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銀の魔導   作者: 雪仲 響


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83 北旅の始まり

「エスタル……ですか?」

「ええ、魔導国家エスタル王国、魔導の中心、魔導をたしなむ者なら一度は訪れたいと願う国よ、私も一度この目で見てみたいわ、こういう旅なら問題は無いでしょう?」

 マルティアーゼが流し目でトムの反応を伺う。

「はい特に反対する理由は無いのですが……、何かあるのですか?」

「メラルドの歴史を読んでみてとても感慨深かったわ、ローザンはお父様が建てた国だから歴史というほど長い時間経っていない、けれどエスタルなら古い歴史を持つ国よ、あそこに行って歴史書を読んでみたいと思ったのよ」

「そんなに歴史に興味を持たれたのですか……、いや私は読書などすぐに寝てしまうので余り読まないのですが」

 トムはマルティアーゼの意外な一面を見た感じがした。

 これまでそんなお淑やかな場面など見たことがなかったトムは、この腕白なお姫様に以外な趣味があるのだなと思っていた。

「あら、そんなに不思議かしら? 私は本を読むのは嫌いじゃないわよ、王宮でも良く読んでいたのよ、だって部屋から余り出る事がなくて、フランは私がおとなしく本を読んでいればご機嫌だったわ」

「では何時出発なさいますか?」

「そんなに慌てないでよ、それよりお腹が空いたわ、マナマも早く食べたいのに貴方のお陰ですっかり外が暗くなってしまったわ」

「では食事に向かいますか」

 こうして口喧嘩の果てにマルティアーゼがトムの説得に折れて、北へと帰る決断をしたのである。

 北方の辺境にあるローザン大公国を出てから、はるばる南方のメラルドまで長い時間を掛けてやって来て、まだマルティアーゼは世界の一部しか見てはいなかったが、初めての外の世界を見た彼女の内には多くの経験が蓄積されたはずである。

 ローザンから三ヶ月もあれば街道で来ることが出来る道のりを、マルティアーゼ達は紆余曲折の末、一年以上も掛けてやって来たのである。

 森を抜けて海で遭難し、森でガブに襲われたり邪な恋心を抱かれたり、愛憎の果てに娘を利用して敵を討とうした父親に、最愛の彼氏を失い失意の自決を果たしたその娘、主の病気を治すために時の魔導で生きてきた老婆と若い姉弟、そして家族や恋人を助けるために国の兵士と戦い、最後は獣に襲われ散っていった人達。

 幾度もの出会いはマルティアーゼに悲しい結果をもたらしただけではなく、彼女にとって初めての友達となったカルエとプラハで出会ったサムやルーディ、幼いトレントの三人との共同生活は、彼女に年相応の笑顔と母性愛を育ませることになった。

 しかしこれで彼女の旅が終わったわけでもなく、まだ若いマルティアーゼの折り返し地点はまだまだ先のことであった。

 三日掛けて旅の準備を整えた二人は、宿を後にして最後の町の散策荷出かけた。

「北に帰る経路ですが……」

「どうかした?」

 馬に揺られて街中を歩きながらトムが帰る道程について話しかけてきた。

「昨晩ずっと考えていたのですが、このまま街道で帰るのはかなりの危険があると思うのです、メラルドは他国と不干渉を貫いているので、たとえ犯罪者であろうと一度国に入れば引き渡しを要求されても渡すことはないそうなので良いんですが、国を出ればまた追われる身になってしまいます、ムングロ国は当然我々の捜索を続けているでしょうし、ベストラ国も月日が経ってはいますが警戒した方がいいでしょう、この二国を避けて通って行くには砂漠か海しかなく、来た道を辿っていくのもきつい道のりになります」

「砂漠は嫌ね……一度死にかけたんですもの、大量の水を持っていくにも砂の上だと馬車は走れないわ」

 あの乾きに飢えた熱い砂漠にはもう入りたくないと、考えただけで喉が乾きそうだった。

「では海しかありませんね」

「だとすると、どういう風に帰るの?」

「メラルドから貿易船や客船が出ているみたいなので、一度港町に行って話を聞いてみましょうか」

「王都に行くのね、じゃあ行きましょう」

 海に面した王都メラルドは、今いるターメの町から少し南に下った場所に位置していた。

 小高い丘から見下ろせば山間の向こうに王都を覗き見ることも出来る程近い。

 マルティアーゼ達は早速丘を駆け下りて、海岸沿いの街道から王都に向かった。




 王都メラルド。

 大きな湾を持つメラルド最大の漁港で、貿易の出発点でもあり桟橋には多くの船が停泊している。

 王城は山の頂きに建ち、城の周囲を囲むように城下町や貴族達の屋敷、兵舎が防壁として麓を守っていた。

 見上げれば何処からでも王城を見ることが出来、城からは王都全域を見渡せられる。

 麓から続く長い山道には多くの馬車が行き交っていて、貴族や兵士、食料を運ぶ馬車がぶつからないよう幅の広い道が作られていた。

「お城があんなに高い場所にあるのは珍しいわね、昔の城はあんな場所に建てていたのね」

「考えられないですがね、今では平地が主流になってるというのに、籠城出来るだけの造りになっているのでしょうか」

 トムは、真水の確保の難しいこの地域で山の上に城を建てるなど、自殺行為としか思えなかったが、ここがメラルドだからこそ出来るのかとも思えた。

 四角い城壁に建物には円柱の柱が幾つも建ち並び幾層もの部屋が見える。

 最上階の柱は半円の丸い屋根を支えていて、太陽の光が反射していて眩しく輝いていた。

 階上に行くに連れて細くなった三角の城も珍しく、一本の大きな槍がそびえ立っているようであった。

「何処を見ても変わった国ですね」

 そこに住む人々は他の国の人とも変わりがないのに、持っている文化はまるで違った。

「そうね、あの船も初めて見る大きさだわ」

 マルティアーゼが指差す湾内に目をやったトムは、まだ漁港には遠いにもかかわらず、目の前にあるかのような巨大な船が停泊しているのに気づいた。

「なんですか、あの大きさは……」

「行けば分かるんじゃない?」

 町に入った二人はそのまま漁港へと向かう。

 少しづつ視界一杯に船が見えてくると、それは大きい、巨大などと軽々しく一言では形容し辛いぐらいに大きかった。

 それだけではなく他にも巨大な船が何艘も停泊していて、漁港には大勢の人がごった返していた。

「船の全体が目に映らないほどですね、本当に進むことが出来るのですか……」

 見上げるトムは無言の重圧を感じるほど壮大で、木造であってもちゃんと海を進むことが出来るのかと信じられなかった。

「あっ……、すみません聞きたい事があるんですが……」

 トムは目の前を横切った男性に、この船で北へと行く事が出来るか聞いてみた。

「は? ああ……無理無理これは客船じゃねえよ、こりゃあ貨物船だ、客船はあっちだ」

 男性が教えてくれた船は目の前の大きな船より一回りは小さく、同じような船が何艘もあった。

「こんなに大きな船なのに荷物しか載せないの?」

「あんたらは旅の人かい? このメラルドからは多くの荷物を海で運んでいるんだよ、一艘一艘行き先が決まってんだよ、あんたらはどこまで行きたいんだい?」

「ベストラまで」

 トムが沿岸州最北の名を言うと、男性は、

「それなら早く乗船した方がいい、もうじき出港しちまうぞ、乗り遅れたら次出るのは十日後だぞ、あそこの店で乗船手続きすると良い、さぁ早く行った行った」

 いきなり急かされて、町を見る暇もなく二人は男性の教えてくれた店で乗船手続きをするために走った。

 店で乗船木札を購入すると、主人にどの船に乗ればいいか聞いて、急いで船へと向かっていく。

「乗船終了するぞお、早く乗った乗った」

「ベストラ行きはこれでいいのか?」

 トムが木札を二枚見せると、

「おうよ、早く乗った」

 甲板まで橋が渡してあり、馬に乗ったまま乗船していくと、

「馬は船底に馬小屋があるから預けておくれ」

 云われたままに馬を預けると、ようやく一息つくことが出来た。

 甲板には大勢の人が見送りの人達との別れを惜しんだり、景色を楽しんでいたりと賑やかだった。

「ゆっくりと観光も出来なかったわね」

「でもここからでも結構眺めは良いじゃないですか」

 大型貨物船が一隻、中型貨物船が三隻、客船が四隻、そしてこれまた中型の護衛船が四隻と、十二隻の大船団での出港となった。

「よくまあこれだけの船が集まったものですね」

「海はそんなに危険なの?」

「分かりません」

「はっはっ、ありゃあ海賊から守る為の護衛船だよ、領海の外を進んでいる時が注意だ、奴らは何時どこから来るか分からねえ朝であろうが真夜中でもだ、何度も護衛船と戦闘してるらしい、まぁ俺は今まで一度も遭遇したことはねえけどな、俺は海に愛されてんだぜ、はっはっ」

 近くに居た年配の男が二人の会話を聞いていて、横から説明してきた。

 肥えた男はお腹をさすりながらマルティアーゼに自慢気にニコリと笑ってくる。

「海にも賊が住んでいるの?」

「はっはっ、奴らは色んな所に棲家があるらしいからな、心配しなくても良い、奴らが狙ってるのは貨物船だけだ、俺達みたいな一般人を殺した所で一銀にもならねえし、人質にとっても渡す金なんてねえしな、はっはっ」

 それだけいうと、男は笑いながら船内に入っていった。

「ええぇ、本船にお乗りのお客様へ、この船はベストラ行きでございます、旅程は十五日の予定でございますのでごゆっくりおくつろぎ下さい、ご気分の優れない方またはご病気になられた方や何かございましたら、すぐにお申し付け下さい、我がメラルド誇る水兵が皆様の旅の安全をお守り致します、それでは出港ぉ」

 甲板に出てきた船員が大きな声を張り上げて旅の出発を告げると、船橋から掛け声が挙がる。

「いかり上げぇぇ」

「いかり上げ、ようそろ」

 復唱と共に大きないかりが海水から引き上げられると、船体から突き出された櫂が一斉に漕ぎ始める。

 片側十本の櫂が木の擦れる音と共に大きな船体を軽々と動かし始めると、見る見るうちに漁港から離れていく。

 一番遠いベストラ行きの船から先頭に客船、貨物船と湾内を出て行き、護衛船はその周り、前後左右を取り囲むように距離と速度を見ながら次々と出港していく。

 大船団が動き始めると、漁港に集まっていた人達から歓声の声が大海原に投げかけられてくる。

 壮大な海原に向けて大きな船が幾つも動く様は、老若男女誰しもが興奮する光景であった。

 普段寡黙で穏やかな性格のメラルドの人達が、ここぞとばかりに大手を振って叫んでいて、まるで楽しんでいるように笑っている。

「何だか胸躍る気分ね、ただの船旅なのに変な感じね」

 マルティアーゼ達は今から何処かの国と戦争でもしに行くような、高揚とした気分でメラルドの町を眺めていた。

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