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銀の魔導   作者: 雪仲 響


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91 か弱き剣士

「傷の方はどう……、まだ痛むかしら?」

「だ、大丈夫です……」

 魔法で治療を行った後、街道の宿屋までなんとか戻ってくることが出来たマルティアーゼは、教えてくれたお婆さんの宿でトムと助け出した女の子を部屋に寝かせつかせた。

 マルティアーゼに怪我はなかったが、トムの体力は著しく落ちていて、寝台に横になると気を失うように眠ってしまった。

 朝まで看病を続けていたマルティアーゼが顔を洗おうと部屋を出た時、隣の部屋から女の子が顔を出してきた。

「よかったわ目が覚めたのね」

 栗毛の髪に黒い瞳の女の子が驚いてマルティアーゼと目を合わした。

「……? あの……ここは何処ですか?」

「街道沿いの宿屋よ、ああ……そうね顔を合わすのは初めてよね、私はマール、貴方のことをこの宿のお婆さんが心配してたのよ、だから私達が代わりに後を追ったら乱暴されそうになっていた所に出くわしたのよ」

 女の子は自分の着ている服が宿の寝間着になっているのに戸惑っているみたいだった。

「あの……私、一緒に居た男の人達に……」

 女の子が身震いをして、自分の服装に目をやった。

「心配しないで何もされていなかったわ、それは私が着せてあげたのよ、丁度良いわお腹空いてない? 食事でもしながらお話しましょう」

 一緒に階下に降りていくと宿の老婆から心配の声を掛けられたが、女の子は自分のことにこれ程まで心配されていたなどと思っていなかったので、かなり驚いていた。

「あたしらは此処で沢山の傭兵、旅人と出会ってきたんだよ、悪党かどうかぐらいひと目みりゃ分かるさ、この人達が通り掛かったんであんたの事を教えたんだよ、あたしの勘が当たったね、やっぱりあの男達は悪党だったんだね」

 老婆が手でマルティアーゼを指し示して、女の子に教えてあげた。

「それで彼の怪我の方はどうなんだい?」

 老婆はトムの様子について、マルティアーゼに聞いてきた。

「え……、怪我をしたんですか? 私の為に……そんな……」

 女の子は自分を助けるために怪我をしたことに驚いた。

「ええ……傷の方は問題ないけれど、出血が多くて体力が落ちているみたい、まだぐっすり眠ってるわ、起きたら何か力のつく食事をお願い出来ないかしら?」

 マルティアーゼが老婆に答えた。

「この辺りだから良いものはそんなにないけどね、出来るだけの料理を作ってあげるよ」

 老婆は任せておけと、自分の胸を叩く。

「ありがとうお婆さん、私達にも何か食べさせて貰えないかしら?」

「あいさ」

 老婆が急いで奥に引っ込んでいくと、マルティアーゼ達は席についた。

「あの……本当にごめんなさい、私の所為で怪我させてしまって……」

 女の子は申し訳なさそうに謝ってきた。

「謝ることはないわ、私達が勝手にしたことだから、それより名前を教えてくれないかしら?」

「えっと……スーグリ、アルコット・スーグリです、皆からはスグリって呼ばれてます」

「スグリちゃんね、幾つなの? 私は十六……ぐらいかな」

「?」

 長い旅で大体の年齢しか覚えておらず、南方の暦の読み方が違うため、北方の暦を知らなければローザンから出てどの位の年月が過ぎたのか確認が取れなかった。

「可笑しいわね、長い間旅をしてると月日を忘れてしまうわ、一年以上は経ってるはずなんだけど……」

 マルティアーゼがふふふっ、と笑った。

「私は十五です、ミーハマットの小さな村から来たんです……あのぉ、それで私と一緒に居た人達は……どうなりましたか?」

「殺したわ、よく喋る人だったわね、あの人達とはこの仕事で出会ったと聞いたけれど、気をつけないといけないわよ、ふふっ私も人の事は言えないけれど」

「……そうですか、いい人達だと思ってたんですけど……、私の育ててくれたお爺さんとお婆さんが死んだから村を出てきたんです、村の人達はいい人ばかりだったから外でも同じだと思ってました、あの人達とは依頼所で会って色々と仕事について教えてくれるって云ってたから一緒に来たんですけど……」

「誰かに相談出来れば良かったのに……というのは酷な話よね、ううん……知り合いもいないのよね、……困ったわね」

 俯いた彼女の短く波打った栗毛の髪が、大きな目を隠すように前に垂れてくる中で、キョロキョロとせわしなく視線が動いていた。

「だって村で若いのは私だけだったし、友達もいないから……」

 おどおどとしている彼女を見て、マルティアーゼは何だか昔の自分の事を思い出していた。

 いつも姉のディアンドルから何かを言われるのではないか、どう思われているのかと気に病む日々のことを。

 それから逃れるように常に頭にあったのは、想像する外への自由だった。

 あの頃の自分も外の世界は皆楽しく人々が過ごしていると思っていた、その謳歌する日々の中で自分も一緒に過ごしてみたくて国を出てきたが、現実は人の欲望や弱い者には過酷な生き方が待っているのを見てきた。

 マルティアーゼにはトムがいたから此処までやってこられたが、目の前にいる彼女は若くそれに一人、何も分からずそれでも勇気を振り絞って外に出てきたのだ。

「凄いわ、一人で知らない場所に行くなんて、私も外の世界の事は何も知らなかったのよ、連れがいてくれなければ此処まで旅が出来なかったわ」

「だって、村は貧しく年寄りばかりだし、生きていくには仕事をしないといけないから」

「ミーハマットでは仕事を探さなかったの?」

「探したんですがあの国は林業が主だから、私みたいな女性は中々雇ってもらえなくて、町でアルステルなら沢山の仕事があるって聞いて来たんです」

 スーグリはマルティアーゼと目を合わせるのが恥ずかしいのか、もじもじと手を揉みながら話していた。

「そう……アルステルは仕事が多いの、私はまだ行ったことがないけれど」

「い、良いところですよ、私もまだアルステルに来たばかりですけど、大きな国で南には畑が広がっていて沢山の果物や野菜を作ってるんです、町には人がいっぱいいるし賑やかなんです、あんなに大勢の人は初めてみました、それに……それにえっと、食べ物も美味しいものが色々あって、まだ食べたこともないですけどウサギ肉とかネズミ肉とか、えっと他にも変わった肉や野菜があるんです」

 マルティアーゼが行ったことがないと聞くと、何とか得た情報を教えようと興奮気味に一生懸命説明してくるのを、マルティアーゼはぽかんと口を開けながら話を聞いていた。

「良い所そうね、エスタルに行くつもりだったけれどアルステルに行ってみようかしら」

 そう云うとスーグリの顔に笑顔が浮かんだ。

 運ばれてきた食事にも元気が出てきたのか、黙々と料理を口に運んでいく。

 食事を終え一旦部屋で休むようにスーグリに伝えると、マルティアーゼはトムの食事を貰い受けて部屋に戻った。

 スーグリの方は自分のせいで怪我をしたトムを見舞いたかったが、動けるまで待っていて欲しいと彼女を説得すると、仕方なく部屋に戻っていった。

「起きたのね」

 肩の傷と耳の裂傷も取り敢えず傷を塞ぐことは出来たが、まだ痛々しく傷跡は残っている。

「骨に当ってなくてよかったわ、まだ傷口が痛むと思うけど食事の後にもう一度治療をしましょう」

「有難うございます、で、あの子は?」

「怪我もないし元気よ、ミーハマットからアルステルに出てきたんですって、一人で出てきていきなりあんなことになるなんて可哀想ね、貴方が動ける様になったら会わせるわ」

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