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銀の魔導   作者: 雪仲 響


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 とくんっ、とくんっ……、規則正しく振動が頭に届いてくる。

 考えを働かせようとすると、頭の中で何かがギュッと思考を妨げるみたいに締め付けてきて考えがまとまらない、だから考えるのを止めてじっと鼓動だけを感じるだけに集中した。

(…………ああ痛い)

 現実なのか夢の中なのかはっきりしない、疲れているから身体を動かそうとしても神経が遮断されたように動いてくれないのか。

 それともこれは夢なのか……、夢ならば何か見せて欲しかった。

 視界は暗く振動だけが響いてくるだけで、いつまでこうしていなければならないのか、何も起きない時間は長くもあり短くも感じた。

(背中の感触はわかる、寝ていたのだからこちらが「下」なのね)

 そう思うと、いきなり身体が押さえつけられたみたいに圧迫された。

 重さが背中に引っ張られるような、息をするたび胸が前に膨らむのを邪魔されている感じで息苦しかった。

(苦しい……)

 それが考えられる精一杯の思考。

 息苦しさはだんだんと強くなって、空気を求め吸う動作をしてもちゃんと肺に入って来なくて喘いだ。

(もう駄目……)

 振動だけが大きく頭の中で大きく激しく聞こえているようだった。

(あっ……ああ……、あああっ…………)

 落ちる瞬間、かすかに遠くから声が聞こえてきた。

「近づいてくる、やっと扉は開いた……これからだ、己が道はこの世界の柱になること、突き進むが良い……己の力を信じよ……」

(ああああああ…………)

 そして落ちていく……、何も考えないで済む深層へと意識が霧散していった。




「……よし」

 町を見て回り、必要な買い出しと町の人から国の情勢と治安についての情報集めが終わると、宿に戻ってきたのが陽が落ち始めた夕方だった。

 宿に戻ってきてもマルティアーゼは寝たままだったので、トムは寝かせたままにしておいて荷物の整理を始めた。

「そろそろ晩飯の時間だが……」

  外は既に真っ暗で通りにはかがり火が灯されていて明るく、夜の顔になった人々は飲食店で酒を片手に大いに騒いでいた。

「マールさん起きて下さい、もう夜になりましたよ」

 トムが起こそうと、マルティアーゼの身体を揺さぶってみたが全く反応がなかった。

 口元に手を当ててみてもちゃんと息はしているみたいで、胸も規則正しい運動をしている。

「どこか怪我でもしているのか、それとも病気だったのか……」

 暑い日差しの中、何日も走り続けていて食事もまともに取れなかったのだから、どこか身体の具合がおかしくなっていても不思議ではない。

「だが、此処まで具合が悪いだの、怪我をして痛がっていた様子もなかったし、それらしいことは一言も言わなかったが……」

 マルティアーゼのことだから隠していたのか、言っても仕方がないと我慢していたのかもしれない、とトムは思った。

「とにかく医者に診てもらうか」

 宿の主に医者を呼んでもらった。

 トムは医者がマルティアーゼの身体を調べる為に、色んな場所を触っていく事に抵抗はあったが、状況が状況なだけに堪えていた。

 医者は首を傾げながら何処も問題無いと言ってきた。

「朝からずっと寝たままなんだ、身体を揺さぶっても一向に起きてこないんだが」

「ん……、しかし身体は何処も怪我なんてしていないし脈も熱も正常だ、君達は旅の人だね、それならただ疲れて寝ているだけではないかね、そうとしか言えないんだがね……」

 初老の医者は髭を撫でながら言う。

「確かに砂漠の中をずっと走ってきたが、病気や怪我でもないのに半日も寝るものなのか?」

「と、言ってもねぇ……、とにかく身体的には問題はないからもう少し様子を見てあげてはどうかね、こんな可愛らしい彼女だから心配になるのは判るがね、たまに口を水で濡らしてあげて、もし暑さで参ってるのなら脱水症だけが心配だからね、起きたらちゃんと食事を摂ることは忘れずに、ほほほっ」

 医者は笑いながら帰っていった。

 しかし、残されたトムは心配で、今日は豪華な食事で腹を満たせると思っていたが、宿の食事で間に合わせて、ずっとその日はマルティアーゼの側についていた。

 たまにマルティアーゼの口に濡らす程度の水を与えると飲もうとして喉が動く。

 起きているのかと思ってみたが、目は開かずにまた元の寝息が訪れる。

「一体どうしたというのだ……、起きているのか寝ているのか全くわからん」

 どうみても異常だと分かっていてもどうすることも出来ずに、トムは夜通し定期的に水を与えてはマルティアーゼの喉を潤していた。

 渇いた唇はトムが水を与えると艶かしく輝きを取り戻していく。

 トムはマルティアーゼの寝顔を見ていて医者が云った事を思い出していた。

(彼女……か、私にとっては今や既にかけがえのない我が主だ、この旅……いや、その前から見てきた存在、国民の憧れであり国にとって希望の光だったのだ、若く美しく淑女の手本と噂された彼女と、何の因果か一兵士だった俺がこうして手が届く側で一年以上も一緒にいるなど夢を見ているようだ、まぁ実際の彼女は腕白で怒りっぽい性格だったが、時に脆い感情やあやふやさを持ち合わせているからこそ、側を離れないように気をつけなくてはいけなかった、ローザンに帰すまでは……、この旅が終わるまでそんな方と男女の仲など考えられるものか……)

 普通の男なら此処でマルティアーゼを自分の物にしようという邪な考えが湧くものだったが、誠実なトムにはそのような不貞を犯すなど到底出来なかった。

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