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ベル山の頂上は常に噴煙を上げ赤く光り、夜の目印には丁度良い明るさを保っていて、夜の街道を走っていてもどの位まで来ているか距離はつかめる。
周囲の森からの怪しげな物音と川のせせらぎだけしか聞こえてこなかった。
「もう足元が見えないので何処かで止まりましょう、これ以上は危険です」
速度を落として街道を歩き出したマルティアーゼは、手の平から青白い鬼火を出して足元を照らして見た。
所々石畳が剥げ窪みが出来ていて凹凸が激しかった。
そこを知らずに走っていて馬が挫けば、マルティアーゼもろとも大怪我をしていたかも知れなかった。
「ふう、今日はこの辺りで野宿しましょうか」
流石に森の中で眠りたいとは思わず、道の真ん中の比較的平らになっているところを見つけると、そこで夜を明かす事に決めて馬から降りようとした瞬間、
「きゃあああ……」
女性の声が聞こえてきて、
「行くわよ、あっちね」
走ってきた街道を戻りながら二人は聞こえた方向に向かう。
辺りを見回すが漆黒の森では周りの状況がわからなかった、マルティアーゼは鬼火を強めて周囲を照らし出し、女性が何処にいるのか探ってみる。
しかしそれきり女性の声は聞こえてこず、うろうろと街道を行ったり来たり走り回っていた。
「大声を出しても、こんな辺鄙な場所には誰もいないよ」
「うへへっ、今夜は楽しい夜にしようじゃないか」
「ほら、暴れないで、怪我をするよ」
「……いっ、いや……」
熟睡中を狙って男達三人が手足を掴み、服を剥がそうとしているのに目が覚めた女の子は、大声を上げて逃れようと必死に足掻くが男三人の力ではびくともせずに涙だけが溢れてきた。
「あまり乱暴はしないように、僕たちは君を殺そうしてるわけじゃないよ、楽しく遊ぼうって思ってるだけだ、報酬も貰えて気持ちよくにもなって楽しく旅にしようじゃないかい?」
一人、男達から離れた場所で焚き火に当たりながら、魔道士の男がニヤニヤしながら女の子にいってくる。
「酷い……いい人だと思ってたのに……」
女の子は涙ながらに魔道士に訴えかけた。
「僕はいい人だよ、君みたいな可愛い子に乱暴なことはしない、僕は君とこれからも楽しくこの仕事をしていきたいからね、初めだけだよ、きっと君も快楽に身を投じれば僕達のことを悪い人間だと思わなくなるよ、ほらこれを使って……」
魔道士が男達に小さな袋を投げつけた。
それを受け取った男が袋を開けて女の子の口を塞いで嗅がせた。
ぼんやりと頭の思考が薄れていくのを感じると、力が急に入らなくなってだらりと崩れ落ちる。
(頭が痺れるよう……、駄目なのに意識が……駄目、寝ちゃ終わってしまう……)
消えかける意識の瞬間、残っていた力を振り絞って、
「助けてぇぇぇ、いやあぁ……」
そこまで言って、ことりと女の子の頭が地に落ちて意識を失った。
「これで楽しく出来るってもんだな」
「泣き喚いてくれたほうが興奮するんだけどなぁ」
「……くくくっ」
男達は満面の笑みを浮かべ女の子の広げた手足を弄るように、男達は卑猥に手を滑らせて着ているものを脱がし始めた。
革鎧を剥ぎ取られ、布の服だけになった女の子を舌なめずりするように三人の視線が注がれ、それぞれの手が女の子の肌に触れようとした時、どこからともなく火球が飛来し魔道士の周辺に落ちて爆発すると、辺り一帯が明るく熱風が襲う。
「トム!」
「はい!」
ぐんぐん速度を上げて三人の男達に向かって行ったトムは、剣を煌めかせて斬りかかった。
「ぐあ……」
「なんだ、てめえは……ぐふっ」
「くそっ」
三人目の男は腰の剣を抜いてトムの剣を受け流して後ろに飛び退くと、剣を構えたまま魔道士に叫んだ。
「おいムラン、ズイ達が殺られた、盗賊か……」
すっと立ち上がった魔道士ムランがトムを見て、
「いや……こんな場所に盗賊が来るわけがない誰だい君は、同業者……なのかな、僕たちは君から恨みを買った覚えはないが」
冷静にトムを見つめながら質問を投げかけながら、ムランは後ろ手に杖を握って臨戦態勢の構えをとっていた。
トムの後からやって来たマルティアーゼが直ぐさま馬から降りると、女の子に駆け寄った。
「トム、意識がないわ、死んだ……のかしら」
ぐったりと横たわった女の子を見て、マルティアーゼは殺されてしまったのかと思った。
「死んではいないよ、眠ってるだけだ……が、一体君達は誰かね、どうして僕達を襲うんだい、説明が欲しいところだが?」
ムランがマルティアーゼに答えた。
「お前達が女子を連れて不埒な事をしそうだと聞いたのでやって来たまでだ、別段お前達に恨みも興味もない」
トムがムランにそっけなく言うと、
「おいおい、そんな憶測で犯罪を犯したわけでもない二人を殺したって? 彼らが何をしたっていうんだい、無粋にも程があるだろう」
やれやれと云ったその表情には、これっぽっちも仲間の死を悼む感情が表れていなかった。
「では何故その子は悲鳴を上げて意識がないんだ、これから何かしようとしていたのではないのか」
「さぁ? 僕はここで野宿をしていただけだ、大方夢でも見て寝ぼけていただけではないのかな」
「初めて会った人間の前でこんな格好で寝るのか、随分とお前達に心を許しているのだな」
トムが女の子に目をやった。
雨がポツポツと降り出してきた夜は気温はぐんぐんと下がってくる、だのに薄い布の服だけでは寒くて眠れなくなるだろう。
マルティアーゼは自分の外套を脱ぐと女の子を包むように掛けてやった、それを眺めながらムランが、
「そうだね、僕はとても彼女に親切だったからね、彼女の方も僕に心を打ち解けてくれてたみたいだ」
あくまで善良な人間を演じようとしているのがバレバレではあったが、証拠もないのだからと高を括っているのかもしれない。
「まぁそれはこの女子が目覚めれば分かるはずだ、この子は我々が保護する」
「それは駄目だよ、僕達と共に仕事をしているんだ、それに君達こそ彼女に何かするんじゃないか、僕たちは彼女を守らないといけないよ」
「口の減らない奴め……」
「じゃあどうするつもりだね」
にやりとムランが笑ったのを見て、トムは剣を握り直して魔道士と剣士に向き合った。
次第に雨粒も大きくなり、耳に入ってくるぐらいの雨音になってくる。
(一人は剣を持っているが、もう一人の男は武器を持っていないのか)
相手の男達はじっとしたままこちらが動くのを待っているようだった、周囲を照らしていた焚き火が雨で消えかかっていて、少しづつ暗闇が増してくる。
(暗くなる前に片をつけたほうが良さそうだな)
雨が髪から雫となって落ちる前にトムが動いた。
姿勢を低く取って剣士の男に向かっていく、すると急に前方からもの凄い強い風がトムを襲ってきた。
一瞬トムの体が浮くほどの風に押されて、体制が崩れる。
「あっ……」
勢いを殺されたトムに、キラリと閃く剣が伸びてきた。




