97 リム遺跡への路
ローザン大公国の内実を知る由もないマルティアーゼは、スーグリと共にアルステルの町で楽しく過ごしていた。
北方の暦を知ったマルティアーゼは、既に国を出てから一年半が過ぎていたことに驚くも、
「早いものね、もうすぐ二年になってしまうわ」
宿の窓際に立っていたマルティアーゼが感慨深く言った。
「如何なものでしょう、これだけ外の世界を知る事が出来たんです……」
「いい加減にして、トム」
マルティアーゼはトムの言葉を遮った。
折角の雰囲気を壊されて、トムを睨んだ彼女は、
「まだ南方の西側しか行ってないし、中央国だって来たのは初めてなのよ」
「南方は今、領土争いで行けないのは知ってるでしょう、それにまたあの熱い砂漠を横断したいのですか?」
「……そういう意味で云ったわけじゃないわ、まだ私が知らない国があるという事よ、表から見た現在だけではなく、その国の出来た歴史とか知りたいことが沢山あるのよ」
むっつりと答える。
トムの帰ろう帰ろうが始まると、マルティアーゼは不機嫌さを隠さず露わにしてくる。
何だか徐々にローザン大公国に誘導して、連れて帰ろうとしているのかと気に入らなかったのである。
あれ程もう帰ろうなどとは言いませんと云っておきながら、中央国に入るとトムは「そろそろ」「もうこれだけ旅をしたので」等と遠回しに帰ることを提案してくるようになった。
「トム、貴方こそ懐郷病にでもなったんじゃないの?」
「そのようなことは……、ローザンに帰った所で待つ者も居ないですし仕事すらなくなってしまいましたから」
「だったらもう少し旅を楽しみなさいよ、時間はいくらでもあるんだから、貴方は少し羽目をはずした方が良いわよ、少し遊んで来れば? ずっと側で帰ろう帰ろうと言われるのも息苦しいわ」
いつものように小顔のマルティアーゼが頬を大きく膨らませた。
「そういうつもりではないのですが……」
「スグリの前でそういう怪しまれるような事は言わないでよね、明日から暫く三人一緒なんだから……」
「それは勿論……」
探してきた依頼は、東にあったリム王国の遺跡の何処かにあるという王政の杖を見つけてくるという内容で、かなりの遠出になる。
今日まではスーグリに仕事を教えるためにアルステル周辺の簡単な依頼しかしてこなかったが、一通り仕事を覚えてきたので少し報酬の大きいものをと、今回の依頼を受けてみた。
片道だけでも約半月、連山沿いの東の街道を海岸まで出てから北上してまた西に向かわなければならず、ぐるりと廻る感じで遺跡へ向かおうというのである。
三頭の馬に大量の食料を馬に積み込み、途中までは宿があるとスーグリから聞いたので、北上する手前の宿で水を入れようと水袋は空のまま持参していく。
「海までは五日もあれば出られますよ」
「そこまでの案内は貴方に任せるわ、と言ってもそこからの道のりも分からないけれど、ふふっ」
「一応地図は持ってきましたが、既に亡くなった国なので詳しくは載っていませんね」
馬の上で地図を広げていたトムが言ってきた。
「別段、何かを狩りに行くわけじゃないし、それほど道に迷うこともないんじゃないかしら」
「道から外れなければ……ですね」
「それよりもその遺跡……リム王国の跡地にあるっていうお宝……何とかっていう杖の方を探すのが大変だわ、もう何百年も前に滅んだ国の物なんてとうに盗まれているものなんじゃないのかしら?」
「王政の杖ですよ、依頼所に依頼が来るという事はまだ表立って見つかったと確認されていないんじゃないですかね」
「そんなのが欲しいなんて物好きがいるのね」
「金持ちの道楽でしょう、こちらは報酬をちゃんと貰えれば良いわけですし」
「物探しに金大二百ですものね、依頼書が丁度貼られたばかりだったから誰にも見られていなくてよかったわ」
「まだお宝を見つけたわけじゃありませんよ」
アルステルから東の街道に入って二日ほど東に進んで行くと、徐々に南へと方向が変わっていく。
道に沿って突き当りまで行くと、連山の麓に出てくる、あとは連山を見上げながら街道を行けば海に出られるらしい。
迷うことなくもなく、時々現れる小さな宿屋を通りながら三人はゆったりとした旅を満喫していた。
すっかりスーグリもマルティアーゼに懐いたみたいで、友達と聞いたときから心の変化が生じてきていた。
姉のように又は恋人のようにべったりとマルティアーゼの側を、寝る時以外は離れずに付き添っていた。
初めて同性の友達が出来たことが嬉しいのか、いつもにこにこと笑い、くりっとした目がせわしなくマルティアーゼのすることを目で追っていた。
トムに対しては槍術の先生であり、訓練中の彼女は一生懸命腕を上げようと、目を凝らしてトムを見つめ、教えられた技や身のこなし方を何度も反復して覚えていた。
覚えは早くトムの教え方も上手であったので、手の掛からない楽な生徒と言えただろう。
まだ筋肉が整っていないスーグリには体全体を使った動きをするようにと、見た目はちょこまかと大袈裟で無駄な動きのように思えたが、剣先に力を伝えるには今のところ一番良い動きと言えた。
一緒に仕事をしていてトムの剣さばきや動きに感銘を受けたスーグリは、早くトムのような剣士になりたいと、宿泊中も暇があれば街道脇での練習に余念が無く、夕食の時間にマルティアーゼが呼びに来るまで没頭していたりもした。
「そんなに根を詰めて練習してもすぐに腕が上がるわけじゃないでしょう」
「なんかそわそわして、折角教えてもらってるのに早く一人前にならないと、トムさんに申し訳なくって……、はむっ」
言葉では申し訳なさそうな事を言ってるが、スーグリの食欲を見てると本当はトムに教えてもらってるのが楽しそうに思えて仕方がなかった。
「おばさん、おかわりぃ」
「……まだ食べるの?」
「えへへっ、だってお腹減ってるんだもん、食べ盛りです」
マルティアーゼは見ているだけで満腹になりそうなぐらい、食卓の上にはスーグリの食べた皿が積まれていた。
「遺跡に着くまで食料が保つかしら……」
マルティアーゼは元より少食であり、どんなにお腹が減っていても一人前を食べれば十分であったが、スーグリの何処にこの量が収まっているのか、彼女のお腹を覗いてみたいぐらいであった。
「明日には海に出るんでしょう、私は今の内に水を汲んでおくとするわ、見てるだけで気持ち悪くなってくるわ……」
「では私も手伝います」
「まっふぇ」
マルティアーゼとトムが席を立って水を汲みに出かけると、スーグリは急いで皿のものを口に詰め込んだ。




