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銀の魔導   作者: 雪仲 響


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86 西の街道

「よし、剣を貸せ!」

(ふふふふっ、今日から毎晩あの女と……)

 郊外に出た五人は野原の広い場所に移動すると、トムは自分の剣をデュースに渡すと対峙した。

「あっ……私達が勝った時の報酬を忘れてたわ」

 勝負の前にマルティアーゼが思い出したように言ってきた。

「何が望みだ、金か」

「お金なんていらないわ、私達が勝ったら……今日私達と出会ったことを無かった事にしておいて頂戴、誰にも言わない話さない教えないってことでどうかしら?」

 デュースは鼻で笑って、

「そんなことでいいのか……構わないよ、君が勝ったら僕やこの二人にも絶対に誰にも話さないようにすると誓おう」

「ありがとう、じゃあ一回勝負よ……始め!」

 トムとデュースとの間合いをはかりながら、腰を落とした。

 一方、デュースは剣が重いのか、剣先を地面に引きずりながらじわりじわりとトムに迫っていく。

 間合いなど知らないデュースは一気に剣を肩に担ぐように持ち上げて、トムに振り下ろした。

 トムはあまにも遅く太刀筋も丸分かりの剣を軽く避けた。

 それでもデュースは何度も力を振り絞っては剣を持ち上げてトムに襲いかかっていった。

(何だかこの男が憐れに思えてきたな、姫様の遊びに本気になるなど男としての意地もあるんだろうが、それに見合うだけの力がない、これでは道化だな……、姫様の悪ふざけを治させる為に、いっその事負けてやるのも良いかも知れないが、まぁそんなことは絶対に出来ないが……)

 ローザン第二公女が沿岸州の小国の大臣の妾になったなどと知られれば、大公陛下は全軍を連れて取り戻しに来るかもしれない、とトムの脳裏に浮かんできた。

(そうなれば俺は何故このような事態になったのか、死ぬまで追求されるだろう)

 トムはひょいひょいと剣を躱しながらそんなことを考えていた。

 その間も、デュースは必死にトムに詰め寄っては剣を振り下ろすが、中々当たらずイライラしながら汗でびっしょりになっていた。

「くそっ、くそっ、どうして当たらないんだ、もう少しなのに……」

(そろそろいいだろう、あまり長い間相手をするのも彼に悪い気がする)

 トムは逃げるのを止め、振り上げようとしたデュースの懐に飛び込むと、手首を掴んで背中に回した。

「痛いぃぃ」

 後ろ手にねじ上げられた腕に悲鳴を上げたデュースが、たまらず膝をついて崩れ落ちる。

「痛い、腕が折れてしまう、まいっ……た」

 トムは直ぐ様手を放して解放してやった。

「痛い……腕に力が入らなくなった、折れてしまった」

「しびれただけで折れてなどない、暫くじっとしてれば元に戻るさ」

(それにしても細い腕だな、俺はほとんど力など入れていないんだが……)

 腕を折ってしまいそうな女性の腕みたいで逆に力加減が難しくて、トムのほうがひやひやするほどだった。

「勝負ありよ私の勝ちだわ、勝負は勝負よ、約束は守ってもらうわね」

 慌てて従者二人が駆け寄り、デュースの怪我を心配した。

 デュースは起き上がるとマルティアーゼに向かって、

「わ……分かってる、僕だって武器を使って素手の者に負けたなんて言えないよ、約束は守るよ」

「いい心掛けね楽しかったわ、少しは男性として見直したわよ、ふふっ……じゃあまた何処かで会いましょう、さようなら」

「……え? また会えるのかい?」

 デュースに答える間もなく、既にマルティアーゼ達は馬に乗り込んでいて、目配せをトムにすると一気に北へと街道に戻っていった。

 残されたデュース達は、

「また……会えるんだ……」

 ほんのりと頬を赤らめていた。




「あんな約束をしても大丈夫なんですか?」

「え? また会おうって云った事?」

「いえ違います、手配中の我々のことを誰にも話さないってことです、少なくともあの従者二人は守るとは思えませんが……」

「別に良いのよ、私達が国を出るまでの時間稼ぎだから、二、三日の時間位は守れるでしょう、ふふっ……でも久しぶりに楽しかったわ、彼は思ったより素直だったわね」

(姫様が意地悪いだけですよ……)

 口に出しそうになったのをぐっとトムは堪えた。

 ぐんぐん加速しながら二人は二日掛けて北を走破して国境の検問所を抜けると、ようやく一息つくことが出来た。

「やっと沿岸州から出られましたね」

「そうね、長く暑い旅だったわね」

 海岸沿いの街道を歩きながら、今来た道を振り返った。

 長く遠い道のりだった南方への旅は、幾つもの思い出と悲しみが詰まっていて、二人の胸に去来していた。

 ミーハマットの海岸に打ち寄せられてから、ずっと暑い気候で過ごしてきた。

 砂漠の暑さは別格に苦しく、自然の恐ろしさを痛感した場所でもあった。

 不思議な場所から戦闘まで数多くの死と出会いもした南方。

 しかし、目の前にそびえる大連山を越えれば、そこから北方に入る。

 マルティアーゼの胸には、何か心なしか故郷に戻ってきたような、肩の荷が下りたみたいに安堵感が蘇ってきていた。

 故郷ローザンはまだまだ遠く、果てしない距離を行かねばならなかったが、北方という地域に入るだけでも気分は全く違った。

 新街道との丁字路を過ぎて真っ直ぐ北上していく。

 連山の高い斜面を見上げながら街道を抜けると、大きな大森林が見えてくる。

 L字型の連山が終わり、その内側を一面の森で覆われていた。

「深い森の場所……、この中に迷い込んで生きて出られた者など居ないと言われるほど深く常に薄暗い森、陽の光も地面まで届かず、のたれ死んだ者は苔に覆われ森に消えていく、または彷徨う内に生きとし生ける物はなんでも襲いかかるという亡霊がいるらしいわね、森の掃除屋って言うらしいわよ」

「変な気を起こして、見てみたいなどと云わないで下さいよ」

「自殺志願者じゃないって云ってるでしょう」

 まだ二人が歩いている海岸沿いは明るく、気持ちのいい散歩のような気分だったが、エスタルに行くにはこの森の中を走る街道を抜けて行かなければならない。

「西の街道に入れば暫くは森の中の旅路になりますよ、次はいつ海を見られるのか分かりませんね」

 西の街道、中央国と呼ばれるエスタル王国を中心に北のサスターク国、南のアルステル国の三国と繋がっている街道だった。

 街道は古く、エスタルが北方を統一したあとに作られた道は、年季の入った石畳が風化によって割れ、隙間から雑草が生えたままになっている。

 昔、この西の街道は、まだミーハマットなどの南東地域とは交易を行っていなかった時の、唯一南方との交易路だった。

 後に連山越えの街道や東の沿岸にも街道が出来ると、中央国の交易に広がりを持ち始めた。

 沿岸州でしか買えなかったものが、南東地域の国々からも取り寄せる事が出来ると、西の街道を通る商人も減っていき、旅の順路も幅広くなったことで人通りが減り、その上、徐々に大森林の中には不気味な獣が目撃されたり、国から逃げてきた犯罪者が住み、街道の治安が悪化したのも人が減った原因であった。

 深い森は誰隔てなく生き残れる者を匿い、身を隠す場所にはもってこいの所だった。

 かく言うエスタル王もこの深い森に国を建て、富国強兵の時を稼いで力をつけてきた場所でもある。

 力あるものには庇護を、無き者には死を。

 それがこの大森林の中での唯一の掟なのだ。

 それでも街道が廃る前の、常時誰かが賑やかに馬車や馬を走らせて往来を見せていた時は、怖い場所という印象もなく各宿場町では時折祭りのような人だかりで商売も繁盛していた。

 長い街道には幾つもの宿場町があったが今は半分ほどに減っていたので、街道を抜けるのに二週間以上掛かる道程の中、その間にある宿場町をうまく泊まっていかなければ、道の真ん中で野宿をする羽目になってしまう。

 なので、慌てず時間と距離を宿で聞きながら、次の宿にするかここで泊まるかの判断をしながら進まなければならなかった。

「地図ではもうすぐ西の街道に入りますよ、あっ……あそこです」

 湾曲した海岸沿いを歩きながら地図を見ていたトムが、対岸に見える丁字路を指差した。

 その場所に行く頃には陽が沈みそうな位遠くにあり、街道に入る前に何処かで野宿をして明日の朝から街道に行くことにした。

マルティアーゼの火付けの手際も腕を上げ、休む場所が見つかると直ぐに荷物から火打ち石を取り出して、かき集めてきた枝を細かく短剣で切り刻むと、そこに火種を落とす。

 海岸沿いの岩場で暖を取りながら、干し肉が柔らかく脂がじんわりとにじむまで火で炙る。

 何度も繰り返してきたであろうお決まりの作業も、すっかり様になっていた。

「もう少し寒くなるかと思っていたけど、そうでもないわね」

「そうですね、今このあたりの気候はどうなんですかね、一年以上南方にいましたから分かりませんね」

「少しは涼しくなっていてくれればいいけれど……」

 海から生暖かい風が波の音に合わせて流れてくるのを、目を瞑りながら肌で感じていると、うつらうつらと睡魔が襲ってきた。

 さざ波を聞きながら優しく撫でる風に、知らぬ間に二人は眠りに落ちていった。

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