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銀の魔導   作者: 雪仲 響


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 荒野での戦いが始まって一刻程経つと、至る所に大きな穴が空き無数の敵兵の死体が転がっていた。

 とはいってもマルティアーゼ達の不利に変わりなく、三割くらい減っただけの相手にとっては戦力的にはまだ余裕があったのだが、戦意が衰えて誰も自分から前に出ようとしてこない。

 敵の足踏み状態の間にトムも一息付くことが出来た。

「はぁはぁ……、なんとか持ちこたえたか」

 トムの足元にも多くの敵兵が倒れており、トムの革鎧は返り血で真っ赤に染まりかけていた。

「なんたる無様……、たかが三人に何をしておるのだ」

 ゾーディア男爵が地団駄を踏みながら怒鳴りつけた。

 すると、ミレーンの町から民衆の声が波のように流れてくる。

「ゾーディア男爵を捕まえろ、女性を取り戻せ」

「皆で助けろ」

「いたぞ、ゾーディア男爵だ」

「早く捕まえろ」

 声は呪詛のようにゆらゆらと不気味にゾーディア男爵の耳に入ってきて、振り返った目に映ったのは、町の郊外に出てきた溢れんばかりの民衆達だった。

「なんだ……あいつらは」

 朝日の昇った太陽に下に、建物の上や路地から続々と民衆が押し寄せてくる。

 密かに起こしていたアーリの運動が祭りで盛り上がった人達の間で議論となり、役所や王宮前に押し寄せてきて、どういう事だと抗議活動が自然と起こり、暴動寸前まで発展していた。

 初め、国は鎮圧しようと兵を出したが、何万という人の前では数千の兵など役にも立たずに、いたずらに民衆を刺激しただけであった。

 民に剣を振るえば余計に興奮させてしまうと、剣の使用は認めなかった。

 仕方なく国としては民衆を鎮める為に、調査をすると約束し民衆を解散させようとした。

 直ぐに警備兵を派遣して、事情聴取としてゾーディア男爵の身元確保を行う為にミレーンの町にやって来たが、そこで警備兵が見たものは焼けただれた街並みと不在となった町の兵士達であった。

 通りに残っていた僅かな兵士に問いただすと、ミレーン郊外に兵を連れて行ったと聞いて直ぐ様駆けつけてきたのであった。

 収まりがつかない民衆だけが警備兵の後を付いて、郊外までやって来たのであった。

 裏でそれほどの大事が起きていようとは、この場にいたゾーディア男爵やマルティアーゼ達も知らなかった。

 いきなり怒号のように荒野に広がる声に戦っていた誰もが一瞬動きを止めた。

「何故此処に民衆共が集まっているのだ……、蹴散らせ蹴散らせ!」

 ゾーディア男爵は五月蝿い民衆に対しても攻撃せよと命令した。

 民衆の間から警備兵の一団が歩み出てきて、ゾーディア男爵に告げた。

「卿、これはどういうことですかな、兵を動かすなど報告は入っておりませぬが」

「謀反者が出たのだ、急を要した故、独断で兵を動かしたことには謝罪する、だがミレーンの町を焼き、女性を誘拐した者を捕まえるためだ、許せ」

「あれがそうですか?」

「そうだ、早く捕まえてくれ」

 町からはゾーディア男爵の糾弾が叫ばれ、今にも押し寄せてきそうな勢いで声が上がっていた。

「卿には拉致誘拐の疑いが掛けられておる、暫し戦闘を中止し我々と王宮に来て頂きたい」

「何を言っておる、目の前に犯人がおるのだぞ」

「彼らには私どもから戦いをやめさせますので卿はこちらに……、全員戦闘中止、後退! 退け退けぇ」

 そう言った警備兵が目を向けた先では、未だマルティアーゼは魔法の手を止めずに、繰り出される光の矢が上空から雨のように兵士達に降り注がれていた。

 トムはゾーディア男爵が新たにやって来た騎馬兵と何かを話し合い、民衆が集まりだしたということは国に連絡がいったということが理解できた。

 トムはこれ以上に増援と事が大袈裟になるのは、自分達の立場がまずくなるだろうと感じていた。

 一貴族の喧嘩とは訳が違って国家の事件に発展してしまうのは避けたかった、捕まれば氏素性は徹底的に取り調べられるであろうし、それが今のマルティアーゼにはとても危険なことになってしまう。

 他国の公女が大勢の兵を殺したと知られれば、勿論ローザンへは連絡が行くだろうが、それが国家間の紛争の火種にも成りかねなかった。

 今此処で捕まってしまうのを良しとしないトムは、マルティアーゼに駆け寄り名を呼んだ。

「マールさんもうお止め下さい、敵にはもう戦意がありません、……マールさん」

 マルティアーゼの目はより一層輝きを放ち、詠唱を止めようとしなかった。

(姫様……どうされたんだ、聞こえていないのか……)

「マールさん!」

 トムは詠唱するマルティアーゼの腕を掴んで叫んだ。

 金色の目がじろりとトムに焦点が合うと、薄く口角を上げて笑っていた。

「……」

 トムの体から冷や汗が吹き出てくるような恐怖というより畏怖を感じた。

 絶大な力の前で抗う気持ちすら起こらない絶望感、怖いと感じるより凄いと思ってしまうような畏敬の念を感じていた。

「ひ、ひめ……さま……」

 心の中を見透かされているみたいで言葉がうまく出てこず、震える口でマルティアーゼを呼んだ。

(このままでは駄目だ、早く……姫様を元に戻さなければ)

 頭の中ではそう理解は出来ていても、マルティアーゼの目を見ていると一瞬意識が飛んで、また気が付くという奇妙な感覚に陥っていた。

「あっああ……、ひめ……」

 トムは気を確かに意識を集中して、大声で叫んだ。

「マールさん!」

 一気に目が覚めたかのような自分の声の大きさにも驚いたが、マルティアーゼの目の色が急速に青色に戻っていくのも分かった。

「はぁはぁ……、マ、マールさん、気が……付きましたか?」

「…………トム、どうしたの?」

 マルティアーゼはきょとんとした表情で目の前のトムの名を呼んだ。

「今直ぐここから逃げましょう、ここで捕まるわけにはいかないのです」

「……」

 マルティアーゼが荒野に広がる土煙と燃える地面、幾つもの死体を確かめると、どうしてこうなったのかトムに問いただしたが、トムはそれどころではないと逃げる事を強調した。

「アーリ、逃げるぞ!」

 アーリにもこの場から逃げることを伝えると、二人のやり取りを見ていたアーリはトムの言葉に否定で返した。

「いえ、私は残ります、二人は行って下さい」

 アーリは真剣な表情で二人に向けて言う。

「何を言ってる……、此処に居たら」

「いえ、残らないといけないのです、見てくださいあの沢山の人達の声を……駆けつけてくれたんですよ僕の声に……あれは警備兵ですよ、僕は此処に居なければいけない、だってリーダーなんですから……、国を変えられるかもしれない、誘拐や売春をなくして女性達が安心して生活することが出来るかも知れないんだ、ゾーディア男爵がしてきた悪事を訴えなくちゃいけないんです、先生達を巻き込んでしまって……最後ぐらい僕が何とかしますから行って下さい、ありがとう先生……マールさん」

 トムの言葉を遮って自分の想いを伝えると、アーリは馬を走らせていた。

「おいっ、アーリ!」

 止めるトムを置いて、警備兵に向かっていく。

「…………行きましょうマールさん、国を出るまで止まらないで下さい」

「アーリさんは何処へ……」

「今はもう……、とにかくこの国を出ないことには我々の身が危なくなります」

 二人は馬を反転させると腹を蹴り、一気に荒野を駆け出した。

 ぐんぐん加速する二騎の後ろからは、祭りの残り香のような民衆の大歓声が流れてきた。

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