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「この宿です」
町に入ったマルティアーゼ達はスーグリの案内で、彼女の泊まっている宿に到着した。
森の中にあるとは思えないほどに人と建物で溢れ、緑など見えもしなかった。
それに地面は全て石畳が敷かれ、綺麗に掃除がされているので砂埃も立たないぐらい清潔にされていた。
「都会って感じね、町全体が綺麗だわ」
十四まで過ごしたローザンでも綺麗な街並みだと思っていたが、今、目の前で見る景色と比べるとあの国が物凄く田舎臭く感じられ、辺境と蔑まされている理由が分かるほどにアルステルの町は発展していた。
整備された通りは往来に邪魔になるような出店は決められた場所以外では禁止され、常に商人や収穫した野菜を運ぶ荷馬車が止めどなく行き交い、飢えることのない豊かな食料供給は民衆の死亡率の低さや寿命を引き上げていた。
それに伴う人口の多さを国が色々な仕事を推奨することで、働き手を賄い利益を国庫に入れることも出来た。
失業率を少なくさせることが国の繁栄に繋がると第一に考えてきた。
特に農業には力を入れ、足りなくなった土地はいくらでも開拓すればいいだけの広大な森が目の前にはあった。
伐採、農地開拓、建築と働き口も事欠かず、木材を利用してアルステルの南側には多くの家が建設され、人々の集落が増えてきていた。
中央国の中で一番の領土を持つアルステルの人口は日増しに増え、それに伴った兵の募集も行われていた。
「見たところこのアルステルは傭兵が多いな」
宿についた三人はスーグリの部屋で休憩の傍ら雑談を交わしていた。
トムは此処に来るまでに見た街の感想を伝える。
「ここは色んな国から傭兵や旅人が集まるんです、国兵はアルステルの住民しか成れないですが、この国で一旗揚げようとギルドを作って依頼所の仕事で成功してる人もいるんですよ」
「ではあの傭兵達はどこかのギルドということなのか」
「とは限りませんけど、大体の人は何処かに所属してると思いますよ、だっていい仕事をするには人数が入りますからね……」
「まぁ、その分怪しい奴らもいるんだろうな」
「そう……ですね」
それに引っ掛かったスーグリは恥ずかしく思い口ごもる。
「仕方ないわよこんなに人が多いんですもの、誰がいい人かどうかなんて見分けがつかないわ」
すかさずマルティアーゼがなだめながら、トムに目配せをして怒った。
「あっ……、それよりさっきの良いことを教えてあげるわ」
「?」
マルティアーゼが話題を変えようとスーグリに話しかける。
「これよこれ、見て頂戴、どう?」
マルティアーゼが荷物から取り出したのは五つの小袋で、どれもずっしりとな中身が詰まっているようであった。
「……それは?」
トムには見覚えのない袋だった。
「ふふ……、あの男達が持っていたお金袋よ、あとこれも持ってきちゃったわ」
四つのお金袋を合わせるとかなりの額のお金になりそうだったが、マルティアーゼが最後の袋の中身を逆さにして床にばら撒くと、
「これは……」
「あっ……!」
青と赤の輝く石がゴロゴロと床に転がる。
それはスーグリが依頼で受けて集めていた宝石だった、まだ依頼内容の数は揃っていなかったが、石は外の光を取り込み赤と青の光に変えて、色鮮やかに部屋中を照らしていた。
「それは私達が依頼で集めていた石ですよ、まだ集めきっていないから報酬は貰えないです」
「別に良いじゃない、そんな依頼は後で依頼破棄しに行けば、これを売ってもそれなりのお金にはなるはずよね、トム」
「いつの間にこんなものを持ってきてたんですか」
「あの魔道士を倒した時に懐から落ちてきたのよ、その時に他の人達も持ってるかなって思って貰ってきちゃったわ、どうせもう使うことは永遠にないんだから良いじゃない」
「なんとまぁ……、これでは盗賊と変わりませんよ」
トムは呆れた表情で言った。
「ふふっ……」
悪びれた様子もなく、マルティアーゼは薄く笑っただけだった。
「これでスグリに新しい剣を買えるでしょう」
「買えるどころか、良剣を買っても余りますね」
「残ったお金はスグリの当分の生活費に当てればいいわ」
「え……でも、マルさん達は……怪我までしたのに」
「マールよ、いいのよ私達は、お金目的で助けたわけじゃないんだし、早速この宝石を売って武器屋に行きましょうよ、町も歩きたいし買い物も楽しくて大好きよ」
スーグリは本当に貰って良いのか、もしかして後で盗まれた物だと知られたらどうなるんだろうかと諸手で喜ぶことが出来なかったが、マルティアーゼ達は気にもとめていないようでスタスタと外に出て行こうとすると、
「あの、このお金は貰えません……、だって他人のお金だもの、もし盗られたものだと分かったら捕まっちゃうんじゃないですか」
スーグリはマルティアーゼの背中越しに言ってきた。
「? 危ない目に遭わされたのよ、もしあのまま私達が行かなかったら今頃は身も心もボロボロにされていたかもしれないのよ、彼らは自分達のことしか考えていない人達、貴方のことにこれっぽっちも同情なんてしないわ、毎日彼らに夜伽をさせられたまま生きたほうが良かったかしら?」
「それは嫌ですけど……、でもそれは他人の物でしょう」
スーグリはそれとこれとは別の問題だと言いたそうにしていると、マルティアーゼはスーグリに向き直って言い切る。
「国に属していない場所での出来事は自己責任で身を守らなければいけない、そこには倫理や常識なんてないのよ、勝った者が奪い負けた者は失うだけ、何が起こっても自分達で何とかして生き残らないと全てを失うのよ、その考えは生き残れたからそう思うだけで、彼らは仲間が殺られても一言も悲哀の言葉すら出さない人達だった、私達だってあの場で負けていればゴミのような扱いをされて、それでいて何もかもを奪われていたはず、相手に同情なんて言葉は意味が無いし禍根を残さないためには殺すしかないのよ、そう……勝ち残った者が全てを得る権利だけがそこには残るのよ、これから先、一人で生きていくには胆力も身に付けないといけないわね」
マルティアーゼはきっぱりとスーグリに伝える、その横でトムは苦虫を噛み締めたようにこんなか弱い子に酷いことを、みたいな顔をしながら、
「まぁマールさんが云ったことはきつい言い方かも知れないが、国外での出来事に関してはその通りだよ、外で起きたことは国に言った所で何もしてやくれない、西の街道沿いならまだ人が住んでいるから国境警備隊が来てくれるかもしれないが、あの北への道はもう使われていない所だ、わざわざあんな場所まで国が関与するかどうか疑問だよ」
「でも……」
納得がいかないスーグリに、
「じゃあ良いわ、このお金と宝石は私達が貰うことにするわ、貴方には初仕事の報酬として私達のお金から払うことにするっていうのはどうかしら?」
「…………私は仕事を終わらせてないし、マルさんから貰う事はできないです」
そんな子供だましのような事を言っても納得出来なかったスーグリは、受け取るのを拒んだ。
「マールよ、結構頑固ね……」
「……」
じいっとマルティアーゼを見つめるだけでスーグリは何も言わずにいると、
「ああ、もう良いわ、じゃあ付いて来るだけでいいわ、店を教えて頂戴」
イライラしたマルティアーゼがスーグリの手を引っ張って外に連れ出した。




