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それから一日、二日と部屋で休んでいたトムも、マルティアーゼの看病と治療のお陰で少しづつ動くだけの体力が戻ってきた。
「もう体の方も大分良くなりましたし、いつまでもこんな所で寝てばかりいられませんよ、体の筋肉が落ちそうで動いていたほうが楽です」
心配していたマルティアーゼからあと一日ぐらい休んだ方が良いのではないか、という助言もトムは拒否した。
「ほらこの通り」
寝台から降りて柔軟体操をしたトムは、色々と体を動かしてみて何処も痛くはないことをマルティアーゼに見せた。
「あの子の事をどうするのかも考えないといけないですし、挨拶もまだですから」
「それならいいけど、くれぐれも姫様なんて口にしないでよ」
二人で食堂にいくと、スーグリは食事をとっていた。
「あ……」
トムを見たスーグリが慌てて近寄ってくると頭を下げた。
「あの……ごめんなさい、私のせいで怪我をさせてしまって」
「大丈夫だ、もうこの通りだから気にしないでいい、俺はトムだ、君はスーグリだね」
「はい」
「怪我がなくて何より、マールさんから色々と話は聞いていたよ、いつまでも君を此処で足止めさせてるわけにもいかない、取り敢えず話をしよう」
スーグリはトムの端正な顔を見てほんのりと赤みが帯びた。
三人は卓について話をした。
「じゃあアルステルの宿を借りっぱなしのままなの? それはいけないわね、早く帰らないとお金が無駄になるわ」
「そうですね、君をアルステルに送ろう、それに仕事の仕方も教えておかないとまた変な輩に目をつけられてしまう」
「良いことを云ったわ、私もそう思っていたのよ、女の子一人で生きていくには厳しいわよね、仕事だけでなく周りの人間にも注意しないといけないわ」
「あ……、ありがとう御座います、でもどうしてそこまで……」
「してくれるのって? 何だかスグリちゃんを見てると自分と重ね合わせちゃうのよ、お節介かしら?」
マルティアーゼが首をかしげてスーグリを見た。
「いえ、そんなことは……、スグリ……スグリでいいですよ、ちゃんだなんて何だか恥ずかしい……」
「ごめんなさいね、そうねもう十五なんですもの、大人として扱わないと駄目ね、いいわスグリ、私達に他意はないわ、ただちょっとした気まぐれってだけよ、その気まぐれに少しばかり付き合って貰えないかしら?」
マルティアーゼの言葉が本当なのかどうか、この二人もあの男達と同じように人を騙すのかと考えたスーグリだったが、それを確かめる方法も知らず、わざわざ道を変更してまで助けてくれた人達が名もなき一女子を騙して何の得があるのだろうかと考えた。
結局、外の人間との付き合いに慣れていないスーグリにとって、まだ人を信用するしないより、何かを失って困るかどうかのほうが強く、今の自分に無くなっても困るものはないと思うと気が楽になった。
(自分の身だけ守れれば……今は沢山経験していろんなことを覚えないと……)
「分かりました、よろしくお願いします」
三人は話し合ってその日に宿を出た。
スーグリの馬はなかったので、マルティアーゼと二人で乗り込んで街道を西へと歩みながら、
「君は剣士なのか、どこで剣を覚えたんだい?」
ガチャリガチャリと足に当たる金属音が気になっていたトムは、スーグリに腰の剣について聞いてみた。
剣士として武器については興味があり、スーグリの古ぼけた鞘は網目模様に縄で巻かれていて滑り止めの代わりにしているようだった。
鞘自体割れ目や傷でボロボロになっていて、かなりの年代物に見える。
「お爺さんからです、昔は剣士だったらしくこの先役に立つかどうか分からないけど、女でも覚えておいたほうが良いと教えてくれたんです」
「それにしてもその剣では重くはないか、もう少し体に合った物を使ったほうが良いと思うが」
彼女の足の長さほどもある長剣は刀身の幅も広く、女の子が体を鍛えたとしても振り回すにはかなりの力が必要だと感じていた。
「もう少し細身の剣か……それとも槍のほうが良いかもしれないな」
「そうですね……前から重いとは感じていたんですが、でも新しい剣を買うお金もないし、その前に仕事をして稼がないと生活も出来なくなるから、頑張って稼いでから買い換えるようにします」
「大丈夫、その点は町に着いたら直ぐに解決よ、ふふっ」
「どうしてです? 何かあるんですか」
「それは着いてからのお楽しみよ」
マルティアーゼは一人くすくすと笑いながら、見上げてくるスーグリの顔に微笑んだ。
一行は二日掛けてゆっくりとアルステルに入っていった。
深い森は一日行くと次第に開けてきて、街道が二叉に分かれていた。
北に向けて左に折れればエスタル方面に、右に行けばアルステルへの道になっている。
勿論マルティアーゼ達は右に曲がりアルステルを目指す、そこから少し進めば検問が見えてくる。
アルステルの検問所を抜けると、街道沿いにちらほらとお店や宿屋も点在しており、その宿で泊まった一行は次の日にアルステルの町に到着した。
「あれは西大城門です」
スーグリが指を差してマルティアーゼに教える。
高い城壁に四角い大きな開門されたまま、そこから商人の馬車やいかにも傭兵らしき風貌の人達が出入りしてくる。
マルティアーゼ達はすれ違い様にジロジロと人々からの視線を浴びながらも、門へと近づいていく。
見られているのが恥ずかしいのか俯いて視線から逃れようとしているスーグリの頭に、マルティアーゼがそっと手を置いた。




