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「あっ……!」
少なくとも二台に二十人は乗っていたはずである、それなのに何処にも生存者はいなかった。
逃げたのかもしれないが、少なくともその広場にはおらず、動物の食してる物は人とおぼしき物体でしかなかった。
敗れた服の破片、肉を削り取られた手足、そして顔が広場を覆い尽くすように無造作に散らばっていた。
数さえわからない、どれが誰のもので何人が食べられたのか、二十人もの人をそこに居た動物が食べたというのか、バリバリと骨を噛み砕く音と咀嚼する音だけが広場にこだましている。
一体何頭の動物がいるのか、見えるだけで広場には五頭以上はいた。
手足は短かく異様に前足だけに筋肉が付いていて、背中が盛り上がったように大きく、代わりにお尻は萎んだように小さく尾も短かかった。
短い太く短い首からはそのまま伸ばしたような大きな顔も特徴的で、顔だけでも馬の頭の二倍はありそうで、広がった大きな口には沢山の牙があり、人の骨がまるで小枝に見えるぐらいで、ポリポリと固さを感じさせない骨の噛み砕く音をさせながら仲間達を食べている。
何より恐ろしかったのは、携えている爪と牙だった。
マルティアーゼの腕ぐらいの太さの爪がいとも簡単に肉を切り裂き、大きな牙でかぶりついていた。
まさに地獄絵図にふさわしく、臭ってくる血生臭さにマルティアーゼは吐きそうになって口を押さえた。
しかし吐くものもなく、出てくるのは嗚咽だけであった。
後ろからトムがマルティアーゼの馬を引いて下がらせながら、
「静かにゆっくり引き返しましょう」
「ううっ……、皆があれに食べられていた」
「まだそうだと確認したわけでは、あれは他の誰かかも知れませんよ」
マルティアーゼは首を振って、
「いえ、あれは皆だった、だって見知った人の顔が……転がっていたのよ」
「それよりも早くここから離れましょう、我々もあれの腹に入ることになってしまいます」
ゆっくりと遠ざかりながらもマルティアーゼの視線は広場に釘付けで、折角逃げてきてメラルドを目前にこんな森の中で獣に食べられるなんて、どんなに悔しかっただろうかと考えると、彼女の足はそれ以上ここから離れることが出来なかった。
「このまま彼らを食べられるままにしておけないわ、せめてちゃんと葬ってあげないといけない」
「あんなに沢山の猛獣にどうするつもりですか?」
「焼き尽くすわ、体は灰に、そして土に戻さないと」
そしてマルティアーゼは詠唱を唱え始めた。
火球を上空に放射線状に飛ばし、広場の周囲に火を付け始めた。
爆発した火球は火の粉を周囲に散らばせて火の回りを早めていくと、獣達は爆発でビクリと回りを見たが、目の前の獲物を失うのが嫌なのか中々動こうとせず腹に詰め込めるだけ詰めようと一心不乱にかぶりついていた。
その間にも火は見る見るうちに生き物のように円に広がり、獣たちが逃げようとした時には既に遅く、逃げ道を失い、詰め込んだ腹の重さが相まって動きも緩慢になり、仲間同士で声を上げて叫び声を上げていた。
炎は上空から見れば弧を描くように、外側に燃え広がらずに円の中心に向かって燃え進んで行く。
徐々に温度が上がり、我を失った獣達の広場を走り回る姿がマルティアーゼの目に映っていた。
「どんなに怖かったでしょう、噛み殺される仲間を見ながら自分の番を待っているまでの恐怖の時間をどんな目で見ていたのか、生きながら死を迎えるなんて恐ろしかったでしょう、手に入る平和がすり抜けていく脱力感が伝わってくるわ……」
火は内側へ、上空へと勢いを増しながら塔のように高く伸び始めていく。
中心の広場で混じり合った火はぐるぐると渦を巻きながら大きな火柱となって一気に温度を上げていくと、その中にいた獣も木々、あらゆる燃える物は全て消し炭となって黒一色に変貌していった。
獣達は空気を求めながら暴れまわり、身体が動かなくなるまで喘ぎながら息絶えていった。
盛大な火葬は町でも話題となって民衆が見つめていた。
突然の出火、森から湧いて出たような火柱を見た民衆は、何かの前触れなのか、森で何が起こっているのだと次々と人に伝わり、ざわめきと動揺が広がっていくとそれは警備兵の耳にも伝わっていた。
手をかざしていたマルティアーゼは、炎の中で動くものが居なくなるとそっと腕を下ろすした。
その瞬間、火の勢いは弱まりゆっくりと鎮火していく。
外側には全く木々が燃え広がらず、壁があったように綺麗に円の形にだけ燃え尽くした広場は、熱気と異臭で近寄りがたい場所となっていた。
マルティアーゼは彼らに祈りを捧げながら涙した。
僅かな時間であっても彼らと共に生活をしてきたのだ、老人からはお嬢ちゃんと呼ばれて時折お菓子を貰って喜んでいたことや、休憩の時には皆に旅の話をして盛り上がったりと剣術以外でも沢山語り合っていた。
その人達が目の前で無残にも食われ只の物体になった姿は、マルティアーゼにとっては衝撃的でもあった。
(ついこの間まで話していた人が存在しなくなる儚さ、手を差し伸べてくれる者のいない森の中で、骸と化していった彼らの気持ちはさぞや絶望に打ちひしがれ、恐ろしく悔しかったでしょう)
隣りにいたトムもマルティアーゼと同じように祈りを捧げる。
暫くの沈黙の後にトムは、
「いつまでも此処にいても仕方がないので、取り敢えず町まで行きましょう」
只ならぬ火事に森に居た生き物たちは一斉に避難したのか、物音一つ聞こえてこず、燻る広場をじっと見つめていた。
やっとの思いで出会えた仲間との再会は悲劇で終え、別れを惜しむもマルティアーゼ達は森を離れ町に入っていった。
二人は喉の渇きも空腹も忘れていた。
あれを見た後で食欲が湧くわけもなく、宿に入ると水だけを飲むと寝台に横になって目を閉じた。
(何だかとても疲れたわ、とてもとても……考える事すら億劫に感じられる……ほどに…………)
マルティアーゼの口からすぐに寝息が漏れてくる、彼女が疲れて寝てしまったのだとトムは思い、そっと一人外に行き食料などの買い出しに向かった。
そのついでにこの町の情報なども仕入れておこうと考えていた。
まだ昼前で疲れてもいなかったトムは、マルティアーゼが寝ている間に町の隅々まで見ておきたかった。
それはトムの中でこの先の旅についての不安の払拭もあったが、何よりマルティアーゼの身の安全について考えていることがあった。




