96 ディアンドルの野心
「誰も彼もマルティアーゼ、マルティアーゼと……癇に障る呪いの言葉みたい、あんな子いなくなって清々よ……ああっもうイライラする、私は第一公女よ、私がこの国を継ぐ者よ次期公王よ、あの子じゃないわ」
そう悪態を吐きながら後ろで控えていた侍女達に険しい眼光を向けると、侍女達は深々を頭を垂れて目を伏せた。
ベランダに立って眼下の町を見下ろしていた第一公女ディアンドルは、周りがマルティアーゼの話題ばかりしていて気に入らなかった。
嫌いな妹、甘やかされ大事にされていた妹と違い、する事なす事に注意をされ、いつも大人しい妹と比べられていたディアンドルは、大きくなるに連れて手がつけられなくなって癇癪を露わにすると、大公夫妻は注意をするのを止め放任するようになってしまった。
それが余計に苛立ちを募らせる結果になり、侍女達に当たり散らすようになる。
その原因を作ったマルティアーゼを見る度に、怒りと憎しみが胸の奥底から湧き出てくる。
抵抗をしないマルティアーゼはディアンドルにとって都合のいい相手であって、嫌な事やイライラする気持ちが出た時は、彼女に鬱憤をぶつける事で自己の安定を図ろうとするようになった。
マルティアーゼは意地悪な言動や行動をされても反論することなく云われるがままで、少しでも反論しようものならディアンドルの癇癪ともいえる叱責を受けると分かっていたので、ただじっと相手が立ち去るまで我慢するしか無かった。
ディアンドルは自分の立場を彼女に分からせようと様々な嫌がらせをしていて、小さかったマルティアーゼは初めそれは遊んでくれているのだと思っていた。
だが次第に悪口を云われたり大事なものを隠されたり過激になってくると、これは苛めなのかと敬遠するようになる。
父や母に怒られようがディアンドルにとっては毛ほどの事もなく、更にマルティアーゼにきつく当たるようになっていった。
ディアンドルはマルティアーゼの大きな目で見つめられると何故か、心の中を見透かされているようで、よく怒られる私の事を内心馬鹿にしているのではないかと余計に嫌悪が増してくる。
「あんな子が私と姉妹だなんて……身の毛もよだつ、似ても似つかない顔立ちや髪の色は一体何なのよ……、あんなのがこの国の太陽ですって馬鹿馬鹿しい、私の金色の髪のほうが余程太陽のようじゃない、あの子の銀髪なんてひっそりと浮かんでいる月のほうが似合ってるわ」
マルティアーゼが大きくなってくるとその美貌に磨きが掛かって、そこに立っているだけで注目を浴びるようになり、民の前に出る度に大歓声が沸き起こる。
その歓声はディアンドルには呪詛のように自分を見比べられ馬鹿にされているいるようで、声の聞こえない宮殿の奥の部屋に引き籠もるようになると、公の場にも出てこなくなった。
いつしか奥の部屋で行われている怪しげな宴は宮廷内の侍女の間では噂になり、妾となる男を部屋に案内する侍女の姿が頻繁に目撃されるようになる。
侍女達はこのことを大公に知らせようとせず、逆に見つからないように慎重に宮中で仕事をしていた。
雇われた身であり仕事の少ない女性達にとって、宮廷での仕事は計り知れない報酬を貰えるからでこの働き口を失いたくはなかった、それに大公よりもディアンドルの怒りに触れれば何をされるか考えただけで卒倒するぐらいに恐ろしかったのである。
現にディアンドルの怒りを買った侍女の一人は、解雇は勿論、身ぐるみを剥がされ裸一貫で城の外へと放り出され、家族の仕事から家まで全てを奪われた。
此処までは本当にあったことだったが、この後に尾ひれがついて無一文となった家族全員は、誰にも知られずいつの間にかその姿を消されたとまことしやかに囁かれるようになったのである。
男妾もまたディアンドルから多額の報酬を貰える代わりに、部屋での行いには一切他言無用の命がけのお相手をしなければいけなかった。
この国の後継は私であり誰よりも偉いのだ、私に逆らうということは国に対する反逆行為、全ての頂点に立つのは私だけというのが彼女の中には常にあった。
例えマルティアーゼがどんなに国民に愛されていようとも、私の上に立てるものではなく、私の日陰で身を震わせておけば良いものを、何かと落ち着き払った言動が自分より上だと主張して接してくるのが我慢出来なかった。
(けど、もうマルティアーゼも居なくなった、あの男、名を何と……トム、そうトムといった男だったわね、あの子の大事にしていた男、私に従わなかったくだらない男、笑顔一つも愛嬌もない男だったわね、折角私の妾にしてあげようとしたのに断るなんて馬鹿な男だったわ、首にしてやったとあの子に教えてあげた時の顔ときたら堪らなかったわね、ふふふっ、いい気味よ、あの子の物は全て取り上げてみせる、全てよ……でも残念だわ、その本人がもう居ないんですものね、くくくっ)
眼下に見える物に対して冷笑を風に乗せながら、薄く開いた唇から白い歯を見せつけていた。
トントン、と叩かれた扉の向こうから侍女の声が聞こえてきた。
「お入り」
侍女に連れられてきた男は深々とお辞儀をすると、ディアンドルはそこに居た侍女を全員部屋から追い出した。
「待っていたわよ、今日も私を満足させて頂戴ね」
男の服に指を掛け立ち上がらせると、首の後ろに手を回してそっと呟いた。
今日の男はローザンには珍しい浅黒く焼けた肌をしていて、ディアンドルにゆっくりと服を脱がされている間も微動だにせず、成すがままに裸体にされていく。
引き締まった体が現れると、ディアンドルの口から吐息が漏れた。
「さぁ次は私を脱がせて……」
陽が落ちる時間が長くなり汗ばむ季節になってきた陽光輝く晴れた日、何時終わるとも知れない濃密な宴が始まっていった。




