90
一方、トムは片手でオファンの剣撃をいなしながらの防戦一方だった。
またあの凄まじい突撃が来るのかと警戒していたため、剣を繰り出すのをためらっていたのである。
「はははっその傷だ、ここまで剣を出すことも出来まい、片手で長剣は辛いよな、おらおらっ、どうだこの剣撃はぁ」
正直、この男の剣撃は大したことはなかった。
片手で剣の振りは遅くなっていたが、十分トムの筋力でも対応することは出来たが、それも長くは続かないこともよく知っていた。
「ほれっほれっ」
(出してこない……何故だ、手負いだから舐めているのか、それとも他になにかあるのか)
マルティアーゼ達の方からは大きな爆音と明かりが断続的に起こっていて、早くオファンを倒して手助けに行きたく思ってた。
何合という剣を受けながらじりじりと後ずさりをして、一向に手が出せずに空いての剣筋を見極めるだけだった。
「そろそろ決めちまうか、あの女のことは俺達に任せときな、せいぜい可愛がってやるよ……っと」
オファンが大きく振りかぶる。
(くるか!」
剣先が真っ直ぐトムの胸にめがけて飛んでくる。
(遅い……)
軌道は分かっていた、トムは即座に剣を叩き落とすと地面に突き立てる。
「さっきの剣とは違うみたいだな」
トムはそのまま水平にオファンの首に向けて剣を薙いだ。
「くっ」
オファンは首筋にトムの剣が届く寸前、剣から手を離して後ろにのけ反り既の所で攻撃から逃れた。
「やべえやべえ、もう少しで首が胴から離れる所だったぜ」
汗を拭うオファンが苦笑いをした。
「剣士が剣を手放すなどと……」
トムは振り抜いた剣の勢いを消さずに手首を返して突きを繰り出した。
「ふっ……」
オファンは腰から短剣を取り出すと、トムに投げつけた。
「!」
本能ともいうべき反応でトムは顔を背けた、すると顔があった空間にオファンが投げた短剣が空間を切り裂いた。
顔面を正確に狙って飛んできた短剣は、トムの右耳をかすめるように後ろへ通り過ぎていった。
「……」
危険と認識するよりも体が勝手に動いて避けることが出来たトムだったが、完全に避けきれずに耳を切られてしまっていた。
生ぬるい血が首筋に滴り落ちる感触を覚え、一旦距離を取るため後ろに飛び退いた。
「よく避けたな、普通のやつなら今ので死んでたぜ」
「…………」
トムは自分の耳を触ると、耳たぶの上に裂け目が出来ているが分かった。
(この男……剣士らしからぬ手癖が悪い奴だ)
「剣技は自己流か……」
「自己流? ああそうだぜ、そんなもの勝てばいいだけだ、技とか型にはまったやつは弱えやつのすることだ」
「では先程の剣撃もその一つだということか」
「は? ありゃあ仲間の風を利用しただけだ、早かっただろう、くくくっ」
「……そうか」
(追い風を利用した剣撃ということなら得心した、この男の技ではないということだな、ならもう恐れるものなどない)
もう警戒する必要もなくなればと、トムは剣を握りしめた。
オファンは地面に刺さった剣を引き抜くと、剣を肩に担いだ格好をした。
「無駄な体力を使うのは止めだ、後がつかえてんだ」
髭がハの字に広がり、白い歯を見せつけてきた。
「来い!」
トムが一喝した。
二人の距離が一気に縮まり交差する剣の奏でる音が森に響いた。
トムもおファンも振り向きざまに剣を振り、何合もの連続する金属音が闇夜を引き裂いた。
トムの血管が浮き出るほど固く力を込めた右腕は、一本の鉄の棒と化したように剣の衝撃をもろともせずに跳ね返し、一気に剣先をオファンの喉元に突き刺した。
「ぐっ……ごぼっ……ぶっ」
静かになった森の中で信じられないという表情をしたオファンは、立ったままの姿勢で喉から流れ伝う自分の血を見つめたまま絶命していった。
「……はぁはぁ」
トムは荒い吐息を吐きながら、オファンの喉に刺さった剣を引き抜いて片膝をついた。
(なかなかの剣士だったな)
ズキッ、と伝わる腕の痛みが朦朧とした意識を繋ぎ止めてくれていてよかったと思ったが、多量の出血はほっとしたトムから一気に意識が持っていこうとする。
「トム!」
マルティアーゼが駆け寄ると、トムの傷を見て直ぐに魔法での治療が行われた。
止血を済ませるとトムの体力がある内に、早く宿に戻ろうと考えた。
止んだとはいえ、雨で冷えた体を温めない事には死んでしまうかもしれない。
マルティアーゼは一人では馬に乗れそうにないトムを手伝ってやると、急いで自分も馬に乗り込んだ。
彼女の胸元には女の子の頭が寄り掛かっていて意識はなく、しっかりと体を支えながら二頭の馬は街道を引き返していった。




