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銀の魔導   作者: 雪仲 響


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82 新たなる決断

「ただいま帰りました」

 トムが夕方、宿に戻ってくるとマルティアーゼは昼寝をしていて、扉の開く音で目が覚めた。

「……おかえり、今日は何か収穫はあった?」

 マルティアーゼは大きな欠伸をする。

「町の西側の丘からは港町と海が一望出来ますよ」

「そう、今日も暑そうだったわね、もう肌が真っ黒よ、見ていて痛々しいわ」

 トムの腕や顔は日に焼けて地肌との境界線がくっきりと分かれていた。

「もう痛くは無いですが、熱はこもりますから水分をよく取る様になりました、それよりこれを買ってきましたよ」

 トムの脇に持っていた袋の中を見ると、沢山のマナマの実が入っていた。

「これを市場で見かけて、そう言えばこれを食べたいと云ってたのを思い出したので買ってきました」

「まぁこんなに、丁度私も食べたかったのよ、貴方が帰ってきたら食後に買いに行こうと誘おうと思ってたのよ」

「それは良かった、では今の内に冷やしておきましょう」

「お願い」

 目的だった本場のマナマを食べる事が出来るとマルティアーゼは喜んだ。

「メラルドという国がどんな所なのか、少しは分かったわ」

 戻ってきたトムに本に載っていた内容を教えてあげた。

「私が町の人から聞いた話では南の争いが拡大しているみたいです、このメラルドに戦火が及ばないよう国境沿いを兵士で封鎖しているみたいで、街道を通過出来るのは一部の取引している商人と外交使節だけだそうです」

「そう、それでは南に行きたくとも行くことは出来ないわね」

「行くおつもりだったのですか?」

 マルティアーゼは首を振って、

「いいえ、私だって危険だと分かってる所に行く気はないけれど、この本を読んでいて南の三国も元はメラルドと同じ人達だったのに、今は袂を分かち敵同士になって争っている事に興味があるだけ」

「人が集まれば意見が分かれるでしょうし、一度争いが起きて仲間や家族を殺されれば、恨みも出て来て修復は難しくなるでしょうね」

「どうすれば戦争をなくすことが出来るのかしら……」

 トムの意見は至極真っ当な答えだった、それはマルティアーゼも分かっていたがどうにか出来ないのか、何かいい案はないかなと思った発言を呟くと、

「マールさんは何かこう……、この世界を平和にしたいのでしょうか? だから争いや揉め事があれば解決しようと自分から深入りしてしまうんですよね」

「えっ……そうね、そうしたいと願っているけれど、私の力が足りないばかりにいつも逆の結果が生まれてしまうけれどね、おかしいかしら?」

「していることはおかしいとは思いませんが、平和など一言で云っても意味合いが人それぞれ違います、個々の問題なら自分に利があっても相手になければ和解など出来ませんし、妥協案など中々受け入れる者は少ないでしょう、もしマールさんの平和というのが世界全体だとするならばそれは不可能と云わざるを得ないです、世界が争わない時期があったとしてもそれは一時の事、それは平和とは言わないでしょう」

「平和は継続が重要なのよ、一時凌ぎが平和などとは思っていないわよ」

「では平和を継続させるのにマールさん一人で維持出来ますか、平和や安息を願う人はいてもそれは願うだけの人が大多数、殆どの人は誰かがもたらしてくれるだろう、してくれるだろうと思う人達ですよ、平和なんて一人でやり遂げた人物などこの世にはいないのです、そのようなことはなさらず姫様自身の平和、幸せだけを考えて欲しいのです」

「それなら貴方は他の人が不幸でもいいと思うわけなの?」

「私は聖人君子でもありません、私は姫様に剣を捧げたのです、主たる姫様の身を案じ幸せになって頂くことこそが私の平和なのですよ、私にはこれが最優先されるべき事なのですよ」

 トムは話に夢中になって、マルティアーゼの事を姫様に変わっていることに気付いてなかったが、マルティアーゼの方も気持ちが高ぶり、気にもとめていない。

「私の幸せ? 目の前で苦しんでいる人がいても自分だけ幸せなら良いだなんて、そんなの放っておくなんて出来ないわよ」

「言葉の意味を間違わないで下さい、私も目の前に苦しんでいる人がいれば助けます、ですが手の届かない平和を願うのは止めてください、姫様の平和とは人々全員の事に聞こえるのです、余りにも大きく、一人の人間が出来る範疇を越えているのです」

「それがいけない事なの?」

 マルティアーゼがぶっきらぼうに答えた。

「ええ、駄目です、その考えはいずれ必ず姫様に苦痛を与える考え方です、もし一人の人間を助けるために何十人もの命が失われる場合はどちらを選択しますか?」

「そんな状況になっていないのに考えられないわ」

「平和を問うなら必ず通る考えです、もし助けられなければ死んだ家族になんと説明しますか、平和のために貴方の家族を見捨てたと言えますか?」

 マルティアーゼの表情がだんだんと曇り始める。

「酷いことを言うわね」

「私はただ、人々が起す問題や揉め事に個人が飛び込んでも仕方がないということで、人は皆それぞれの生き方の結果、事件や事故、問題を起こしてしまうのです、それは本人が自分の行動に責任を持たなければならず、姫様が気に病む必要はないのです、良いか悪いかどんな結果になろうともその人の運命なんですから」

「……運命、貴方は運命や運が悪かったなどと一言で片付けるつもりなの?」

「仕方がないことです、それだけ私達の力なんてちっぽけなものなんですから、人には持って生まれた宿命があるのですよ」

「私に運や仕方無いなどと因果な関係で説教をするつもり? この世の黄金律、因果律を私に問うつもりなのね」

 マルティアーゼがトムの言葉に反応して問い詰めた。

「学のない私にそのような難しい言葉は分かりませんが、姫様はもっと人の生き方を見て欲しいのです、喜怒哀楽だけではなく実質的な生き方を知れば、今のご自分にどのようなことが出来るか分かるはずです」

「まるで私が理想だけでしか物事を見ていないような言い方だわ」

 自分の考え方を否定されたようにマルティアーゼの顔が引きつった。

「旅に出る前、自分は何も知らない、だから世界を見てみたいと仰りました、しかしこの旅は事件に巻き込まれるばかりです、そういう事も世界を見る一つかもしれませんが、そればかり見てしまうと姫様の目には世界が荒んでいるようにしか見えなくなるのが怖いのです、このままではいつかは大変な目に合われてしまいます、姫様にはもっと世界は楽しいものだというのを知って欲しいのですよ、王宮でしか過ごしておられない姫様には、何処かでじっくりと住むというのを経験されたほうが宜しいかと……」

 またその話かとマルティアーゼは力が抜けたように首を振った。

「もうこの話は止めましょう、貴方が私の身を案じてくれているのはよく分かってるわ、確かに私は何も知らない……一人で国を出ていたら森の中を彷徨って死んでいたでしょう、此処まで来られたのは貴方のお陰……とても感謝しているのよ、私がそんなに死地に向けて歩いているように見えるのなら……いいわ、貴方の言う通り帰りましょう……」

「おおっ……本当ですか?」

 その一言をどれだけ待ち望んでいたことかと、トムの表情が明るくなった。

 トムの変化を見てマルティアーゼは深くため息をついた。

 いつもの彼女なら最後は怒って暫く口を聞かなくなるのが常だったが、今日のトムの言葉には力があり彼女の中にも僅かながらの変化があったのか、マルティアーゼの表情は穏やかだった。

「全く……貴方はこの旅で本当に小言が多くなったわね、フランでもこんなに小言は言ったりしなかったわよ……」

 マルティアーゼは眉をひそめながら言う。

「私は姫様に忠誠を誓ったのですから当然です」

「忠誠っていうのは小言を言うことだったかしら?」

「忠誠は服従するという意味だけでは御座いません、忠義を尽くす意味も入ってますので、主が道を外さないように諫言しないといけないのです、ただ言うことを聞くだけの不忠の者ではありません」

「私には諫言しかしていないように思えるけど」

 プイッ、とマルティアーゼは拗ねてそっぽを向いたのを良いことに、トムは小さな声で、

「それは……姫様が我儘なだけでは……ごほんっ、それで本当に戻るおつもりなんですよね?」

「けど、ローザンではないわよ、帰るのは北にって意味だから」

「分かっております、北に戻って下さるだけでも私としては安心です」

「行くのは……エスタルよ」

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