表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
106/114

魔術師が希少な世界 二

この世界に来てから六日目の朝を迎えた。

日の光を浴びて身体を起こし、水と保存食を出して朝食とした。

食べ終わったところで髪を櫛で梳き、今日は三編みにする。


「手慣れたな。」

「手慣れちゃいましたね。」


三編みにすると、義姉であるティカを思い出す。

泣き崩れた姿。

まだまだ鮮明に思い出せた。

必ずルナを連れ帰ると、自らを奮い立たせる。


「今日こそ隊商が来てくれる事を願おうか。」

「そうですね。

そして、魔術師がいる事も。」


毎朝願う事だ。

今日こそ、今日こそはと願って、朝を迎える。

そうして四回、叶わなかった。


「今日こそは・・・。」


しかし、願わずにはいられなかった。




中央通りへ出ると、レンは驚いた。

人混みに圧倒される。

そして同時に、期待が高まった。


「いよいよ見えたって?」

「物見の衛兵が言ってたし、間違い無いって。」

「ここで一泊して行くんでしょ?

どんな物売ってるんだろ!」

「馬車二十に護衛が二百だってよ。

聞いたか?」


人々の話を聞いていると、こちらまで浮き立ってくるようだった。

レンの頬が紅潮し、目が輝く。


「いよいよ来たか。」

「待ってましたよ!」


しかしレンのその様子からでは、何を待っていたのか怪しくなる。


「レン。

まず何を探す?」

「武・・・じゃなくて!

魔術師様に決まってるじゃないですか!」

「武器を見たかったのか・・・。」


確かに今持っている小剣では、先に遭遇したような魔物には勝てない。

新しい武器が必要だ。


「だって、これから先絶対必要だと思うんですよ・・・。」

「わかっている。

まず武器を見て、それから探したとしても遅くはないだろう。

隊商が町を去るのが明日なら、聞き込む時間など幾らでもある。」

「そうですね!」


途端に、目に輝きが戻る。


(こんなに武器、好きだったか?)




隊商が町に到達した。

中央通りを完全に占拠し、商人達が商売を始める。

レンはすぐに武器の一角へ向かい、物色に入る。

武器に真っ直ぐ群がるのは冒険者くらいのもので、案外混雑しなかった。

もちろん混雑していないだけで、客は多い。

その中で、レンとメスティファラスが同時に目を留めた剣があった。

レンはすぐに手に取る。

刃渡りは、長剣としては短い部類。

形は真っ直ぐの直剣でやや幅広。

刃は鋭く、緩やかな線を描く。

鍔は刃よりほんの少し出る程度の短い物。

柄が長めで、レンの手なら両手で握れた。

柄頭は特に変哲の無い形だ。

鞘は木製、特筆すべき事の無い無難な物。

値段、銀貨六枚。


(危ない!)

(ぎりぎりだったな。)


即刻購入した。

小剣は下取りに出したところ、銅貨二十枚だった。




「銀貨、使わずにおいて良かったな。」

「ええ!

こんなに良い物を買えるとは・・・。」

「気付いているか?」

「材質、ですね?」

「恐らく、魔法銀。」

「別名、ミスリル。

頑丈な上に魔力を通す、希少な金属です。」

「しかし、見た目ではただの銀。」

「魔力を扱える者でなければ、それに気付けません。」

「この先その力を使えるかはわからん。」

「けれど魔法銀の頑丈さなら、それだけで助けになります。」

「・・・あの商人、大損だな。」

「商売の世界は厳しいですね・・・。」


二人は世の無情を噛み締めつつ、本来の目的へと戻った。




護衛の冒険者達に話を聞くと、確かに魔術師は一人だけ同行していたようだ。

ローブをフードまですっぽりとかぶり、顔さえ見せなかったと言う。

声も発さなかったせいで、性別もわからない。

身長は男性としては低め、女性としては高め。

長い杖を持っていた事から魔術師であるとわかる。

そんな人物だったらしい。


「町に着くなり何処かへ行ってしまったよ。

杖や荷物は預けたままだそうだから、また戻って来るとは思う。

ただ、前の町でもそうだったが、戻るのは出発する直前なんだ。

多分、煩わされるのが嫌なんだろう。

だから君も、見かけてもあまりしつこく接触しないであげて欲しい。」


どうやら、人嫌いであるらしい。

レンとしても無理に頼むつもりは無かった。

ただ、その時には事情を聞いてもらおうと考えている。

どうしても、必要な事なのだから。




しかし、魔術師の行方は杳として知れなかった。

ローブ姿の人影が路地に消えた事は聞けた。

しかし、そこからは全く追えない。

こんな事に慣れているのだろう。

こうなってはもう辿れない。

護衛として雇ってもらおうと聞いてみると、間に合っていると断られた。


「別の人を探すしか無いのでしょうか・・・。」

「出発の時を狙う手段もあるが、お前はしたくないのだろう?

人の迷惑となる事を嫌うからな。」


メスティファラスにはレンの考え方は把握出来ている。

レンは、その類いの事が出来ない人間だ。

手段がそれしか無くとも、出来ないものは出来ない。

なのに迷うのだ。


「レン。

ユニアなら、どう思うかな?

自分のためとは言えお前がそんな事をしたと知ったら、ユニアはどうするだろうな?」

「・・・怒りますね。

そうですよ、ユニアはきっと怒ります。

別の人を探しましょう!

ありがとうございます、メスティファラスさん!」

(こうして支えてやるのも、俺の役割だ。)


この小さな相棒は、度々迷い悩む。

そんな時にはこうして道を示す。

それも自分の役割だと、メスティファラスは思うのだった。




その日は宿を取った。

明日にはここを発つ。

そのつもりだった。

だから早めに宿を取り、ゆっくり休むつもりだった。

そんなレンを主人が訪ねて来た。


「お客さん、済まないんだが相部屋を頼めないかね?」

「いっぱいになっちゃいましたか。」

「そうなんだよ。

ここは二人部屋だからさ、一人だけ受け入れてもらえると助かるんだ。」

「構いませんよ。」

「ありがとよ!」


そうして連れて来られたのは、女性だった。


「え!

ちょ、ちょっと・・・!」

「じゃ、そういう事で。」


主人はさっさと引き上げて行く。


「相部屋、受けてくれてありがとね!

一泊だけよろしく!」

「よ、よろしくお願いします・・・。」


挨拶しながら、彼女は肩に担いでいた荷袋を下ろす。

明るい笑顔の、悪戯好きそうな目付きの美人だ。

髪はぎりぎり女性らしく見える短さの赤。

瞳も燃えるように赤い。

肌は白く、唇の赤が際立って見えた。

革の胸当てを外すと、すっきりした顔立ちに似合わない程大きなものが姿を現し、弾む。

腰の、鍔の無い細身の剣も革の腰帯ごと外し、寝台に立てかけた。

革の籠手を外して机に置き、寝台に腰かけて革のブーツも脱ぐ。

そして一息と言う様子で寝転がった。

黒いぴったりとした上着に、腰回りの線が露な短い革の脚衣と言う服装だ。


「そうだ、もしかして君。

隊商で魔術師探してなかった?」

「え?

はい、探してましたけど。」

「可愛い子が魔術師探してたって、護衛の間で噂になってたわよ?

やっぱり君の事だったか。」


戦士らしき女性は笑う。

彼女も護衛の一人なのだと思われた。

そして仲間達から聞いたと言う事だ。

余程目立っていたのだろう。

恥ずかしくなって顔を赤くし、それを隠したくて頬を手で覆った。


「本当に可愛いねえ。」

「そんな事・・・。」


くすくす笑われて、益々赤くなってしまう。

そんな時に、外が突然騒がしくなった。


「東だ、東から来てるぞ!」

「急げ急げ!」

「住民の避難誘導急げ!」


レンと女性は顔を見合わせる。

そしてすぐに支度に取りかかった。

レンは腰帯を巻き、剣を吊るす。

外套を纏ってブーツを履いた。

女性もすぐに腰帯を巻く。

ブーツに足を突っ込みつつ胸当てを当てた。


「背はやります。

籠手を!」

「ありがと!」


レンは手早く背の金具を留め、固定する。

その間に彼女は籠手を付けて、それからブーツの金具も留めた。


「行くよ!」

「はい!」


部屋から出れば、他の部屋からも冒険者達が飛び出して行く。

レンは鍵をかけて、出がけに主人へと渡した。


「はいよ、いってらっしゃい!」

「いってきます!」


そんなやり取りが何だか嬉しくて、つい笑顔がこぼれる。

先を走る女性を追って、二人で東へと向かった。


「何?

可笑しな事あった?」

「いえ、こういうの久しぶりだったもので。」


ふふ、と女性も釣られて笑い、気負いが消えた。


「余裕あるね。

結構場数、踏んでるの?」

「冒険者、長いですから。」

「長いって言ったって、君幾つよ?」


と話している内に、戦場へと到達した。

敵は、先日レンが逃げ出したオークともコボルドとも見える魔物だった。

森から次々に溢れ出して来ており、先に来ていた冒険者達と戦い始めている。


「オーク!

こんなにたくさん来るなんて・・・!」


女性は駆け出す。


「オークなんですね・・・。」

「あれがオークか。

随分毛深くなったな・・・。」


レンも遅れずに続く。

新調した魔法銀の剣を抜き、女性を襲おうとするオークを叩き斬る。

小剣より重く、両手の力でしっかり斬れる。

おかげで、ただのひと振りで左腕を斬り離した。

続けて左脇から右肩へと、脚も使って跳ぶように斬り上げ、脳天に振り下ろす。

素早く避けて、返り血は浴びない。


「へえ、やるね!」


女性は細身の剣で突きを繰り出し、オークの機先を制して貫く。

連続で突きを見舞い、最後に鋭く心臓へと刺す。

こちらも素早く退き、返り血を避けた。


「そちらも、お見事です!」


二人で連携し、お互いがお互いを補い合う位置取りで戦う。

そんな時に、メスティファラスが小さく呟いた。


「レン、魔法銀の力を試しておかないか?」

「そうですね。

良い機会です。」


剣に付着する血をひと振りで払い、左の指先に魔力の光を点した。

その指で、刀身を撫でる。

青白い輝きが刀身に行き渡り、ぼんやりと光を放ち始めた。


「それは・・・!」

「魔法銀の剣ですよ。」


オーク目がけて振り下ろせば、刃が縦一文字に斬り裂いて一撃で仕留める。


「さすがだな、この剣は。

レンの魔力を受けて、その基礎能力を大きく向上させている。

これで魔術が無くとも、ある程度は戦えるな。」

「結局剣が届かないと駄目ですからね。

魔術師としては、やはり物足りないです。」

「贅沢な事だ。」


赤毛の戦士が突き、レンが斬る。

冒険者達も次々迎撃に現れ、オークの集団は次第に押され、その数を減らす。

やがて逃亡する者が出始めて、戦いは決した。

二人は剣の血を払い、鞘へと収める。

そして賑やかに騒ぐ冒険者達に紛れ、そっと宿に向かった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ