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冒険者でない世界 二

シラナの宿では主に調理を担当したが、接客も出来なくはなかった。

全くやらなかったわけではないし、ユニアやテヘラを見ていたから要点は知っている。

二人のように出来る気は、まるでしなかったが。


「いらっしゃいませ!」


案内までする必要は無いとの事だった。

挨拶の声をかけて注文を取り、正確に伝える。

そして出来た物を正確に運ぶ。

それだけならむしろ向いている。

レンは客をあしらう事が恐ろしく苦手だった。

しかしそこは、ユニアやテヘラを思い出して立ち回ろうとする。

ユニアは巧みに身をかわしていた。

テヘラは金を請求する事で悩ませて回避していた。

たまに本当に払おうとする客がいて、さすがにシラナに叩かれていたが。

それがまた笑いを誘って、場を和ませたりした。

テヘラの真似はレンには厳しいので、ユニアを見習って避けておく。

ユニアが上手いのは、紙一重で避けるところだ。

おおきな動作ではないから、他の客の目に止まり難くい。

何事も無く通り過ぎるので、他の客が我も我もと続いたりしない。


試してみると、これもレンには難し過ぎた。

まず、読めない。

いつ来るかわからないため容易く尻を撫でられ、思わず短い悲鳴を上げた。

涙目になる姿がまた可愛らしく、それが彼らを助長させた。

度が過ぎる客には店主の拳が落ちたが、尻やら脚やらを初日だけで何回触られたか。

店が閉まる時には、レンは心労でテーブルに伏していた。


「お疲れ様!」


女給の一人が飲み物を持って来た。

姉御肌の女性で、先に突っ伏して笑っていた方だ。


「ありがとうございます。

女性って、大変ですね・・・。」

「そうだろ?

まあ、あんな奴らでも悪い連中じゃないからさ。

あたしらがな慣れちゃって普段触らせないもんだから、今日は集中攻撃だったな。

悪いね。」

「いえ、それは構わないんですが。

そんなに触りたいものなんでしょうか。」

「男のあんたにわからないんじゃ、あたしらにはもっとわからないさ。」

「ですよね。」


受け取った杯から一口飲む。

果汁で作った飲み物で、程よい甘味がとても美味しい。


「さ、とっとと寝て、明日に備えるよ!」

「はい!」


ふと、目的を見失っている事に気付く。


(今日は何事も無かったな・・・。

不謹慎だけど、何か起きてくれないと困る・・・。)


方法を間違えたように思えて来たが、始めてしまった以上は辞めるのも心苦しい。

魔術が見られるまでの我慢だと言い聞かせ、レンはそのまま頑張って女給を続ける事にする。

ユニアやテヘラの努力が身に染みるようだった。


「寝泊まりする部屋は提供しよう。

とは言っても、俺の部屋になるが。

それで構わんか?」

「もちろん構いません。」


わざわざ宿を取らなくても済む。

レンにとってはありがたい話だった。

湯も、大きなたらいを使ってではあるがもらえて、身体を綺麗にする事が出来た。

小ざっぱりしたところで横になれば、たちまち睡魔に襲われレンは眠りに落ちていった。




その後、レンは夜だけ酒場で働く事にして昼間は町を歩いたり衛兵達の仕事を眺めたりなどして、魔術を見る機会を増やそうと考えた。

酒場の店主は昼間は客も多くはないのでむしろ喜び、それでも寝泊まりする部屋は提供してくれるという事でレンにも都合良かった。

利害の一致を見て、契約は為された。


「それじゃ、昨夜の給金を渡しておこう。」


幾つかの銅貨を受け取り、礼を言って外出する。

念のための小剣を腰に下げ、銅貨を入れた袋は外套の内側へとしまい、早速町を見に行った。




「ほら、やっぱりそうだった!」


声が聞こえて目を向けると、昨日の衛兵三人組がこちらへ歩いて来ていた。

エルフの女性が手を振っており、レンも笑顔で振り返す。


「おはようございます!

今日もお仕事ですか?」

「ああ。

内回りだから、面倒だがな。」

「安全なんだから良いじゃない。」

「魔物相手ではありませんからね。

ですが、面倒である事には同意です。」


町の見回りなのだと言う。

いざこざの仲裁や人々の手伝いなどを頼まれる事も多く、神経を使うのだと大剣の男性がこぼした。

彼にとっては、魔物を相手にしている事の方が楽であるらしい。


「怠い仕事だぜ。」


と言った様子で、全く覇気が無い。

レンは苦笑いして、話題を変える事にした。


「詰め所、使わせてもらいました。」

「早速行ったのね!

良い仕事、あった?」

「酒場で夜だけ雇ってもらいました。

なので昼間は、町を見て回ろうかと。」

「へえ。

何処の酒場なんだ?」


少し表情が変化していた。

心配するような様子だ。

あまり良くない酒場もあるのかもしれない。

が、場所を聞けば彼らは破顔する。


「あそこか!

俺は常連だぜ。

今夜辺り寄るつもりだったからな。

ちょうど良いや、見に行くぜ。」

「それなら、私も行こうかな。

明日、非番だしね。」

「二人共行くのですか。

では私も。」

「そうですか!

ではお待ちしてますね!」


そんなところで、彼らは仕事に戻った。




稼いだ銅貨で買える物を探りつつ町を巡る。

物価から考えて、給金は妥当と言えた。

朝と夕方の二食は食べられる話となっているので、金は自由に使える。

食料を買い足しておくべきかとも考えたが、いつ発つとも見えないので保留した。


鍛冶の店があったので覗く。

質はそこそこだが値段が高く、レンの目には割に合わなく見えた。

ふと思い付き、店を出てから小声で話す。


「印導具で普通に剣を作ってから移動した場合、その先で剣として使う分には問題無かったりします?」

「いや、消失してしまうだろう。

この心臓も、俺が宿っているから無事でいるに過ぎない。

理の前には、消去耐性すら役に立たん。

その働き自体が止まってしまうからな。」

「残念ですねえ。」


何とか魔術を持ち越す手段は無いか。

理の裏はかけないか。

そんな事を考えていた。


「ちなみにその指輪だが。」

「え?

これに何か?」

「力は既に失っているぞ。」

「駄目、でしたか・・・。」


ニイの勘は正しかった。

力は理の前に、脆くも分解されてしまった。

けれど、覚悟はしていたので衝撃は大きくない。

力は無くとも、この指輪がユニアとの絆を表す事に変わりは無いのだから。




昼を過ぎて酒場へ戻ると客は二人程しかおらず、店主は時間を持て余していた。


「この時間は大体こんなもんだよ。」


女給二人も奥で自分達の時間を過ごしていると言う事なので、レンもあてがわれている部屋へ戻った。

荷から道具を取り出し、裏の庭を借りて小剣の手入れを済まそうと考えたのだ。

行ってみると女給二人が洗濯物を取り込んでいるところだった。


「よう。

・・・それは、剣か?」

「はい。

手入れしようと思いまして。」

「旅人だって言ったっけ?

やっぱりそういうの、必要なんだね。

大変そう・・・。」

「もう慣れましたけどね。」


手早く分解し、手入れを始めた。

刃に付着した油や汚れを綺麗に拭い、研ぎ、仕上げに油を塗る。

鞘や鍔、柄も汚れを拭いとっておき、刃が乾いたところで鍔と柄を取り付け、鞘に戻して完了とした。

ユニアから教わったのだが、ユニア自身は誰に聞いたわけでもないと話していた。

何となく、そうしているのだとか。

それで困った事も無いと言う事なので、レンも同じにしている。


「手慣れてんな。」

「大切に使ってるんだね。」


二人は感心した様子で見ている。


「これだけが、命を守る手段ですからね・・・。」


魔術が使えない旅だ。

レンには、戦う術がこれしか無い。

今のところは弱い魔物としか遭遇していないが、これでかつて迷宮で戦ったような強力な魔物と出会ってしまったら、逃げる事しか出来ないだろう。

でなければ、ユニア達を連れ帰る前に死ぬ事になる。


「どうして、旅なんて危ない事してるの?」

「馬鹿、お前・・・!」


旅人が危険を承知で旅を続ける理由など、重いものに違い無い。

特に冒険者として認められていない、この世界では。


「連れ去られた、婚約者を探してるんです。」


それだけで何かを察したように、二人は表情を曇らせた。

姉御肌の彼女はレンの頭を撫で、もう一人は迂闊に聞いた事を謝罪する。


「いえ、彼女は途轍も無く強いので、きっと無事に抜け出して旅をしてると思うんです。

だから私は彼女を探そうと旅を続けてて・・・。」

「強いって言ったって、心配だよな。

無事、会えると良いな。」

「はい!」


気にかけてくれる事が嬉しく、レンは笑顔を向けた。


「ちなみに、どのくらい強いの?」

「一番驚いたのは、瀕死の重症を負いながらも片手の一撃でサイクロプスを真っ二つにした時でしょうか。」

「・・・は?」


瀕死の重症を負っていなくとも、途轍も無いと言える話だった。




夜には話していた通りに、三人組の衛兵達が酒場を訪れた。


「よう、来た・・・ぜ?」


早速尻を触られるところを目撃してしまった。

短く悲鳴を上げ、涙目になるレン。

大剣の男性の目付きが見る間に吊り下がっていく。

剣呑な空気を纏いつつ歩み寄り、馬鹿笑いしている客の脳天に拳を落とした。

鈍いどころの音ではなく、客は気を失ってテーブルに伏す。


「これで勘弁しといてやるよ。」


客達はそれが大剣の男だとわかると、口々に運の無い奴だ、などと言って元通り騒ぎ始めた。

まるでいつもの事であるような風だ。


「来たな。

あんたの拳はやっぱり違うね。

昨日主人のを落とされたばっかりなんだけど。

懲りない奴だからさ。」

「奴には前にも叩き込んだ覚えがあるな。

ったく、どうしようもねえな。」

「駄目駄目、あれは病気。

私も通りすがりに触られた事あるもん。

素面だったわよ。」

「・・・もう一発入れとくか。」

「やめときなさい、死んでしまいます。」


どうやら、常習であるらしい。

迂闊な方の女給に放っておいて良いと言われて、レンは可哀想な気がしつつもそのままにした。


「嬢ちゃん、大丈夫か。

手癖の悪い奴が済まねえな。

後で回収して、牢にでもぶち込んでおくからよ。」

「じ、嬢ちゃん・・・。」


笑いを堪え始めた女給に苦笑いするレン。


「何だよ?」

「いや、何でも無い。」


レンに注文を任せ、彼女は向こうへ行ってしまった。

大剣の男性は怪訝に見送るが、それ以上は追及せずに注文を口にする。

それを店主へと、レンは伝えた。


「レンちゃん、注文良いかい?」

「はい、ただ今!」


そんな風に元気に働くレンを見て、三人組は頬を綻ばせる。


「レンちゃん、か。

可愛いよね、あの子。」

「旅なんて続けずに、居ついてくれりゃ良いんだがな。」

「目的がある、と仰ってましたからね。

難しいでしょう。」


十代前半程度にしか見えない少女が、どんな目的で旅をしているのか。

三人には想像すら出来ない。


「無事に、何事も無く、上手く行ってくれれば良いんだけど。」

「無理だろうな・・・。」

「それでも、行くのでしょう。

思い留まれるような目的なら、そもそも旅になど出ていないはずですし。」


戦闘技術に熟練した男性ですら、一人で旅をする事などあり得ない。

魔物の蔓延る世界では、あまりにも危険な行為だ。

それを承知で、それでも一人で旅を続けているのだろう。

今はまだ、運良く無事でいる。

しかしそれも長くは続くまい。

三人は、少女の未来を憂う。

無惨な光景しか思い浮かばないが、それでも彼女は立ち止まらない。

あの草原を一人抜けて来る程の決意と度胸。

どんな言葉をかけたところで揺らぐはずが無い。


(嫌な世の中だ。)


大剣の男性は思う。

目の端にレンの、それでも楽しそうな姿を捉えつつ、心底にそう思った。


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