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銀の魔導   作者: 雪仲 響


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84

 出港してから七日が経とうとしていた。

 海に出て直ぐに雲行きが怪しくなり、嵐に見舞われて揺れ動く床に目が回り、乗ってきたお客の殆どが倒れてしまった。

 三日間は船の揺れに慣れず船酔いで食事も喉を通らなくて船室でぐったりとしていたが、嵐が収まり揺れが緩やかになるとようやく気分も回復してきたので、外の空気に当たろうとマルティアーゼは甲板に出て、久方ぶりの外の空気を吸った。

「……ふう」

 さすがのトムも海は慣れていなくて共に倒れていて、青ざめた顔をしながらもマルティアーゼと一緒に外に出てきた。

 甲板には多くの人が外で気持ちのいい空気と景色を堪能していて、進行方向の左側には水平線しかなく、青い空と白い雲、紺色の深い海の三色しか見えず、どこまで先を見渡しても島一つ見えなかった。

「海って何もないところなのね、それとも渡りきれば何処かの国があるのかしら」

「陸地が見えないと不安で仕方がないです」

 吹きすさぶ風で乱れた髪を手で押さえながら、止まっているかのような海をじっと眺めていた。

 反対に甲板の右側からは遠くに薄っすらと島の影が見えていたが、景色そのものは砂地と岩山、それとまばらに生える枯れ木のせいで、痩せこけた薄茶色の見慣れた荒涼とした陸地が見えるだけだった。

 この辺りは不戦協定の空白地帯で町などの大きな集落地はなく、時折旅人が泊まれるように、小さな小屋らしき宿屋が数件立ち並んでいるだけだった。

 それすら船の上からは点にしか見えないので、マルティアーゼは気づきもしなかった。

 船の縁から海面を除くと櫂は出ておらず、帆が風を受け止め大きくしなりながら船を北へと運んでいた。

 船員が甲板に出てきては、現状どの辺りまで来ているか定期的に説明してくれていて、もうそろそろムングロ国の領海に入るのだと云っていた。

「この船もムングロ国に入港するんでしょうかね」

「……どうかしら」

 アーリはどうなったのか、彼の言い分で国の体制に変化が出たのか、それとも犯罪者として捕まってしまったのか。

 彼は自分の意思で腐敗した国に変革をもたらせようと国に残った。

 罪もない若い女性を誘拐し、金儲けのために働かせていた男爵を告発し、貴族の特権に一石を投じようとしている。

 国民も貴族がミレーンの町で行っていた裏の顔を知ったことで、国としても無視するわけにはいかないはずだが、貴族の力は現実問題としてかなり強い、アーリを投獄したまま何事もなかったかのように風化させようとするかも知れなかった。

 マルティアーゼ達もどうなったのか知りたくはあったが、ムングロ国に捕まるわけにもいかず、ただアーリの安全を願うだけしか出来なかった。

 ちらりと、マルティアーゼはトムと目を交わしただけであったが、彼も同じ思いをしているようだった。

 何せトムはアーリから先生と呼ばれていたほどの仲だったのだ、慕ってくれていた者の安否を気遣うのは当たり前と言えよう。

 次第に陸地には町らしき密集した建物が見えてきた。

「もうムングロ国に入ってたみたいね」

 幾つもの港町を通り過ぎ目的の町が見えてきたが、マルティアーゼ達の乗った船はそのまま漁港を素通りして、止まる事なくその場を後にしていく。

 しかし、最後方に進んでいた一番大きな貨物船とムングロ行きの客船だけが、船団から離れて入港していく。

 その行動は北上しながらケルテ国、ディストレア国も同じで、次々と領海に入り安全が確かめられると船団から抜けていく。

 最後に残ったマルティアーゼ達の乗るベストラ行きの貨物船と客船だけが、最後まで四隻の護衛船に守られながら、ベストラの漁港に入っていった。

 メラルドから出て十七日、途中二度の嵐にあって予定より二日遅れたが、やっと長い航海の旅を終えることが出来た。

「結局海賊に会わなかったわね」

「それが一番ですよ」

 長い航海は始めの内、海を眺めて時間を潰せていたが、何もない海と陸に見飽きてしまうと、船室で寝ていたり食堂で時間を潰すだけになっていた。

 馬を引き連れて甲板に出てくると、

「どうだった? 少し長くはなっちまったが海賊に会わなかっただろう、俺は海に守られてんだ、はっはっ」

 あの肥えた男が自分が乗ってたから安全に到着出来たみたいに、マルティアーゼの背中を叩くと笑いながら船から降りていった。

「まぁ……なんて人なの」

「ふむう……、あの男といると悪いことに遭わないのか」

「…………なにそれ、じゃあ貴方はあの男の人と一緒に旅すればいいじゃない」

 マルティアーゼがふくれっ面で降りていくのを、トムは慌てて追いかけた。

 じわりと地面の固さを踏みしめるのが懐かしく、足がしっかりと吸い付くような感覚に安心感を覚えて、二人はベストラに降り立った。

「やっぱり陸地が一番ね、船の上はずっと宙に浮いてたような気分だったわ……」

「食料も水もたんまりとありますし、このまま国を出ましょう、此処に居て顔の見知ったものに出会わないとは限りませんからね」

「そうね、何処かの宿でゆっくりできれば良いかも」

 馬達も船でかなり神経質になっていたのか、世話役の男から食が細かったと聞かされていた。

 少し痩せたように思えたが元気はあるようで、首を振って鼻を鳴らしていた。

「北の山脈を越えればひとまず安心だから、頑張ってくれよ」

 トムが馬の首をポンポンと叩いて乗り込む。

「行きましょうか」

 二人が歩きだして北への街道に入った所で、貴族の一行とすれ違い様に顔を見合わせると、

「ん?」

「あっ……」

 マルティアーゼが声を上げた。

 相手もマルティアーゼの顔を見てはっとした。

「あああっ!」

「あああっ……」

 お互い指を差しあって大声で叫んだ。

 知らぬは周りの人間だけ、何が起こったのか二人を見比べてきょとんとした。

「どうしました?」

 トムがマルティアーゼに聞くと、

「坊ちゃま、どうかなされましたか?」

 お互い隣りにいた者がどうしたのか聞いてきたが、マルティアーゼと相手は目を背けずじっと見つめ合っていた。

「き……君は、イリィさんの偽者!」

「貴方は大臣の馬鹿息子! あら……汚い言葉を使ってしまったわ」

 それはイリィの父親サドレムの、産業大臣ブルス暗殺計画でイリィの身代わりに花嫁として出席した時の花婿、デュースだった。

今年最後の投稿になります。

ご愛読ありがとうございました。

また来年もよろしくお願い致します。

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