表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/114

上層世界

「このまま幾つか階層を下ります!」

「よくわからないけど、任せた!」


胸から響く声に答え、しっかりと大切なものを抱き締める。

周りに見える景色が次々変わっていく様はあまりに不気味で、気分の良いものではなかった。

そうして何度目かの変化でようやく、落ち着いた。

赤い湖の畔、緑の空の下、青い森に囲まれた、黄色の大地に立っている。


「頭が痛くなって来るわね。」

「すごい・・・。

叔母ちゃん、ここ何処?」

「ごめんね、私にもよくわからないのよ。」


あまりにも不可解な状況。

辺りは原色に包まれ、鮮やかさが目に染みるような光景が広がっている。

現実味が薄く、絵に描かれたような。

そんな不気味な場所だった。


「ねえ。

あなた、魔石よね?」

「はい。

ユニア様の胸をお借りしている、レミレラウラと申す者です。」

「そんなご丁寧に話さなくても良いわよ。

ありがとね、助けてくれて。」

「とんでもございません。

宿らせていただいている身。

お守りするのは当然の役目でございます。」

「それで、どういう状況?」

「そうですね、何とご説明すべきか・・・。

まず先程まで戦っていた緑色の者ですが。

あれは神です。」


とてもそうは見えなかったために、ユニアはしばしの間思考が空回る。

ええと、と頭の中を整理しながら言葉を選んだ。


「イルハルとか、エルハルの事よね?」

「いえ、違います。

そちらは私達からすれば偽神、もしくは神人と呼ぶ存在となります。

かつて人であったものが神に近しい能力を得た。

それがユニア様の世界の、七柱の神々でございます。

今は二柱でございましたね。

あの緑の者は、紛う事無き神。

初めから神であった者。

私達悪魔と世界の覇権を巡る戦いを続けている神々の一柱にございます。」


ユニアは何とも微妙な表情を浮かべていた。

一介の戦士に過ぎないユニアにとって、神だの悪魔だのとは胡散臭いだけのもの。

否定はしないし拒絶もしないが、この類いの話は苦手だった。


「へえ・・・。

随分大きな話ね。

その神様が、どうしてルナを?」

「ルナ様の魂の輝きに惹かれたのだと。

神々は、魂を食らいます。

それが強い魂であればある程、食らった時に力となります。

神々が生命を育てる理由が、それなのです。

彼らは命を収穫し、その中に秘められている魂を取り込むのでございます。

さしずめ、肉体は果実にとっての皮。

魂こそが果肉。」


厄介な連中だ。

それがユニアの感想だ。


くっついて離れないルナの髪を撫でる。

見上げた頬を指で擦った。


「大丈夫よ。

叔母ちゃんが絶対連れて帰るから。

指一本だって触れさせないわ。」

「うん。」


状況の根本は理解した。

ユニアは次の情報を求める。

この場所や先程までいた場所の事だ。

あまりに自分の知る景色と違い過ぎる。


「ここやさっきまでの場所は何なのよ?

気持ち悪いのよね。」

「異界にございます。

その中でも神の支配を受ける、彼らの農地とも言える世界ですね。

こちらもそうなのですが、今のところは見つかっておりません。

本当は早く、より下層へと下りたいのですが・・・。」

「下層って?」

「そうですね・・・。

私と出会った地下迷宮を思い出して下さいませ。

世界とは、あのように多層構造となっているのです。

そしてそれぞれの階層には部屋がたくさんございます。

その一つ一つが、四国であったり八石であったりするのです。

地下迷宮は下へ向かう程強力な魔物がおりましたが、この多層世界とも言える世界は逆です。

上に向かえば向かう程強い魂が住んでおります。

私達はその上層へと連れ去られ、今は下へと向かっております。」

「待って、あいつ百層って・・・!」

「左様でございますね。

それだけの階層を下らなければ、私達は私達の世界へ帰り着けません。」


あまりにも先の長い話だった。


「今って、幾つ下れたの?」

「十程下りましてございます。

ですが、今の私ではここまでが限界となります。

レン様にいただいた力のほとんどを消費して、ここです。

これよりは毎日少しずつユニア様からいただいて、それを蓄積させて一層ずつ下りて行く事となります。

傷の治療につきましても、これまでのようには行えません。

身体の維持程度なら問題ありません。

ですが重傷など負われてしまいますと、その分力を使ってしまいますので・・・。」

「なるほど、わかったわ。

私達はとにかく無事でいる事が重要ってわけね。

でも、差し当たって食べ物も水も無いのよね。

そこの湖、綺麗なのかしら・・・。」


屈み込んで、指を少し浸す。

掬い、臭いを嗅ぎ、少し舐める。

感覚には何も訴えて来ない。

妙なところは特に見当たらなかった。

赤い、と言う部分に目を瞑ればだが。


「大丈夫そうね。」


両手に掬い、飲んでみる。

臭いも味も無く、本当にただの水だ。

身体に異変も見られない。

ルナも一口だけ掬って飲んだ。


ひとまず、少しの休憩を取る事にした。

状況に付いて行けていない事もあり、ルナに疲労が見えたのだ。

少しの間眠らせる。

その間に、指輪を試そうと考えた。


(レン、レン!)


声は返って来ない。

短杖が使えなかった事を思い出す。

指輪も同じ理由で使えないのだろうと考えた。


(ああもう。

レン、心配してるわよね・・・。

泣いてなきゃ良いんだけど。)


さすがにそれは無いかと考えつつも大泣きするレンを思い浮かべて、ユニアは一人和んだ。

早く帰らないと、と愛しい人の事を想う。




このまま森で生活するのも辛いので、一旦外を目指す。

湖から延びる川に沿い、歩いて人里など無いかと探した。

青い森は案外大きく、途中で二人は空腹に悩まされた。

幸い川は赤くとも、魚らしき影が見える。

剣の代わりに持ってきた槍の穂先で突いて獲る。

木の枝や枯れた落ち葉なども集め、何とかかんとか火を起こそうと試す。

しかし上手くは行かない。


「村にいた頃にはやったりしたんだけど!

やっぱり難しいわね!

・・・仕方ない、ちょっと本気出すわ!」


木の棒を手の平で挟み、回転させた摩擦熱で火を起こす原始的な手段だ。

その棒を高速で回転させ始める。

しかし、そもそも集めた葉などが乾き切っていないのだろう。

一向に火は起きなかった。


「叔母ちゃん、試しても良い?」

「何を?」


ルナが指先を向けると、そこに小さな火が着いた。

その魔力の動きはユニアには見えない。

しかしそれは、緑の巨人が見せた術の使い方そのものだった。


「ルナ様は天賦の才をお持ちかもしれません。」

「そうなの?」

「緑の神と同じ扱い方で、火を起こしてしまわれました。

神と同じように魔力を扱える人間など、私は聞いた事がありません。」

「ふうん。

ま、とにかく!

助かったわ、ルナ!」


抱き締めて一頻り可愛がると、ルナは薄く微笑んだ。

表情の変化に乏しいルナにとって、その笑みはとても喜んでいる時に浮かべるものだ。

ユニアの役に立てて、誉めてもらえて嬉しいのだった。

二人は早速枝に刺した魚を焼く。

これで空腹が満たされるだろう。




「ううん・・・。

食べられない事は無いけど、美味しくはないわね。」

「うん。」


とは言いつつ、食べなければ動く事も出来なくなる。

腹ごしらえを済ませて火を消し、さらに川を辿った。




森を出ると、そこは街だった。

いや、街には見える。

建物が数え切れない程建ち並び、その一つ一つが驚く程に大きく、高い。

そしてそこに住んでいる者は、巨人達だった。


「一旦退きましょう。」


レミレラウラの提案に従い、一度森へと引き返した。

陰から様子を窺う。


「ねえ、あれ・・・。」

「神ではありません。

眷属でしょう。

しかしあの数では・・・。」


そこは、眷属の街だった。

衣服や防具などは身に付けていないが、人と同じように生活している。

その数は、見える範囲だけでも十は超える。

一体どれだけの数が、ここに住んでいるのか。


「危険過ぎます。」

「けど、森にずっといるわけにもねえ。」


ここまで魔物には出会わなかったが、いないわけではないだろう。

過酷な環境となる。

冒険者でないルナに、耐えられるとは思えなかった。


「何事も起きなければ、次へは三日程度で力を確保出来ます。

その間だけ、何とか耐えられませんか?」

「叔母ちゃん、私は大丈夫。」

「ルナ・・・。

まあ、いざとなったらその時に街へ潜入すれば良いわね。」


川沿いに戻り、三日を野宿で耐える方針で決まった。

ただ、湖までは戻らない。

レミレラウラは大丈夫だと言うが、緑の巨人が来てしまうような気がして近付きたくなかったのだ。


夜はレミレラウラが見張りを出来ると言う事で、任せて二人で抱き合うように暖を取って眠る。

夜空は光量が落ちるところは同じらしく、深く暗い緑色となったので眠るには困らなかった。

酷く静かで、動物の気配がたまに感じられる程度。

風が木々の葉を撫で、耳に心地よい音を奏でる。

ルナは既に寝息を立てており、ユニアの腕の中で安心したように無邪気な寝顔を見せている。

そんな穏やかさの中で、ユニアもいつしか眠りについていた。




朝は、レミレラウラが優しく声をかけて起こした。


「おはよ。」

「おはよう。」

「はい、おはようございます。」


しかし目覚めれば、悪夢のようなその景色。

空の緑は明るく、日の白だけは変わらない。

その白に照らされ、青の森は鮮やかな色彩を見せる。

顔を洗う川の水は赤く、膝をついた大地は黄。


「嫌になる色ね。」


こんな旅でなければ、感想もまた違うものだったかもしれない。

しかしこの見慣れない景色が緑の巨人を否応無しに思い出させ、不快な気持ちになるのだ。


朝食のために、狩りを行った。

動物がいる事は昨夜気付けた。

ならば美味しくない魚を食べる前に、試さざるを得ない。

静かに近付き剣を投げれば、ユニアならば容易い事だった。

青白い兎に似た動物が獲れた。

前後の足には鋭い爪があり、歯も食い千切る事を前提とした恐ろしいものだ。


「これ、魔物に近くない?

まあ良いか。」


川の水で流しながら手早く捌き、ルナが起こした火で焼いて食べた。


「魚よりは良いかな。

美味しいとは言えないわね。」

「うん。」


火は、使ったらすぐに消し、念のため場所も移した。

煙が見えているはずだからだ。

眷属達が来るかもしれない。

しかし、火を通さずに食べる事は出来ない。

移動する間には、食べられそうな実や草が無いかと周りを見ておく。

臭いを嗅ぎ、ほんの少し齧るなどして探り探り集めた。


「冒険者時代でも、こんな生活はしなかったわね。

あの緑の奴、次に会ったら叩き斬ってやる。」


神であろうが悪魔であろうが、ユニアには関係が無い。

あの巨人が手を出したりしなければ、今頃はレンとの二人旅を満喫しているはずだったのだ。

それを邪魔された。

ユニアは怒っているのだった。


「気持ちはわかります。

私も青と、メスティファラスと離されてしまいましたから。」

「あっちはメスティファラス、って言うのね。

恋人?」

「はい。

ユニア様とレン様のおかげで再会出来ました。

ずっと一緒にいられると思っておりましたのに・・・。

ですから、私もユニア様と同じ気持ちです。

ですが今は無事に帰り着き、レン様と合流致しましょう。

お二人と私達の力を合わせれば、きっと!」


ユニアは得心した。

それならばきっと、あの巨人を倒せる。

レン達と自分達が揃えば、倒せない者などいないだろう。


「そうね!

けど、私だってこうなったからには、強くなって帰りたいわ。

何か手は無いかしら?」

「そうですね、少し考えさせていただきます。

ユニア様は、魂はあの緑の神が言うように弱い方です。

けれど、心の力によって人を超えた方。」

「心の力?

根性って事?」

「・・・まあ、似てはおりますね。

他に、願いとも気迫とも言えます。

ユニア様の要は心にあります。

それは、世界の理に縛られない自由な力のようです。

その力を高め、自在とした時には・・・、何かが起きましょう。」

「それって、テヘラ達とは違うの?」

「根本からの別物でございます。

神人はあくまでも世界の理の内側に在る者。

理の働きによって神となったに過ぎません。

ユニア様のお力は、少なくとも私はこれまで見た事がございません。

そのお力は緑の神を前にしても揺らぐ事無く、そしてあの世界でも変わり無く働いていました。

外から見る分には、ただ膂力が強い、筋力のようなものとしか認識出来ないでしょう。

けれど内側にいる私には、その働きが感じられました。

鍛え上げた肉体ですら崩壊してしまう程の力を発揮出来る。

それも、理によって力を縛られる異界で。

さらにあの世界は、この多層世界においてかなりの上層部。

恐らくは一桁。

そこでもユニア様のお力は、使えたのです。

レン様は恐らく理に縛られてしまうでしょう。

克服していく事で戦う力を模索しなければなりません。

けれどこのお力があれば、その旅の大きな助けとなります。

旅の途中、魔術が使えない間をユニア様が守れます。

そうして旅を続ければ、必ずやあの神を打倒出来るでしょう。」

「よくわからないけど、レンの力になれるのね。」

「理については、私達には既に関わり無いものとなっておりますので割愛しました。

必要であれば、ご説明させていただきますが。」

「良いの良いの。

必要無いならそれで良いわ。

必要になった時に教えて頂戴。」

「かしこまりました。」


レミレラウラとルナは緑の巨人の世界に適応している。

だから下層世界へと下がる分には問題が無い。

上層の理を得た者は、下層でも力を使えるからだ。

そしてユニアの力は理に縛られない。

魂ではなく心から沸き上がる力は、全く別の法則をもって働いているからだ。

三人は、緑の巨人の世界より下にいるならば、何処でも力を使える。

しかし世界を渡るには、レミレラウラの力が回復するのを待たなければならない。


緑の巨人が百層と言った言葉が、正確に百と言うわけでもないかもしれない。

ただおよそ百としても、残り九十前後はあると言う事に変わりは無い。

三日で回復するとレミレラウラは言った。

しかしそれも、毎回同じではないと言う。

力の余力が多少あるおかげで、今回は三日だった。

ならば、これ以降はもっと時間がかかると言う事だ。

どんなに早く帰れたとしても一年。

それだけは必要となってしまう。

過酷な旅となる事が明らかとなった。


「必ず、帰るわよ。」

「うん。」

「もちろんです。」


女三人力を合わせて必ず帰り、ユニアはレンと、ルナは家族と、レミレラウラはメスティファラスと。

大切な者達と再会を果たす。

三人で、誓った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ