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冒険者でない世界 一

「せっかく理を掴んでも、次の世界では糸口にしかならない。

何とも切ない話ですね・・・。」

「確かにな。」


遭遇したコボルド三体を小剣で葬り、血を払って鞘へと戻す。

階層を上がって、三度目の戦闘だ。

前の階層では、言葉によって魔術を使った。

この階層に来てからは、少なくとも言葉で命じても意味が無い事は確認した。


「でも今のところは、誰かが使っているところを見られればどうにかなる事がわかってますからね。

それで何とかなる間はまだ良いですね。」

「ああ。

それでもわからなくなった時が、一つ目の壁となるだろうな。」

「ですね。

魔物もまだまだ知っているものばかり。

何層くらいは、このまま行けるんでしょうね。」

「まだ二層目だからな。

何とも言えない。」


広い草原を歩きながら、二人はたわい無く話す。

本当の雑談になってしまうとメスティファラスは苦手だったが、こういった話題なら問題無く話せた。

その低い声は胸から響くにも心地好く、耳に聞くにもまた心地好い。

それもまた嬉しくて、レンはついつい話しかけてしまうのだった。


「む、右から何か来る。

また魔物かもしれんな。」

「多いですね・・・。」


草を薙ぐような音が聞こえていた。

小剣を抜く。

これでこの世界に来てから四度目となる。

まだ一時間を過ぎた程度だ。

草の中にしゃがみ込み、身を隠して待つ。

立っていてもレンの頭まで隠れてしまう程度に背が高い草が茂る草原だ。

けれど念のために、身を潜めた。

すると、話し声が聞こえる。


「本当に人が見えたのかよ?」

「本当よ!

黒い髪の、背の低い人がいたんだって!」

「しかし、こんなところを人が歩いているとも思えないのですが。」

「あたしの目を疑うっての?」


人の話し声だ。

男性二人に女性一人だろう。

女性がレンの姿を見たようだった。


「接触するか?」

「ですね。

探しに来てくれたようですし。」


立ち上がって、そちらに向かった。

声もかけておく。


「こんにちは。

どなたかいらっしゃるようで?」

「あ!

こ、こんにちは!

ほら、やっぱりいたじゃない!」

「わかったわかった!

あんた、こんなところで何を?」

「不躾な事聞くんじゃないわよ!」


鈍い音が聞こえた。


「痛えな!

叩く事ねえだろうが!」

「ごめんなさい、騒がしくて!」

「何してんですか・・・。

不躾ついでですが。

町へ行かれるなら、ご一緒にいかがです?」

「わあ、本当ですか!

ありがとうございます!

是非!」


渡りに舟の申し出だった。

願ってもない事であったので、レンは二つ返事で誘いに乗った。

草を掻き分け近付けば、頭を押さえて抗議する男性と反論する女性。

そしてやけに肌の黒い男性がそこにいた。

その内の後者二人、女性と黒い男性を見て、レンは呆気に取られる。

耳が尖っていた。




女性はエルフ、黒い男性はダークエルフと言う種族であった。

どちらも細身の体格で、エルフの女性は小剣と弓、ダークエルフの男性は杖を持っている。

人間の男性は両手持ちの大剣を持っており、それで草を薙ぎながら来たようだった。

彼らの後ろに、道が出来ている。

帰りはそこを通れば良いわけだ。


「しかしあんた、一人旅か?

この草原、魔物多かったろ。

よく無事だったな。」

「身を隠すには向いてましたよ。」

「ああ、なるほどな!

やるじゃねえか!」


大剣の男性は笑う。


「しかし、それは無謀な事です。

遠回りですが道もあったでしょう?

ともあれ、無事で安堵しました。

お手柄でしたね。」

「でしょ?

あたしの目に、狂いなんて無いもの。」


仲の良さそうな三人組だった。

歩きながら談笑している。

そして、実力もあった。

声を聞き付けたコボルド四体を大剣のひと薙ぎと小剣の二突きで瞬く間に仕留めていた。

ダークエルフの魔術師らしき彼は、それを見ているだけだった。

内心で残念に思う。

そこで見る事が叶えば、すぐにでも次に行けたのだが。


道中の雑談で、彼らは町の衛兵である事がわかった。

彼らは旅をしていると言うレンに対し、冒険者と言う言葉を使わなかった。

その言葉自体が無いのかもしれない。

単に、旅人と呼んだ。


「まだ年若い身で旅人とは・・・。

いや、深くは聞きません。

過酷な日々だったのでしょうね。」

「世知辛え世の中だからなあ。

女の子の一人旅じゃあ、色々聞くわけにゃ行かねえな・・・。」

「目的とかあるの?

特に無いなら、私達と一緒に衛兵やろうよ。」


大した事を話したわけでもないのだが、旅をしていると言う事だけでこの調子だった。

善人には違いないようだ。

残念ながら目的も帰る場所もある身の上。

レンは丁重に断る。


「目的はあるんです。

なので、お誘いはとても嬉しいのですが・・・。」

「そっか。

達成出来たり気が変わったりでもいいから、いつでも来なよ?

あたしが紹介するからさ。」


前を歩く三人には聞こえない程の音で、メスティファラスが笑いを堪えているのがわかる。


「何処へ行っても少女の扱いなのだな。」

「訂正も面倒になると言うものですよ。」


慣れている、と言うより諦めているレンは基本的に訂正しない。

特にこの旅は一期一会の旅路。

わざわざ訂正する意味も薄いのだ。




町は、あまり大きなものではなかった。

長い街道の途中に作られたような、一旦休むための宿場町と言う風だ。

宿や酒場が多く、行商やレンのような旅人達で賑わっている。

シラナの村が今はこんな様子だったのだが、それを思い出させられた。

最近でも顔を出しているので懐かしく思うと言う程でもない。

夫婦が二組出来上がり、忙しくも幸せな日々を過ごしていた。


「着いたぜ。

それじゃ、ここでな。」

「私達衛兵も見回っておりますが、このような町です。

充分気をつけて下さいね。」

「何か仕事を探すんだったら兵の詰め所で集めてるから、寄ってみると良いかも。」

「ありがとうございました。

詰め所ですね?

後で寄らせていただきます。」


そうして、別れた。

三人は賑わう町の外へと戻る。

外側を見張るのが、彼らの役割なのだろう。

レンは反対に、町の中へと足を進めた。

酒場や詰め所を巡り歩いて仕事を探してみると、酒場にはその類いのものが見当たらず、詰め所にあった。

しかしそれは冒険者がするような種類の仕事ではなく、雑多なものだった。

酒場の給仕や調理の手伝い、探し物、果ては町の掃除まで。

戦いに関わるものは一切無い。

それはもしかしたら、衛兵達の仕事とされているのかもしれない。

三人組は、出立ちからすれば冒険者に近かった。

今現在詰めている衛兵も、レンの感覚で言えば冒険者のような姿だ。

動き易そうな金属と革を合わせた防具に剣と弓。

盾は持ってはいないものの奥に立てかけてあり、素早く持ち出せる。

三人組も革鎧やローブを身に纏っていた。

統一規格ではなく、それぞれに思いおもいの装備を選んでいるように見える。

先程女性に誘われたが、戦えそうな者に声をかけて集めているのだとしたら、そうなるだろうと考えられた。


「なるほど。

その推測は当たっているかもしれんな。」

「つまりここでは、衛兵にならないと魔術が見られない?」

「機会は確実に少なくなるな。」

「でも、なってもすぐに辞めなくちゃならないですし・・・。」

「何、彼らが戦っているところさえ見られれば良いのだ。

外で騒ぎが起きた時にでも、駆け付ければ見られるだろう。

それまでは、町で待っていれば良い。」

「そうですね。

そうしましょうか。」


ならばと、経験のある給仕の仕事を選んだ。

給料が他より良い事もあるが、荒事にも期待している。

酔った魔術師による術の行使が見られれば、それで目的は達せられるのだ。




「これはまた、可愛らしい旅人さんだ。

女給、よろしく頼むな。」

「あの、男なんですが・・・。」


ここは放置出来ない。

性別を偽る事になってしまうからだ。

何せ、女給の方が給料が良い。

後で揉めても面倒だった。

一時的な生活のための資金を得るだけの仕事で、そんな危険性を抱えたくないと考えたのだ。


「それは本当か?

女の子にしか見えないな・・・。

女の振りをするのが嫌でなければ、女給としてやってみるか?

その容姿じゃ、結局そう見られてしまうだろう。」

「でも、給金変わってしまいますよ?」

「女として振る舞って働いてくれるなら構わん。

ちょっと触られたりするだろうが、その分だと思えば良い話だろ?」


レンは悩んだ。

どちらにせよ、きっと触られる。

そんな未来が見えていたのだ。

何せ、シラナのところでは男性だとわかっていても触られたのだから。

それはレンだから、と言う理由が大きいのだが。

レンは結局、偽る事が心苦しかったので、男性として雇われる事を選んだ。


「で、何故服が女給の物なんでしょうか?」

「悪いな。

それしか無かったんだ。」


(絶対嘘だあ!)


思っても口にはしない。

仮にも雇い主となるのだから。


「男として振る舞いますからね!」

「構わんよ。」


認められては仕方ない。

レンは諦めて着替えた。

特に露出が大きいわけではない。

男性であれば上着に脚衣だったろうものが、上下一体の膝丈の衣服となっただけだ。

脚衣は無く、腰に帯を巻く。

靴もわざわざ女性用を用意する辺り、完全に故意だった。

髪を太めの三編みにまとめて前かけを付ければ、女給としての支度は万全となる。


「男なのに・・・。」

「給料は女給の方で払うよ。

男と公言しても構わない。

そんなわけで、頼むな。」


他に二人いる女給達が笑いを堪えていた。


「可愛いんだけど・・・、惨過ぎて駄目だ笑っちゃう!」


もう一人は既に突っ伏していた。

主人もにやにやする顔を堪えられていない。

頬を震わせながら、ついには背けた。


こうして少しの間となるが、久々となる酒場での生活が始まった。


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