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銀の魔導   作者: 雪仲 響


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 旅の行程は海沿いから内陸に向けて、四方を草木に覆われた森の中に移った。

 北に歩き続けて二日経った時、トムがそろそろ西の方へと向かいましょうと、何を見てそう思ったのか地図を見比べながら言ってきた。

 海は相変わらずの穏やかさで、湾曲に伸びている海岸線には大きな岬が幾つか顔を出しているのが見えるぐらいだった。

 ともあれ森に入るには遅く海を見ながら早めの野宿と決め込んで、次の朝早くに森へと分け入ってきた。

「太陽がある内は良いですが、沈み始める前には寝床を探しておかないといけないので注意して下さい」

 三人は黙々ともりの奥深くを目指しながら二日、三日と、少し広い場所を見つけてはそこで一夜を明かしていた。

 変わらぬ景色に不安を覚え始めた三人だったが、突然森が開けるとそこには大河が行く手を塞いでいた。

「わあっ大きな川だ」

 対岸まで到底泳いでいける距離ではなく、水流は緩かったが底が見えないほど深そうであった。

「とても渡れそうにはないわね」

「ふむふむ……、多分今この辺りに出たんだと思いますよ」

 トムが地図を広げて二人にも見せた。

 北方の地に流れる最大のラトール川。

 大昔から北の山から流れ出る大量の水が一つに繋がり大河を形成している。

 そのラトール川は初代エスタル王が東にあったリム王国との最終決戦を前に、国力を整える時間が欲しかった為、水を堰き止め氾濫させた経緯がある。

 リム王国との間に沼地を形成したことで時間を稼ぐことが出来、国の安定と兵の増強に力を注ぎ戦いに挑むことが出来た。

 堰き止めた川は北方の決戦後に元に戻されたが溢れた水は想像した以上に流れ出ていて、広大な湖沼地帯を作ることになってしまった。

 沼地は乾くことなく、長い年月を掛けて降り積もった落ち葉は腐り、異様な匂いと共に怪しい生き物が住み着くようになった。

 マルティアーゼ達はラトール川の下流に出たため悪臭はしなかったが、幅の広い川を渡る事が出来ずにいた。

「ともあれ川に出てこれたので場所の特定には楽になりましたよ、この川さえ渡れれば遺跡まではもうすぐですね」

「でも、どうやって渡るつもりなの、船もないし橋さえ見当たらないわ」

「一先ず川に沿って上流に上って行くとしますか、何処か川幅の狭い場所か渡れそうな所を探してみましょう」

 くねくねと波打つ川べりに沿って進んで行く、進む距離はかなり伸びることになるが、渡ることが出来なければ遺跡に辿り着くことは叶わない。

 川の流れや対岸に近い場所を探索しながらで、遅々として距離を稼ぐことも出来ずに夜を迎えた。

「このまま渡れずに、気がついたらアルステルに戻って来ましたって事になってないでしょうね」

 草を払い除けて剥き出しになった地面に焚き火が燃え始めると、マルティアーゼは疲れたように言ってきた。

「それはないですよ、川沿いで進んでいけば何処かで必ず川が分かれてるはずですよ」

「どういう事?」

「この川の水をエスタルに引き込んでいて、そのままアルステルまで続いているんですよ、それでアルステルに流れ込んできた水はまた、ラトール川に流れていってるのでそこの合流地点が見えてくるはずです、ほら此処です」

 地図にはラトール川の途中から細い川が描かれており、エスタルとアルステルの国を通って元のラトール川にまで繋がっていた。

 エスタルとアルステルの城のお堀として流れ、そのままアルステルでは農業用の水としても使われる大事な水となっている。

 初代エスタル王から三代まで百年以上を掛けて、数千キロという遠大な治水工事を完了させた。

 これにより爆発的に国内産業が充実していく事になる。

 良くも悪くもラトール川はこの地の人達に利用され続けてきた川であった。

「その場所までには渡りたいものね」

「ねぇねぇマルさん、もう一つ干し肉を食べてもいいですか? これだけだと全然お腹が膨れないですよ」

 スーグリのお腹から鳴き声のような音が聞こえてくる。

「遺跡に着くまでに食料がなくなってしまうわ、少しは我慢してよね」

「ぶぅぶぅ」

 スーグリが口を尖らせる。

「これほど深い森とは思ってなかったですからね」

「お腹が空くのは起きてるからよ、さっさと寝て体力を取り戻さないと」

 明くる日、太陽が木々の間に落ち始めると同時に移動をし始めた。

 光のカーテンが差し込む森から川を見ながら黙々と歩き続けていると、

「待って! あれは何?」

 曲がりくねった川の上流に微かに橋のような細長い物がちらりと見えたので、マルティアーゼが叫んだ。

 目を凝らすと森で挟まれた川は陽の光でキラキラと輝いていて、その水面の上に一本の線が揺れて見えていた。

「頑張ってあそこまで行ってみましょう」




 森の中を早足で歩を進めていくと、そこには簡素な木の板が並べられただけの橋があった。

 手すりもなくただ木材で敷き詰められただけで、幅は丁度馬が通れるぐらいにはあったが、古ぼけて馬の重さに耐えられるのかどうか怪しそうな橋だった。

「この辺りに人がいるのでしょうか、それとも昔に作られた橋が残ってるだけなのか……」

 橋の周りの雑草は生い茂り、道らしい道も見当たらなかった。

 向こう岸までは川の曲がった下流の幅が狭くなった場所に作られていてかなり狭くなっていた。

 他の場所を見渡しても渡る場所は此処しかないようで、

「此処を渡るしかなさそうですね、仕方ありません、まずはこの中で一番重いのは私なので初めに渡りますよ、問題なければ一人ずつ渡ってきて下さい」

 トムは慎重に一歩前を踏み出した。

 馬の体重が掛かる度に聞こえてくるギシギシという音に、トムは汗を滲ませながらゆっくりと二歩目を橋に乗せていく。

 マルティアーゼ達は上下に揺れる橋を息を呑んで見守っていた。

 トムは真ん中まで来ると少しホッとしたようで、そこから速度を早めて渡りきった。

「……ふう何とか渡れた、少し揺れますが問題はないようです」

「じゃあ先に行っていいわよ」

「うう……私ですか」

 スーグリはかなり怖がっていて顔が引きつっていたが、意を決して、

「じゃ……じゃあ、行きますね」

 そろりそろりと渡り始めた。

「ひい、ひゃう……」

 馬が進む度に変な声を漏らしていて、橋の中央に来た時には悲鳴に近い声になっていた。

「馬さんもっとゆっくり歩いて……、ひいぃ、うっ」

 と、半べそをかいていた。

「スグリ、大丈夫だゆっくり来るんだ」

 馬の背で暴れるスグリをなだめるようにトムが声をかけ続けて、やっとの思いで対岸に着いた。

 渡り終えるところっと笑顔に変わったスーグリを見て、マルティアーゼは私を怖がらせようと芝居でもしていたのだろうかと感じていた。

「なんであんなに怖がるのよ……私はまだ渡ってないのよ……、トム行くわよぉ」

 手を振る二人を見て、しずしずと渡り始めた。

 橋は思ったより軋みが伝わってくる、なるべく振動を与えないように歩くが中央に来て分かったことはかなりの沈み込みがあるようで、トム達を見上げるぐらいに視線が下がっていたのに気付いた。

 水量の多いラトール川の勢いは凄く、橋の橋脚に当たる水圧で橋が嫌な音を立てていた。

「もう少しです」

 マルティアーゼが橋を渡り切ろうとした時、バキッと嫌な破裂音が耳に入った。

「あっ……」

 ほんの後数メートルだというのに、橋が傾き中央部が押し出されて弓なりに曲がりだす。

「走って!」

「…………」

 マルティアーゼが手綱で鞭打ち馬が走り出すと、勢いで橋の崩壊が早くなり一歩二歩が遅く感じるほど目の前の景色が素早く流れていく。

 マルティアーゼはトム達を目を凝視していた。

(早く、早くあと一歩……どうして止まってるの、早く一歩を踏み出して……、トムが叫んでる……何を言ってるの?)

 トムは鬼のような形相でマルティアーゼに何かを叫んでいるが、彼女の耳には届かない、差し伸べられた手を掴もうとする意思はあるのだが、体が硬直して動かせなかった。

 視界は次第に目の前にいたトムとの距離を伸ばし、離れていこうとするのを他人事のように呆然と見つめていた。

 完全に切り離された橋は一気に下流へと押し流そうとする。

 誰の叫び声だろうか、微かに入ってきた自分の名を呼ぶ声……、そしてガクンと体が衝撃を覚えて上を見ると、トムが手を伸ばしてくる。

「じっとして下さい」

(じっと……どうして、早く渡らないと危ないのよ、動かないと……)

 マルティアーゼは無意識に手を差し伸べようと手綱から手を離した、すると橋の壊れる音が足下から響き渡った。

 橋はマルティアーゼの乗る馬と共にラトール川の水面へと吸い込まれていった。

 落下していくマルティアーゼを見つめていたトム達二人は、視界から消えていく彼女の名を大声で叫んだ。

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